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Heaven  作者: 沖崎りぃ
4/6

Heaven4



 ナンバー2が(ひざまず)き頭を垂れながら老人に言う。

「教祖様、教団へお戻り下さい」

「わしは教団へは戻らぬ」

「雨乞い儀式の用意が出来ております」

 老人は空を見上げた。久しく雨が降っていない。何年も何十年も、雨はこの地を潤していない。

「わしには雨を降らす事は出来ぬ」

「この世で雨を降らす事が出来るのは、教祖様お一人にてございます。皆が待ち望んでおります。どうぞ雨乞いの儀式を」

 ナンバー2は跪き頭を垂れている。平静に、謙虚に。でも歯を食い縛り、早く雨を降らせろよ、と思いながら。

「わしに雨を降らす力は無い。しかし、やがて雨は降るであろう。この地に大量の雨が降るであろう。それは災いの渦となってこの地に降り続く事となるであろう」

 そんな予言はどうでもいいから早く雨を降らせろよ、とナンバー2は思っている。その方がいいから。自分にとって都合がいいから。雨が降れば土地は潤い教団も潤い、自分の権力も上がるから。そうなればもう教祖はいらないから。

「教祖様、雨乞いの儀式を」

 老人はポケットの中で眼鏡を探している。

「まだ、わしを教祖と呼ぶか?」

「この世に教祖様はお一人でございます」

 老人は、眼鏡をホテルに忘れてきたのかも知れないと考え、あのフロントの若い男性は届けに来てくれるだろうか、と思った。

「ならば、教祖の(めい)にて、今をもって教団を解体する。信者を解放し、お前達幹部の職を解く」


 




 女は真っ赤な椅子に座り、辺りの様子を伺っていた。町が騒がしい。人々が入り乱れている。

「またミサイルが飛んで来るぞ!」

「いったい何発飛んでくるんだ!」

「世界中のあちこちに落ちてる、終わりだ、もうおわりだ」

「くそ! お前のせいだ!」

「違う! 昨日、お前が悪口を書き込んだからだ!」

「あの人は前科者よ、あの人がまた何かしたのよ」

「おい、町に溢れかえっていた難民達の姿が見えないぞ」

「あの人達が何かしたのよ! きっとそうよ」

 人々がいがみ合い罵り合いだしている。それを女は見ている。見ながら着ている服を脱ぎ始める。そうしたいから。それが一番自由になれそうだから。女は脱いだ物をブランド物のロゴが入った旅行カバンに詰め込んでいった。

 町は一段と騒がしさが増していく。人々は殴り合い、騙し合い、奪い合い、逃げ惑い、知らぬ顔をし、誰かのせいにし、落ち着けと言いながらワイドショーを見ている。なんとかなると思っているから。自分だけはなんとかなると思っているから。

 人々が走り回り、物が飛び交う中で、二人の幼い子供が怯えて身を寄せ合い泣いていた。女がそれを見る。着ている服を全て脱いだ女が、真っ赤な椅子に座り、それを見ている。何かを思い出すように。

 女は椅子から立ち上がると、ブランド物のロゴが入った旅行カバンを開け、手を入れ中をかき回し携帯を取り出した。何かを思い出すように番号を押す。携帯が誰かを呼び始める。

 空でミサイルの音がする。女は見上げる。人々も見上げ、すぐさま慌ただしく逃げ走る。ミサイルは積み上げられたガラクタに向かって飛んで来ている。幼い二人の子供は立ち尽くして泣いている。携帯は誰かを呼び続けている。女が子供の元へと歩み寄り顔を見る。男の子と女の子であった。綺麗な顔をしている。姉弟だろうか、と女は思ったがそんな事はどうでもいいとも思っている。ミサイルの音が近づいてきた。女はしゃがんで二人の子供を抱きしめる。

「大丈夫よ。恐くないから」

 子供達は震えている。携帯は誰かを呼び続けている。女が顔を上げミサイルを見る。ミサイルの胴体にはheavenと書かれている。

「ほら、もう大丈夫」

 ミサイルは急に方向を変え、雨を降らさない雲に向かって飛んで行き、その雲の中で爆発した。縦に横に稲妻が走る。人々はその様子を見ていたが、何十年も雨が降っていないので誰も稲妻を知らなかった。皆は天が割れたと思っている。

「天が割れたぞ」

「終わりだ。この世の終わりだ!」

 二人の子供は稲妻を見て綺麗だと思った。でも口に出して言ってはいけないと思っている。

「綺麗ね」と女が呟くと、男の子と女の子の顔が少し喜んだ。女の手の中では携帯が誰かを呼び続けている。

「さあ、こっちにおいで」

 二人の子供の手を取り、真っ赤な椅子へと座らせる。二人並んで座る男の子と女の子を見てまるで天使のようだと女は思う。二人の子供には羽が生えてくるかも知れないと感じる。

 女の手の中で誰かを呼び続けていた携帯が通話中に変わった。女は手に持ったまま「久しぶりね」と言う。携帯の向こうからはカタカタカタカタと音が聞こえる。

「久しぶりね」

「……どこ?……今どこ?」

「さあ?」

 世界中を飛び回っている女は今の場所が分からなくなっている。

「さあ?……どこかしら。真っ赤な椅子がある場所よ」

「何だよ、それ。 どこ? 今どこ?」

 女は考えたが、自分が今どこに居てるのか分からない。どこでもいいと思う。一つだけ覚えていた住所を言う。それがどこだったか思い出せない。世界のどこかだったかも知れないし、今住んでる場所だったかも知れない。

 携帯からカタカタカタカタとキーボードの音がする。

「分かった。今からプレゼントを送るよ」と携帯の声が笑う。




 男はガラクタを探して歩いている。揺れを治めるのにちょうどいい大きさの物を。いくらでもガラクタは転がっていたが、抜かれた穴にちょうどいいものが見当たらない。男はガラクタを探し歩いている。




 フロントの若い男性は宿泊客を大型バスへと誘導し終えて、運転手に合図を送った。行き先案内板は[安全な場所]となっている。けれど安全な場所など無いとフロントの若い男性は思っている。空ではまたミサイルが通過していった。大型バスがホーンを鳴らし発車する。若い男性は穏やかな笑みで見送っている。全てのお客を避難させた。もうホテルには誰も残っていない。それでも若い男性はもう一度確認をする為にホテルへと入っていく。一階を確認し終えてから二階へと登り、誰も居ないのを確認してから三階へと登る。三階に登ると一つのドアが開いていた。そこから男が出てくる。手には眼鏡を持っている。男と若い男性の目が合う。男はガラクタを探している。男が歩き出す。若い男性を見ている。ガラクタが無いか見ている。

 フロントの若い男性はホテルに居る人を避難させていた。しかし、今目の前に居る男は混乱に乗じた物取りだな、と思った。それでも仕事に忠実な若い男性は、避難させないといけないと思っている。

「ここは危険ですので安全な場所へ避難して下さい」

「安全な場所?」と男が返す。言いながら男はガラクタを探している。若い男性の口を見ながらガラクタを探している。

「安全な場所へ」若い男性は繰り返す。

 男は、若い男性の前に立ち、眼鏡を渡してから階段を降りて行った。若い男性は「安全な場所へ、安全な場所へ」と繰り返している。




 最後のウィンドウに住所を打ち込み、メガネがenterを押した。口角を上げる。姉へプレゼントを送った。これで恐いものが無くなる。自分が唯一の神になれる。メガネは、メガネを外し丁寧に拭いてから、掲示板にアクセスして [我は神なり] と打ち込んだ。




 女は真っ赤な椅子の正面にしゃがんで、仲良く椅子に座る男の子と女の子を眺めていた。それだけで全てが満たされている気がしている。まだ羽は生えてこないのかしら、と肩口辺りを見ている。男の子と女の子は安心して眠っている。その肩越しに男が歩いて来るのが見えた。女は立ち上がり男を見る。男も女を見ている。ガラクタが無いか探している。

 男が近づいていく。ガラクタが有ったと思っている。ミサイルの音がしている。だんだんと大きくなってきている。男の子と女の子が目を覚まし怯え出す。

「大丈夫よ。心配ないわ」

 女は子供の頭を撫でながら輪っかは無いのかしらと思う。

 男が立ち止まりガラクタへと手を伸ばす。

 ミサイルが頭上を掠めた。女と男が見上げる。ミサイルの胴体にはプレゼントと書いてある。

「ほら、もう大丈夫よ。安心して眠って」

 ミサイルが方向を変え、どこかへと飛んでいった。

 見上げていた顔を戻し、男が止めていた手を伸ばしていく。積み上げられたガラクタの揺れを収めるのにちょうどいいガラクタへと手を伸ばしていく。その手が、女の手に触れる。





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