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求婚?

 即刻クリスと別れたディーネは、屋敷のほうへ引き返し始めた。その足取りは重い。胸前に抱えていた子犬は、とうにカミラに渡していた。


「あら、綺麗な長椅子ね」

 昨日は反対側を散策していたから気付かなかったが、白薔薇の庭園の入り口に白い椅子があった。薔薇と弦の模様で、硬くて冷たそうだったが、それでもいい。

「疲れてしまったのだけれど、ここで少し休んでもいいかしら」

「そう致しましょう。今日は日差しが強いですし、風が無くてお身体にも障らないでしょう」

 カミラの後押しを受けて、ディーネは座り込む。



「カミラ。タウロスを寄越して?」

 目の前に立つメイドに両腕を差し出しているのに、カミラは動こうとしない。

「……今日は駄目ですよ。お嬢様のお召し物が高価すぎます。犬がお膝やお足元で何か粗相したら、台無しです。私、道中ずっとハラハラしていたのですが中々申せなくて」


 言われて、ディーネは自分の服を見下ろした。今日は服飾店でディーネが選んで作ってもらったドレスを着ていた。

 採寸のときより痩せたので少し緩いが、それでも問題無く着られる。良い物だからだろう。各所に真珠が散りばめて縫われてあり、袖や裾は薄く繊細な青染めのレースが何層も覗いている。

 有能で常識あるメイドに注意されると、それもそうだという気になった。犬の代わりに日傘を受け取る。

「そうね。これは借り物だから、汚れたら私も責任が取れないわ」

「? 借り物、でございますか?」

「そうよ。ここに私の物なんて何一つ無いの。全部が将軍様の物よ。突然に、返せと言われても惜しみなく返せるわ。タウロスだけは、手放すのが悲しいだろうけれど」



 鬱々として言うと、カミラは驚いたようだった。

「そんなわけはございません。お嬢様が使用する物はお嬢様の物です。旦那様も勿論、その御積りでしょう。全てのご配慮は貴女の笑顔を得たいが故だと、私共は思っておりますのに。

 きっと毎日のように届けられるドレスや小物、装飾品は貴女様の為に旦那様が手ずから選ばれた物でございますよ」


「私は部屋にそれらが置かれているのを見る度に憂鬱になるわ……。だって、高い物を戴いても、私には何も返せない」

「そんなことは……」

 ディーネはカミラの説得を遮るように、日傘を前に傾け、自分の顔を隠して俯いた。

 だが、自分の白い靴に新たな黒い人影が映るのを見て、ぎょっとする。


「そこのメイドは下がっていろ」

 レオールの声だった。

 王に対する作法も今はどうでもよく、立ち去ろうとしたディーネの左肩をレオールの右手はやすやすと押し戻す。


「聞こえなかったのか、行け。俺が命じぬ限り、近寄ることは許さない」

 どう見ても上位者の命令には逆らえず、迷いながらもカミラは踵を返してしまったらしい。

「その白い傘と子犬、茶色の髪に背格好。お前は昨日の女だな?」


 ディーネは答えられなかった。傘すら上げられない。

 しかしレオールは激怒しなかった。獲物は既に自分の手の内だと理解しているのだろう。

 王はディーネの前に片膝をつき、彼女の膝上に置かれていた手を己が右手で恭しく持つ。



「姫君。どうか、その美しいご尊顔を私に見せて下さい」

 彼は何という茶番を仕掛けてくるのだろうと、ディーネは思った。

 レオールは、いつまでも待っている。彼女が観念して傘をどけるのを。恐らく笑いながら、だ。


(どうして)

 よりによって、この体勢と状況なのだろうと、ディーネは赤くなる。

 まるで、神界における男神の求婚だった。女側は美しい椅子に座り、男側が相手に跪いて愛を乞う。そして女は返事が是なら、あらかじめ男の瞳と同じ色の衣をまとっておくのだ。期せずしてディーネのドレスはレオールの瞳の色に近いと言えなくもない。実際は彼女のドレスのほうが、ずっと濃い色であるが。



 でも、今はそんな場合ではない。

 ディーネは怯えに睫を震わせたまま、俯き加減で傘を持ち上げた。

 しかし、はっきりと彼女の顔を見ただろうに、王は何も言わない。


 おかしいと思って、ディーネはレオールのほうを見ざるをえなくなった。

 すると彼は口をわずかに開けて、食い入るように彼女を見つめていた。



 だが、視線が交差すると、はっとしたらしく手を離して立ち上がる。

「……何だ、女刺客か。期待させるな」

(その言い草こそ、何よ。やっと私だって気が付いたくせに)

 どさりと、レオールは彼女の隣に腰掛ける。


「化けたじゃないか、どこの令嬢かと思ったぞ。

 その姿でマルクを篭絡したのか?」

「いいえ」

「そうか。……ならば、こうしても構わないな」

「え!?」


 王は彼女の膝上に自分の頭を乗せてきた。

「騒ぐな。大人しくしていろ。あまり夜に寝付けないから、昼間眠くなるんだ。黙って膝を貸せ」


 なんと豪胆な男なのか、いや馬鹿なのか。もしディーネが本当に刺客だったとしたら、どうするのだろう。

「怖くないのですか?」

 目を閉じてしまった男の顔を見下ろす。

「尻尾を出す気なら、それでも構わない。手間が省けるさ」



 言うなり、レオールは眠ってしまった。金髪が陽を浴びて輝いている。寝顔はあどけないのに、かすかに隈がある。

 しばらく呆然としていたディーネは王を観察しているうちに恐れが薄まり、その髪に触れたくなった。そっと指を金髪に埋める。艶やかなさわり心地だ。


(この男には、こうして髪を梳いてくれる存在がいるのかしら。私が母上にしてもらったみたいに、傍で安堵出来る誰かがいるのかしら)


 取りとめのないことを考えながら金の髪に指を絡めたままで、ディーネも眠たくなってくる。日差しが温かいのと、薬が効き始めたせいかもしれない。

(寝ても、まあいいか……。この危険な男も寝ているし。あの厳しい将軍の庭以上に管理された安全な所も無いわよね)





**


 誰かの怒気らしきもので起きたのは、これが初めてだった。ディーネは、ばっと目を開ける。その『気』の根源は、ぎらぎらした目付きで彼女達の正面から歩いてきているマルクだ。将軍の片手に握られているのは、花束に見えた。

 ぐしゃり。

 と、その花束が一握りで潰される恐ろしい瞬間を、どうして自分は見てしまったのだろうと思う。


(人間って、わざわざ花束にしたものを握りつぶす習慣があるのかしら……?) 

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