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悪夢④

(ここに私がいると気付かれていないなら、絶対に見つかりたくない!)


 背後にディーネがいることをレオールに知られれば、また何をされるか分かったものではない。彼によってなされた尋問を思い出す度、数日間ずっと心が冷えていた。

 彼らに気付かれずやり過ごすのに越したことは無いはずだと、ディーネはぐっと唾を飲み込む。


(……少し様子を見よう)

 もしかしたら、先にレオール達がここからいなくなってくれるかもしれないと、彼女は考えた。


 男二人は、ずっと話し続けている。

「お前のしつこさには感服する。どうだ、マルクの門番は辞めて俺に仕えないか?」

「ご冗談でなければ、恐れ多いですが辞退させていただきましょう。私はあの方に拾われた身ですので生涯閣下以上に、誰かに忠誠を誓う気はございません。

 それに、貴方には血統の良い優秀な部下が数多おりましょう。私のような貧民出がお傍に寄ったら、疎まれてしまいます」


「人材なんて、そう言われるほど多くないのは知っているくせによく口が回るものだな」

「お聞き流し下さい。決して出自の良くない私とこうやって親しくお話していただけるだけで、陛下のお人柄には頭が上がりません」



 

(近いわ。早くどこかに行ってよ。うーん、相手に私の姿を見られずに済むには、どうすればいいかしら。このまま動かないほうがいいのか、それとも立ち去ったほうがいいのか……)


 隠れて留まるのも、一つの手だった。幸いにして、今日の彼女の装いは身体の線に合った細身のドレスである。既に片手で裾を押さえ込み、白い石で出来た女姓像にすっぽりと身を隠すことが出来ていた。


(衣服を白い物で統一してきて良かったわ。支度を全部カミラに任せて正解よ)

 ここは白薔薇が咲き誇る庭園だ。多少、白のドレスや白い靴先が見えたところで、薔薇だと思い込んでくれる可能性が増える。

 しかし邪魔なのは日傘だった。色は白いが、幅を取る。そうすると、向こうの目に付く危険姓が高くなってしまう。


(畳んだほうがいいわよね)

 だが下手に動いたら、逆に見付かる。立ち居振る舞いからして、きっとレオールは戦士だ。よく訓練しており、小さな物音一つにも敏感に違いない。

 ディーネは慎重に日傘を足元のほうへ移動させ、ゆっくりと畳む。

 パチン、と音をかすかに出してしまった。



(今の音、拾われた!?)

 そっと、葉の重なる隙間から様子を窺うと、半ば笑みを浮かべたザクタムと呼ばれた者と目が合う。

 その男の髪は、まるで常夏の楽園に育つ柑橘のごとくで赤味を帯びて波打ち輝いていた。長さは肩下をゆうに越え、首の後ろで一つに銀の飾り紐を使って結わえてある。

 全体的に精悍な印象を受けるのに、どこか馴染み易い顔立ちの青年だ。まるで悪戯好きのまま成長した男というべきか。何となくではあるが、この状況を面白がっているふしさえ見受けられる。

 

  

(どうしよう。私に気付いているわ! 彼の言葉一つで運命が決まる)

 けれどザクタムは、その深い海のような藍色の瞳を右へ逸らす。向かい合っているレオールに対して、すぐには彼女の存在を教える気が無いらしい。

 これは安心していい状態なのか分からないが、とにかく胸の動悸を抑えて落ち着くことを彼女は優先する。冷静にならねば、この後を乗り切れないと思った。


(ザクタム、ザクタム。どこかで聞いた名前ね。確か熱を出す前? あ、………………もしかして、この家の門番かしら)

 

 ディーネが認識しているフィラルリエット家の門番は二人。クリスとザクタムだ。

 おそらく、この近くにいるザクタムというのは、その門番に間違いないだろう。

 マルクに仕える門番の身分なら、ディーネに味方してくれるという期待をしても無駄だろうと気落ちした。あっさりと裏切られるに違いないと思う。ザクタムは、マルクの主であるレオールの意に反することを出来る立場にない。



(もう駄目かも)

 ディーネは、ぎゅうっと目を瞑り、また目を開く。

 子犬が不安げに彼女を見上げていた。


(良い子ね。もう少し鳴かないで待っているのよ)

 タウロスに頷いてみせ、彼女はザクタムのほうを振り返る。また目が合い、彼の視線は右へ行った。妙だった。



(もしかして、私に右へ逃げろって指示している……?)

 少し考えた後、彼女はタウロスを左手に抱え直し、日傘は右手に握り締めた。

 じりじりとディーネの身体は右へ移動を始める。もうザクタムを信じてみるしか道は無い。レオールが背を向けている間に、静かに一目散で走り去るのが重畳だ。



 そう思ったのに、現実は非情だった。

「盗み聞きしていた上、この俺に挨拶も無しで行かれるのか? ご令嬢」

 振り返らずとも分かる、レオールに掴まれた自分の右手首に絶望する。


(嫌、嫌、嫌、嫌、嫌ーーーーーーーーーー!!)

 声を出せば、彼女だと知れるだろう。そう思って、ディーネは叫ばずに唇をかみ締めるのみ。

 手だけ激しく動かして相手を振り払おうとしても、力の差は歴然としていた。びくともしない。



「そんなに嫌がることはないじゃないか。せめて顔だけでも見せて行け。お前はマルクの婚約者候補だろう? 難攻不落のあいつが敷地内に女を入れるなんて、今までに無かったから興味があるだけだ」



(……あら? 言っていることが変ね。私だと気付いてないのかしら)

 考えてみれば、確かにレオールと出会った時とは彼女の服装は異なる。傍からすれば、立派な令嬢とやらに見えているのかもしれない。

 大方、怪しいディーネは部屋に監禁されているとでも思い込んでいるのだろう。

 彼女は希望を持った。ここにいるのがディーネだと彼が知らないなら好都合なのだ。是非とも、手を離して自分を行かせてほしいと願う。



 だが、王も諦めなかった。いつまでも顔を向けようとしない彼女に、レオールは焦れた声を出す。

「俺はレオール=ヴァルザーサだ。名前位は聞いたことがあるだろう。俺に従え、こちらを見ろ。無礼だぞ」



「ご婦人に無体なことをなさるなんて、見損ないました。陛下」

「ザクタム、お前は黙っていろ。俺は、この女に用がある。せっかくマルクをからかう好機が来たんだ、邪魔をするな。

 それに、あいつとは女の趣味が似ているんだ。顔ぐらい見させてもらっても罰は当たるまい」


(誰か助けて!!)

「いけません陛下。

 ご婦人、お逃げなさい」

「ザクタム! お前……」


 誰かがレオールの手を外してくれた。彼女は見られなかったが、多分ザクタムだろう。彼は意外に良い人間だったらしい、と失礼にも思う。


「待て! そこの茶色の髪の女!」

「行きなさい。ご令嬢っ」



(ありがとう、ザクタムさん!! 今度会ったら、お礼を言います!)

 ディーネは庭の中を逃げ、なるべく人目に付かないようにして屋敷内へと戻った。

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