脱出
言ってやったのに、返って来たのは、沈黙。2人をみると、目をまん丸に見開き、ただただ固まっている。
デカい男2人。はっきり言って正視に堪えない。
「ねえ、『お願いします』は?」
若干、いいや、だいぶイライラを声に乗せて、顔には優しい微笑を浮かべて言うと、中西がハッとして、『気をつけ』の姿勢を取った。
「……確かに、 さっきのは人にものを頼む言い方じゃなかったね。ごめん。協力、お願いします」
そして、ほんの少し、頭を下げる。で、それを「ふん」と鼻で笑った哉也の頭をがしっとつかんで、 私に向けて下げさせた。
おお、なかなか面白いものが見られた。
「……わかりました。『 これから私が困るのを未然に防ぐ』ために、私に出来る事ならお手伝いします。私に出来る事だけですけど」
それを聞くと、中西は素晴らしく爽やかな笑顔になった。
「ありがとう。それでも良いよ。君も裕也の従兄妹なら、半端な仕事はしないと思うし」
一言余計だ。
「で、何を手伝えば良いんです?」
「ああ、それなんだけどね、今は場所も時間も微妙だし、君さえ良ければ明日にでも、また別の場所で話したいんだけど。良いかな?」
時間? 腕時計をみると、19:30。確か、校舎内の機械警備は19:45から、校門が閉じるのは20:00とかだった気がする。うん、今話すのはちょっとね。
場所……。黒いゴミからは、一刻も早く離れたいというのが本音。
「わかりました。明日も部活は18時に終わるので、18:20以降なら、いつでも大丈夫だと思います」
「じゃあ、今日の夜にでも、明日の場所や時間をメールするよ」
「コレのアドレスはは俺が教えてやるから、早くここから出よう。空気が悪い」
黙っていた哉也は口早にそういうと、ずんずん回転扉の方へ歩いていく。
「ハイハイ」
中西も。慌てて私もついていく。
「中西、はしごはこっちの部屋で合っているよな?」
「うん」
返事を聞くとすぐに、哉也は回転扉の右側をガンと殴る。瞬間、扉は回り、私達は元いた部屋に戻っていた。
「出口って?」
私はこの部屋に最初に入って来た時のことを思い出す。あんな思い、もうしたくないんだけど。
「黙って見てろ」
哉也は先ほどの電話のボタンを、『845845845』と、乱暴に押した。
すると、ガラガラガラ…という不吉な音とともに、部屋のど真ん中に天井から大きな灰色の梯子が下りてきた。
……『845』。これはヒドイ。センス的な意味で。
「咲希さん? 行くよ?」
我に返って声のする方を見ると、中西はすでにはしごを上り始めていた。哉也は、もういない。
「あ、はい」
私も、中西に(哉也に)続いて、はしごを登っていく。天井から降りて来た時の音を聞いたときはどうしようかと思ったけど、はしごは少年少女3人が乗っているのにびくともしていないから、ちょっとほっとした。
しかし、長い。
「中西さん、これ、どこに着くんですか?」
「屋上に、貯水槽が2つあるのを知っているかな?その一方の中だよ。 そっちは空っぽだから、何も心配しなくていいよ」
空の貯水槽。まさに無用の長物じゃないか。学校側は、この事を知っているのだろうか。
……いや、知っているはずだ。『シークレットルーム』 の.入り口の、灰色のロッカー。あれも無用の長物。何も知らなかったら、撤去しているだろう。
「……よし、着いた。足元、気をつけて」
見ると、少し大きな箱の床に空いた穴から、私は顔を出していた。中西の手を借りずに、一人ではしごを上り切り、貯水槽の中に立つ。
教室の6 分の1 くらいの広さだろうか。うっすら明るいので光源を探すと、天井の隅に、丸い穴を見つけた。穴からは、またはしごが下りている。大方、哉也が先にそのはしごを上って穴から出て、それを開けたままにしているってところだろう。
なんて考えている間に、そのはしごを中西が上って外に出て行ったので、私もそれに倣って外に出た。 ハッチをを出た後はちゃんとそれを閉じて、貯水槽の外壁にあるはしごを下りた。
「……はぁ」
さっきも思ったけど、学校にこの設備……。
設計者の顔を見てみたい。
「お疲れ様。じゃあ帰ろうか。また明日、哉也、咲希さん」
* **
「……で、何を手伝えば良いんです?」
腕時計を見ながら若干気だるい感じで、キザっぽい動作で中西に示された席に着く。
気だるい感じにしたのは、ちょっと悔しかったから。なんか、 中西にいいように動かされている気がしたから。ついでに言えば、哉也が一緒なのも少し腹が立つ。
「まぁ、コーヒーでも飲みながら」
すると、中西の声を聞いていたとしか思えないタイミングで私達3人の前にそれぞれコーヒーが置かれる。私はその良い香りに顔をあげ、コーヒーを持ってきたオーナーを見る。オーナーは既に、カウンターのところでカップを真っ白なクロスで磨いていた。いつの間に……。
ここは学校から徒歩3分のところにある『喫茶セイファート』の、一番奥まったところにあるテーブル席。私は、中西と哉也の向かい側に座っている。
セイファートというのは、壁に貼ってあるポスターによると、なんだかすごい銀河の事らしい。カップも、濃紺に白の星が輝く柄。いつもクラシックが店内に控えめにかかっていて、比較的落ち着いた学生たちや、マスターと同じように星を愛する人々がよくここを利用している。
不思議なマスターに首を傾げながら、コーヒーにミルクを入れてかき混ぜ、 一口飲む。苦くて少し酸っぱい香りに、 少しほっとする。
……いや、急がなきゃ。あんまり遅くなったら、母になんと言われるか分からない。
「……で?」
「ああ。実は、こんなものが俺の生徒会の机の中に入っていてね」
そういいながら中西は、私に白い封筒を渡す。哉也はそれを見もせずに、天井に貼られた星のポスターを見上げ、コーヒーを飲んでいる。もう、この中身を知っているのだろうか。
封筒の中には、白い紙が一枚。取り出して、 文面を見る。
『三浦英一校長は、即刻辞任せよ。 さもなくば、生徒達の命はない。そのための爆薬は、もう置いている。 期日は7月17日』
ただそれだけが書かれている。 それだけなのに、背筋がうすら寒くなった。
「……これは、校長には?」
「見せたよ。でも、取り合ってもらえなかった。『イタズラだろう』って。咲希さんは、どう思う?」
どう思う……。正直、 嘘なんじゃないかという気もする。タチの悪い冗談とか。
でも、もしも、この人が本気だったとしたら。
この学校は、何が起きるか分からない。
「……冗談かな、と思います。少し。でも」
「でも?」
「もし、本当だったとしたら、とても困ったことになるかと」
「そうか……。哉也も同じことをを言ったよ。 ハハハ。なんか君ら、従兄妹というより、兄妹みたいだ」
この言葉に、ちょうどコーヒーを飲んでいた私は吹き出しそうになった。ソロリと哉也を見ると、目をほんの少し見開き、固まっている。
「ま、まさか! こんなのと兄妹だなんて!」
「そうだよね。ごめんごめん、今のは冗談」
なに、この人。やっぱり嫌いかも。
「じゃあ、本題だ。俺は、この人は本気なんだと思う。今日は7月2日だから、期日までもうあまり時間は無い。爆薬を見つけるか、校長を説得して辞めさせるか、どちらかをしないと、危ない。だから、俺ら3人で、爆薬をを探すのと、校長に昔何があったのかを調べるのと、手分けしてやらなくちゃいけない」