深まる不思議
私はそんなに愛校心みたいなのが強い方じゃないから、この学校の歴史はもちろん、今の校長の名前も知らない。さすがに顔は知ってるけど、あの白黒写真のおじさまよりも人相はよかった気がする。多分だけど。
いや、そんなことはどうでも良いんだけど。目の前の状況があまりに意味不明すぎて、考えがまとまらない。
えっと、つまり私が知っている数少ない春影高校についての知識と、理事長という言葉は結びつかないってことだ。うん。
「ここキタネ-な。換気できないのか?」
その声のする方を見ると、哉也はもう社長机とセットで置いてある、灰色の皮の立派な椅子に偉そうに座っていた。机の上にはホコリのついたハンカチ。椅子の座面に積もっていたホコリをぬぐったんだろうか。つまんないな。そのまま座ればよかったのに。
「咲希、何ぼーっとしてんの?」
「は?」
「換気、してよ」
何という自己中ヤロー。まあ、前から知ってたけど、やっぱり腹が立つ。
哉也を睨むと、にこにこしてこちらを見ている。
何という……。いや、もう何も言うまい。
反抗するのを諦めた私は、改めて部屋を見回す。とりあえず、この部屋に窓はない。あっても開けたくないけど。
その代わり……と言えるか分からないけど、白黒写真の向かいの壁に、灰色の換気扇の羽根があった。スイッチは……羽根の枠のあたりに糸が垂れている。試しに引くと、ギキャキャキャという恐ろしい音を立てながらも、羽根が回り始めた。
「ご苦労」
「あー、ほんと疲れた-」
言いながら精一杯笑顔を作り哉也の椅子の方を向くと、哉也は灰色の薄っぺらい冊子を読んでいた。
「……何ソレ?」
「ルールブック」
「どこにあった?」
「そこ」
哉也がそれから目を上げることなく指さした方を見ると、そこには灰色の本棚があった。本棚……かな? 本が何冊かと、灰色の箱が突っ込んである。
ってかあいつ、私をパシっている間に……。まぁいいや。
とりあえず、私も哉也の右隣に立って、冊子をのぞき込む。
「で? 何が書いてあるの?」
「この間の手紙に書いてあったのと、ほとんど内容は同じみたいだな」
「ふーん……」
「あ、ただ、ここら辺は違うな」
そういって、哉也はある部分を指さす。
・使用期限は、この部屋に最初に入った日から365日間です
・食料は、部屋の床下収納に入っております。
☆その他分からないことがございましたら、この部屋の内にあります専用の灰色電話にておたずねください。
手紙とは違い手書きのそれは、ほんの少しカビの匂いがしていて、字はかなり汚かった。いいや、そんなことどうでも良いんだけど。
「何これ……」
「さあ? 聞いてみれば?」
……ん?
哉也を見ると、机の隅のちょっとふくらんだ所を押していた。
ガガガガ……
机の左側にある引き出しの一番上の段が開き、そこに灰色の電話の子機が、充電器にささっている状態で入っていた。
「何で分かったの?」
「なんとなく」
「……。で、何で私がかけることになってるの?」
「俺、こんな怪しい電話の相手に、声聞かれたくないから」
「…………」
ああ、やっぱり私はこいつには勝てない。
ため息をついて、哉也に差し出した子機を受け取る。
すると驚いたことにスピーカーからはもう呼び出し音が鳴っており、慌てて耳を当てる。
プルルルル……
ガチャ
「あ、もしも『おかけになった電話番号は、現在、使われておりません…』」
どういうこと?