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★番外編(レオール視点)

 王都の民の表情に、ようやく僅かながらも笑みが戻ってきたのは内戦が仮初かりそめに終わって三年後のことだった。

 王派の領地内でも、ようやく戦後の混乱が一応の収束を迎えたという報告を幾つも受け取っている。生活必需品の価格も戻ってきているし、戦争孤児の居場所作りに関する対策なども好調に進んでいた。

 と言っても、どこの土地もまだまだ民の暮らしは大変だし、――――反乱軍の脅威は今も続いている。

 皆が本当に安心出来る日は、どうやったら引き寄せられるのだろう。いつも考えるのは、そのことばかりだ。


 

 戦後処理に追われた前日までの疲れで、俺は自室で昼まで寝過ごした。

 昨夕に人心地が付いた時には城の回廊で、「心行くまでゆっくりと寝られる!」と思って浮かれて歩いていたのを、兵の鍛錬から戻ったマルク一行に見られた。


「良い夢を」


 と、あいつは微笑み付きで言い残していく。

(ふん。何が「良い夢を」、だ)

 奴に次の行動が先読みされていて、不快だった。

 こうして思い出すと、腹が立ってくる。



(こんな時は外に出るに限る。

 急を要する書類も無いし、政務を始めるのは庭の散歩後に回そう)


 先に、一人で午後の散策をすることにした。これが俺流の、張り詰めた気を抜く方法なのだった。

 護衛達はそれぞれ離れたところで、俺を見守るに留めている。


(相変わらず、何も無いな)

 自分が生まれる前から荒れている一画なので、見ても心に痛みすら覚えない。多少、いつかはどうにかしたほうが良いかなと思うくらいだ。これがマルクならば美に拘り、金と人を使って綺麗にするに違いない。

 だが、俺は不精だから、体裁などどうでもいいのだ。




(――――ちっ。来たか、無粋な輩め)


「王。折り入って、お話がございます」

 五月蝿いじじい連中の一人が、声を掛けてきた。


「ほう。さぞかし大事な話なんだろうな?」


 俺のことをよく知る者達なら、庭を一人歩きする王の前に立つことはしない。

 眠りと散歩を邪魔されるのが、俺は一番嫌いなのだ。

 冷気を全身から漂わせ、相手をねめつける。

 


「そ、それはまあ、勿論です。

 先日――――と申しますか、ふた月前に提出させていただいた、懇親会の報告書の件で」

「それで?」


(ああ、よく読まずに机の隅に放っておいたやつか。下らん)

 白けた気分になり、牙は仕舞うことにした。


「お、王のご意向は如何か、と……」

「非常に結構だ。思うように開催しておけ。

 午後の執務があるから、戻らせてもらう」

「はっ」



 彼らの頭が下げられるのを目に収め、俺は執務室へと足を運んだ。




***


 あの時に城庭で了承した懇親会が実現したのは、半月後のことだった。

 赤、黄、緑、青。この世の全ての色が、この場に揃っているのではないかと錯覚するほど、仰々しく飾り立てた貴族達が溢れている。

 青空の下、王家自慢の赤薔薇庭園に運び込まれた、大きな丸テーブルは十数。

 その茶会の席に着くのは、王に面会を許された高位貴族の男女のみ。全員が若く独身だ。

 会を開始して一定時間が立つ度に席を交換することで、多くの異性と関わる機会を持てるという催しになっている。



 敢えて言うまでもない。各自がより良い結婚相手を確保する為の、見合いである。

 次代を担う王侯貴族には婚姻し、嫡子を残す義務があるのだ。

 俺自身も他人事ではなかった。というか、早く伴侶を一番見つけなければならないのは己であることも、理解している。


 ――――この国を治めるのは、王の直系の男子。

 これは古くからの、崩せない決まりだった。

 だからこそ、俺も自分の子を貴族の娘に産んでもらわねばならない。それは重々、承知している。



 けれど、そんなことは建前だ。

 本音としては、こんなところにいる位なら政務をしたい。自分の結婚なんて、どうでもいい。

 結局、いつか好きでもない女と沿うだけなのだから。



 それでも、直接顔を見て話してみると、第一印象で好感の持てる女性達はいる。

 ちょうど今も、俺とマルクは示し合わせたわけでもないのに、一人の赤毛の女性を間に挟み、三人で他愛のない話をしていた。


 だが、数問だ。幾つかの問いを相手に投げかけるだけで、俺達は同時に彼女達への興味を失う。

 責任感が無い、聡明さや慈愛に欠けるなど、理由は様々だった。難癖を付けていると女性に非難されても仕方ない話である。



(全く。お前も大貴族の嫡男だろうが。

 早く相手を見つけろよ)


 俺だけに分かる、マルクの無関心な微笑みを見やりながら思う。

 どうやら、差し迫った問題なのに、俺達二人の結婚は少し先の話らしかった。 

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