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奇妙な晩餐②

 三名が席に着くと、黒服を着た執事を先頭にして、一皿目の料理を持った三人の男が隣室の小さな扉から出てきた。

 耳を側立てて、話が終わるのを待っていたのだろうか。

 彼らは無駄なく静かに葡萄酒を各自の透明な杯に注ぎ終えると、壁際に控える。


「では、いただきましょうか」

 マルクはヨシュアとディーネの顔を順に見て言った。

 

 目の前の二人が食べ始め、おずおずとディーネも匙を取る。

 こんなときでも食欲をそそる良い匂いがした。湯気の上る、だいだいに近い色の澄んだスープだ。口に運べば、あっさりとした旨味があった。これなら入ると内心喜び、ゆっくり食べきる。


 スープの皿が下げられると、牛肉の大きな塊を焼いたものに濃い色のソースを掛けた品が、塩で味付けした野菜と、切って揚げた芋を添えて出てきた。

 籠に入れられた焼きたてのパンも種類が豊富で、普段なら喜んで戴く代物だったが、ディーネは持ってきた執事の勧めに首を横に振る。

 だんだんと胃の調子に不安を感じ出していたのだが、ナイフとフォークを手に取って、少しばかり肉と野菜を切り分け食べてみた。咀嚼の途中で急に吐き気を覚える。やはり今宵の食事は、もういいと思う。

 だが他の二人は食事を続けているので、目立たないように彼女も手元を動かす仕草だけを続けた。



 けれど、ディーネの世話を担当した男には分かってしまったらしい。ずっと彼女が口に物を運んでいないのを遠くで見ていたのだろう。新しい杯に水を注いでくれる。

 ディーネは、それを有り難く一口飲んで休み、また一口という具合に飲んだ。喉は渇いていたようだ。何の味もしない冷たさが、身体に染み入る。今はこれが最も必要で、美味しく感じられた。

 それでも一気には飲み干せない。まだ中身が半分残る杯を一度卓上に置くと、こちらを見たマルクが「料理は口に合っていますか?」とディーネに微笑みかけてきた。そして、そんな息子の様子を見たヨシュアに睨まれる。

 『余計なことばかりする男』という認識が、ディーネの中でマルクに対して固まりつつあった。




 

 これ以上、物をお腹に入れられないので、ディーネは料理の観察をして暇を潰すしか出来ない。様々な料理の匂いが混じる気持ち悪さに耐えられるようになると、彼女は目だけをゆっくり動かした。

 先程、男達によって料理が追加されていた。

 彩り豊かで、彼女が見たことも食したことも無い品が乗った大皿が三枚、卓の中央に並ぶ。マルクとヨシュアが目配せをすると、男達がすばやく近付いてきて望みの品を取り分ける仕組みらしい。

 


 しかし、絵に描いたように気まずい夕食の場だった。食べ出してから、誰もろくに会話しようとしていない。

 もう今後この食堂に呼ばれることは無いだろうが、あるなら頭を下げてでも遠慮したいとディーネは考えた。


 バーーーーーーーン!!


 と、大きな音が響いたのは、そのときだ。誰かが食堂の扉に体当たりしたような音だった。


「何事です!?」

 ヨシュアがナプキンで口元を押さえながら叫ぶ。

 次の瞬間、部屋に入ってきたのはフワフワの純白な毛並みを持つ子犬だった。


(何で乱入してきたのか分からないけど、…………とっても可愛いかも)

 ディーネの気持ちが伝わったのか分からないが、子犬は円らな黒い瞳を彼女に定めて、一直線にやってくる。

 その健気で必死な塊を胸に受け止めようと、反射的にディーネは席を立って床にしゃがみ、両腕を広げた。



 けれど、待ち望んだ柔らかな感触は途中で遮られてしまう。

「ワッフウ!?」

 犬の抗議も、その男には通じない。

 マルクが犬の首を抓みあげていた。

「彼女の腕に抱かれようなどと、五千年早い。毛色が黒くなくて白いだけでも減点なのに、思い上がるな。拾ってやった恩を忘れて、礼儀知らずにも飛び込んでくるとは」


 豹変したマルクは、この場で犬を斬り捨てそうな気配だ。

「や、止めて下さい! こんな小さな子に……」

 咄嗟に犬を取り返して、背の高いマルクを見上げる。

 すると彼は、気が抜けてしまったらしい表情になった。

「………………貴女が世話しますか?」

「……はい。だから、この子に手を上げないで下さい」


「では、その犬は貴女のものです」

 マルクに目を逸らされ、素っ気無く言われた。

 妙な態度は取られたが、ディーネは子犬を手に入れて嬉しくなった。

(私だけの、この地上で初めての、悪意の無い生き物……)

「ありがとうございます。マルク様、いえ、マルクオルガー様」

 自然に笑みが浮かび上がり、礼を言うとマルクは苦笑した。


「マルクで良いと言ったはずです。そうやって貴女が喜んでくれると知っていたなら、何匹でも用意したのに。何なら今からでも捕えて…………」

「良い加減にして頂戴、マルク。貴方ときたら、ここを犬屋敷にするつもり? 犬だの、孤児やごろつきだの、今日は怪しい女性だの次から次へと家に連れてきて――――」


 ヨシュアが会話に割り込んできて、悲痛な声を上げた。


「ごろつき、だなんて母上。婦人が口にする言葉とも思えませんね」

「ふざけないで! 私は真面目に言っています」

「私も真面目に答えていますよ。

 私がここに連れてくるのは、才ある第一級のものだけです。見境なく持ち帰るわけではありません」



「馬鹿なことを言って。この際だから言わせてもらいます。大体、貴方が雇っている門番達は何なの! 身元のはっきりしない者を懐に入れるなど、貴方は何を考えてい――――」


「クリス達が貴女に何か失礼なことを致しましたか?

 彼らに礼儀作法を教えたのは私です。粗相をしたなら、まず私に非があります」


 一瞬、またマルクの態度が冷たくなった。けれど、ヨシュアは感情的になりすぎて気付いていない。


「完璧だから恐ろしいのではありませんか。貴方、どうやって何の下地も無い者に貴族の素養を教え込むのです? そんなことは不可能なはずよ。

 ……それに時折彼らが見せる無表情が私、夢で見るほど怖いの」


 ヨシュアは両手を握り締める。呟いた最後の言葉は、消えそうに弱々しかった。


「単に厳しい訓練によるものですよ、母上。それより最後のデザートは如何です? ディーネ嬢も犬は執事に預けて、席にどうぞ」


 マルクは、何も心配いらないというように、にっこりとして言った。

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