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悪夢②

 彼女が病に掛かってから三日目の夜。

 ディーネはたまに目を覚ましたが、まだ床についていた。彼女が口にするのは水と液体の薬、そして僅かな流動食のみ。 


 

 そんな臥せるディーネの夢に、よく登場するのが母神のダイヤだった。 

 ――――踝まである金髪を柔らかく波打たせた美女が、柳眉を曇らせている。

 白い肌と金の瞳を持つ、神界一美しい女神を悩ませる原因は、その愛娘にあった。



『困ったわね、どうやったら貴女の神力を引き出して上げられるのかしら』

 ディーネは成長しても本当に辛い時は、母の温もりだけを求めたものだ。

 よく跪き、背もたれのある金色の華奢な椅子に座る母の膝に顔を埋めて泣いたものだ。ダイヤは、そんな娘の髪を細い指先で梳いてくれた。すると不思議にディーネの心は凪ぐのだ。



 ダイヤの次に現れたのは、賢者の神ファロ。中年の見かけで小太りの彼は温かい性格で、ディーネによく自慢の蔵書を見せてくれたものだ。

『神力を出すには、どうしたらいいか?』

 うーんと唸った後で、ファロは長さの短い白が混じる黒い頭を横に振る。そして、その黒い瞳を悲しげに歪ませて言うのだ。

『君の話してくれた少ない条件だけでは断定するのは難しい。細かな可能性だったら星の数ほどあるだろう。

 そして多分、答えは君の中にある。私は手伝いを惜しまないけれど、恐らく君自身が見つけなければ意味が無い気がする』

 聡明な彼でも分からないのか。そんな失望に、夢の中のディーネは肩を落とした。



 ファロの姿が消えると、高慢な従姉の女神コルーンが出てきた。

 腰まである金髪と金の瞳を持つ従姉は、ダイヤの跡を継ぐ美女になるだろうと目されている。


『神力? そんなもの、少しでもいいんじゃない? ……まあ、対象に手をかざして、力を送る感じかしら。見てあげるから、やってごらんなさい』


 似た助言なら、他の神にも貰ったことがある。それでも、ディーネは従って試してみた。

 結果、何も起こらない。

 従姉は腹を抱えて、さんざん笑う。


『そ、そ、それより、大事なのは美貌よ。貴女、もう少し自分の外見を磨いたら? ……え、磨いてその程度なの』


 傷口に塩を塗り込まれたように、ディーネの胸が痛んだ。

(どうせ私は父母みたいに美しくない)



 コルーンの影が薄くなっていく。

 ディーネは闇の中で、膝を抱えた。

(もう誰も頼れない)

 と思っていたのに、どこからか誰かの声が頭に響く。



『――――――そなたの身体が熱に飲まれる時、或いは思い出すことが出来るだろう。

 それまでは全てを忘れ去り、無能な女神として――――恥じることはない。私の呪いは――――』



(誰? これは私の記憶……? 一体、いつの…………。

 どうして今まで忘れていられたの)



 思い出す時が近付いているのだという予感に、ただただ戦慄した。

 新たに感じ始めたのは、巨大な恐怖。

 まるで喉元に大蛇が巻き付くような圧迫感がある。



(それでも、思い出さないといけない)

 きっと、それは現れない神力への足がかりとなる可能性が高いからだ。

 ディーネはまどろみながら、手を握り締めた。



**




「お嬢様? おはようございます。

 熱が少し下がられたようで、少々安堵致しました。お食事は入りそうでしょうか」

 明るい声を聞いたディーネは目をゆっくりと開け、挨拶を返す。

「……おはよう、カミラ。いただくわ」


 上半身を起こし部屋内を見回しても、子犬は部屋にいなかった。カミラに尋ねると、他の使用人に預けてあると判明する。

「心配されなくても、明日にでも連れて来ますよ」

 

 にこにこしたメイドから、微塵切りにした野菜やパン、卵の入ったスープを受け取る。

 匙を口に運ぶ間にカミラは大きな陶器の水差しから、透明な杯に水を注いで手渡してくる。

 ディーネは杯の中身を一息に飲み干した。焼け付くように喉が渇いているのに、急なことでむせた。

(あれが必要だわ……)

 咳き込みながらもカミラに持ち去られないよう、目を水差しから離さない。


「そんなに慌てて飲まれなくても、沢山ございますから! ゆっくりゆっくりでいいのです。

 それから今日も出歩かずに休まれて下さいね。医者の許しがまだですから」

「そうね。私もそうしたい。まだ動けないわ」



 スープを綺麗に平らげると、順調に快復しているとカミラは喜んだ。

「食器を片付けてから、また戻りますね」

「大人しく眠っているから。貴女こそ、ゆっくりで大丈夫よ。

 でも、また水を飲みたくなるだろうから水差しは置いていってね。とても喉が渇くの」

「うふふ。分かりました。お気遣いありがとうございます」



 盆を持ってカミラが出て行く。

 足音が遠ざかったのを確認すると、ディーネは枕元の小さな台に置かれた水差しを持ち上げた。

 頭上で一気に逆さまにして、水を全て浴びる。水差しは想像以上に重く、手元が狂って床に落ちた。派手な音がして、無残に割れてしまう。申し訳なくて砕けた欠片を拾おうとしたが、立ちくらみを起こした。再び寝床に倒れ込む。

 次には寒気が押し寄せてきて、彼女は身をぶるりと震わせる。

 身体を抱きしめても、歯が鳴った。



『――――そなたの身体が熱に飲まれる時、或いは思い出すことが出来るだろう――――』

(寒くて凍えそう。でも熱を出さないと、思い出せない。このまま快復するわけにはいかないわ)



 自制心が崩れ落ちそうだった。

「ディーネ嬢!」

 誰かが叫ぶ。

 了承も得ずに急いで入ってきたのは、外出着姿のマルクだった。水差しの割れる音を聞きつけられてしまったのだろう。



「ごめ、んなさい……。不注意で水差しが割れ――」

「水差しはどうでもいいっ! ただの不注意で、どうして頭からずぶ濡れになるのですか!」

 目を怒らせたマルクは自らのマントを脱ぐと、ディーネの頭を乱暴に拭う。摩擦で髪から火が出そうだ。

「痛い……」

 囁くと、ようやく彼はマントを投げる。

 けれど、それで暴挙は終了ではなかった。


「きゃあっ!?」

 マルクはディーネに圧し掛かり、彼女の夜着をごうとする。男を突き飛ばそうとした両手は、彼の片手で押さえられてしまう。

 

「大馬鹿ですよ、貴女は。肺炎で命を落とすつもりですか。私を残して……」

 何故か今震えているのは彼女ではなく、かき抱いてくる彼のほうだった。

 

「これでりましたか? 二度と、こんなことはしないように。着替えの手伝いはカミラにさせます」

「お嬢様。何か割れるような音が致しましたが大丈夫でございますか!」

 彼の言葉のすぐ後に、カミラが扉を叩く。

「カミラ、入れ」

「はい」

「廊下で待っているから、早く着替えさせろ。私は、まだディーネ嬢に用がある」

「かしこまりました」


 尊大に命じて、彼は部屋を出て行く。カミラは最短の時間でディーネに新しい夜着をまとわせ、扉の外にいるマルクを呼びにいく。待ち構えていたらしい彼は毛布を手に持っており、つかつかとディーネの所に向かってきた。


「何をっ……」

 身体を毛布でくるまれ、抱き上げられる。

「寝台が濡れてしまったので隣室へ移ります。家具はほとんど一緒ですから、安心なさい」

 どうやら彼はディーネを隣室まで運ぶつもりらしかった。

「っ」

 降ろしてと言いたいが、彼の厳しい表情がそれを許さない。


「カミラ。これからは部屋に水差しを残しておくな。彼女が水を欲しがっても、こまめに与えるのみにとどめろ」

「はい」

(……)


 彼の簡単な一言で彼女の模索手段も、ひねり潰されてしまう。

 それから隣室まで連れていかれると、用意よく暖炉には火が入っていた。ディーネは、また寝台に降ろされる。

「あの……、!?」

 新しい寝床を準備してくれたことに対して礼を伝えるべきかと躊躇したところで、何故かマルクも毛布の中に入ってきて、ディーネの身体を抱きしめた。



「私の体温を移すだけですよ。……まさか貴女が、こんなことをするなんて。常時見張りを付けたほうが宜しいか」

「ここまでして下さらなくて結構ですから!!」

「駄目です。貴女の身体は、ひどく冷えきっている」


 確かに身体は凍えていて、マルクの体温は心地よかった。だが恥ずかしい。

(失敗したわ……)

 ディーネは身をもって、惨敗を悟った。

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