旅立ち
「ふう、今日はこのぐらいで終わりね」
身の丈以上の長剣についた血を払い、ユナは本日の収穫に満足する。
洞窟で手にした長剣の扱いにもだいぶ慣れてきた。
今では己の手足のように扱う事が出来る。
仕留めた獲物の血抜きを済ませ、ユナは自宅へと向かう。
最初は戸惑い、怯えながらしていた血抜きにもすっかり慣れ、今では簡単に終わらせるようになっていた。
日々の生活は順調だ。
多めに仕留めた獲物は、加工し干し肉にする事で村落に時々訪れる商人に売る事が出来るし、剥いだ毛皮は高値で買い取ってもらえる。
この小さな村落では、通貨などあってないようなものに等しい。
それでも、ユナが通貨を貯めているのには理由がある。
あの洞窟へのちょっとした冒険が忘れられないのだ。
最近はちょくちょく、活動範囲を広げているが、めぼしい場所はなかなか見つからない。
そんな状況に嫌気がさしたユナは、意を決したのだ。
冒険者、そう呼ばれる者達がいる事をユナは知っている。
そしてそれになる為にはどこかの大きな街に行かなくてはならない事を。
もちろんその街がどこにあるのかなどユナは知らない。
この住んでいる村落が砂の世界のどこにあるのかすらわからないのだから当然だ。
地図なんて見た事がないどころか、存在すら知らない。
それでもユナは外の世界に憧れている。
一体いくら位集めればいいのかわからないが、多い事に越した事はないだろうと、こうして商人から通貨を集めているのだ。
聞くところによると、この通貨はラピス王国と言う所の物らしいが、そんな事はどうでも良かった。
早く、この小さな村落から飛び出したい、その一心であった。
「おいユナ、今日こそ俺と結婚してもらうぞ!」
村落に戻ったユナに1人の男が声をかけてくる。
ここ最近、ずっと同じような事を言い続けてくる男だ。
周りを部下のような年下の者達に囲わせ、脅すように武器を向けてくる男だが、その姿からは一切恐怖を感じない。
日々、魔獣達と生死をかけた戦いをしているユナからしたら、このような男の構えなど子供の遊びのようにしか見えない。
今回のようにユナに言い寄る男達は、最近増え始めている。
幼い頃は周りに畏怖されていたユナが、このような扱いを受けているのにははっきりとした理由がある。
成長したユナは、美しくなっていたのだ。
日々運動している為、身体は引き締まっているし、この所胸の膨らみも大きくなり始めた。
女性としての魅力をユナは持ち始めたのだ。
それはこの村落で1番だと称されている。
「貴方じゃ無理よ、私には勝てないもの」
「やってみなければわかんないだろ!」
ユナには異性に対し一つだけ絶対に譲れないものがある。
それは自分よりも強い事だ。
愛する者を両親のように失いたくはない、そう強く想っているからこそそう考えていた。
自分よりも強い者であれば、簡単に死ぬ事はない。
そう確信出来るだけの自身がユナにはある。
無理、そうユナに宣言された男は、一直線にユナへ襲いかかる。
だが、その突進はユナに容易く躱されてしまう。
ユナの瞳に、男の動きは止まっているかのように感じられた。
あの程度の速さでは、この辺りに住む魔獣に攻撃を当てる事すら出来ない。
「まっまただ!」
「もういいわ、これで終わりね」
諦めない男だが、ユナに頭部を強打され意識を失ってしまう。
同じやり取りを何度も続けていた甲斐もあり、ユナは格下の相手への対応も覚えていた。
「もう、明日には旅に出よ」
さすがにこう何度も迫られてはユナも限界である。
翌日この村落を出る。
そう決心してこの日を終えた。
**
翌日、目を覚ましたユナは考えられるだけの支度をして、生まれ育った村落を旅立つ。
行き先はわからない。
それでも不安な気持ちは感じていなかった。
「お父さん、お母さん、行ってきます」
最後に両親へ別れを告げる。
もう2度とこの場に戻る事はない。
ユナはそんな気がしていた。
ユナの旅立ちは静かなものだった。
見送る者は1人もいない。
誰にも伝えていないのだから当然だ。
別れを言う必要がある者も両親を除けば1人もいない。
「ん〜どっちに行こうかなぁ」
ユナ・アーネスは人知れず旅立つ。
これから何が起こるのか、ユナ自身にも想像はつかない。
だが、小さな身体に期待を膨らませ、少女は歩き出す。
岩山を抜け、初めて目にするのは空と並行して続く砂の大地だ。
目印になる物はなく、信じるのは己の直感のみだ。
燃えるような赤い髪を風になびかせ、少女はまだ見ぬ大地を目指しゆっくりと進んでいく。




