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先ほどからキャシーに「リリー」と呼ばれているが、私の本当の名前は藤堂百合花と言う。
25歳の誕生日の朝、アラサーなんて言葉を考えた人間は滅びればいい、と憂鬱な気持ちでマンションのエレベーターに乗り込み、降りたらそこは見慣れたエントランスとは似ても似つかぬ豪華なお屋敷の立派な応接間の赤々と燃える暖炉の前だった。
なぜだ。
通勤用のキレイ目ファッションにお気に入りのキャメルのトレンチを羽織り、ご褒美に奮発したバッグをさげた私は日本の大抵の場所になら問題なく馴染んだ筈だったが、その空間では明らかに浮いていた。
物語の世界の住人のようなドレスと軍服の美男美女に驚いた顔で見つめられると、何も悪いことをしていないしむしろわけのわからない状況に陥ってこちらが慌てたいくらいなのに、自分だけでも冷静になろうとするから不思議だ。
ていうか、せっかくの美男美女が目を見開いて驚いた表情でかたまっているところなんて、なかなか見る機会がないのではないだろうか。
一番最初にフリーズが解けたのは一番近くに座っていた老紳士で、彼は何かに納得するように深く2度頷くと、私を見つめてこう言った。
「隣り合う世界からの客人よ、我がフラウ家は貴女を歓迎する。」
そこで私は悟った。
あ、これ巷で流行りの異世界トリップってやつだ、と。