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信じたいから

 マルクとは、食堂の扉の前で反対方向に別れた。執事と一緒に廊下の向こうへ消えていく彼の後姿を、ディーネは一瞥する。

 彼女の為には、新顔で例の黒ドレス姿の若い女性が現れていた。

「私、カミラと申します。この度、お嬢様付きのメイドになりました。宜しくお願い致します。

 これから御部屋に御案内させていただきます」

「こちらこそ、どうぞ宜しくお願い致します」

 明るい笑顔で挨拶されて、それだけで少し嬉しい。しかも見た目はディーネと似た年である。気兼ねがいらなそうだった。

 黒い瞳をしたカミラは紅髪を首の後ろで三つ編みにしてから、それをピンで丸く纏めた髪型をしている。



 カミラは優しかった。遅くなってしまうディーネの歩調に合わせて先導してくれる。ディーネ用の部屋は二階にあると教え、手すりの木目が美しい螺旋階段もゆっくりと上ってくれた。


 いまやディーネの胸元には、子犬という荷物も増えている。重いというわけではないが、体調の悪い身としては少しだけ負担になる。でも自分で面倒を見ると約束したのだしと、しっかり抱え込む。

「クゥン」

 小さく主張するように鳴いては、ちらりと舌を出して尻尾を振り通しの可愛い子である。

「お前の名前、どうしようかしらね。明日、良い名前を考えてあげる」

「ワフ」

 了承したように鳴くので、振り返ったカミラと一緒に笑ってしまった。


 ディーネはカミラの後ろで、こっそり安堵のため息をつき考えた。

(部屋が貰えるみたいで良かったわ。個室なのだったら、余計に感謝しないと。……あの母君の様子だと、いつ屋外へ追い出されるか分かったものじゃないけれど)



 

「こちらが御部屋です」

 用意された部屋は、端から二番目の場所だった。

 カミラが後ろで扉を閉めてくれ、ディーネは部屋を見回す。

「日の当たり易い南側ですし、こちらは屋敷で一番良い御部屋の一つですよ。御部屋の装飾も調度品も素晴らしくて。旦那様が、貴女様にはこちらが良いでしょうと仰られました」



 確かにカミラの説明の通りだった。全体的に白と茶とわずかに金色を基調にした、清潔で落ち着いた部屋である。鏡台、衣装棚、二脚の椅子と小さな卓台、白い薄布の天蓋付き寝台は薔薇の彫刻が美しい木製で統一されていた。

 白い暖炉は食堂にあった物とは大きさでは敵わないものの、勢いよく炎が燃えている。

 子犬も元気に室内を駆け回り出した。


「ありがとうございますって伝えなければね……、将軍に」

(こんなにお世話になっているのに、私こそ随分失礼だったのではないかしら。してくれたことの礼ぐらいはしないといけないわよね。でないと私も最低の一員よ)

 ディーネが言うと、

「とても喜ばれると思いますよ」

 と、カミラも嬉しそうに言った。



 カミラに手伝ってもらい、ディーネは最後の気力で、用意して貰った熱い湯に浸かる。身体が温まることは何でもしたいところだった。

 その間、陽気なメイドはお喋りを挟む。

「旦那様って、本当に優しい物腰で優雅で美しくて素敵ですよねえ。勿論、私なんかが気軽に話題に出来るような御方でないのは、重々承知なのですけれど」

「…………ええ。素敵ですよね」

(あくまでも容姿は。外面だけを見ては駄目よ、後悔するわ)


 メイドは相槌して、語る。

「それに、あの鋭い眼光。私、今晩初めて旦那様にお会いして、ゾクゾクしました!」

「はい?」

 ディーネはカミラの言うところが分からない。するとメイドは照れたように話し出した。



「そのう実は私、数年間ずっと厨房にいたのです。それで今後、慣れずに粗相がありましたら申し訳ございませんが。

 今回、呼び出されて旦那様直々にお嬢様付きになるよう命じられまして。『これまでのお前の働きを見込んで頼む』と。使用人には雲の上の御方なのに、私のことまで見ていて下さったなんて光栄で。

 しかも、人をいつでも殺せそうな気配を隠し持っていらっしゃりそうなところが、たまりません!!」


 話のどこかがおかしい気もしたが。

(これは……)

 マルクの性質を本能的に見抜いたメイドと、その勘の良さを買ったマルクという構図がディーネの頭に浮かんだ。

(そんなおかしなことがあるかしら。……きっと私は疲れているんだわ)

 瞼の重くなってきたディーネは、カミラが濡れた頭をやわらかな布で拭いてくれるのに任せた。



 一日の終わりとして横たわった寝台は、柔らかで極上の寝心地だった。

「お休みなさいませ、お嬢様。私は隣の控えの間におりますので」

「お休みなさい。今日はありがとうございました」

「勿体無いお言葉です。どうぞ、私に敬語など使われるのはお止め下さいませ。私が旦那様にお叱りを受けてしまいます」

「そう……。分かったわ」


 蝋燭の炎を手で扇いで消したメイドは一礼し、静かに部屋を後にする。

 その影を見守って残されたディーネは、寂しいという気持ちを再び思い出した。

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