プロローグ
「ふわぁ、まだ眠いわね」
岩山に囲まれた一つの村落で1人の少女が眠りから覚める。
陽は既に頂点に達しており、ほとんどの者が活動しているのだが、その少女には関係がない。
年齢は14.5歳位であろうか、まだ幼さを残すその少女は身長も低く、未だ大人になりきれてはいない。
何よりも目立ち、そして美しい燃えるような赤い髪を背中の真ん中辺りまで伸ばし、同じく赤い長剣を腰にした少女は欠伸をしながら近くの水場で顔を洗う。
少女の名はユナ・アーネス。
砂の世界デゼルトにある小さな村落で生まれた少女に両親はいない。
少女が幼い頃、狩りに出た際2人とも魔獣に殺されたのだ。
貧しい村落では、危険を犯してでも狩りに行かなくては生計が成り立たない。
職に溢れた王都なりに行けば、生活に困る事はないのだろうが、生憎とその王都に向かう為の資金や必要品がこの村落にはない。
両親が死亡した事にユナは大きな衝撃を受けた。
頼りになる父親や優しい母親ともう会う事がなどと理解出来ず、延々と泣き続けた。
しかし、ユナを気にかける者はこの村落にいなかった。
それぞれ自分達が生活するので精一杯なのだ。
幼いユナを養える者はいない。
両親が死亡した事で、ユナの命もすぐに無くなるだろう。
村落の誰もがそう感じていた。
幼い命が散ってしまう事に罪悪感を強く感じていた村落の者達だが、誰も責める事は出来ない。
同じ様な事は何度もこの村落で起こっている。
しかし、幼いユナはその苦境を乗り越え、見事に生き抜いて見せたのだ。
何故なのか、村落の者達は最初は誰もわからなかった。
だが、理由はすぐに理解出来た。
そう、ユナには力があったのだ。
ただ、力が強いだけではない。
幼いながらもユナは村落の誰よりも戦いに秀でていたのだ。
それは、天賦の才としか言いようがないものだ。
泣き疲れ、腹を空かせたユナは、家にあった小さなナイフを片手に狩りに出た。
村落から少し離れた場所で出会ったのは、肉食ではないが獰猛な性格で知られるボーアという獣であった。
初めて目にする獣にユナは緊張した。
何しろこれまでナイフなど持った事がないのだ、当然である。
しかし、不思議な事にそれをどう扱えば良いのか、頭の中にスッと入り込んで来たのだ。
後は簡単だった。
脳内に浮かぶイメージ通りに身体を動かすだけで、獲物を仕留める事が出来るのだから。
初めて手に入れた獲物の肉にユナは獣のように食らいついた。
ただ焼いただけの肉であったが、初めて自分で手に入れた食料は最高に美味しいものだった。
それからというもの、ユナは毎日のように狩りに出続けた。
戦いというのが楽しくて仕方なくなってしまったのだ。
生き続ける為に狩りに出なくてはならないというもの関係しているのだが、それ以上に命をかけた緊迫感に魅力を感じていたのだ。
毎日のように成果をあげるユナに、嫉妬する者も村落にはいた。
ユナが狩りを終え疲れたところを狙い、横取りをしようとする者達もいた。
しかし、誰もユナから食料を奪えた者はいなかった。
ナイフを使わずとも、ユナの戦いの才は衰えなかったのだ。
自分の倍以上の身長を持つ大人を相手に、ユナは一歩も引く事なく返り討ちにしていた。
小柄な身体を自在に操り、まるで演技でもしているかの様に大人達は倒れていく。
鬼の子、村落の者達からユナはそう恐れられる様になる。
年端もいかないどころか、まだ幼いユナは圧倒的に強かったのだ。
恐れられても仕方がない。
それ以降、ユナに近寄る者はいない。
誰もが鬼の気に触れない様、慎重にしていたのだ。
それはユナにとっても都合が良い。
1人で生きて行く、そう決心したユナに馴れ合いなど必要とは思っていなかったのだ。
そんなある日、ユナに変化が起きる。
大切に使っていたナイフが、遂に破損したのだ。
丁寧に整備もしていたが、形ある物には必ず限界がある。
武器を無くしたユナは、ある場所に向かう事にした。
村落に代々伝わる伝承が示す洞窟だ。
これまで何度か近くまで行ったものの、勇気が持てず入る事はしていなかった所である。
その伝承には洞窟の奥にかつての戦争で猛威を振るった一振りの剣が封印されていると伝えられている。
武器を無くしたユナにはちょうど良い。
変わり気のない退屈な日常を送っていたユナは、まだ見ぬ世界に心を踊らせる。
両親が生きていた頃、度々話してくれる冒険話は大好きだった。
それと同じ事が出来るのだから、心が踊るのも仕方がない。
岩山を駆け抜け、辿り着いた先にある洞窟は、独特の雰囲気を醸し出している。
それはユナの気のせいなのかもしれないが、ユナ本人にはそう感じられたのだ。
意を決して飛び込んだ洞窟は薄暗く、ユナは背中が凍える様な感覚を覚えていた。
不安定な足場に湿った空気は、心地良いものではない。
魔獣の住処、そう考えていたユナだったが、不思議な事に洞窟を住みどころとしている魔獣はいなかった。
後になってわかる事だが、この洞窟には封印が施されており、不浄な存在は入る事が許されないのだ。
迷宮の様な洞窟をユナは恐れる事なく足を進めていく。
どこに行けば良いのか、ユナにははっきりとわかった。
呼ばれている、そんな気がしたのだ。
段々と狭くなっていく洞窟を窮屈に感じていたユナだが、とうとう目的地まで辿り着いた。
洞窟が終わるその場所は、まるで祭壇の様に彩られており、その中央に納められている長剣はユナを誘う様に輝いている。
長剣の美しさに目を奪われていたユナであるが、我に返りその長剣に手を伸ばす。
受け入れられた、初めて赤い長剣を手にした時にユナはそう感じた。
その長剣は、長年使い込んだものであるかの様にユナの手に馴染む。
ユナの身長よりも長く、重いと感じた長剣だが、すぐにその長剣を気に入った。
身長はこれから伸びるし、この長剣を自在に扱えるよう強くなれば良いのだ。
この武器に見合う戦士になる、それがこの時ユナが定めた目標だ。
これ以来、ユナはその長剣を常に持ち歩いた。
狩りはもちろんとして、睡眠をとる時でさえ肌身離さず持ち続けた。
己の分身、そう感じさせるものがこの長剣からは感じられた。
それは、今も昔も変わらない。
これが、のちに当時の序列4位”風帝”ニグル・ウィーゲと戦うその日まで、”剣姫”ユナ・アーネスと共に戦場を駆け抜けた、名も無き真紅の長剣との出会いである。