赤と銀
「うぅ、みずぅ」
故郷である村落を抜け出し、砂の大地へと飛び出してから2日がたった。
初めは元気よく進んでいたユナだが、今ではとぼとぼと歩いている。
その理由は一つしかない。
装備を整え、万全の準備をしていたつもりのユナだったが、旅など未経験のユナには知らない事が多すぎた。
ユナはまず、ここまで水が無いとは思ってもいなかった。
村落の近くには水源があり、いつでも好きな時に水は飲む事が出来た。
何も知らないユナは、他の場所にも当然水があるものだと考えていたのだが、砂の世界ではそんな事はありえない。
世界の半分以上が砂に覆われたこの砂の世界に水源など多く存在しない。
主なオアシスなどでは、周囲に街が出来ている。
ユナの故郷のような小さな村落のある場所などの周囲に大きな街など存在しないのだ。
ユナが村落を飛び出してここまで来るまでに街が無い訳ではない。
しかし、ユナは運が悪いと言うべきか、地図も持たずに己の勘に従って進んだ先は、その街から遠ざかるだけであった。
「もう、どこに行けばいいのよ…」
今のユナは怒る元気すらない。
想像以上に広かった砂の世界は体力や気力、全てをユナから奪い去る。
「あれ? 何かある」
独り言を話す事すら、億劫になっていたユナの視界に、これまでの砂の大地が続く景色とは違うものが見えて来た。
これまで、幻覚のようなものを多く見てきたユナであるが、今回の景色はどうも幻覚とは違うようであった。
未だにぼやけながらもその何かはだんだんと大きくなっている。
「あれは、乗り物?」
ユナが目にした物、それは村落に時々訪れる商人が乗っている移動用の車両と酷似している。
細かな形などは違うが、間違いないだろう。
「よし、行ってみよう」
力を入れる事を拒否する身体にムチを打ち、ユナは走り出す。
ここまで水はおろか人にすら会っていない。
刺激を求めて村落を出たユナであるが、これまでは村落にいた時よりも退屈であった。
「なんだ? 子供か」
車両へと近づくと、その近くに待機していた女性に声をかけられる。
銀色に輝く髪を頭の後ろで団子状に纏めたその女性は、同じ女性であるユナからも綺麗だと思わせるほどの美人であった。
「子供じゃないわ、これでも14になったんだから」
14歳などまだまだ子供であるが、ユナはそう思われる事が嫌いであった。
両親を亡くしたときからユナは誰よりも大人であろうとした。
ほとんど1人で成長したユナは、何よりも子供扱いされる事が嫌いだ。
身長も低く、幼さを残したユナは他人から良く子供扱いされる事も嫌になった事でもある。
「そうか、こんなところで何をしているんだ?」
銀髪の女性は、ユナを観察するように見つめてくる。
ユナの感覚は危険だと警鐘を鳴らす。
今まで会ったどのような者よりもこの女性は強い、そう感じ取っていたのだ。
「旅よ、水がなくて困ってたの。 持ってたら分けてよ」
「はあ、まあいいが」
「ほんと⁉︎」
旅をしているという癖に水の確保もしていないユナに呆れた様子の銀髪の女性だが、持っていた水筒を渡す。
水筒を受け取ったユナは、遠慮など一切せずその中身を飲み干した。
久々の水はユナの身体に染み渡り、身体から力が湧き出るように感じられた。
「ありがと、貴方は何をしているの?」
水を飲み干された事に苦笑いを浮かべる女性だが、ユナに文句は言わない。
クレアと名乗るこの女性はどうやら故郷の者達とはぐれてしまったらしい。
狩りに出ていたクレアだが、その途中で自分だけが孤立している事に気がついた。
しかし、慌てて戻った先に故郷の者達はおらず、途方に暮れているところであったそうだ。
「迷子なの? 情けないわね」
そう言う自分も迷子に等しいのだが、ユナはそんな事を気にしない。
「そうだ、私が一緒に探してあげるわ!2人の方が早いでしょ?」
「いや、私は別に探さなくても良いのだが」
仲間のもとに送ろうとしたユナだが、どうにもクレアと考えが一致しない。
その様子から何かしら事情がありそうな事を感じ取ったユナは、聞いても良いのかわからないでいてしまう。
「お前が気にする事ではない、私の問題だ」
クレアからそう言われるが、こうして出会ってしまった以上、放って置くのはユナの性分ではない。
意を決してクレアに何があったのか、何故戻りたくないのか聞いてみる事にした。
すると嫌がるかと考えていたが、クレアは素直に話し始めた。
「私は捨て子でな、どの道あの村から旅立とうと考えていた。 村でも腫れもののように扱われていた事だし、他の者も私がいなくなってせいせいするだろう」
「何よ、それ」
それこそ、子供に言う事ではないと言うクレアだが、話を聞いてしまったらユナは最後まで聞かずにはいられない。
「仕方ないか、奴隷という者をお前は知っているか?」
「なんとなく、わかるわ」
「私は、その奴隷なんだ。 捨て子の私にはそうなるしか道はなかった」
首筋に刻まれた刻印をクレアは見せる。
奴隷制度、それははるか昔に撤廃されたはずのものだが、それは王都などの巨大都市のみの話だ。
ユナの故郷やクレアの住んでいた村などの小さな田舎には、まだその文化は根強く残っている。
1人では歩く事すらままならない幼い頃、クレアは捨てられた。
その時の記憶は、クレアには残っていない。
だが、今だからわかる。
あの時は、非常に運が悪かったのだ。
拾われた男が悪かった。そのおかげで奴隷として生きる他なくなっていたのだから。
首筋に刻まれた魔術刻印は、クレアの意思で消し去る事は出来ない。
奴隷として、絶対服従の証なのだから当然だ。
これがある限り、クレアは主人の奴隷であり続けなければならない、
しかし、クレアにも意思はある。
言いなりになり続けるつもりはない。
今回の出来事は、クレアにとってまたとない好機である。
いずれ捕縛されるだろうが、それまで少しばかりの自由は得たい。
「許せないわ、何よそれ!」
水分を補給した事で元気を取り戻したユナは激昂する。
クレアが置かれている理不尽な状況に怒りがこみ上げてきたのだ。
「決めた! 貴方は私の部下になりなさい!」
「部下? お前の下に付けと言うのか?」
突然、妙な事を言い出すユナにクレアは困惑する。
何故、こんな子供の部下にならなければならないのか、そんな事を思っている表情だ。
「そうよ! 貴方はこれから私と一緒に旅に出なさい」
しかし、ユナにクレアがどう思っているかなど関係ない。
一度決めた事は必ず実現させる。
それは、ユナが旅に出ると決めた時に決意した事だった、
「やれやれ、仕方ないか」
断りを入れても無駄だと判断したクレアは、子供の遊びだと割り切って付き合う事にする。
どの道、この場からは旅立つ必要がある。
そのついでに、この小さな少女と行動を共にするのも悪くないと考えたのだ。
この時のクレアはまさか、この決断が自分の人生を左右する事になるなど思ってもいなかった。
しかし、この出会いと決断がユナとクレア2人のみならず、砂の世界全土の運命を変える事となる。
砂の世界にその名を轟かす赤姫、その団長となる赤毛の少女と傭兵団の纏め役となる銀髪の女性は、辺りを砂に囲まれるこの場所で出会ったのだ。
「怒ったら喉渇いちゃった。 ねぇ、また水もらえない?」
「悪いが、さっきので最後だ」
ユナとクレア、2人の苦悩はまだ始まったばかりだ。




