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ソラと総魔と逢魔の都  作者: 鳴宮みなほ
5/8

こんにちは、ソラ! その5



 昔から、怖いものが見えていた。

 それは私にしか見えていないもの。友達にも先生にも見えていない。

 見えない振りをするのは簡単、でもそんなのお構いなしに近寄ってくるものもいる。


「ネぇネェ」


 纏わりつく黒いモヤ。

 いつもならさっさと追い払ってしまうけど、今は……。


「ねぇ、アソぼウよ」


 コチコチと規則正しい秒針の音。短針は7の数字を指している。

 私と黒いアヤカシしかいない家。

 ……ひとりぼっちは寂しい。


「アソボう」


 だから私はつい、答えてしまった。


「いいよ、遊ぼう」


 黒い黒いアヤカシが、赤い赤い口を歪めて笑った。






 とある土曜日の昼下がり。カウンターの隅に張り出されたシフト表をじっと見つめ、私は腕を組む。

 ソラの従業員は私を含めて六人。総魔さん、北城さん、犬飼さん、私はまだ会ったことがないけど加夜さんとレオンさんって人もいるようだ。

 こっそりと厨房を覗き見る。

 キラキラの金髪を小刻みに揺らして鋭い眼光でボウルを睨みつけている長身の男の人がいる。何をしているのかと思えば、彼は鬼気迫る表情で小麦粉を振るっていた。

 厨房を担当する犬飼さん。私がソラでバイトを始めて一週間になるが、彼と言葉を交わしたのはほんの数回しかない。

 パッと見ヤンキーだし。挨拶はともかく、世間話をするには勇気がいる。


「どしたのー、そんなに熱い視線を送って……ははーん、ルナちゃんはああいうタイプの子が好みなんだねぇ」


「わっ」


「いいよいいよー、お兄さんは若者たちの甘酸っぱい青春を応援するよー」


 ニュッと背後から現れたと思ったら、総魔さんはとってもいい笑顔で私の肩を揺する。やめて。


「違います! ただ、犬飼さんってどういう人なのかなって……その、ちょっと怖い感じがして話しかけにくくて」


「んー、あの子ねー、あんな見た目してるけどいい子だよー。いきなり噛みついてきたりしないから、話しかけてみたらー?」


 ほら、と背中を押されるけど、だからといって話しかける勇気はないわけで。

 動かない私に痺れを切らした総魔さんが厨房の犬飼さんを手招きする。

 呼ばれた犬飼さんは少し面倒くさそうな顔をしながらもボウルを置いてこちらへ来てくれた。


「なんスか?」


「キミたち、まだあんまり話したことないでしょー? 若者同士、仲良くしなきゃダメだよー」


「はあ」


 頭二つ分は高い犬飼さんの目線が私の頭上に落ちてくる。ふと思ったんだけど、もしかして犬飼さんは身長差もあって私の顔をちゃんと見たことないんじゃないだろうか。


「あっあの、まだちゃんと自己紹介してませんでしたよね。私、水無瀬ルナです。これからよろしくお願いします」


 少しでもいい印象を持ってもらうために精一杯の笑顔を犬飼さんに向ける。顔はひきつっていないだろうか。声は裏返っていないだろうか。


「……どうも、犬飼です。そんなに怖がんなくても大丈夫っスよ。こんなナリしてるけど、ガラ悪いってわけじゃないと思うんで」


 そう言って、少し寂しそうに目を伏せる。

 ……やってしまった。

 金髪で目つきが悪いってだけで怖い人だと決めつけて、犬飼さんを傷つけてしまった……。


「ごめんなさい、私、失礼な態度をとりました……」


「別に、慣れてるんで。気にしないでください。透なんて初対面で頭抱えて「お金持ってないです!」とか叫んでましたから」


「それ言わないでよー!」


 それは失礼すぎる。そしていい歳して情けない。

 クックと喉を鳴らして笑う犬飼さんを見ていたら納得した。いい人だ、この人も。怖いところなんてない。


「ルナさん、甘いもの好きですか?」


「は、はい。大好きです」


「それじゃあ、バイトが終わったら少し待っていてください。昨日チーズケーキを作りすぎたんで、少し分けますよ」


「わ、ありがとうございます! 犬飼さんって、お菓子作りが得意なんですか?」


「まぁ、得意と言うか……趣味っスね」


「ポチくんの作るスイーツはすっごくおいしーんだよー」


「だからポチくんって呼ぶのやめてくださいって」


「えー? だって犬飼でしょー、犬でしょー、犬と言ったらポチでしょー」


「透ってホント失礼っスよね」


「へっへー」


「褒めてませんから」


 呆れ眼で総魔さんを見やり、犬飼さんは厨房に戻っていった。

 しかし犬飼さんの喋り方は意外だった。見た目ヤンキーなのに丁寧語とは。しかも趣味がお菓子作り。ギャップがすごい。ちょっとキュンとしてしまったのは私だけの秘密。


「そだ。ルナちゃん、頭のそれの調子どーお?」


 ちょんちょん。総魔さんは自分の頭の横を指す。“それ”とは、アヤカシに狙われる体質を治したいと相談しに来たときに彼から貰った赤い羽根の髪飾りのことだ。

 なんでも、この《裏東京》でも指折りの力を持つアヤカシの羽根を加工して作った髪飾りだそうで、これを身に付けていると『自我と悪意を持ったそこそこ力のあるアヤカシ』が近寄ってこなくなるらしい。

 つまりはこの羽根の主を『自分よりも強いアヤカシだ』と認識できるアヤカシが、私に手を出してそのアヤカシの怒りを買うことを恐れて避けていく、ということ。

 付け始めてから3日。効果はテキメンで、私の視界に入った黒いモヤモヤを纏ったアヤカシは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 とはいえ極端に弱く自我も持たないアヤカシは今まで通り寄ってくるので、その辺は自分で追い払うことになるんだけど。

 強気でいれば弱いアヤカシに驚かされることはないから、ここ数日はとても快適な日々を送っている。


「これのおかげで平和そのものです。本当にありがとうございます」


「それはよかったよー。これからちょっとずつ効力を弱めていって、ちょっとずーつアヤカシの対処方法を身につけていこうねー」


「はい!」


「ん。いー返事。それじゃー暇な今のうちに休憩入ってきてねー」


「はーい」


 ふと、店の仕切りの奥にある上階へと繋がるエレベーターに乗り込む北城さんと男性のお客さんを見つけて首を傾げる。

 喫茶店の奥に仕切りで隠されたエレベーターがあることは知っていたけど、使用禁止の張り紙がしてあったから壊れているんだと思っていた。

 彼らがどこ行くのか気になったけれど、あのお喋りな総魔さんが教えてくれないということは、私は知らなくていいことなんだろう。

 すぐに顔を背けて、スクールバッグに入れたままのオレンジジュースを取りにロッカールームへと向かった。






 私がソラでアルバイトを始めてから二週間が経った。

 学校が休みの今日、私は昼の12時から5時までのシフトが入っている。

 奈美から「遊ぶべ!」とお誘いのメールが入っていたけど「無理」と手短に返事をして身支度を終わらせる。


「……お姉ちゃん……」


「ん? なぁに、ヒナ?」


 振り返ると、リビングの入り口にぼんやりと立つヒナの姿を見つけた。

 趣味で集めているコウモリのぬいぐるみを抱きしめて、「どこ行くの……?」と小さく首を傾げる。


「バイトだよ。夕方までには帰ってくるからね」


「お姉ちゃん」


 ぽすり、とヒナの小さな頭が私の胸に収まる。


「お姉ちゃんは──……」


 何かを言いかけて、そこで言葉が止まる。


「ヒナ?」


「……ううん、なんでもない。いってらっしゃい」


 静かに身体を離して、黒目がちな目を薄く細めて笑う。


「……帰ッテきたラ、あソぼうネ?」


「……? うん、帰ったらゲームでもして遊ぼっか」


 一瞬、ヒナの纏う空気が変わった気がしたけど……気のせいだよね?

 玄関まで見送ってくれるヒナの様子はいつも通りだ。少し気がかりだけど、早く行かなきゃ遅刻してしまう。


「いってきまーす!」


 ヒナはうっすらと笑みを浮かべたまま、手を振ってくれた。


「いってらっしゃい」




「……アソぼウ、××さマ……」




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