綺麗な恋
「なぁ、綺麗な恋ってどう思うよ」
「……は?」
「おい、なんだその目は」
ふと思いついたことがあってそれを口に出してみた。
するとどうだ、相手の反応はこれだよ。
冷めきった目で見てやがる。
「いや、質問の意味がよくわからない」
「そのままなんだけど、な」
俺の言葉にいっかは首をかしげる。
「いっかは綺麗な恋をしてみたいと思うか」
「ごめん、私には綺麗な恋がよくわからない」
「あぁ、俺もだ」
いっかの言葉を聞いて少し安心した。俺だけじゃないんだ。
いっかは相変わらず意味がわからない、という顔をしている。
「綺麗な色、綺麗な水、綺麗な空、綺麗な海、綺麗な人、綺麗な言葉、いろいろ綺麗な物ってあるだろう」
「まぁ、そうね」
「それなら綺麗な恋っていうのもあるのかな、と思ってさ」
どう思うよ、と口には出さなくてもちゃんと感じとってくれたのか、いっかを見ると頷いてくれた。
「それなら綺麗な恋ってどんなものだろうな」
「人によるんじゃない」
「あぁ。でもさ、綺麗な色、水、空、海、人、言葉。こういうのはだいたい共通じゃないか?」
「まぁ、言われてみればそうかもね」
「綺麗な色は他と混じっていない。
綺麗な水は透き通っていておいしいもの。
綺麗な空は雲がない。
綺麗な海は底まで見えてゴミもない。
綺麗な人は顔が整っていて背筋が伸びている。
綺麗な言葉は相手を傷つけず嬉しいと思えるもの」
またしてもいっかは頷く。
「それなら綺麗な恋は、交じりがなく透き通っていて嬉しいと思えるものなのか」
「……」
「苦しい恋は綺麗な恋じゃないのかな。相手を想って涙を流す恋は綺麗な恋じゃないのかな」
返す言葉もなく黙っているのか、とりあえずしゃべらせようと思っているのか。
黙りこむいっかをよそに俺は考えたことを話し続ける。
「苦しみも知らず、楽しいだけの恋が綺麗な恋なのか。想い合うだけが綺麗な恋なのか」
「……違うんじゃない」
やっと挟まれた言葉は、いっからしく慎重でそれでいて強い。
「誰かを妬ましいと想う恋も、相手を自分だけのものにしたいと想う恋も綺麗な恋だと思う」
その言葉を聞いて、今度は俺が黙る番だった。
「誰かを想っていると言うのはそれだけで綺麗な恋で、すごく素敵な恋だと思う」
「……いっかもそんなこと言うんだな」
真面目に語るいっかを見て思わず本音が口から漏れた。
「茶化すな。でも、そうじゃないの?」
「そうだな。俺もそう思う」
柄にもなく真面目な事言った、と照れ隠しをするいっかを見て思わず笑みがこぼれる。
「それに、もしもあんたが最初に言ったような恋だけが綺麗な恋だとしたら、私は綺麗な恋なんてしたくない」
はっきりと言い切ったいっかを見て、綺麗だと思った。
「だよな。俺もそんな苦しみもない楽な恋はしたくないな」
「恋なんてまともにしたことないのによく言えるね」
「それはこっちの台詞だよ」
綺麗な恋というものが本当にあるのなら。
俺たちの幼すぎるバカみたいなこの関係も、綺麗な恋だといえるだろうか。
END