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絡繰りと黒幕

 全く状況を掴めないまま、スピーカーホンを押して哉也に突き出す。

 哉也の片眉が上がる。

「……質問はナシか」


 どうしてそんなに呑気なんだろう。閉じ込められた上に電話も通じないのに。

 携帯を見ると、当然のように圏外だった。


「ここ、何階だと思う?」

 唐突な問いに少し考えて答える。

「1階と2階の間…位じゃない?あのスピードで、あの程度の時間しか下りてないし」


 哉也は肯いて、床を調べ出す。


「何してるの?」

「いや、食料て本当にあるのかな、と」

 ……『ルールブック』、カビ生えてたよね?

「あったら食べるつもり?」

「まさか。ただ、『ルールブック』がどこまで信用できるか分かるだろ」


 なるほど。さすが学年トップ。

 少し見直して眺めていると、哉也が睨んできた。


「兄の行動を高みの見物か?」

 手伝いたいが、さっきのカサコソという音がある。

「床は絶対触りたくない!」

「薄情な上に弱虫か、最低だな。……あった」

 哉也が何かを掴み、引き上げる。ギィー、という音と共に床の一部が持ち上がった。


 私は哉也を力一杯蹴飛ばそうとしていたが、渋々諦めて近づく。


 そのとき。足の上を何かが通った。


 見なくても、この感触は間違いない。私は思わず叫んで、壁際まで飛びずさる。 



 カチリ。



 え?



 世界が回る。



「咲希!?」

 さすがに驚いた兄の声を聞いたそのとき、目の前が真っ暗になった。



***



 ええっと……。

 薄暗い部屋の中で、今起こったことを整理する。


 足の上の黒いゴミ(ゴミだ、ゴミなんだ)に驚いて壁に飛び退いたとき、背中にボタンのようなものが当たり、壁が回転した。

 つまり、回転扉。絶対ただの学校じゃないね、ここは。


 そして。

 飛び退いた勢いに回転がプラスして、勢い余った私は転んでしまっていた。


 立ち上がり、ハンカチで徹底的にホコリを払う。シャワーを浴びたい。

 頭上を見上げると、小さいが明かりが点いていた。私が叩き込まれたときには真っ暗だったから、人感知センサーでも付いているのだろう。


 決めた。ここを無事出た暁には、校長の胸ぐらを掴んででもこの部屋のことを聞き出そう。


 振り返り、扉をチェック。一見ボタンがあるようには見えないが、触れてみると少しふくらんだ所がある。丁度背中の辺りだ。慎重に押す。

 勢いよく回る扉を足で強制的に止める。

「哉也」

 呼ぶと、こちらから見える所まで来た。

「いったん閉じるから、背中の高さ辺りにあるボタン押して入ってきて」


 こちら側に興味があったらしく、珍しく素直に従った。

 これで、2人共こちらにいても向こうへ戻れる。


「で、何だここは?」

 哉也が聞いてくる、さっき声に表れていた動揺は、微塵も残っていない。

 全く、妹の安否の心配位……するわけないか。

「さぁ。階段下のスペース、て所だろうけれど……」


 そのとき、哉也の背後の影に気付いた。構わず続ける。


「で、本当に食料入っていたの?」

「ああ。日付は……っ。」


 哉也が横に飛び退く、一瞬遅れて、その影を棒らしきものが断つ。そのまま影は哉也に襲いかかる。

 第2の攻撃をひょいとよけ、哉也は影に正拳突きを食らわせた。影が膝をつく。


 残念。密かに舌打ちしたそのとき、私も背後に気配を感じた。


 素早く横に動くと、再び棒が空を切るのが視界の端に映る。

 相手の方に振り向く動きを利用して後ろ回し蹴りを放つ。

 意外にも背が低く、肩のつもりが顎にクリーンヒット。まあ、手加減はしたけどね。


「残念。そのまま殴られていたら面白かったのにな」

 兄の言葉にショックを受ける。内容に、ではない。同じことを考えていたことに、だ。血の呪いか。


 そのとき、再び影が現れた。今度はそれぞれ、同時に対応。

 2回とも蹴りというのも品がないので、攻撃を躱しつつ間合いを詰め、袖と胸ぐらを掴んで体を捻り、一本背負いの要領で相手を床に叩き付けた。

「おまえ、容赦無いな」

 といいつつ肘鉄を食らわせる哉也。いや、絶対そっちの方が痛いって。


 私たちの祖母は武士みたいな人で、「香宮家たるもの、武に優れずになんとする」とか言って、私達を物心つく前から様々な道場に通わせた。さらに、ここ5年間は実戦稽古の毎日だ。御陰様で、そこら辺の有段者に負けない程強くなった。


 気配に振り返ると、再び影。最初の襲撃者が持っていた棒——竹刀だった——を拝借する。

 目の前の影の胴を打つ。道着を着けていないので、この程度で十分だろう。案の定、呻いてしゃがみ込む。

 再び影。今度ははっきりと舌打ちした。きりがない。


 と、その時。


「そういう事か……!」

 地を這うような声音に、思わず哉也を見ると、急に攻撃性を増していた。さっきまで突きだけだったが、足も使っている。しかも、どう見てもマジだ。


 ちょ、ちょっと、ケガしちゃうって!


 制止しようとしたその時、哉也が怒鳴った。

「おい! とっとと出て来い!!」


 ……え?


 不意に部屋が明るくなった。驚いて奥の方を見ると、人が立っている。こちらに近づくにつれて、その姿形が顕わになっていく。

 細身だが、鍛えられた体。顔は、兄を見慣れている私の目に付く程の美形だ。

 見覚えがある。でも、誰だっけ……?


 その時、その人物が口を開いた。

「やあ哉也、相変わらず見事だね。だが、もう少し手心を加えてあげてもいいんじゃないのか?」

「やかましい、お前が寄越したのだろう。全責任はお前にあるぞ、生徒会長よ」


 思い出した。そうか、生徒会長。名前は確か、中西かける。気持ち悪い程『生徒会長らしく』て、何となく印象に残っていたのだ。


「まあ、彼らも承知の上だからね。一度哉也と手合わせしてみたかったらしいよ、光栄な話じゃないか」

「やかましいと言っているだろう。こっちはいい迷惑だ」


 兄の態度に驚く。哉也が口の悪さを人前で発揮するのは、身内と、幼なじみのショウ——10年前に引っ越したが——だけだと思っていた。


 その時、中西がこちらを向いた。

「初めまして、香宮咲希さん。こうして見てみると、確かに少し似ているね」


 その言葉で、ピンときた。


「手紙の差出人は、あなただったのですね」

『私達の関係を知っている人』は、差出人だけである。


 中西は一瞬驚いた顔をした後、すぐに笑顔に戻る。


「さすがだね。そうさ。哉也と血縁関係にあると確信したかったからね。従兄妹って所かな?」

「…………」


 私達が血縁関係にあると知った人は、何故か皆こう言う。

 沈黙を肯定と受け取ったのか、中西は続けた。


「しかし、君の武術も大したものだね。彼らは剣道部内でもトップクラスだよ」

「幼い頃から習ってましたから」


 社交辞令の応酬に嫌気が差したらしく、哉也が口を挟んできた。


「中西、こんな所に俺たちを呼び出した目的はなんだ?さっさと話せ、俺は忙しい」

「そんなに忙しい人がここまで来るのかねぇ。それに、そんな風にいつも気が急いていては見えるものも見落とすと、いつも言っているだろう」

 哉也の額に青筋が浮かぶ。が、何も言い返さなかった。

 私は感嘆した。哉也に勝てる人間がこの世にいようとは。

 とはいえ、私も目的は気になる。中西の方を見た。


 私の視線に気付き、中西は話し出した。

「哉也にはね、生徒会の裏仕事を手伝ってもらっているんだ。学校・学年単位のアクシデントの調査・処理をしてもらっている。で、今回殊更厄介な事が起こったんでね、君に手伝いを頼もうと思って」


 これは小説か? まぁ、この学校なら何でもアリか。そして気付く。


「あの手紙は、テストだったんですね」

「……本当に、頭の回転が速いね、君は」

 頭を振って彼の賛辞を流す。そして問う。

「この部屋は何なんですか?」

「さあ? 生徒会長に代々受け継がれている部屋だけど、僕は全く使っていない。ただ、20年前までこの学校では、生徒会長のことを理事長と呼んでいたらしいよ」


 嘘ではないが、答えになっていない。そう思った。


 たかが生徒会長の部屋ならば、こんな忍者使用である必要はない。写真の事もある。向こうの承知の上で答えたのだろう。知らないのか、言いたくないのか。

 ここで聞いても収穫は無いような気がしたので、別の質問。


「哉也に、隣の部屋までは行き方教えていたでしょう? あと、電話の隠し場所も」


 中西は言葉を失った様子。いや、そんなに驚く事かな?


「だって、入り口の見つけ方がスムーズすぎます。いくらコイツでも、あれは早すぎでしょう」

「……なぜ、隣までだと?」

「電話はすぐ見つけたのに、食糧庫は探していましたし、何より、回転扉に驚いていましたので。あんなに驚くの、珍しいですし」

「……そうだね。口が悪くて自己中で傲岸不遜を絵に描いたような哉也が驚くのは、確かに珍しいね」

「……おい」


 どこからか声湧き上がってきたが、黙殺。たまにはこういうのも悪くない。


 そうか。まあ、哉也の事だから、暇潰しついでにやっているのだろう。頭もいいし、行動力もあるし、情報網すらバッチリだから、確かに適役だ。

 ただ、多少後先考えず動く傾向があるから、私ならストッパーになると中西は考えたのだろう。


 けれど。



「お断りします」



 2人とも驚いた様子。同時に訊いてきた。

「どうして?」

「なぜだ? 別に、何の問題も無いだろう」

 もちろん哉也は後者。そりゃそうでしょうよ、私がいたらパシれるものね。

「私、他人事に不必要に関わりたくないんです」


 私は「自分探し」は好きではない。が、それ以上に、他人と必要以上に関わりたくないのだ。

 人嫌いではない。友人もいる。ただ、親友とか恋人とか、そういうものはいらないと思う。最低限、友好的なつながりがあれば、それでいい。

 関わるのは面倒だ。何でも行動を共にし、何でも話す。そんな関係は疲れる。関わらなければ、他人の悪口を聞かずに済む。自分のしたい事だけをできる。


「別に他人事ではないさ。君にもいずれ関わる事だろう。君が困るのを未然に防ぐ、そう思えばいい」

 中西の言葉に、頭を振る。

「でも、私には関係ないかもしれません。それに、もし困ったら、その時対処すればいい話です。関係のない他人の問題に、首を突っ込みたくはありません」

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