王城⑥
ディーネを見返したレオールは、苦笑した。
「済まない。感情的なところを見せたな」
「いいえ! そのように謝られることはありません。むしろ…………そういったお気持ちになられるのも、当然のことかと思ってしまいました。だって貴方様は大切な方々を亡くされたのですから」
弾かれたように捲し立てると、王は「ありがとう」と呟き、目を細めた。まるで恋人でも見るような熱っぽい瞳をレオールから向けられると、自然にディーネの頬は染まっていく。その様を見咎められないように彼女は俯いたけれど、彼が追うように見つめ続けてくるのが分かる。
(そんな黙り込んで私を見ないで下さいって言うのも変よね。でも、いたたまれないっ。そうよ、自分が王から愛されているだなんて、そんなことがあるわけないわ! だって彼はフィラル城に来た時、好意を寄せている女性に恐らく会った後で私を迎えにきたはずよね。……あれ以来、その女性の話を聞かないけれど、どうなったのかしら……?)
ディーネが悩んでいると、今度は別の攻撃が来た。
「何度見ても、お前の肌は透き通るように白いな。…………とても美しい」
「えっ、そ、それは白粉の色です!」
彼女の身の回りの世話をしてくれる女官達はディーネに対して、確かに「お嬢様の若々しい肌には厚塗りは不要です」と褒めてくれる。でもディーネは、それは彼女達のお世辞だと思っていた。
レオールによって黙って見つめてこられるのも困るが、マルクの口説き文句を彷彿させるような口調で話しかけてこられるのも厄介なものだった。
ここで自ら肌が白いなどと認めてしまったら大変なことになる気がして、下を向いたままの彼女は何でもない様子を装って口を噤む。
甘いような場の雰囲気を誤魔化す為に軽く指先でスカートのフリルをいじり始めるが、その仕草を続行するのは不自然かと思うようになっては、どうしようもない。彼女は無意識に息を詰めてしまい、顔が余計に赤くなって恥ずかしかった。
すると、呼吸を取り戻そうとするディーネを追い詰めるように王は、ゆっくりと言葉を重ねる。
「化粧で塗りたくっていたら、そんな風に頬が薔薇色へ変化しないんじゃないか。だから、その白さは元々の肌の色だろう」
「~~あの、陛下!! 良ければ先程の話の続きを聴かせていただきたく存じますっ」
卑怯な手かもしれないと思ったが、ディーネはレオールに戦争の話をしていたことを思い出させることにした。戦争体験者の王にとっては酷な話題だろうが、きちんと教えてくれると言っていたはずなのである。
「……そうだな。まずは約束を果たさなければならないか」
(「まずは」?)
一瞬レオールの言葉に引っかかるものを感じたが、彼の瞳が冷静な青みを取り戻すのを見て、ディーネは安堵した。
「続きを話そう——————、あの戦争では本当に多くの命が失われた。マルクの父親も、その一人だな。
平時に働き手だった男達の大半を奪われ、国は混乱状態に陥った。惑う民衆を束ねるべき王族や若い貴族は激務に追われた。
俺達が王都に戻った後の話だ。父王は戦後処理に精力的に取り組んで動き回り、過労で倒れてしまった。元々、持病があったから余計に身体を悪くして、一年後にあっさり逝ったよ。
そして俺の母は夫を失った心労を隠して、残された正妃としての役割をこなしていたが、精神的負担が大き過ぎたのだろう、今は療養されている。
あとは俺の叔父上だが……、あの人については以前少し話したことがあったな。彼は病を得る前は亡き先王の側近で、かつ希少な魔術師だった。いや、正確には魔術師というより、未来を占うことのみが得意で、占者と呼ばれていた。そういう者は何かしらの占いに限定した力を持っているんだ」
戦場で命を落としてしまったり、戦争の影響で心身を病んでしまったりした人々が多いということには何度聞いても心が痛む。レオールもマルクも強い意志の持ち主に見えるが、きっと辛い三年間を過ごしてきたのだろうと、ディーネは思った。
一方で、気になるのは彼の叔父の話である。
(占うのみの力ですって? それは一体どういうふうに力を使っているのかしら)
ディーネの関心を引いたことを敏感に察知したのだろう、レオールが真っ青な瞳で見つめ返してくる。
「当たる予言が出来る力なんて、面白いだろう? 俺も最初は胡散臭いと思ったが、叔父上のだけは本物だ。俺は幼い頃から、彼が占いで何度も父を救うのを見てきた」
戻らない過去を懐かしむように言ってから、レオールは表情を引き締めた。
「今日は、戦争の話はこれ位でいいか?」
「はい。ありがとうございました」
礼を言った後で、てっきり王は立ち上がって政務に戻るのかと思っていたら、まだ彼はその場を去ろうとはしなかった。
「では話を変えるが、彼の最後の占いで出た言葉は『将軍の家』だったな。普通に考えるなら『家』というのは、王都のフィラルリエット邸を指すと思う。だが、もしかしたら『家』が示すものは、マルクが幼少期を過ごしたフィラル城のことかもしれない。俺としては王都の屋敷が怪しいと思っている。でなければ、フィラル城だろう。
厳密に言うと、他にもマルクが所有権を持つ城は幾つも存在するから、それらの内のどれかが占いの『将軍の家』である可能性も完全には否定出来ないが」
「ああ、それもあって、この間フィラル城にご自身でいらっしゃったのですね! 占いの『光』があるかもしれないと」
ディーネは、ようやく合点したが、しかし新しく疑問も生まれてくる。
(あら? でも、あの時、王はフィラル城内に入って『光』を探そうとする素振りを少しも見せなかったような……。むしろ私を馬上に抱え上げて、そのまま王城に戻ったわよね。せっかく忙しい合間を縫って、王都から遠いフィラル城まで来たみたいだったのに何故?)
レオールはディーネの表情から、彼女の心に浮かんだ疑問を読み取ったらしい。
「勿論、フィラル城での探索は考えていた。だが、あの瞬間……分かったような気がして、取りやめた」
「あの瞬間、ですか?」
「そうだ。城門を出てきたお前の姿を見た時に、全てが繋がった気がする」
「え? 私を……見た時にですか?」
(どうして、そこに私が関係してくるの)
王はディーネの問いに直接的には答えなかった。ただ自分の話を続ける。
「あとは彼————叔父上からの確信を待つだけだ。そして、その時は恐らく近い。……もしも『光』の意味が俺の予想通りだとしたら恐ろしい気もする。だが、真実を知らないわけにもいくまい。答えを受け入れれば、進むべき道も自ずと決まるだろう」
「………………」
まただった。レオールの言葉は意味深長に聞こえるが、その意味までは彼女に伝わってこない。
いや、その答えをディーネの本心こそは『知りたくない』と————叫んでいる気がして、ぶるりと彼女は震えた。戸惑いながら、王の横顔を見つめるばかりだ。
「実は、寝たきりだった叔父上の意識がはっきりとしてきているんだ。もう数日して彼の体調が落ち着いたら俺と一緒に会ってくれるか、ディーネ」
はい、と頷こうとして、彼女は自らの動きを止める。
(彼の叔父は占者ということだけれど、勘が鋭い人間だったら困るわ……。もし私が女神だと知れてしまったら、私、この国にいられなくなってしまう)
占者という存在に興味はあるが、今の立場を危うくしてまで会う必要を感じなかった。
「あの……」
どうやって断ろうかと頭を巡らせていると、レオールは熱意を込めて彼女を説得してくる。
「心配するな。そこまで怖い人間ではないし、お前の側には俺もいる」
「でも…………」
「以前、『光』の探索を手伝ってくれると約束しただろう。また叔父上の話から手掛かりを貰えるかもしれないし、お前も一緒に聞いて考えてほしいんだ。
それに彼は俺にとって近しい身内だから、ディーネのことも紹介しておきたいし……」
(うーん。なるべく叔父という人物の側にあまり近付かないようにすれば大丈夫かしら。クリスさんには肌に触れられただけで正体を見破られてしまったくらいだから、細心の注意を払わないと。……肌の接触を避ければ、最悪の事態にはならない位に思わないと、安心出来ないわ。
そうだ、このことを出来ればクリスさんに相談してみましょう)
約束した探索の手伝いの件を持ち出されては断れず、最終的にディーネは王に頷いて見せたのだった。




