腹黒と思案
…………。
一応、聞いておこう。
「中西さんは、どちらを選ぶつもりですか?」
「俺? そうだね、校長をやめさせるのは一介の生徒会長には難しいから、消去法でいくと爆薬探しになるな。だけど」
そこで1度間を置き、意味ありげな笑みを向けてきた。
嫌な予感がする。
「いたちごっこになりかねないから、犯人探しが理想かな。咲希さんも加わったことだしね」
予感的中。頭を抱えたくなった。
たとえどんなに優れていたとしても、所詮は一介の高校生。3人寄れば文殊の知恵とは確かに言う。だけど、物事には限度というものがある。犯人探しをするのなら、結局校長の過去を調べる必要があるし、見つからなかった時のために爆薬探しもしておかなければならないだろう。あと15日しかないのに、そんなことができると本気で思っているのか、この人は。
とはいえ、もう抜けられないのよね……。
『私が困るのを未然に防ぐためにできることはする』と言ってしまった以上、この事件は全力で取り組まなければならない。もし犯人が本気なら、困るどころか、命に関わる。さっき、『いたずらだ』と頭から否定していれば、まだチャンスはあったかもしれないが、結構マジで対応してしまったので手遅れだ。
何となく感じてはいたが、やはり私は中西の計略にはまっていたわけだ。
この学校の生徒会長がそういうことに優れていなければやっていけないというのは分かる。何より、哉也の態度——あいつが他人の下に就くなんて——が、彼の実力を示している。
それでも、やはり悔しいし、ムカつく。
「……咲希さん?」
顔をのぞきこまれて、我に返った。今は、感情に振り回されている場合ではない。
「すみません。ちょっと……」
「大方、ビビってたんだろ。ったく、意気地無しだな。おい中西、本当にこいつを入れて何かメリットがあるのか?」
今まで黙っていた哉也の暴言。マジで蹴飛ばそうかと思ったが、先ほどの自戒を思い出し、自分を抑えた。
「あのねぇ哉也、今は猫の手も借りたい状況だよ、分かってる?」
まったくフォローになってない中西の言葉。私は猫レベルか。
不名誉極まりないが、自分が悪いので仕方がない。平常心、平常心。
事件に頭を切り替え、今までの情報を整理する。
って、あれ?
「……中西さん。さっきの手紙、もう一度見せてもらえますか」
「え? ああ、いいよ」
手渡された手紙を読み直す。やはりおかしい。
疑問がいくつか湧いたが、すぐに訊ねる気は起きなかった。2人の間でもう話し合われたことならば、わざわざそれを口にするのは時間の無駄だと思ったからだ。だから、先に今までの調査について聞くことにした。
情報が大きなアドバンテージになるのは、昨日今日でよく分かった。
「今のところ、どこまで分かっているんですか?」
2人の返答は、私の予想を大きく外れていた。
「それが、全く何も。手がかりが皆無でね」
へ?
「爆弾用意するって事は、大人かとも思ったが、学校には薬品があるから、知識さえあれば生徒でも用意できる。なにしろ範囲が広すぎるな」
え、え? どういうこと?
「……疑問点とかは?」
「お前な……。これだけ分かりやすい事件で、何が分からないというんだ、何が」
完全に言葉を失った。
待て、ちょっと待て。全国トップを競い合っている(……らしい。今日クラスで訊いてみたら皆が知っていた)2人が、何も気づいていないというのか。いいのかそれで。大丈夫なのか、日本の将来。いや、そうじゃなくて。
「本気だと、思った根拠は?」
「……おい。そこからやり直す気か?」
呆れ顔の哉也。微かに馬鹿にしたような表情まで浮かべている。中西も、戸惑ったような顔だ。
どうやらこの2人、本当に何も分かっていないらしい。
途方に暮れて黙りこんだ私に向って、中西が訊いてきた。
「今は手がかりが欲しい。何か気付いたことがあるなら、何でもいい、言ってくれないか」
……しかたがない。
目を閉じて一旦考えを整理する。すぐに目を開け、中西に訊いた。
「生徒会長の権限の範囲は、あくまで生徒の中であって、先生方には通用しませんよね」
中西は一瞬妙な顔をしたが、すぐに答えた。
「『自主自立』がモットーだから、結構意見は通るよ。まぁ、先生より立場が下であることには変わりないから、その見解はあっている、かな」
大体予想通りの答え。肯いてから、噛んで含めるように、ゆっくりと言った。
「先生方の人事に関わるはずの無い生徒会。なぜそこにこれが送られてきたのですか?」
それは、と言いかけて、中西が目を見開く。やっと分かったか。
哉也も、少し遅れて気付いたようだ。
「……なるほど。辞任要求出すなら本来は教育委員会か、せいぜい職員室。生徒会長の机というのは、不自然だ」
独り言のような哉也の言葉の後を継いで、残りは一気に言った。
「それに、校長が悪い奴だからって生徒巻き込みます? 本人の命とかで十分…あ、そしたら、校長室に出した方が効果的ですね。だとすると、考えられるのは5つです。
1つ目。元々生徒の命が目的で、生徒会長の机に入れておけば本気で扱われない上、後で見つかれば、正当性を主張できると考えたから。
2つ目。校長と生徒会には特別な縁があって、犯人にとっては意味を持つことだったから。
3つ目。哉也がこういう仕事をしていると知っていて、きっと調べるだろうと考えて出した挑戦状だったから。この場合、中西さんへの挑戦、と考えた方がいいのかもしれませんが(哉也の方がケンカ売られやすそうだし)。
4つ目。犯人が職員の1人で、立場上他の所には出しづらかったから。
5つ目。単なる悪戯なので、そんなに大事になっても困るから。
私的には5つ目が1番可能性が高いと思えるのですが。中西さんは、そもそもどうして本気だと思ったのですか?」
そう訊ねてから顔をあげて、私は驚いた。2人ともフリーズしていたからだ。
人形師が心を込めて作り上げたかのように整ったその顔に、呆然としたような表情を浮かべている。呆気にとられた、と言うべきか。
「……中西さん? 哉也?」
語気を強めて声をかけると、2人はようやく自分を取り戻した。哉也は不機嫌な顔で天井を睨み、中西は感心したように言った。
「すごいね。これだけの情報でここまで推測するなんて……。しかも速くて的確。やっぱり頼んで正解だったよ。大した情報処理能力だ」
そうだろうか?
「で、本気だと思った根拠は?」
「ああ、そうだったね。その答えは簡単だ。手紙と一緒に爆薬が少量机に置いてあったからだよ」
そういう事か。というか校長、なぜその状況で悪戯だと考える。
いや、それよりも。
「なぜ最初に言わなかったんですか?」
少し非難を込めて訊くと、本性を知らなければ魅力的であろう笑みを浮かべてさらりと言った。
「訊かれなかったから。後、哉也がどうしても信用できないみたいだから、力量を見せてもらおうということで」
悪戯だと思わなかったことに疑問を持つ、位のレベルであるか計ろうとした、と。
テーブルをバンと叩いた。2人とも驚いてこちらに顔を向けた。
敢えて強い口調でまくしたてた。このままだと埒が明かない。
「今は一分一秒が惜しい状況ではなかったのですか。本気じゃないなら、私抜けますよ」
静寂。
「——ごめん」
中西が素直に頭を下げる。哉也も目を逸らし、ほんの少しだけばつの悪そうな顔をしている。
一度息を大きく吐き出して気を取り直し、質問を続けた。
「爆薬は、何です?」
「インスタント式のダイナマイト。タオルに硝酸かけると出来るんだ」
そんなものをどこで爆発させるのか……。サイズにもよるが、確かにヤバい。
「校長には、爆薬の事は?」
「話したよ。その上で『悪戯だ。君が気にする必要はない。』と言われたんだ」
だとすると……。
「5つ目はもうほぼ無いとして…2つ目の可能性が高くなってきますね」
「何故だ?」
哉也がいきなり口を挟んできた。話ちゃんと聞いていたのか……。
「『君が気にする必要はない』ってことは、校長は独自に犯人捜そうとしているか、何か心当たりがあるかでしょ。それを生徒会長に伏せておきたいって事は、知られることで発生するデメリットを恐れているってこと。でも、ただの生徒会長が何か弱みを握ったところで、何かできるなんて、大の大人が考える?あの部屋の事もあるし、何か特別な関わりがあるんじゃないかなと思って。犯人は、中西さんにその事を調べさせたいのかもしれない」
「だとすると、少し不快だな。」
中西が呟く。普段自分がやっている事なのでは?
「後は、調べてからの方がいいと思います。下手に固定観念作ると大変ですし。調べるのは……
1.校長の過去。
2.生徒会。特に、20年以上前からのとか、この校舎が建てられた当時の記録。
3.生徒の中に、この学校と家族ぐるみで関わりのある人。
位ですか? ああ、後、爆薬探しも同時並行していた方が良いでしょうね。どこか見当ついています?」
「いや。ありそうなところはだいぶ探したけどね……。学校の設計図とかも、探してみるといいかもしれない。誰が何を調べるべきかな」
「おまえは生徒会の事調べろよ。生徒会長だろ」
「うーん、でも、校長の過去とかってある程度力無いと聞き出せないだろう? その両方をやるのはちょっときついよ」
「……あの、それぞれ違う方法で全て調べた方がいいのでは……」
「え?」「は?何言っているんだ、お前。」
2人とも、よくタイミングが合う。
「ですから、それぞれ得意なルートで調べるんです。哉也は訊きこみでしょ? 中西さんは生徒会長ですから、OBとか先生とかからいろいろ聞けるし、残っている資料とかも調べやすいでしょう。違う方向から調べれば、いろいろな見方が出てくるかもしれませんし」
「……ああ、なるほど。確かにその方がいいかもね。咲希さんはどうやって調べるんだい?」
「本、です。学校の蔵書さらってみます」
「地味だな。というか、そんな所に載っているか? こんな情報」
「いろいろあるのよ、うちの図書館。うまく使えれば、ネットより便利」
「よし、じゃあ決まりだ。それぞれ調べてみよう。ただ、時間がない。今日は水曜だから…日曜日。9時にここに集合しよう。本当は土曜にしたいけど、さすがに平日だけでは厳しいだろう。
後、この件については、絶対に秘密厳守。調べ物の口実については、根回ししておく。詳しい事は後でメールするから、絶対にその内容を守ってくれ」
「わかりました」
答えた瞬間、携帯が鳴った。 ディスプレイを見て、思わずため息が出た。母からだ。腕時計を見る。 いつの間にか、8時を過ぎていた。
哉也も気づいたらしい。苦い表情を浮かべ指で耳栓をした。
「…え? 2人とも、どうした? 」
よくわかっていない顔の中西。百聞は一見に如かず。私は通話ボタンを押した。
『咲希! なんで帰ってこないの!!』
距離をあけた携帯の受話部分から、鋭い声が流れ出した。中西が目を丸くする。
「すみません。部活のミーティングです。試合が近いもので」
いつも通りの声で言って見せる。中西が訝しげな顔をした。
『このままじゃ稽古に間に合わないでしょう。どうするの?』
「まっすぐ道場に向かいます。予備の道着、 ありますから」
『食事は?』
「コンビニでおにぎりでも買って食べます」
『だめよ。体に悪いじゃない。……仕方ないわね、向こうに連絡しておくから夕飯頂いてきなさい』
「分かりました。では」
それ以上何か言う前に電話を切った。中西が半ば呆然として言った。
「今のって、もしかして……」
「これの母親。良家の出とかで、門限が厳しい。しかも俺の家が嫌いだ。俺や他の男といたなんてばれたら厄介だからな。面倒な女だ」
あんたの母親でもあるけどね。
「 それであんな嘘をついたのか。それに、咲希さんの言葉遣いがきれいな理由もわかったよ。いつも母親相手に敬語なのかい?」
「はい」
哉也が口を挟んだ。
「俺の家で飯を食うにしても、そろそろ行かないと、今度はばあさんに怒られるぞ」
「……それは避けたい」
「じゃあ咲希さんも、 哉也の家で稽古を受けているのかい?」
「あ、知っていましたか。はい、そうです。祖母が熱心ですから」
そう。私の実家には道場があるのだ。一般にも開いていて、護身術としてある程度の人気がある。実戦稽古は、祖母が師匠だ。
ここまで言えばもう気付いたかもしれない。ちょっと、いや、かなり遅いけれど、実家(この言い方、不適切なんだけどね…… )について。
私の家は由緒正しい神社だ。私と哉也が待ち合わせをしていたあの場所も含めて、山全体が神社の敷地となっている。
古くから続いていて、香宮家が代々取り仕切っているらしい。祖父は私が幼いころに他界したので、祖母が宮司、父が禰宜だ。
本来、氏子総代に母がつくべきだけれど、諸事情が重なり別居しているので除外。私と哉也は、正月とか特に忙しい時に手伝わされている。
別居の理由は……まあ、後々、必要があれば。書くと長いし、進んで書く事でもないしね。
ともかく、祖母が教育に熱心なのはそういう事情があるのだ。武術もだけど、後を継ぐのに必要な知識も山ほど叩きこんでくれた。
ただ、私も哉也も後を継ぐ気が全くないので、最近祖母はピリピリしている。遅刻などしようものなら、説教が空恐ろしい長さとなるだろう。
「そうか、大変だね。じゃあ哉也、ちゃんと一緒に行ってやれよ」
「ふざけるな。俺はチャリで、こいつはバスだぞ。第一、一緒に帰っているところを見られて噂でも立ったら大迷惑だ」
「それはこっちの台詞」
そして中西の方を向いた。
「まさか、まだ言ってない事とかって無いですよね」
中西が苦笑する。
「信頼がないな。ちゃんと全部話したよ。生徒会の事で少し知っている事はあるけど、それは日曜日にまとめて話した方がいいだろう」
嘘じゃないのをしっかり見極め、頷いて立ち上がった。
「じゃあ哉也、またあとで。中西さんは、日曜日に」
「ああ、今日はお疲れ様。じゃあまた」
「あ、コーヒー代……」
「こいつにおごらせろ、こいつに。昨日の詫びだ」
それ以上何も言わずに店を出る哉也。どうやら本気らしい。 困っていると、中西が苦笑して告げてきた。
「今日はいいよ、俺もいろいろ悪かったしね」
「すみません。では」
軽く頭を下げ、私も店を出た。