捜索と部活動
それからの中西の行動は早かった。
男のくせに綺麗な指で流れるように内線番号を押すと、繋がった相手にどこまでもサワヤカな笑顔でサワヤカに告げる。
「もしもし志賀さんですか? お久しぶりです、はい、中西です。実は貴女にちょっとお願いしたい事があるのですが、頼めますか? ——ええ、貴女しか頼れなくて」
まるきり口説くような言葉を連ねる中西を横目に、こっそり哉也に尋ねる。
「志賀さんって、どちら様?」
「確か用務員のオバサンだな。ここに務めて長いから、学校の地理には詳しい」
「……何でそんな人が中西さんのお願いに応じるの?」
素朴な疑問を口にすると、哉也は無駄に長い足を組み替えた。そんな仕草が異様な程似合うのがなんだかムカツク。
外から見てれば十二分に立派なイケメンは、無駄に良い声で毒を吐いた。
「年食ってても女は女、顔の良い男に頼られたら靡くチョロさは変わらん」
どこまでも女性陣の夢を打ち砕く返答、流石だ。
そんなやり取りをしている間に、中西は通話を終わらせた。満足げな表情の彼に哉也が声をかける。
「で、どう口説き倒した」
「人聞きが悪いなあ。俺はただ『ナクシモノの報告が多発しているので、どこかに隠されていないかちょっと目を配るようにしてください』って頼んだだけだよ。適任だろ」
納得。この複雑構造の校舎、下手な先生ではどこか見落としそうだし、そもそも忙しくて探す時間なんて無いだろう。
「それに、彼女はOGなんだ」
「え? さっき中西さん、教職員にはいないって……ああ、教職員と用務員では帳簿も違いますか」
「そういう事。俺もすっかり失念してたよ」
「勘が鈍ったか」
口元を小さく上げた哉也がからかうような言葉を中西に向ける。中西は苦笑し、オーバーに肩をすくめた。
「現状じゃ否定要素が無いなあ。……けど、哉也がまだ言ってない爆弾予告のもう1つの目的は分かったよ」
「ほお」
言ってみろ、と未だ足を組んだままの哉也が顎をしゃくって催促する。これ以上なく不遜な態度にも眉を顰める事無く、中西は人差し指を立てた。
「校長へ爆破予告をした上で生徒会長の机に爆弾を置いたのなら、考えられるのは、校長の対処を監視し、いかなる対応をもってしても吊し上げる事だろうね」
それを聞いて、続きは大体分かった。確認の為に口にする。
「なかった事にはさせない、という事ですか」
「そう。現状、校長は危険を承知で黙殺している。今後休校にしても、爆弾が事実置かれているにしては見過ごせないタイムロスを生んでいる。更に言えば、そもそも辞任目的で爆弾設置される校長の人望の無さ。どう取っても校長の批判に繋げられるだろう?」
「……何だか、随分と陰謀めいてますね」
というか、それをすらすら上げられる中西も中西だ。この人、一応ただの生徒会長、つまり高校生よね……?
密かに疑いの目を向ける私に気付かない中西は立てていた指をしまい、ひらりとその手を振った。
「まあね。俺としてはあのぐど……血の巡りの良くない校長から無駄に偉そうな部分を削ぎ落として従順に出来ると後々便利だから、こっちが良いかな。権限含め利用価値が高い」
「愚鈍だが使い勝手だけは良さそうだからな、あの狸親父」
「あはは、愚鈍って言っちゃうか。まあ事実なんだけどさ」
…………うん。今の会話聞いてよく分かった。というか、再確認した。
この中西って人、哉也と同じで滅茶苦茶性格悪い。しかも笑顔で言っている分、更に腹黒度が高い。
ああ、本当にどうして私、こんな人達と関わり合う事になってしまったのだろう……。
改めて引き受けた事を後悔する。ごく一般的な生徒である私には、この2人の会話は聞いていて消化不良を起こしてしまいそうだ。爆弾騒ぎってだけでも許容範囲外なのに、春影高校アコガレの生徒会の実情まで知りたくなかった。
鬱々とそこまで考えて、ふと気付く。そう、彼等の黒さに引いている場合じゃない。
「中西さん? あの、つまりその用務員の方に爆弾を探してもらおうという事ですよね。それって危険ではありませんか?」
もし本当に爆発物が仕掛けられていたら、うっかり触った拍子に爆発してしまうかもしれない。何も知らずに探すのはその人が危険というか、学校ごと危ない。
そう訴えた私に、中西はあまり焦る様子も無く頷く。
「うん。だから『調査は生徒会が行いますので、証拠保存の為何か見つけても触らず直ぐ俺に連絡して下さい』って言っておいたよ。触りもせずに爆発するような危なっかしい仕組みのものを放置しないだろ、流石に」
「まあ、私ならそうですけれど……」
「それに」
まだ納得のいかない私の言葉を遮り、中西はにっこりと有無を言わせぬ笑顔を浮かべた。
「見つからないならそれはそれで消去法だ。志賀さんは校内の殆どの場所を出入りしてる。そこで何も見つからなければ、隠せる場所は限られてくる。そこを探してなければ、コレが狂言だって分かるだろ?」
「……そうですね」
これには頷く他ない。安全さえ保証されているなら、効率的な捜索が出来るに越した事はないのだ。今は猫の手も借りたい緊急事態なのだから。
……決して反論は許さないと言わんばかりの笑顔に押し負けた訳ではない。美形の笑顔の圧力には、哉也で慣れている筈なのにな……。
「……ちなみに、見つからなかった場合の隠し場所の候補は?」
気を取り直して疑問を口にすると、哉也がせせら笑う。
「やっぱり咲希か。弓道部員なら部室棟ぐらい思いつけよ、血の巡りの悪い奴」
だから人を単細胞みたいな言い方するのはやめてほしい。流石に言い返した。
「部室棟は殆ど鍵かかっていないし、人通りも多いのだから隠すのは厳しいじゃない」
「お前、あの何が置かれているのかすら分からん魔境の地で、捨てて良いものと悪いものの見分けが付くのか。俺は入るのすら嫌だぞ、あんな場所」
「……1年は入る事そうないから知らないけれど……そうなのですか?」
哉也の辛辣すぎる評価では分かりにくいと中西の方を向くと、彼も苦笑気味に頷いた。
「俺もあの場所はちょっと遠慮願いたいかな。弓道部みたいな男女共同の部はともかく、男子だけでマネージャも少ない部活は……正直、目も当てられない」
「……そうなのですか」
よし、今後機会があってもなるべく近付かないようにしよう。先輩命令とかで入る羽目にならない事を心の中で祈っておいた。
……けれど、そうやって祈った事程直ぐに実現してしまうものなのだと、私はうっかり忘れていた。
「でも、哉也の場合は入らない理由がちょっと違うよな」
「やかましい。俺は何があろうと、絶対に、あの場所だけは近付かん」
「ハイハイ。ま、俺も近付かないというより、近付きにくいけどね」
「徹頭徹尾自業自得だ、部費削減を強行した生徒会長ドノ」
「……え?」
さっきまでとは少し違うニュアンスの会話に首を傾げる。上げた声に気付いた中西が、私を振り返ってにこりと笑った。
「さて、咲希さんの報告を聞いてなかったね。何か追加出来そうな情報はある?」
「え、はい。ええと……」
どうしてこのタイミングで報告を求められたのか分からないまま、図書館で調べ上げた事を整理して話す。ついでに仮説も上げてみると、中西と哉也が顔を見合わせた。
「え、と。どうしました?」
何かおかしかっただろうかと尋ねると、2人が示し合わせたようにこっちに向き直る。一拍おいて、哉也が口元を歪めた。
(あ、嫌な予感)
「どうしただと? 馬鹿かお前、やっぱり馬鹿なんだな。何故その茶を濁すような調査で十分だと思えるんだ」
「咲希さん……なんというか、流石にそれはとっくに俺達も知ってるから。せいぜい新しい情報って、改築の細かい部分くらいだし」
「あの校長の調子こいた自己満足な文章を最後まで目を通したのには別の意味で感心するがな。暇人か」
立て続けに批難されて、流石に少し凹んだ。私なりにちゃんと調べたし、どれも新しい情報だと思ったのだけれど。
それに。
「2人が知っている情報かそうじゃないかなんて、分かる筈ないじゃない。私はここに入ってまだ数ヶ月、2人にとっての常識も非常識だもの」
「だとしても、少しは使えそうな情報探せよ」
「哉也だって、シークレットルームについての情報は集めても事件については殆ど情報無いじゃない。推理だけでしょう?」
哉也が片目を眇め、口元にうっすらと笑みを浮かべた。相手の反論を叩き潰す時お得意の表情だ。実に楽しそうでもある。
「お陰で中西は用務員の人事に介入出来たんだがな。シークレットルームの持つ本来の権限——職員への簡易指示権限を再び手にしたのは、あの狸親父との交渉材料としても十分だ。コレがあればもっと情報集め出来るんだよ、中西は」
「あ、そこは哉也じゃなく俺なのか」
中西の合いの手を綺麗に無視して、哉也は尚も続ける。
「で? お前の情報が、一体、どんな価値があるんだ? 正直あっても無くても変わらないんだが。力の限りとか言ってたのはデマカセか、役立たずなりにせめて動け」
「だから、……『動け?』 まだ何か残っているの?」
哉也の言葉に反論したいのも山々だけれど、今はそれより手掛かりがあるという事の方が気になる。思わず反応した私に、中西が頷いた。
「うん。正直どうしようか悩んでいたんだけど……咲希さんがいて良かったよ」
何だろう。人のお世辞がこんなに嫌な予感をかき立てるって、どういう事だろうか。
無意識に身構える私に、中西は極上のサワヤカ笑顔を向けた。
「さっきも言ったけど、志賀さんは部室棟の中は探せない。部室棟に爆弾が仕掛けられている可能性は残ったままだ。残り日数も少ないし、少しでも早く探りたい」
「……汚れきった部室の中からあるかどうかすら分からないものを探し出すなんて、不可能では?」
そんな所に足も踏み入れたくないので真っ当な口実に逃げたけれど、中西は動じない。
「うん、だから可能性を絞りたくてね。それに、もう少し過去、特に20年前の事を調べたい。だったら、まず行くべき場所が思い付かない?」
「行くべき場所……過去の記録が残っている所が、部室に? ……あ!」
「やっと思い付いたのか、今日は本気で血の巡り悪いなお前」
哉也の悪態は聞こえなかった事にして流し、私は中西に解答を確認した。
「——文芸部、ですね」
「正解」
春影高校の文芸部は、年に1度文芸部としての活動内容(要するに書いた物語など)を部誌という形で発行し、文化祭で配布している。そして何故か、必ずその1年間に校内で起こった事を簡単な月表と文章で纏めたページがあるらしい。
ちなみに、何故私が余所の部活の活動内容に詳しいのかというと、クラスメイトの中で比較的よく話をする子が文芸部だからだ。大人しくいかにも文学少女、という雰囲気の子だけれど、部活動は本当に好きらしく目を輝かせて教えてくれた。
そして当然、文芸部室には部誌のバックナンバーが保存されている。
「20年前にもあったのですね、ここの文芸部」
「うん、創立初期からあるみたいだよ。だからこそ、学校の歴史を記録する役割も果たしているんじゃないかな」
中西の言葉を聞いた哉也が、鼻で笑った。何だか物凄く意地の悪い顔をしている。
「あの連中程役割という言葉の似合わん無責任暴走集団も珍しいがな。今代で滅びるんじゃないのか、あの部」
哉也の言葉を受け、中西が苦笑気味に首を横に振った。
「彼が率いている限り滅びはしないだろ、大分歪んできてるけど」
「それが問題なんだろ」
「……ええと、話について行けないのですが」
2人はさっきから何を話題にしているのだろう。なんだか妙に文芸部に対して他意があるというか、攻撃的というか。
真っ当な疑問だと思ったのだけれど、何故か中西は意外そうな顔で私を見た。隣の哉也は、「予想通り」と言わんばかりの馬鹿にした顔を向けているけれど、無視だ無視。
「あれ、文芸部の活動は知ってるのに、現部長については知らないの?」
「流石にそこまでは……ええと、有名な方なのですか?」
「まあ、有名と言えば有名だね」
曖昧な返事に首を傾げた私に、中西はとにかく、と続けた。
「咲希さんには、文芸部に行って部誌を貰ってきてほしい。ついでに、部室棟内で何か起こっていないかもさりげなく聞いてくれると助かるな」
「文芸部に、ですか?」
「うん、部長が部室棟の主だから」
「…………」
何だろう。今、妙な単語が聞こえた。
「……主?」
聞き違いだろうと思ったのに、中西はごく普通の単語であるかのように平然と頷く。
「うん、主。まあ、いつ何時でも部室に居座ってて、問題が起こると気付けば解決してるからそう言われているだけで、普段から支配してるとかではないけど」
うん、意味が分からない。