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真相①

 度々彼女の手を握ろうとし、熱っぽい視線を向けてくるマルクの攻撃をかわして遅めの昼食を食べ終えると、また彼に自室まで身体を運ばれてしまった。


 馴れ馴れしいマルクだったが午後までディーネの近くに居座る気は無いらしく、部屋を出て行く。

 去り際に、

「今夜の夕食はご一緒出来ないと思います。明日も私は仕事が立て込んでいるので、今度はいつお会い出来るか分かりません。せっかく貴女が我が家にいるというのに、ままならないものですね」

 

 とだけ、言っていた。



 

 彼がいなくなって、タウロスの前に毛玉を投げて遊んでいると、カミラが部屋に戻ってくる。

 お茶を入れてもらい、飲んで少しゆっくりしていると日が傾き始めたので、湯や軽い夕食を用意してもらって、一日が終わった。




***


 一晩寝て元気が出ると、しっかりと朝食を食べたディーネはザクタムに会いに行くことにした。


(昨日クリスさんは、明日はザクタムさんが門にいると言っていたわよね。クリスさんには、もう門には来るなと警告されたけど、他にやることも無いし。ザクタムさんにも礼を伝えてくれるということだったけれど、やっぱり直接言いたいわ)


 本当は、まず『熱を出す』のが第一優先なのだが、これといって良い方法も思いついていない状況だった。……良くない方法なら一つだけ浮かんでいるけれども。


(夜に湯を浴びた後で髪をよく拭かないでおいて、カミラが隣室に下がったら、全裸で夜を明かして風邪を引き直すとか。…………でも、やっと風邪が治ってきた今に実行しても、一歩間違えると死にそうね。これは最終手段に取っておこう)


 

「カミラ。今日も門に行こうと思うのだけれど、一緒に来る?」

「はあ、お身体の具合は大丈夫ですか? 食欲はあったみたいですが」

「昨朝より気分が良いみたいだし、平気よ。血色も良いでしょう?」

「それは確かに……」


 肯定はするものの、カミラは相手の心を探るようにディーネの顔を窺ってくる。

 

 

「僭越でございますが、何をしに門まで行かれるのですか? 昨日もクリス様と二言三言、口をきかれただけのようですし。でも今日は、クリス様は門にいらっしゃらないということでしたよね。

 まさか、顔だけは良い門番達に、道ならぬ恋をなされたとか!? それはいけませんよっ!! 貴女様には旦那様というものがっ。そんな浮気心を旦那様に知られたら、いくらお嬢様相手でもどんな目に合うかっっ。

 ああ、でも、か弱い子羊に飛び掛る美しい野獣の構図は、胸にぐっとくるような……!」



 ディーネは、壁に引っ掛けられていた白の帽子を手に取って被る。

「カミラ。行くわよ」


 メイドの切り替えは早かった。

「はい。タウロスは私がお持ち致しましょうか?」

「でも建前は私が飼っていることになっているのに。それに昨日も持ってもらったのに、いいの?」

「勿論でございます。こんなに可愛いのですもの」


 タウロスはディーネに眼差しを向けており、クーンと甘えた声を出したが、犬には我慢してもらうことにする。

 子犬を抱えたカミラを従えたディーネは、明るい新緑色の軽いドレスの裾を翻して出発した。




**


(あ…………)


 廊下の一階でディーネ達と向かい合うように反対側からやってくるのは、あの夕食以来、顔を見ていなかったヨシュアであった。


(何て挨拶すればいいのかしら。『ご機嫌よう』? それとも『ご機嫌麗しく』? あ、『おはようございます』が無難かも。無視は感じが悪いわよね……)

 


 口に出す言葉に迷う間に、相手は目を吊り上げ、更に頬を紅潮させてディーネにずんずんと近付いてくる。


「お、おはようございます!」

(挨拶が間に合って良かったわ!)


 あと二歩でぶつかるというところで、ヨシュアは足を止めた。

「まだ当家に居座っていらっしゃるなんて、本当に面の皮が厚くていらっしゃるようですね。しかも、マルクに私財を使わせているらしいではありませんか」

「……お世話になっております」

 頭を軽く下げる。


「それを分かっているのだったら、身を恥じるということまで思い至らないのですか? どう考えても、貴女は私の息子につりあうような身分も財産も無いでしょう!!」



 ヨシュアが畳み掛けてくることの一々が、尤もだった。

 前回はマルクがいたせいで身の潔白を証明出来なかったが、ここでヨシュアに対してディーネの無実をはっきりさせておかないと、また後でややこしくなりそうだ。


 ディーネは、昂然として告げることにする。

「仰る通り、確かに私には身分も財産もございませんが、身を恥じるということだけは知っているつもりです。私は、貴女が懸念しているように息子様と深い仲になる気はございません」



 黙ってこちらの主張を聞いていたヨシュアの表情や肩から、わずかに怒りが抜け落ちていくように見えた。


「……確かに貴女は、こないだの晩餐でも、そういうふうに振舞っていたわね。その良識を私は当てにしていますよ」




 そのとき、屋敷の外から犬達の「オーーン」という遠吠えが聞こえた。



 ヨシュアの眉間に皺が寄り、ディーネに対してというより自分自身に言うように呟く。


「本当嫌ねぇ、あの犬の群れ。万が一、反乱軍が都まで攻め入ったときに家を守る為とはいえ、あんなに凶暴な犬達が敷地内にいるなんて落ち着かないわ。拾ってきたマルクは何を考えているのかしら。以前は聞き分けが良くて私の言うことに何にも逆らわなかったのに。

 ……全部、反乱軍との戦争のせいよ。夫は戦地で亡くなってしまって、一緒に出陣していたマルクだけ無事で帰ってきてくれた。でも、優しいだけだった息子は性格が変わったわ。

 本当、気が滅入ることばかり。今は王軍と反乱軍が睨み合っている状態だけど、またいつ戦争が勃発するか…………」



(反乱戦、争……?)



 ああ、だからか。と、ディーネは腑に落ちていなかった事柄が繋がっていくのを感じた。



 王城や外が、ところどころ荒れ果てていたこと。――――あれは、人々には土を手入れを気にする余裕が無かったから。

 家々の門が、必要以上に強固だったこと。――――それは、反乱軍を恐れているから。

 民の表情が固かったこと。――――これは、次にいつ起こるか知れない戦争を憂いていたから。

 そしてマルクが「これから忙しくなりそう」と言っていたこと。――――あの言葉も、彼が恐らく指揮官として戦地に赴くだろうことを暗に示唆していたからだったのだ。

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