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Heaven  作者: 沖崎りぃ
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Heaven2



 電気を消した部屋でモニターだけが眩しく光っている。その中をものすごい速さで文字が流れている。左から右へと打ち込まれている間にも、文字は下から上へと消えていく。カタカタカタカタカタカタとキーボードが音を鳴らし続ける。部屋は暗い。キーボードの音だけがうるさい。モニターの明かりが、キーボードの上を蟻のように動く指を照らしている。指はキーボードを叩き続けている。その指の上でモニターの光りを受けたメガネが光る。メガネのレンズに、反射した文字が映し出されているが、その文字は動かない、時が止まっているように。微かに口元に明かりが届いている。暗闇に浮かんでいるような口元は時おり笑うように口角を上げ、その度に世界の何処かの誰かを不幸にし、損害を与え、世の中を混沌へと導いている。

 メガネはモニターだけを見ている。外の世界はもう何年も見ていない。それでもメガネは荒れていく世界を見ている。自分が荒らしているから。自分が世界を壊しているから。モニターの文字だけで全てを見ている。そう思っている。自分が世界を動かしていると信じている。自分が神だと信じきっている。




 どこかの国の大統領が組んだ両手の上に顎を乗せ、ボタンを押すタイミングを待っている。

 大統領はボタンを押したがっている。その理由を欲しがっている。

「あの国で間違いないんだな」

「はい、間違いありません。我が国の情報を盗み、書き換え、またウィルスを送り込んだりとの操作はあの国で行われております」

「あの国の人間か?」

「そこまでは……」

「あの塔から電波はまだ傍受出来ていないのか?」

「はい、あの塔は……ただのガラクタのようでして」

「ガラクタ? 何故ガラクタなんかを積み上げている?」

「まだ、そこまでは。ただ今情報を集めております」

 大統領は考えている。振りをしている。ボタンを押す理由を欲しがっている。




 男は積み上げたガラクタを登っていた。手には顕微鏡が握られている。これで世界を見てみようと思っている。一番上から、この顕微鏡で世界を見てみようと思っている。

 空気が薄く冷たい。男は休憩をして一息ついた。その時、積み上げられたガラクタが揺れだした。ユラユラと大きく長く、今にも崩れそうに揺れる。男は振り落とされないように慎重にガラクタを降り出した。




 女がガラクタを登っている。ハイヒールの先が刺さってなかなか先へ進んでいない。焦れた女はハイヒールを脱いだ。ついでに、引っ掛かって邪魔になる身に付けてる貴金属もはずして放り投げた。女の速度が速くなる。すぐに真っ赤な椅子にたどり着く。女はそれを抜き取る。なんの躊躇(ためら)いも無く、それが当たり前のように、忘れ物を取りに来たように、その為に女は生きてきたかのように。

 支えを無くしたガラクタが大きく揺れる。けれど女は気にしない。真っ赤な椅子に夢中になっている。それを手に入れた事に満足している。ガラクタから降りた女はタクシーを拾う為に大通りへと歩いて行った。




「実害は?」

「実害も何も、こんなに揺れてるじゃないか!」

「揺れてますね。けどまだ倒れていませんね」

「なんだよ! 倒れないと警察は助けてくれないのかよ!」

 住民達は怒っているが警察官は面倒くさがっている。事件を解決すれば昇級するが、事件を予防しても得にならないと思っている。

「実害が無いと警察は動けませんので、実害が出たら連絡下さい。もし被害が心配なら、保険に入ってたら安心ですよ」

「そうね、保険に入ってた方がよろしいわね」

 住民達は会議室に移動して、どの保険会社がいいか議論し始めた。




「大統領、例の塔が揺れ始めております」

 大統領の顔が明るくなる。

「高さはどれくらいになった?」

「はい、成層圏を越えました」

 大統領は喜びのあまり両手を突き上げている。笑みが溢れている。ボタンを押す理由が見つかり喜んでいる。

「今すぐ攻撃の準備にはいれ」

「しかし大統領……あれはただのガラクタでありまして」

「ガラクタでカムフラージュした破壊兵器だ」

「衛星写真と音波解析システムのデータからしますと、ただのガラクタであり……」

「破壊兵器だ」

 大統領は喜んでいる。他の者達は困っている。けれど他の者達も成層圏を越えてはいけないとは思っている。成層圏を越えればそこは我が国の領土だから。一番最初に宇宙に旗を立てたのは自分達の国だから。自分たちの領土を脅かす者には攻撃もやむ無し、それが世界平和だと思っている。

 




 黒服の男達がホテルの中へと入っていく。フロントの若い男性が穏やかな笑みで出迎えている。部屋番号を聞くと黒服の男達は階段を登っていった。一人の黒服の男がフロントの男性に感謝の文言を(そらん)じている。フロントの若い男性は(ひざまず)き手を組んでいる。けれど言葉は聞いていない。自分が教団の幹部に成れる事を喜んでいる。黒服の男達と同じ地位につける事を喜んでいる。今、目の前にいるこの黒服の男が約束してくれた。この男が教団のナンバー2である。教団は急速に勢力を伸ばしている。その教団の幹部になれれば、もうこんなホテルで働かなくてもいいんだと喜んでいる。明日からは黒服を着れる、直線的な折り目のついた制服を脱げるんだと喜んでいる。

 他の黒服の男達が教えられた部屋の前で何度も部屋番号を確認し慎重にスペアキーを差し込んだ。この中に老人がいる。黒服の男達は緊張している。先頭の男がドアを開け中を見る。

 そこに老人の姿は無かった。老人の眼鏡だけが残されていた。

 黒服の男達が車に乗り込み帰っていく。フロントの若い男性だけが取り残されている。「神のご加護を」と黒服の男達は言っていたが、黒い服は渡されなかった。フロントの男性は祈っている。もう二度と自分の身に幸運は舞い降りて来ないだろうと悟りながら、神に見放された事を悟りながら、それでも神に祈っている。





 暗い部屋でメガネがキーボードを叩き続けている。どこかの口座から金を引き出しどこかの銀行へ送金している。機密文書を盗み出し相手国へ暴露している。顧客名簿をばらまいている。ウィルスを撒き続けている。その度にメガネは神に成り続けている。恐いものなど無いと思っている。そう信じている。

 実際は怯えている。メガネには一つだけ恐いものがあった。今も怯えている。しばらく会っていないがメガネは姉が怖かった。子供の頃から頭があがらない。姉には逆らえない。今もそうである。いつか消そうと思っている。今の自分なら出来ると思っている。キーボードに文字を打てば何でも出来ると思っている。自分は神だから。掲示板で神と崇められているから。




「なんでそんなに掛け金が高いんだ!」

「こんなに揺れていましたら、いつ崩れてもおかしくありません。そうしますと当社としましても、これくらいの掛け金でありませんと。これでも精一杯勉強させて頂いております」

 住民達は憤っているが、保険屋は揉み手をしながら利益を考え、契約はしない方がいいと考えている。

「もしあれでしたら、弁護士さんに相談してみたらどうでしょうか?」

「そうね、弁護士さんに相談した方がよろしいかしら」

 住民達は会議室に移動して、人権弁護士がいいかカリスマ弁護士がいいか相談し始めた。




 男はガラクタを降りていた。まもなく地上に降りれそうだった。しかし途中でガラクタが抜かれているのに気がついた。そのせいでガラクタが揺れている。そこに何があったかを男は考えている。

 老人がガラクタを見上げている。涙を流しながら見上げている。上から降りてきたのは神に違いないと思っている。けれどホテルに眼鏡を忘れてきたのでよく見えていない。

 真っ赤な椅子に座りながら女は考えていた。何かが足りないと。

 キーボードを叩きながらメガネは考えていた。姉を消さなければと。

 住民達は揉めていた。会議をするべきかどうかを会議室で議論していた。

 黒服の男達は積み上げられたガラクタへと向かった。そこに老人がいると情報が入った。

 大統領がボタンを押した。積み上げられたガラクタに向かってミサイルが発射された。

 フロントの若い男性は穏やかな笑みで客を迎えていた。

 ボタンを押して満足した大統領は「水を一杯」と言ったが大統領以外の他の者達はすでにシェルターへと避難していた。

 

 町は乾いていた。雨を欲しがっていた。乾ききった大地は大量の水を欲していた。





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