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Heaven  作者: 沖崎りぃ
1/6

Heaven1



 その町は乾いている。もう随分と雨が降っていない。けれども住民達は潤っている。海から引き込み、地下から汲み上げ、住民達を潤している。地面だけが乾きを訴え、水を撒いてもすぐに干からびている。

 土を削り、砂を巻き上げ、男がガラクタを引きずり歩いている。その男は毎日どこからかガラクタを拾って来ては、自分の家の小さな庭に器用に高く積み上げている。

 それらは、用を無くして誰かが捨てた物であったり、興味を失って誰も要らなくなった物であったり、まだ使えるが嫌な事を思い出すのでほったらかしにされている物たちであった。そういう物を拾って来ては、家に持ち帰り庭に積み上げている。

 夜が明けると同時に出掛け、夜が訪れるまでガラクタを拾って帰ってくる。そんな事を何度も繰り返している。何故そんな事をしているのかは自分でも分からずに繰り返している。それでも積み上げられたガラクタを見て、男は幸せを感じている。

 近所の住民達は男がガラクタを持ち帰っているのを知っている。しかし何故そのような物を拾って来てるのかは知らなかった。知ろうとも思っていなかった。そんな物はこの町にはいくらでも転がっていたし、そもそも誰もこの男に興味を持っていなかった。何をしているのか考えた事も無ければ、男の庭を覗くような事など誰もしていなかった。

 だからか、住民達が気がついた頃には随分と高く積み上げられていた。住民達の住む家の屋根を超え、雨も降らさないのに低く厚くこの町を覆っている灰色の雲に届きそうなくらいの高さまでになっていた。

 その頃になって初めて住民達は高く積み上げられたものに恐怖を感じ始めている。

「こんなに高く積み上げられたら、崩れてきそうで危ないなぁ」

「怖いわ。誰か注意してきて下さいな」

「下手にでると何をされるか分かりませんよ。こういう事は役所に任せましょう」 

 見上げる住民達を尻目に男はガラクタを持ち帰り更に高く積み上げていく。




 タクシーから下ろした大きなカバンを受け取ると、女は不機嫌そうにチップを渡しその場を去った。

 その女は海外を飛び回っている。それだけの財力があり、それだけの行動力があった。

 しかし、女の顔は暗く重い。何かに疲れているようでもあり、何かを諦めているようでもあり、目が虚ろにさ迷ってもいる。

 女はブランド物のロゴが入った大きな旅行カバンを引きずっている。砂を削り重そうであるが、それを引きずり歩く女の速度は速かった。何かに急かされているように、立ち止まる事がイケナイ事のように、それが与えられた権利のように、歩く女の速度は速かった。

 家に着き部屋に入ると、女は旅行カバンを開け中を見る。いつもそうであるように、取り出したものを手にする顔はみるみると曇り出し、憂鬱そうにため息をついては放り投げていく。

「また、違ったわ……」と女はつぶやく。

 現地で見た時には確かに心ときめき、真新しく見えていたものが、家で開けて見るとそれらはもう古く、女の心に何の響きも与えてはくれなかった。

 空になった旅行カバンを閉めると、女はまたすぐに出掛ける用意を始める。ドアを開けタクシーを拾うために大通りへと歩いていく。宝石店やブティックが建ち並ぶ通りを抜けるが、女はすでにそれらのものには興味を無くしている。大通りへと出てタクシーを拾える場所を探し歩く。その途中でガラクタをひきずる男とすれ違う。女は男に興味を示さなかったが、男がひきずるガラクタに心ときめいた。男は真っ赤な椅子をひきずり歩いていた。




 老人はホテルのロビーに行き空いている部屋をとった。フロントの若い男性は直線的な折り目がついている制服を着て穏やかに笑い爽やかな姿で立っているが、老人を見るその目は戸惑っている。

 老人が書く氏名と住所をさりげなく確認して、フロントの男性は「よろしいのですか?」と、その穏やかな笑みの表情の中で伝えている。老人は辺りを見回し警戒している。黒服の男達に追われている。その姿が無いか確認している。

「この部屋で」と老人は言う。フロントの男性がなかなかキーを渡さないので老人は焦っている。

 フロントの若い男性は穏やかな笑みで老人を見ている。

 老人はこのホテルを使うのは初めてであった。けれどフロントの男性はこの老人の事を知っていた。知っているばかりか、尊敬をし崇めてすらいた。出来れば今すぐ(ひざまず)き頭を垂れたい気持ちでいっぱいだった。しかしフロントの若い男性は仕事に忠実であって、全ての客に公平に接しプライベートに踏み入る事などしなかった。穏やかな笑みだけで戸惑いの気持ちを伝えている。こんな安ホテルにこの老人が一人で泊まろうとしていることに。

「この部屋で」とまた老人が言った。キーを受け取ろうと手を差し出しているが、顔は辺りを伺っている。老人は黒服の男達に追われている。




 男は新しく拾ってきた真っ赤な椅子に座り、積み上げたガラクタを見上げている。椅子の座りは悪くは無かったが男の体には合わなかった。そう長くは座っていられないと男は感じていた。

 庭の外では大勢の人達の声がする。

「早くあのガラクタを撤去してくれよ」

「えぇ、そう言われましても、まずはご本人さんの承諾を得ましてから……」

「中に入って運び出したらよろしいんじゃありませんか」

「えぇ、その前にまずはご本人さんの承諾を……」

「勝手に運び入れてんだから勝手に運び出したらいいんだよ! 役所の人間なんだから構わないだろ!」

「無断で人様の敷地内に入る事は出来ませんので、まずはご本人さんの承諾を得まして、それから一度その承諾書を持ち帰りまして、各部署、関係先各所と協議をしまして、予算や日程が決まりしだい、各部署、関係先各所の判こを頂きまして……」

「そんな事をしてるまに倒れてきたらどうしてくれるんだ!」

「えぇ、ですから、その前にご本人さんの承諾を……」

 住民達は不満を言っているが、役所の人間は帰りたがっている。今から帰れば定時に間に合うと思っている。

「お急ぎのようでしたら、警察の方に相談してみればいかがでしょうか?」

「そうね。警察の方がいいかしら?」

 住民達は会議室に移動をして役所がいいか警察がいいか議論し始めた。

 男は椅子から立ち上がると、ガラクタを登り途中にあった車のエンジンを抜き出し、代わりに先ほどまで座っていた真っ赤な椅子を押し込んだ。その方が高く積み上げられたガラクタが前よりもしっかりしたように思えた。男は満足してエンジンを持って上へと登っていった。




 老人は急いでホテルの部屋のドアを開け、中に入る時にもう一度廊下を覗き黒服達の姿が無いか確認した。フロントでだいぶ時間を取られた。黒服の男達から老人は逃げ続けている。人生をやり直そうと思っている。

 ベッドに腰掛けるとサイドテーブルに置かれていた聖書を手に持ち、もう何度も読んだそれを初めて読んだ時のように食い入るように読み始めた。老人の心が落ち着き始める。けれど答えが見つからない。聖書の文言は(そらん)じれるほど読み込んだ。神に祈り続けてきた。けれど答えが見つからない。老人は焦りだす。黒服の男達に追われている。

 老人は聖書を閉じ、窓から外の様子を伺った。あまり良い町ではなさそうだった。人々は疲れた様子でうつむき歩いている。汚れた犬が吠えている。小さな子供が財布を盗もうと隙を伺っている。老人は祈りたくなった。けれど今は黒服の姿が無いか探している。

 まもなく夕日がこの町を赤く染めようとしていた。老人はこの町が赤く染まれば、この町の為に祈ろうと思っていた。雨が降ればと思っている。町が乾いている。一滴の潤いがあればいいと思っている。

 老人の視界の中で何か光るものがあった。町は徐々に赤く染まり始めている。夕日はこの町を赤く染めたあと、闇で覆い隠そうとしている。老人は目を凝らして光るものを見た。よく見えないので眼鏡を取り出す。何かが高く積み上げられていた。細く高くいびつに歪みながら。天へ登っていくように上へ上へと。

 老人はじっと見ていた。夕日が沈みいくその時も。じっと見続けていた。老人は気づいてはいなかったが、目からは涙が流れ続けている。あそこへ行けば答えがあるかも知れないと思い続けている。

 フロントの男性は、モニターで老人が部屋へ入るのを確認しながら電話を掛けていた。心なしか興奮している。

「間違いありません」と言うとフロントの男性は電話を切り、神に、自分の身に起きた事に、感謝をした。

 電話を受けて黒服の男達がホテルへと向かった。





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