あなたと出会えた日 六
試作機6号さんの指示したものを集め、僕は自室を出る。修理工程は気になるが、あまり見ていいものでもないだろう。そういうわけで1階のリビングに行き、ソファに座って、適当にテレビを点ける。時刻は深夜だったため、まともな番組はなかった。普段なら見ているアニメも見る気になれず、それとなくニュース番組を探す。なかった。仕方ないので親父の仕事用のノートパソコンを持ってきて、改めてソファに座り、膝上でパソコンを操作する。開いたのはインターネット。検索欄は…
アラン・カラン博士 1月18日
この検索結果、あるサイトにある記事が載っていた。
『20XX年1月18日午後5時頃、○○で空軍の輸送機KU-97が墜落する事故が発生。搭乗していたのは△△大学工学部の客員教授だったアラン・カラン氏(57)と操縦士フェッポス・ミルトン(39)を含めた7名。全員の死亡は確認されている。事故の原因等は不明。専門家の見解では悪天候の中での操縦が問題だったのでは、とのこと。
アラン・カラン氏といえば、昨年に人工皮膚を用いたアンドロイドの開発に意欲を見せ、人間そっくりなアンドロイドを作るためにクロウ・ショーン氏(34)とアーベラル・カム氏(44)とで共同開発に乗り出したと話題になった…』
つまり…その輸送機の中に裏切者がいて、試作機6号さんを逃がすのに尽力した博士が死んだ?
そんなことを考えていると…寝てしまった。
そして翌朝、
「おはようございます」
身体が痛い。筋肉痛だ。瞼が重い。疲労溜まりすぎ。
…って、おはようございます?
「う…ううぅ…」
無理やり体を起こし、瞼を擦りながら目を開ける。すると、座ったまま寝ていたはずの僕に布団が掛けられ、ソファに寝かせられていた事実に気付く。おかしい。戸締りは状況が状況だけに完璧だったはず。そしてどこからかいい匂いが…
「…お腹減った」
「もうすぐできますから」
ああなるほど。試作機6号さんがキッチンで朝食を~…は?
「ちょっと待った!」
「はい?」
慌ててキッチンに駆け込むと…サイズの合った親父の服を着て、お袋のエプロンまでして目玉焼きを作っている試作機6号さんがいた。お袋が着たらババ臭かった服装が…やっぱり着る人によって違ってくるものなのか。
「結婚してください」
「え…はい?」
「…あ、じゃなくて!えっと…何しているんですか?」
試作機6号さんは持っていたフライパンを上げて「朝食」とだけ口にした。それも吹っ飛んでいた右手でフライパンを…
「私は機械なので食べませんが、ヒズキさんは何も食べていないでしょうし」
「それはありがとうございます…」
邪魔にならないように遠目から様子を伺う。黒髪を後ろで1本にまとめ、親父の白シャツと黒のボトムを履いているだけだのに、ちょっと…いいや、かなり色っぽいというか…年上の色気って半端ねぇ。あの時は雨だったし、たぶん今の状態が試作機6号さんの基本スタイルなのだろう。なんか…いいな。キッチンの窓から差し込む日光に照らされ、フライパンで目玉焼きを作る清楚系美女…写メに撮って待ち受けにしたい。
「料理できるんですね?」
「ええまぁ。基本的には脳内でインターネットに繋ぎ、レシピを紹介したサイトを参照していますが、栄養価等を考慮して、減塩等を行っています」
「うわ…すごい情報量」
「とはいえ、今回は目玉焼きとパン、野菜、コーンスープなんですがね」
目玉焼きがフライパンから皿に移される頃、チンとトースターから食パンが飛び出す。それを目玉焼きとサラダの皿に乗せた。
「運ぶのは自分でやるよ」
「あ、でも…」
「僕の家だし」
「あ…勝手してすみません」
「おいしそうだから文句は言いませんよ」
すでにできていたコーンスープはカップに入れられていて、僕はお盆の上に皿とカップを乗せてリビングに行く。こんなまともな朝食…1年ぶりじゃないか?
「修理って意外と早いんですね。電子回路1つ作るのにあたふたする僕とは大違いだ」
「2時間ほどで。こういうのは慣れていますから」
食卓につくと、試作機6号さんは向かいに座った。
「いただきます」
うわ、この言葉を口にしたのも1年ぶりじゃないか?1年前は食卓に両親がいたから。
「目玉焼きは醬油派ですか?」
「いや、何もしない派だけど」
「サラダは—」
「何もしない派だけど」
「いやあの…どっちも味付けを特にしたわけじゃ…」
「普通においしいよ?」
言えない。調味料を買うお金がもったいなくて…あえて何もかけずに食べているなんて…!
「そうなんですか…学習しておきます」
「ところで、修理もされたことですし、研究所か軍隊に連絡しました?」
ここまで相手ペースだが、そもそも彼女がここにいる目的は何だ?僕を殺さなかったのは良いこととして、修理が終わったなら、そそくさとドロンすればよかったのに。お礼をするためにわざわざ?それとも迎えの手配が終わっているのか?
憶測が浮上し続ける中、ここで思わぬ答えが返ってくる。
「まだ何も。連絡はしたくないんです」
これはもう…とんでもない事件に足を突っ込んだ感が半端じゃない。
「それでこの後の予定は?」
「いえ…」
昨日のGPSの件と言い、裏切者の登場と博士の死亡と言い、軍隊が関係しているあたりも…嫌な予感しかしない。もしかして…
「軍隊と何かあったんですか?」
「え?…はい」
ダメだこりゃ。今度は僕から足を突っ込んでしまった。
「はぁ…これも何かの縁だと信じたいけど」
サラダを口の中にかき入れ、コーンスープを流し、水分がなくなる前にパリパリのトーストを頬張る。最後に目玉焼きを平らげて、キッチンに行き、水道水を飲む。
「僕に話してくれないかな?たぶん…後戻りできない気がするし」
食卓に戻ると、口数の減った試作機6号さんに告げた。
「本当にすみません」
彼女はただただ謝るばかり。