旧家事情
「うーん……こうなったら、聞くが早いか」
「え?」
唐突に立ち上がった中西をぽかんと見上げる。哉也は驚く様子も無く、なんとなく呆れた口調で返した。
「程々にな」
「あはは、なんだか人聞きが悪いなあ。ちょっと今まで調べた事を元に、安全管理について再確認を行うだけだよ。生徒を束ねる側としては当然の行動だろ?」
にこにこと言い放った中西に、私も彼の意図を理解する。これまでの情報を元に改めて問い詰めようって狙いね。こんな状況で1人黙っていられても命の危機だし、当然という中西の主張は理解出来る、けれど。
……無駄に爽やかに言い切った中西を見ていると、寧ろ校長に同情してしまう。心の中でそっと合掌した。
「じゃあ、行ってくるよ。哉也と咲希さんは部誌読んで、他に気になる所がないか探しておいて」
そんな言葉を残して、中西は私と哉也を置いて出て行った。
……。
基本稽古でしか顔を合わせなくなった、限りなく赤の他人に近い兄。そんな人と協力しろと言われても、無言でそれぞれ作業するしか思い付かない。
仕方ないので、さっき交わしていた会話内容を何となく頭の中で整理していく。
まず、爆弾の置き場所。
未だ用務員さんからは連絡が来ていないから、校舎で普通に人が利用する場所には無いと思っていい。
誰でも作れるような代物のようだけれど、美術部と科学部の人は要チェック。あと、実験のお手伝いをする先生も調べた方が良いような気がする。
あとは、部室棟だけれど……文芸部との合同活動となったし、部室棟へ足を運ぶ機会もきっと増える。……とてもとても嫌なのだけれど、哉也が行くようには見えないし、中西は警戒されているらしいし、どう考えても私が行かされる気がする。気が進まない。
次に、校長の過去。
これは中西の調査次第だけれど、何となくこの胡散臭さは外部の介入が関わっている気がする。かつて強かった保護者の干渉が関わらない限り、教える教科を変えるなんて普通では考えられない。
そうなると哉也が調査の適任者だけれど……物凄く嫌がりそうだ。
そして、文芸部。
明らかな敵対関係が、文芸部以外にも見られるのか少し気になる。弓道部内では2人はただ人気の的だから、部長職だけが嫌っているのが普通なのか、ああやって思い切り敵意を向けてくるのが普通なのか……。外面を思えば後者な気がするけれど、どちらでも驚かない。
それから、哉也と空瀬先輩の不仲。
……これは、何とも言い難い。相性の悪さで片付けて良いのか、少し気になる。だって、多分あの先輩は——
「咲希」
不意に声をかけられて、びくっと肩を跳ねさせる。顔を上げると、部誌に目を落としたまま哉也が言った。
「『吉祥寺』が関わってくる可能性はある。咲希は変わらず無関係で通せ。中西もそれで承知している」
「……でも」
「俺が空瀬を嫌いなのはそれとは無関係、個人的な感情だ。だが、あちらが俺をそう思っているかは分からん。下手に首を突っ込むと勘付かれるぞ」
警告と、指示。尤もなものだったけれど、少し納得がいかない。
「なら、どうして私を巻き込んだの?」
そもそもの問いかけに、哉也が行儀悪く舌打ちをした。
「中西に聞け、俺は聞いていなかった。だが今更だろ、猫の手も欲しいのは確かだしな。だから、取り敢えずぐだぐだ余計な事を考えていないで働け」
「……分かった」
なんだか釈然としないけれど、こう言われてしまっては頷くしかない。私の相槌を確認して、哉也はまた無言で部誌を調べる作業に没頭した。それを見て、私も部誌に視線を落とす。
私達の住む街にはかなり昔から続く旧家名家が幾つも残っていて、それらの家々は今も密かに、かつ強力に街の財政や市政に大きな影響力を持っている。
私や哉也が生まれた『香宮』も、その旧家の一つだ。中央の山にある神社の神主。随分古くから続いているのと、土地柄その他諸々ややこしい事情が重なった結果、この街でも1番発言権が強い。
……今の発言権の強さはあの押しの強いお祖母様が理由の1つだと思うけれど。
それはさておき、私達のような旧家は後4つ。
西山の麓にある洋館、『嘉上』。
東山の山腹にある神社、『門崎』。
南の丘の上にある大きな武家屋敷、『霍見』。
そして——北の海に面して建つお寺、『吉祥寺』。
この『吉祥寺』、『香宮』に何かと噛み付いてくる。お祖母様を初めとする家人達も相当気の強い人ばかりだから、当然というべきか何度も衝突していて、家同士の仲はかなり悪いらしい。
……『霍見』は『吉祥寺』にべったりだし、『門崎』は喧嘩は余所でやってくれって感じの無関心さ。『嘉上』はどちらかというか『吉祥寺』寄りと、その人間関係だけを見ていれば『香宮』は不利なんだけれど。
『香宮』が管理する神社は、それなりの家柄のお家の結婚式も請け負っている。それだけでなく、日々の祭事を一手に引き受けている事や、街の中央という位置取りの為に、地域の人々に「お参りはあの神社で」と親しまれている。道場を開くなど、お稽古事の場にもなっているのも大きいだろう。
これらが、この街での『香宮』の発言権を絶対的なものにしているのだ。
……お寺って、除夜の鐘を突きにしかいかないものね。後はお葬式。お金の面ではおそらく『香宮』より上だけれど、街への影響力という点では絶対に叶わない。
私も哉也も、親世代の喧嘩なんてどうでもいいと思っている。けれど、もし空瀬先輩が『吉祥寺』なら、向こうはどうでもいいと思ってはいないかもしれない。少なくとも池上先輩は『香宮』に敵意があるのは間違いない。哉也の実の妹とばれて、変に睨まれるのは面倒臭い。気を付けた方が良いだろうな。
……けれど、「空瀬」なのね。
聞いた覚えがある。家同士の仲が険悪で交流はほぼないし、話題にすらほとんど上らないけれど、それでも……『吉祥寺』は才能への評価が大変厳しい、と。
「出来損ない」、あるいは家を担う者としての才覚に欠けると判断されたものは、幼少期からその家名を名乗る事すら許されず、別の名字を与えられて離縁。まったく無関係な人間として生活し、そのくせ本家に従事させられる事が珍しくないのだとか。
……まるで「変わり身」とでも言いたげな、「空瀬」という名字を与えられ。お前は「落ちこぼれ」だと、生まれた家にはっきり言われた人。
それでも『吉祥寺』に関わっているのなら、あの先輩は一体、どういう立場にいるんだろう——。
「…………」
ちら、と哉也を盗み見る。作業に没頭しているらしい哉也は、幸い私の挙動不審には気付かなかったようだ。そっと息を吐いて、先程から何となくでザッピングしている部誌に視線を戻した。
……下手に首を突っ込むな、とは言われたけれど。何も知らずにいろ、とは言われていない。珍しく少しだけ興味の沸いた相手なのだし、それとなく調べてみようかしら。
(……ところで、名家といえば……)
今は不在の、胡散臭い生徒会長に思いを馳せる。彼の名字は中西。さして珍しくもない名字だから、勘ぐりすぎかもしれないけれど……。
もし、『中西』なら。彼もまた、名家の出身ということになる。
(なんなんだろう、この学校……)
『香宮』に『吉祥寺』に『中西』。他にいるとは思いたくないくらい、こんなに名家の関係者が同学年に集まるのは異常だと思う。
……本当に、この高校はどこか変だ。
黙々と部誌の情報を頭の中で整理しつつ、私は強く強く哉也と中西を恨んだ。