あなたが手を握ってくれた日 三
「家族、6号が?」
「いいえ、ロロです」
絶対死んだ。こんなこと言っちゃ…いつ狙撃されてもおかしくない。ヤバい…頭がどうにかなりそうだ。
ラルス少佐は僕に尋ねると共に、どこか怒りに似た悍ましいほどの気迫を僕にぶつけてくる。そして、スッとスーツの内ポケットから煙草を取り出し、無言のままゆっくりと一服する。僕はそれに抗うが如く…違う、恐怖で震えることすら忘れて固まっていた。
「ふぅ…ヒズキ少年」
「は…はいぃ」
今までにない重たい空気を煙と共に吐いたラルス少佐は煙草を咥えたまま、腕時計に目を落とす。するとおもむろに、食卓の上に置いてあったリモコンでテレビを点けた。どういう意図なのか、ただテレビ画面には親友の好きな女子アナが内容を読んでいる。
「どうしてくれるんだ少年…」
声が上ずったことに動揺する僕をよそに、少佐はテレビ画面を指差す。どうやら目的は次のニュース内容…
『昨日、〇〇で空軍の輸送機が墜落したことが明らかとなりましたが、続報が届いております。現地のコーガさん、お願いします』
『はい。現在、私は〇〇の墜落現場である山の麓に来ております。え〜、麓には地元県警などが規制線を張り、一切近づくことはできません。しかし、先ほど関係者に尋ねたところ、輸送機に乗っていた世界的に有名なロボット工学者のアラン氏を含めた7人の遺体が発見されたということですが、それぞれの遺体に銃弾のようなものが発見され、事故ではなく事件の可能性が高くなったとのことです。え〜、また、輸送機に乗っていたのは8人ということで、現在行方不明になっているニコ・クルシフさんの捜索が行われています。さらにーー』
『中継途中ですみません。速報が入りました。警察はニコ・クルシフを事件の重要参考人とし、指名手配することをつい先ほど発表しました。最新の映像が届いております』
どういうことだ?ニコ・クルシフって…ニコ?
『え〜我々は今回の事件に関し、事件発生から10分後、現場近くの防犯カメラの映像に走って逃げるニコ・クルシフが映っていたことを確認しました。本人とも連絡が取れないことから、我々は彼女を重要参考人として指名手配することを決めました』
フラッシュがたかれる中、警察の偉い人が公言し、あるパネルを記者団に向けた。
『これがニコ・クルシフです。情報提供のほどをよろしくお願いします』
そのパネルにはきっと…ロロさんの顔写真が貼られているものだと思っていた。しかし実際は…
「少佐…これは?」
驚きで言葉を失いかけた僕をラルス少佐は面白おかしく口を大きく開けて笑い出した。まるでいたずらに成功した少年のように。そしてさっきまでの怖い印象から手のひらを返したように。
僕が驚いた理由は簡単で、指名手配している顔写真がまったくの別人だったからだ。
「ラルス少佐、説明してもらえますか?」
「ダーハッハッハッハ!いやぁ〜、6号…じゃなくてロロ!そう警戒すんな」
どういうことだ?
「ヒィ〜ヒッヒッヒ…横隔膜が攣るぞ。お前さんらの顔があまりにもおかしくてなぁ〜クックック…」
…驚いたものの、さすがにここまで笑われるといい気はしない。ラルス少佐も僕の不快感に気づき、1分ほどかけて笑顔を引っ込めた。
「あれはニコ本人の顔です」
まず声を発したのはロロさんだった。やはり、あの顔写真はニコ本人のものでいいのか。
「ああそうだとも。もちろん軍としてはお前さんを回収するつもりだ」
困惑する僕らの目の前で普通に煙草を咥え、リモコンでテレビを切ったラルス少佐は口の端を吊りあげる。
「ならなぜ?」
「お前さんの顔を知ってる奴が全員死んだからだよ。そして研究チームのデータベースには試作機6号の顔が2号と入れ替えられていた。俺の予想だと、お前さんを逃がすために博士がやったんだろうさ」
「じゃあなんで少佐はロロの顔を?」
「言ったろ?俺は博士と仲がいいんだ。信頼の賜物だな。お前さんを逃がすことに手を貸せと前々から言われててさ」
つまり…ラルス少佐は完全な味方?
「でもヒズキ少年のおかげで手間が省けた」
「はい?」
「だってよ、俺はここに来たことを単純な人違いでしたって言えば終わる。軍はニコがロロだと信じているからな」
「いや…僕のおかげというのは?」
「最初は逃走ルートの確保を助力するはずだった。ただ、少年が面倒を見てくれるならそっちの方がいい」
じゃあ、この人は最初からロロさんを助けるつもりだったのか。なんと紛らわしい。
「え…でもここを包囲しているってことは」
「してないさ。部下は遠くで待機命令を出している」
「ラルス少佐…」
全ては博士の計画通り。顔が違うなら、人間にしか見えないロロさんが軍に捕まる可能性はうんと低くなる。そして博士はロロさんを知っている者達を全員殺すために…彼女を守るために、自分の命すら捨てたんだ。
「ロロ、そんな顔をすんな。俺が惚れっちまうだろ」
ラルス少佐は立ち上がると僕に右手を差し出してきた。僕も立ち上がり、慌てて握手する。
「6号の顔のモデルは4歳で死んだ博士の娘の20年後を想定したものなんだ。あいつの嫁さんに似て、相当な美人になったもんだ。ロロを頼むぞヒズキ少年」
ラルス少佐はそれだけを言い残すと、悠々と帰って行った。僕が最初に注意した全室禁煙の言葉を無視して…
「え〜っと…ロロ、さん?」
騒動の終わりはいつも静寂が待っていた。僕らしかいなくなったリビングは懐かしいタバコの匂いに包まれている。ラルス少佐の登場には肝を冷やしたが…いざ振り返ると、実にあっさりした結末だ。
「博士…博士は最初から…」
ロロさんは食卓に突っ伏し、アンドロイドながらも涙を流した。それを目の当たりにすれば、僕も未完成とは言えなくなる。今の彼女は人間と変わりない。
そっとロロさんの肩に手を置いてみる。
「ヒズキさん…ありがとうございます。本当にありがとうございます…」
「僕は何も。ロロさんは最初から守られていたんですから」
ロロさんは僕を見上げて、涙を流しながら笑った。
「立派なお父さんを持ちましたね。ロロさん」
あ〜、ヤバい。
「はい!」
僕は彼女に…ロロさんに惚れてしまった…かもしれない。




