令嬢化計画②
ディーネ達が乗っていた馬車が服飾店の前に着くと、鋼の門が内側から押し開かれる。先に馬車を出たマルクに「お手をどうぞ」と言われ、彼女は彼の手を借りて地面に降り立つ。そして目だけで、すばやく服飾店を外側から観察した。警戒心の塊になってしまうのは、仕方が無いことであった。
到着するまでは、彼のことだから何となく大きくて立派な所に連れて行かれるのだろうと考えていた。だが建物自体は彼女の予想よりこじんまりとした、乳白色の平家である。
「ここは見た目こそ小さいけれど、王室御用達の店です。腕の良い職人が揃っている」
「はあ、そうですか」
(適当な物で構わないのに)
げんなりしていると、隣の憎たらしい男がくすりと笑った。
そこへ案内の女性が出てきて、マルクと一緒に中に入る。
目に飛び込んできたのは横棒に吊らされた色とりどりの、装飾の多い服。それを着る人間は、非常に動きづらいに違いないとディーネは思う。部屋で待ち受けていた二人の女性も、もう少し簡素だが同様の物を纏っていた。複雑な襞が衿や袖、裾に何段も余分に付いている意味が彼女には分からない。
(まさか、私がアレを着るわけではないわよね)
ディーネは頭を振り、周りを見回した。
マルクが着ている服に似た物も、いくつか壁に掛かっている。それらは男性用だろうかと判断する。
「お気に召されたドレスはございますか? お嬢様」
きょろきょろしていると、にこにこと女性の一人に話しかけられた。
(この中から選ばなきゃいけないみたいね……)
ディーネは急に声を掛けられて驚いたが、思い切って先制攻撃に出ることにした。
「はい。これが好きです。もう決めました! マルクさん、これでお願いしますっ」
皆の注目が、一着に集まる。それを見た全員の表情が固まっても気にしない。
――――彼女が選んだのは、輝く石の飾りや襞の少ない、ここにいる女性達の格好よりも大人しい青地のドレスだった。
「……とても品が良いものですけれど。若々しい方ですから、もっと華やかな……」
「いいえ。これで。他は嫌です」
断固とした態度に、女性達は困り顔になった。ディーネ達の立場が上だから、あまり強く出られないのだろう。
「では、こちらを貰おう。採寸を頼む」
やけに、あっさりとマルクが言う。不審に思いながらもディーネは胸を撫で下ろした。
女性達も驚いたようだったが、彼に従った。
長い採寸が終わると、席を外していたマルクは戻るなり言った。
「このドレスを元にして流行の形にしてくれ。真珠とレースは、ふんだんに使うように。
他のドレスも良い物が出来れば、一緒に屋敷へ届けてほしい。布地は白か紫、……緑系の色も良いな。いつも通り、全て最高級の物を使用していい」
「……はい! かしこまりました!」
「え、あの……!」
俄然やる気を出してしまった女性達からマルクへ、ディーネは呆気に取られた視線を移す。マルクのほうはディーネを見ずに、まだ責任者らしき年長の女性と話を続けていた。
「彼女は見ての通り、着の身着のままで出てきてもらったのだ。今は手持ちのドレスが無いから、間に合わせで数着欲しい。彼女のものと似た寸法のドレスはあるか?」
「そうですねえ……。ここから、ここまでがほぼ同じかと」
ディーネの採寸が細かく記入された手元の紙を見下ろしながら、女性はドレスを示した。
「マルクさんっ!」
嫌な流れを止めようと、ディーネは彼に駆け寄った。
だが、なぜか一度、頬に接吻される。彼女は石と化した。
「では、これとこれとこれとこれと……、を包んでくれ。すぐに貰って帰る。
これらに似合いそうな靴と装飾品も少しは置いているだろう? 見せてくれ」
「はい。少々お待ちを」
踵の少し高い靴をディーネに履かせ、マルクが三足選んだところで、新たな女性が入ってきた。その人が持ってきた、煌びやかな石の付いた銀色の箱が開けられると、彼は中を覗き込む。
「美しい彼女に似合いそうなものは、あまり無いな。この緑の宝石の指輪・首飾りの一揃いと、金と真珠の腕輪だけでいい。明日、信頼の置ける宝石商を屋敷まで手配してくれ。後はそちらで買う。
それから、彼女の靴下と……下着や夜着も見繕ってくれ、持ち帰りたい。支払いは、いつもの様に届けさせる」
「毎度ご贔屓にしていただき、ありがとうございます」
誰か彼を止めてくれと、ディーネは硬直したままで思った。