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恋をした瞬間、私の努力の理由

過去編は一人称で進めさせていただきます

 私は所謂エリートだった。大袈裟に言ってるわけでもないし、自慢してるわけでもない。事実を述べたまでだ。


 この国、いや世界で最も名誉とされるのは、行政機関に所属することだ。最も競争率が高く、誰もが憧れる職。それが行政機関士――警察や、検事などを差す名称だ。


 私は倍率の高く、誰もが崇める地位へと着々と近づいていた。

 “機関所属間違いなしのエリート学部”とまで謳われた東大の行政学部に在籍することを許されていたのだ。当然である。死に物狂いで努力し、実際、血反吐を吐くまで己を鍛えたりもしたのだから。一体何度、生死の境を彷徨ったことか。


 私は何処までもストイックで寡黙な女だった。甘えは許さなかったし、恥じさえも掻き捨てて、ありとあらゆるチャンスにしがみついた。ただ、機関士となるためだけにーー。



 私が機関士になりたいと思った理由はとても単純だった。行政機関に入って、刑事になりたかったのだ。

私は追いつきたかった、ずっとずっと、大好きだった人に。己が憧れてやまない、その背中に私は触れたかったのだ。




 彼に恋をしたキッカケも、これまた単純だった。


 8年前、私は一度だけ誘拐されたことがある。

 中学二年。文化祭の秋、遅くまで学校に残って作業していた私は、他の友達と帰路が別で暗い夜道を一人、歩いていた。ソレがいけなかったのだろう。巡回中の警備ロボが居なかった瞬間を狙われて、私は“犯罪者たち”に攫われた。その後のことは忘れたくても忘れられない。


 狭い車のトランクの中に押し込まれて、何時間たったのだろうか。真っ暗で、息苦しくて、今時珍しい、初めて嗅いだガソリンの匂いで気持ちが悪くなったのはよく覚えている。


 最悪だった。男たちの下品な笑い声を恐ろしく感じ、助けを求められる人が誰一人居おらず、心細かった。意図せずに涙はポロポロと零れ、寒さと恐怖に震えながら私は待つしかなかった。


 あの時は本当に絶望的な状況だった。古臭い車を使っているクセに、彼らは最新の“武器”を持っていて、おまけに警察から逃げ延びれる確実なルートを確保していたのだ。そして何より最悪なのが、男たちが快楽殺人鬼だったと言うこと。


 身代金を要求するわけでも、政府や法務省に何かを訴えるわけでもない、彼らは文字通り私で“楽しめれば”それで良かったのだ。だから、何処にも連絡を取っていない私たちを、誰にも見つけられるはずが無かったのだ。たった一人を除いてはーー、


 本当に駄目だと思った。彼らは私を車に乗せて何処か遠くへ行こうとしていたから。例え両親が帰りの遅い私に気づいて、警察に通報していたとしても、ケータイも何もかも、手がかりが全て捨てられたあの状況では、絶対に見つけられない、とそう思った。


 だけど、あの人は私を見つけてくれた。


 突然止まった車。鳴り響く銃声、刃物がぶつかりあう音、悲鳴や怒号。トランクに押しいれられた私に外の状況が分かるはずもなく、全てが終わるのを震えて待つしかなった。そして、


――ギィィ


 音を立てながら開くボロボロのトランク。その音に私は思わず止めた。

 

 殺される。

 

 此処まで来る途中で、聞こえた男たちの会話が耳の奥で蘇る。水攻め、爪剥がし、薬、強姦、針刺し。恐ろしかった。呼吸をすることさえも一瞬忘れてしまった。


 だから、私は抵抗した。張られたテープ越しに叫んで、喚いて、泣いて。腕も手錠で繋げられてるにも関わらず暴れた。

 そんな、凶暴に、タガが外れたように足掻く私をあの人は抱きしめてくれた。


 テープの剥がされた口で噛み付いても、手錠が外れた腕で殴っても、あの人は私を力強く抱きしめ続けた。


―――もう、大丈夫だ。


 その無骨な声があまりにも優しく、暖かかったもので、私は無意識に顔を上げた。すると、


―――それほど凶暴に暴れる元気があるなら、心配ねーな


 心底安堵したような顔で、失礼なことを言われたというのに、私は凄く、安心したのだ。


 全身の力が抜けて。もう、安全なんだと知って、涙が出た。恐怖からでも、心細さからでも無く、生きてるんだという安心感から自然と、また滴が溢れ出したのだ。もう、十分泣いたはずなのに、ソレは一向に止まってくれる気配を見せてくれなくて、私を救ってくれた刑事は泣き止むまで背中をポンポンと、優しく叩き続けてくれた。


 それから、両親が現場に駆けつけて、まあ……色々あった。

 

最後にかの刑事と別れる前に、私は一つだけ彼に問いかけた。


―――わたしも、貴方みたいに強くなれますか?


 その時のあの人の顔は忘れない。少し驚いたように見開かれた目、ポカンと開いた口、呆気にとられたようなその顔は少し幼げに見えた。

 数秒か、或いは数分か。私の言葉の意味を理解すると、彼はニッと口角を上げた。


―――そりゃ、オメー次第だろ。


 あの時の笑顔を私は一生忘れない。

 それは、恐らく私の初恋だった。


 恋というものを今迄知らなかった私は、彼に追いつけるようにとそれからは必死に勉強した。最初に追記したとおり、私は手段を選ばなかった。最強の肉体、とまではいかないが、最高の身体能力を獲得するために、体をよく酷使したものだ。勉強だって頑張った。毎晩毎晩徹夜付で復習や予習をし、知力だけでなく、頭の回転力を上げるために色々な問題集を解いていった。中学高校では、大学院で使われるものまで応用した。お蔭で私はどちらかと言うと洞察力のある人間になれたし、勘だって意外に鋭い。


 8年もの人生をその努力へと費やしたのだ。お蔭で私はあの東京大学にさえも楽勝で入ることができた。

 まあ……その代わり、友情などの青春は棒に振ったので、共に過ごす人間を失ってしまったが。


 一応、高下由香たかしたゆかと言う学友、否、悪友は一人だけ出来たが、それだけだ。私へと近づこうとする人間は気がつけば、居なくなっていた。どうやら私は随分と近づきがたい人間になってしまっていたらしい。


 話を変えよう、否、変えるわけではないけど進めよう。

 我がエリート学部には“行政機関の期待の星”、“100年に一度の逸材”とまで呼ばれた女が居た。

 彼女の名は哉沢しおり――とても“正義感の強い”女だった。


 私ははっきり言って彼女のことが嫌いだった。いや、今でも嫌っている。

 確かに彼女は“この国の人間”から見たら好ましい人種だろう。優しく、可憐で、勇敢で、正義感で溢れている女性。その様は正に“小説のヒロイン”のようだ。


 だが、その“正義感”も、態度も、笑顔も、何もかも、私は嫌っている。


 見てるだけで反吐が出るほどに、私はあの女を嫌悪している――。








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