ルールブック
「で?」
と、仏頂面かつ超上から偉そうに切り出したのは勿論(勿論だ、もちろん)哉也だった。
片肘を机について偉そうに、ルールブックを片手でぱらぱらめくりながら「何か収穫はあったんだろうな?」と目で語る。
うん。やっぱ腹立つ。机蹴っ飛ばしていいかな?
私たちは収集した情報の整理のために、シークレットルームに集まっていた。ああ、ことがことなだけに、生徒会長と私達しか入室できないここが使われるのは薄々感じていたから、それが本決まりになった午後すでにバ○サン焚いておいたから。
だからいないよ。見えないよ。少なくとも今は、ゴミガコロガッテナンテナイノ。
たんたんと苛立たしげに机を指で叩いて、哉也はじとりとした目を私に向ける。
「進展はあったのか、無かったのか」
横暴すぎる。
「そっちはどうなの。けっこう手広い交友関係をもってるのだし、さぞや有益な情報を握ってるのでしょうね?」
「な訳あるか。お前、咲希じゃないのか」
さらり、と嫌味を流して返された。
ていうか人の名前を単細胞みたいに言うのやめてください。
「聞き込みでこんな爆弾魔の情報が分かったら世話ないだろう。お前、頭湧いてるだろ」
くるくると頭の前で指を立てる。
うん、蹴っ飛ばしてやろう。そうしよう。
私が足踏みをしていると、中西がまあまあ、と脱線しかけていた話に仲裁をいれた。
「俺の方は生徒会関連の事柄をざっとここ20年前後分さらってみたけど、分かったことといえば歴代校長と生徒会長の名簿くらいだった。同時期にこんなことかあった、なんて卒業アルバムのおまけとかね。流石に校長の過去は分からなかったが、親ぐるみでうちの学校と繋がりがある生徒は割り出せそうだ。ただ、かなりの数にはなるな」
「犯人の特定には広すぎる、か」
哉也がルールブックをぱたりと閉じて机に投げる。
「じゃあ教職員……? 教職員の数は生徒よりはるかに少ないし、名前を年齢から逆算して卒業名簿を見ればアタリはつけられるでしょうか」
「ああ、それは俺も考えて探してみたが、全員シロだった。教職員のなかに卒業者はなし、親戚縁者まではまあ、何とも言えないけど」
教職員ではない……?
いや、決めつけるのは早計か。
繋がりがなくとも、人間関係やその他のしがらみなんてよくある話。動機がないとは言い切れないわね。
「フン。釈然としないな」
ギイ、と脚を机に乗せて上体を反らせた哉也が、頭の後ろで腕を組んで吐き捨てる。
うわ、なんてお行儀の悪い。
「中西に調べさせようと生徒会長の机に爆弾まで仕掛けておいて、他に手がかりは全くなしとは、ぞっとしない話だ」
「哉也?」
「おかしいと思わないのか。俺が爆弾予告の犯人だったなら、生徒会室に爆弾を置いた時点で選択肢は2つしか無くなるんだ」
「どういうこと?」
哉也は脚を組み、ポケットからボールペンを2本引き抜いた。
「まず俺だったら、生徒会、つまりこの学校の実の生徒であり校長の保護すべき対象、尚且つ生徒の代表たる中西の目に付く場所に爆弾の実物を見せびらかすなどと、注目を受ける行動を取るなら、その意図は他の一切の手がかりはあえて残さないことだと思うんだ」
「ふむ」
「公にしたくないならそんな行動はとらないし、公にしたいなら恐怖心だけをしっかり刷り込むために置いたりはするだろう。だがその他の行動を辿られるのも、爆弾の撤去をされるのも厄介だ。もしも俺が犯人なら、てんてこ舞いだけさせて泳がせておいて、その実辿り着くことは出来ないように細工するためのカムフラージュにするだろうな」
「……そういうことか」
「確かに、そういうこともあり得る……わね」
流石は哉也。やり口が悪どいだけにそういうことの頭は頭抜けている。
なんて、本人には口が裂けても言わないけど。でも、確かに足跡なんてそうそうさらえるようには動かないだろう。
「それと」
ぱさ、と哉也はルールブックを灰色の机の上に投げ出した。乱暴に開かれたページから、「生徒会長」の項目のうちのある行間を赤のボールペンで丸く囲う。
「学校運営に関わることで疑問があるなら__」
『☆その他分からないことがございましたら、この部屋の内にあります専用の灰色電話にておたずねください』
「__聞いてみればいい」
哉也は底意地の悪い笑顔で、ニッと口元を釣り上げた。
「ええ? でも、この部屋に入って真っ先にかけたでしょう? あの時は何処にもつながらなかったし……」
「ああ、あの時は再ダイヤルしただけだからな」
「……え?」
「ちょっと待て。哉也、どういうことだ?」
中西も哉也の言葉には驚きを隠しきれなかったらしい。
あの電話、まだ生きているっていうこと?
「今年の冬に、職員室の配線工事があったんだが、お前は知ってるだろう」
「ああ、あの時はデスクやらファイルなんかを運ぶのを生徒会も手伝っ___! そうか、その時に……!」
「なに? 何が?」
なにかが分かったのか、中西の表情に真剣味が増した。
「内線か!」
中西がルールブックを手にとってめくった。
哉也がゆっくりと、神妙に頷く。
「そうだ。あの時にPC関連の他に、内線の回線やら放送室のマイクやらも変えたらしい。まあ予算の都合らしかったけどな」
「いや、その前にその情報は何処から仕入れてきたの」
「2組の大河内サンから? 親父がパナショナルの電気工なんだそうだ。ルールブック読んで気になったから聞いてみたら、案外詳しかった」
お得意の美形の無駄使いだった。
大河内さん、ごめんなさい。でも有難うございます。
このスケコマシの代わりにせめて私が心の中で手を合わせておく。
「それで、これが職員連絡用の内線番号一覧のコピーだ」
カサ、と胸の内ポケットから、哉也は藁半紙を取り出す。
「これは職員室にかかってたから、適当に生物の矢島が無くしたらしいから頼まれた、とか何とか言ってもらってきた」
矢島先生も、本当にごめんなさい……!
したり顔をする哉也の代わりに、私があらぬ方向で謝罪をしている傍、中西は遂にハッと何かを汲みとったらしい。
ゆっくりと机に手をついて、そっと声をひそめる。
「ふうん。珍しく準備がいいね」
「ちょっとな」
「……掴んだのかい?」
「いや、それはこれからだ」
哉也は机の隅の膨らみを押して、ガガガガ……と灰色の専用電話機を取り出す。
「もしルールブックに書かれていることが全て事実なら、この部屋の試用期限は365日間。それにこの間確認した床下の食料の消費期限年月日は、実は来年の3月31日で統一されていた。その上この電話は充電器に差したまま、電気は途絶えていない」
ごくり、と私は生唾を飲んだ。
なんだろう。凄く、凄く今更なのだけれど、私、ちょっと大変なことに巻き込まれたのかもしれない。
「なるほど、流石に分かったよ」
中西は半分引きつったような笑みを浮かべながら、受話器と内線番号の一覧を手にとった。
哉也も似たような表情で、頷く。
中西の指が、内線表をなぞっていって、1番下で止まった。
『00番、 校内職員・業務連絡。00に続け必要な指定内線番号を入力してください』
「つまり……」
「ああ……」
「嘘……?」
「「__この部屋は今も生きている__!」」