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空白の地

 机上に広げた地図を前にして、少女ディーネは途方に暮れていた。

「次は、どこへ行けばいいのかしら……」

 どこへ行けば、この問題が解決するのか――?

 少女には大きな悩みがあった。それはディーネが女神であるはずなのに、生まれた時から神力が使えないということだ。ここ神界で生を受けてから、すでに十六回もの春を迎えているにも関わらず、だ。

 神力を発現させられない神なんて、ディーネの他にいない。空を飛んだり、触らずに物を動かしたりなど、周囲の神々が当然できることを彼女はやれないのだ。

 なぜ神力が使えないのか。手がかりは何もないとくると、神界を歩き回って解決の糸口を探すしかない。そして地図は彼女が訪れた場所に刻む×印で、埋め尽くされていく。次の目的地を定めることは、どんどん難しくなっていった。

「……」

 ふと、自身の指先がかかっている余白部分に目が行く。そこは神界の外、全ての神に無きものと見なされている『空白の地』だ――人間という悪魔が暮らしているせいで。かつて神々は裏切られたために、人間をいとうようになったと聞く。

 それに神界と空白の地は、最高神の幻術によって完璧に遮断されている。かなりの神力を使わないと、越えられない壁があるようなものだ。もし人間が壁前に立ち、神界のある方角を見たとしても、その目に神界を映すことは出来ないだろう。神界側からディーネが空白の地を知ることが出来ないのと同じだ。


(どちらにせよ、ここの探索だけは不可能だわ!)

 考えるまでもなく、心の中でディーネは否定する。実際に人間と遭遇したことはないが、話では相当に意地悪な生き物らしい。また、見た目は神と似ているが、神力は持っていないようだ。

(神と同じ姿で、神力を使えない点は私と一緒よね。……いいえ、そんなことを考えるのは良くないわ)

 自分が実は人間だったとは思いたくない。なぜなら彼女の父母はディーネを唯一の実子として、これまで育ててきてくれたからだ。こないだ父ホセには不甲斐なくも「努力の方向性が間違っている」と叱られてしまったが。


(こんな不安なんて消えるくらいに頑張らないと)

 父母の期待に応えたいという思いから、ディーネが再び地図に取り組もうとした時、珍しく母ダイヤが娘の部屋へやってきた。母は見事な金色の髪と瞳をしていて、特に姿を取り繕わなくても美しい。


「ディーネ。貴女の父上から伝言がきたわ。玉座の間へ急いで来るように、と」

「えっ。玉座の間で?」

 玉座の間とは、神々の頂点である最高神――ディーネの父だ――の玉座が置かれる場所だ。それは名高い神々によって評議が行われ、今までディーネは立ち入ったことがない部屋だった。非常に格式の高い場所だ。そんなところへ呼び出されるなんて、滅多にないことだった。しかも父は普段から、神力を扱えない娘に対して厳しい親だ。ディーネは緊張を覚えながら、身支度を始めた。鏡の中で不安げに揺れるのは自身の瞳と、同じ色の柔らかな焦げ茶の長い髪。だが、娘の顔色より蒼白なのは、母の表情のほうだった。

「……ディーネ、気を付けてね」

 少女は、いぶかしげに振り返る。

「何に?」

 ダイヤは答えなかった。

 





 ディーネが玉座の間に入った途端に、居並ぶ神々の鋭い視線が一斉に向けられる。一瞬の躊躇ちゅうちょの後、彼女は玉座の前へ進み出た。大理石の床に片膝をつき、頭を垂れ、最高神から声をかけられるのを待つ。

「ディーネ」

 こんなに冷たく彼女の名前を呼ぶ父の声は聞いたことがない。ディーネはハッとして、ただ顔を上げる。

「そなたを神界から追放することとなった。これは我々の評議で既に決定されたことだ。二度と神界に戻ることはならない」

「……何故でございますか?」

 わざわざ尋ねなくても、自分の胸に手を当てて考えれば、追放の理由を知っている気がする。それでも、確認のために問う。

「神力が現れないということは、お前は神ではない。悪魔と等しき人間だったのだと判断した。だとすれば勿論、私の娘でもないことになる。いつ何処で私の子と入れ替わったのか知らないが――人間を神界に置きつづけるなど言語道断」

「私は人間ではありません!」

「くどいぞ。罪人にもかかわらず、追放処分だけで済むことを幸運に思うがいい。――去れ、小娘。以前そなたがいた世界へ」


 そう言い渡したホセは指一本動かさなかった。なのに、一瞬でディーネの目に映る世界が変化する。神力によって彼女を人間のいる場所へ移動させるつもりなのだと気付いた時には、もう遅かった。

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