王城⑨
「閣下は俺の気持ちを知っていらっしゃるから、きっと参戦させてくれると思っていたのに、どうしてか俺は置いてきぼりです。
それにクリスだって、俺の代わりに戦争中は門番を勤めてくれるだろうと思っていました。けれどクリスは貴女の護衛にかまけていて、俺は戦争には行けない。貴女が閣下の大事な女性というのは分かる。けれど、ここまでクリスがしなければならない程の存在なのですか?
護衛を付けるならば他の者でもいいはずなのに、どうして閣下はクリス程の男が貴女に付くことを許したのでしょう。この戦時、クリスは戦力になる男だというにも関わらず、です」
と、続けてザクタムは言った。
けれどディーネのほうは何も答えようがない。ディーネがザクタムに対して言えるのはクリスを彼女自身から解放するつもりだということだけで、それは先程伝えても効果の無かった言葉であった。今またザクタムに告げたとしても、無意味に終わるか彼の逆上を招くだけだろうと判断し、どうしようもないまま彼女は口を噤む。このように柱に押し付けられている逃げ場の無い状態で、相手の怒りを煽るような下手なことを言うべきではない。何がザクタムを刺激するか分からないのである。
「何も言わないのですか? だったら、——————」
ザクタムの眼が眇められ、二つの唇が重なりそうになった瞬間、彼女は悲鳴に近い声を上げた。
「お願いです!! 離れて下さい! もし、このようなところを誰かに見られたら、貴方だって良からぬ噂を立てられますよっ……」
「噂ですか。俺自身は構いませんが、後々に閣下を煩わすような原因を部下が作るわけにはいきませんね」
そう言って、ようやくザクタムはディーネから離れた。あっさり退いてくれたので、本気で接吻するつもりは無かったのだろうと彼女は思った。安堵から、ディーネは無意識に詰めていた息を吐き出す。
「お嬢様、さっきの約束を忘れないで下さいね? クリスが首を縦に振る選択しか出来ないように、護衛を止めろと可愛くお願いして下さい。大丈夫、貴女にはクリスの代わりに陛下が誰か優秀な護衛を付けてくれますよ。
話は以上です。さあ、貴女を御部屋まで安全に送らせてもらいます」
「………………」
「俺に送らせてくれますよね。返事はいただけないのですか?」
「お気遣いありがとう……ございます。送って下さい」
無邪気で朗らかな笑顔に戻られても、以前と同じように彼を見ることは出来ない。
(私が勝手に、彼に期待していただけ。裏切られたなんて思うのは違う……)
「そういえばお嬢様。タウロスは元気ですか?」
「ええ……。女官の方々や色んな人に可愛がられています」
部屋に着くまで、普段通りのザクタムを横目にディーネは傷ついた心を持て余していた。
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「ルーン家のご令嬢にお会いになられたそうですね」
ディーネがザクタムと別れ、自分の部屋に着いたところで、今度は深刻な顔をした女官長と女性教師に出迎えられる。ディーネは二人の表情を見て不安になり、また自分は失敗をしてしまったのだと思った。
(……また何かあるのかしら。今日は災難ばかりね)
「決して貴女様を責めているわけではございません! 過ぎたことを申しても致し方ありませんし!」
瞳を暗く曇らせてしまうディーネを見て、女官長は慌てたように言い、
「ともあれ、陛下にご決断をお急ぎいただいたほうが良さそうですね。
それまではディーネ様。あまり、ご自分が側室候補だということは他言なさらないようお願い致します。これは私が前もって、貴女様にご注意申し上げなかったのがいけなかったのですが」
と、付け足した。アメイラの言葉に納得したのでディーネは頷いて見せる。
「軽々しく側室候補だと口にしたことがいけなかったのですね。分かりました、もう人には言いません」
(わざわざ王が私にくれるのだから、側室というのは重要な役職に決まっているじゃないの! そのことを気軽に、人に漏らすべきでないのは当然だったわ……)
ディーネは反省し、いずれ側室というものになる自覚を持って慎重に行動しようと心に誓った。




