あなたと暮らせる日 一
「え~っと、とりあえずショッピングモールに来ましたけど…」
「ここが…現地に来たのは初めてです」
「なるほど。それでまずは服の調達ですか」
「お金は…」
「念のため6万円ほど。他にも何か買う必要があるでしょうし…」
服以外にロロさんが必要なのって…何だ?
ラルス少佐がやってきた日の翌日日曜日、僕はロロさんを引き連れて最寄りの複合商業施設に足を運んだ。理由は…一緒に暮らすことになったから。
「それにしても…」
周りの視線がロロさんに集まる。博士の娘さんが将来的にこうなるのであれば、博士のお嫁さんはとても美人だったのだろう。
「服以外に必要なものって?」
「今のところは特に…動力も自分で生産できますし」
長い黒髪を頭の後ろで1本に束ね、僕のスニーカーを履き…親父のトレンチコートに身を包む。ズボンはお袋のレギンスを穿いたものの…7分丈になっていた。180㎝と長身で、7分丈でさらに強調された長い脚をアピールすることにより、周囲の視線は集まるばかり。顔もスタイルもいいロロさんの隣は…あまり歩きたくなかった。まるで芸能人とマネージャーみたいな感じで…同じ土俵に立てないみたいな…自傷してしまう。
「わかりました」
自分で自分を修理し、燃料補給も必要ない。となると、彼女に必要なのはお風呂とベットくらいではないか。ニートはさぞ羨むことだろう。正直、食費が2人分になるとか考えるより、そちらの方が無収入の生活をしている僕にはありがたい。
「あ!ホームセンターに買う必要のあるものがありました」
「修理用のパーツと工具ですか?」
「さすがヒズキさん」
6万円で足りるのかな?下着や靴下とかも買わないといけないし…いやでも…彼女にパンツって必要なのかな?まず脱がされることはないだろうし、濡れることもないわけだから…
「いらっしゃいませ」
ま、人間として彼女を扱いたいから、必要なくても買うべきか?決して下心はないが、お袋のものを穿かれるよりマシだ。
「寝間着は適当にするとして…」
安価で高品質を、が売りの衣服店に入った僕は女性のコーナーで腕を組む。いかんせん…ファッションを気にしたことがない上に、センスにも自信がない。
「自分で選びます?」
迷わず横にいたロロさんを見上げる。しかし彼女も苦笑して首を横に振った。
「脳内でインターネット検索できないんですか?料理の時みたいに」
「可能ですが…私に似合うとは…」
絶対に似合うと思うぞ、と言いたいけど…ロロさんの性格は謙虚で温厚だということがわかっているため、ただのお世辞と流されるだろう。
「夏は半袖半ズボンで過ごせるけど、冬は着こなしのパターンが膨大だからな…特に女性は」
「ですよね…すみません」
ここはあの手を使うか。ちょうど向こうもこっちが気になっているようだし。
チラッとロロさんを越えた奥の方に視線を投げると、かなり離れた位置に若い女性店員が立っていた。それも棚の整理をしていたのだが、こちらの視線に気づくや否や、小走りでやってくる。その目は爛々と輝いていた。
「何か御用でしょうか」
彼女が持つ圧倒的好奇心、今はそれに頼るとしよう。
「え~っと…彼女、温かい国の出身で冬の服をあまり持ってなくてですね、5セットほど見繕ってもらえますか?明日、彼女は婚約者とデートがあるもんですから」
「わかりました」
「予算は5万円で収まるほどでお願いします」
顔を見るだけでわかる。彼女は本気だ。あとは嘘でも「デートがある」と情報を与えてあげれば…必然的にロロさんに似合う服を選んでくれるだろう。素人な僕が見繕うより、やる気満々の彼女の方が適任である。何より店員なのだから。
「わかりました。どうぞこちらに~」
「え?ヒズキさん…婚約者って…」
ただ、店員さんの眼差しにロロさんは戸惑っているようだ。そこで僕は彼女の背中を押す。
「行ってくださいロロさん。きっといいのを選んでもらえますから」
「ですが…」
「僕は外で待ってます。じっくり考えてもらってください」
「店長!お客様に似合う服を5セットも…!」
手の空いている店員が集まってくる。それを見た僕は…店員達にまるで連行されているかのようなロロさんを見送った。
「ありゃ…時間がかかりそうだ」
そして僕は店を出て、外からでも店のフィッテイングルームが見える位置で待機する。複合商業施設、それも日曜日なので人も多く、道の端に待機せざるを得なかったが…たぶん、ロロさんは僕を見つけることができるだろう。願わくば、知っている顔に会いませんように。ロロさんとの関係とか探られるのは厳しい。
「あれ?やっぱりムタちんじゃない?」
…………
「ムタち~ん?」
…………
「ムタち…人違いか?」
…………よしっ!
「いや、やっぱりムタちんだ」
いやいや、フラグ回収早めじゃない?なんで店の外に出て30秒も経たないうちに見つかった?いや、今ならロロさんも店員達と話し合ってるから、早いところ会話を終わらせばバレない。
ちなみに僕を「ムタちん」と呼ぶのは彼しかいない。
「よ…よぉケイゴ!」
ケイゴ・キキザト、僕と中学1年からずっと同じクラスで、高校2年になった今でも同じクラスの…そして同じ部活の親友だ。彼は僕と体格が似ているものの…運動も勉強も僕よりハイスペックだ。変態でなければ…今頃、彼女の1人や2人容易く作れたであろうイケメンでもある。
今日もジャンバーの下には堂々と深夜アニメ枠の萌えキャラが大きく描かれたTシャツを着ていた。それもジャンバーのファスナーはフルオープンである。あまりもの堂々さに…もはや誰もキモがることもない完全なオタクへと進化を遂げたケイゴは尊敬してしまうところがある。
「ヒズ兄…」
しかも今日は彼だけではなかったらしい。人混みの中、ケイゴに手を引かれて現れたのは彼の妹ハンナだった。僕らより僕らの肩にも届かない身長の彼女は中学3年生だったはず。思春期の兄妹にしては…休日に手を繋いでお出かけするという仲の良さ。たぶん…かなりの仲良しなのだろう。1人っ子だから兄弟とかの関係は理解できないけど。
「ハンナちゃんも一緒なのか?」
え~…また、僕個人的にはハンナちゃんにあまり会いたくなかったりする。理由は兄のケイゴも知っていた。
「久しぶり…会いたかった」
「お…おぉ、そうか?久しぶりだね」
僕は過去…4回もハンナちゃんに告白をされている。中学校からケイゴと知り合い、1度彼の家に遊びに行った際、当時小学5年のハンナちゃんに…一目惚れをされたらしい。それ以来…兄も認めるほど、僕に好意を寄せているらしい。
「全国大会優勝おめでとう。見に行ってたよ。1人で強豪から3点も取るなんてすごい」
「ケイゴのアシストがあったからだよ」
イケメンなケイゴの妹だ。決してブサイクではないし、むしろ年相応のゆったりとした可愛さがある。人生初の告白にはもちろん僕も有頂天になった。断る理由もない。しかしあの出来事が起こるまでの話だ。
「ケイ兄なんて関係ない。ヒズ兄が1番かっこよかった」
振り返りたくもない恐ろしい記憶……結論を言うのであれば、大人しく、人見知りも多くするというハンナちゃんは重度のヤンデレなのである。告白された日も、有頂天になった僕の手に手錠をかけ、笑顔で「好きって言わないと帰さない」と言ってきたのだ。おまけに口にガムテープも貼られ、一歩間違えれば大事件だった。彼女に密かに下剤を飲まされていたケイゴがトイレから帰還しなければ、殺されていたかもしれない。
「ヒズ兄、今度はうちに来て。待ってる。ずっと」
それがあったせいで、ハンナちゃんの告白を素直に受け入れられない自分がいる。極力、接触するのも避けてきた。
「いやぁ~…最近忙しいからなぁ…」
「おい…!ムタちん」
ハンナちゃんに物凄く重たい視線を向けられたことに苦笑すると、ケイゴはとてつもなく嫌な顔をする。へ?って思うも束の間、彼女が僕に抱きついてきた。彼女は僕の胸に顔を埋め、スッと匂いを嗅いだと思うと…そこから顔を上げ、僕の目を見て…鳥肌が出るほど恐ろしい顔で笑う。
「ハンナ…!」
「ケイ兄は黙ってて」
「ちょ…ハンナちゃん?」
どういう状況かわからんが、とにかく人が多い場所でやっていい行為ではあるまい。しかしハンナちゃんは僕の目を見ながら、ただこう口にした。
「そこの店で一緒だった綺麗な人って誰?ヒズ兄は私が嫌?」
「すまんムタちん…ハンナが長身美女といるムタちんを目撃したっていうんだ。そんなはずないと思ったんだが…」
状況を理解した。これは…
「あ…う~ん…はははっ…」
やらかしたパターンのやつだ。




