奇妙な晩餐③
席に戻ったヨシュアは何も話さず、食事の手も止めてしまった。
せっかく出されたデザートの、各種ケーキと果物の盛り合わせは、マルクが手を付けただけで終わる。 ディーネは元より食欲が無いので、ぼんやりしていただけだ。
ヨシュアは最後に出た柿色のお茶をさっさと飲み終えると、体調が優れないからと言って真っ先に退出する。ディーネには目もくれずに。
(私も出て行きたいのだけれど、どう言い出せばいいのかしら。いっそ、母君みたいに具合が悪いと告げてみる? 嘘ではないし……)
香ばしい匂いのお茶を見下ろしながら、ディーネは立ち上がる機会を待った。手持ち無沙汰ゆえに、杯の水ばかりが減っていく。体調は悪くなる一方だ。斜め前の男の存在が嫌で、しょうがない。
それなのにマルクはお茶を楽しんでいるのか、なかなか席を立とうとしない。主人が残っているのに、客が失礼するわけにはいかないという迷惑な話である。
(…………………………これ、面白い杯ねぇ。
草花の模様は綺麗だけど。淡い緑と桃の色彩って好き)
お茶が入れられた陶器の杯は、高さがあまり無い逆三角のような形で、小さな取っ手が一つ付いている。その蔦のような金の取っ手を、ヨシュアやマルクは片手の指に引っ掛けて器用に飲んでいた。
「貴女は少食なのか、肉が嫌いだったのか……。それとも緊張されてしまいましたか?」
「え?」
いきなりマルクに話しかけられて戸惑い、顔を上げる。
「あまり食が進まれていないようでしたから。口に合わなかったら、遠慮なく仰って下さいね」
(なんだ。しっかり観察していたのね。とすると、もしかしたら母君にも見られていたかも)
ヨシュアはディーネを、せっかく料理を振舞ったのに残す無礼な女と見なしたかもしれない。でも開き直って、しっかり食べるのと、どちらが良かったというのだろう。きっとディーネがどう振舞おうとも、ヨシュアの印象は変わらない。これは気にしても仕方ないことなのだと、納得することにした。
「そろそろ部屋に案内させましょうか」
マルクが言った途端に男達が寄ってきて、後ろから二人の椅子を引く。立ち上がる手伝いまでしてくれるとは、至れり尽くせりだった。
ようやく解放かと安堵したディーネの目の前に、マルクが立つ。
「では、また明日」
嫌な既視感を覚えて、彼女は身を一歩分引いた。
(やっぱり……!!)
ゆっくりと屈んできたマルクを避けることに成功する。
「これは残念。今夜は諦めることにしましょう」
彼は性懲りも無く、また彼女の頬に接吻するつもりだったらしい。どこまでもディーネを小馬鹿にしているようにしか思えなかった。
(良かった、とっさに向こうの意図に気付いて。あんなことは二度とさせないんだから!)
(……、また明日と言っていたわね)
彼は明日もディーネに会う気があるらしい。
(私は、もう一生会えなくても構わないんだけど。何とか、この男との遭遇を回避する方法は無いものかしら。監視されている身だから無理なことかもしれないけれど)
眉を寄せて考えていると、はっとしたようにマルクが慌て始めた。
「顔色が優れないようにも見えますが、大丈夫ですか? 今日も冷えましたからね」
気遣わしげな表情をして、覗き込むようにマルクが尋ねてきた。
「大丈夫ですから――――」
(――これ以上、近付かないで)
睨みながら更に一歩後ろに下がると、マルクも多少は彼女の心情を察したらしい。
「……良い夢を。私だけの姫君」
(また、それね)
「お休みなさい、マルクオルガー様」
(これだけ広いお屋敷ですから、もう鉢合わせしないことを祈っています)