待ち合わせ
やわらかな風が吹き、周りの木々がわずかに音を立てる。雨上がり独特の緑の香りが一瞬漂い、すぐにかき消える。
神社の裏山の少し開けた所で、私は切り株に腰かけている。時折風に揺られて木の枝が音を立てる他、何の音も聞こえないこの場所は、私のお気に入り。幼い頃に偶然見つけた場所で、ほとんどの人がここを知らない。
静かで、平穏なひととき。しかし、私の機嫌はかなり悪い。
腕時計をちらりと見やる。約束の時間から、とうに30分以上経っている。10分前に携帯に電話したけれど、 電源を切っていた。
絶対、わざとだ。彼が時間を守った事など1度もない。しかも、全く反省しないのだから始末が悪い。
いっそもう帰ってやろうかと思ったその時、幽かな足音が背後から聞こえた。
振り返らなくても足音の主は分かった。私は出来るだけ低く、怒りを込めて言った。
「……遅い」
かなり苛立った私の声に、爽やかな声が応じる。
「悪いな、外せない用事があった」
「よく言うよ。どうせ、雑談してたのでしょ」
そう言って声の主――香宮哉也を睨む。哉也は涼しい顔で返事した。
「友人関係は大切だぞ」
「待ち合わせの約束より?」
「呼び出ししておいて、随分と偉そうだな」
「……そういうセリフは、時間を守ってから言いなさいよ」
私はため息をつく。無駄だ。こいつに口ゲンカで勝てた試しがない。
改めて哉也を見る。 哉也は、はっきり言って美形だ。細面でややつり上がったこげ茶の目に高い鼻。背は高く、脚は長い。高2の彼は、同学年はもちろん、後輩にも大人気だ。
皆彼を、「頭がよくてスポーツ万能、その上格好良くて優しい人」と認識している。確かに皆の前では、その通りだ。
が。
哉也はかなり人の悪い笑みを浮かべ、さらりと言う。
「それで? 多忙な俺を呼び出したからにはそれなりの理由があるのだろうな」
「 当たり前でしょ。私だって、好きでアンタを呼び出したりしないわよ」
そう言って、顔を顰めてみせる。
そう、哉也はかなり性格が悪い。第三者の前では全くそんなそぶりは見せないが、自己中で言葉に容赦がない。
「ほう、そうか? 俺はてっきり、男に振られて泣きついてくるのかと思った」
「 誰が。私、これでも結構モテるのよ」
そう、自分で言うのも何だけど、私は男子に人気がある。高校に入学してまだ半年だけど、少なくとも3人は私に気のある奴がいる、らしい。 ――あまり興味ないけれど。
そろそろ気付いたかもしれないけど、私達は兄妹だ。私の名前は香宮 咲希。哉也はさんざんバカにするけれど、兄と並んでも見劣りしない容姿と才覚は持っている、と思う。ただ、私は兄と違いあまり自分を飾らないし、ああまで言葉にトゲがない。