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明けましておめでとうございます。

投稿が遅くなり申し訳ありません。

「うわぁ~~」


 2月13日の深夜いや、日付をまたいで14日にさしかかった頃私は1人でチョコを作るのに苦悩していた。

 夕食を食べ終えてから柚子と2人で作っていたのだが、どうにも私のだけがうまくいかない。

 その柚子はというとさっさと何種類かのチョコを作りあげ、味見を行い誰にどのチョコをあげるかまで決めお風呂へといってしまった。

 「手伝おうか?」と心配する柚子の手前、「大丈夫だから手伝わなくてもいい」と言ったのが完全に裏目に出てる。


「お姉ちゃん?」


 私が後ろを振り向くとそこにはパジャマ姿の柚子がタオルで頭を拭きながら台所へと現れた。

 その心配そうな顔はどう見たって私を心配して様子を見に来たに決まってる。


「どうしたの? 柚子?」


 なるべく柚子を心配させないように私は笑顔で答える。

 いつもは喧嘩をしているのだが、柚子もこういう時は本気で心配してくれるできた妹なのだ。

 私としてはその妹をなるべく心配させないようにしないといけない。


「大丈夫?」

「大丈夫だよ。柚子は心配しないで」


 私は笑顔を浮かべながらオーブンで焼いているチョコの様子を見る。

 確かに私は料理を作るのが苦手だが、さすがにこれは1人作らなければならない。

 そろそろいいかなと思いオーブンで焼きあがったものを取り出し、テーブルに置く。

 見た目は完璧でどこからどう見てもチョコレートケーキの出来上がりである。


「お姉ちゃん」

「どうしたの、柚子?」

「それ失敗してる」

「えっ」


 見た目は完璧なのにどこが失敗なのか私はわからない。

 柚子は何を言ってるのだろうか。

 

「ケーキ焦げてる」

「えっ? 嘘」


 ためしにケーキを一口サイズに切りわけ食べてみるとちょっと焦げていて苦い味がする。

 これで通算6回目の失敗。

 何でこんなに失敗をするのだろうか。


「手伝う?」

「大丈夫だから。柚子は先に寝てていいよ」

「でも」


 心配そうにする柚子の頭の上に私はゆっくりと手を置く。


「私は大丈夫。それにこれは私の力で作らないといけないから」

「でも」

「柚子は心配しなくてもいいよ」


 私はそう言うと柚子にたいしてにっこりと微笑んだ。

 それを見て柚子も安心したのかゆっくりと私から離れる。


「じゃあ柚子寝る」

「うん。お休みなさい」

「おやすみ、お姉ちゃん」


 そう言うと柚子は手を振りながら自分の部屋へと戻っていく。

 柚子が2階への階段を登ったのを見届けてから私も台所へと戻る。


「さてと」


 とはいったもののさすがにチョコを作るのは大変である。

 特にあの人に渡すのは生半可なものではダメだ。

 おいしいものを作らないと絶対に皮肉を言われるのが目に見えている。


「絶対においしいって言わせてやるんだから」


 私はチョコを食べているあの人の顔を思い浮かべながら再びチョコ作りを再会する。

 結局チョコ作りが終わったのは明け方頃であり、学校へ行くために起きてきた柚子と再び顔を合わせることとなった。




☆★☆★☆★




 2月14日の朝、空気が冷たい青空の中いつも通り自転車に乗り俺は学校への道を走る。

 あの店で行われた豆まき以降、今まで以上に放課後俺が教室から脱出することが困難になっていた。

 特に最近だと放課後すぐに宮永さんと雪菜が来るから逃げることが出来ない。

 あの2人は何故か俺のバイトの時間まで把握しているみたいで、ちゃんとバイトの5分前には叔父さんの店に俺を連れていくせいで俺は何も言えないでいる。

 正直もう少し早くお店に入りダーツをしたいが、そんな事この2人の前では言えない。


「おはよう」


「雪菜か。珍しい」


 俺が駐輪場に自転車を止め昇降口の方へと歩いて行くと、そこには眠そうに目をこすっている雪菜がいた。

 いつもは俺よりも早く来ているのに今日はギリギリのようである。


「珍しいってどういうこと?」


「そのままの意味だよ」


 俺はそれだけを言い残すと1人すたこらと教室を目指す。

 こんな所で無駄話をしていると確実に遅刻する。

 雪菜の巻き添えで遅刻するようなことは絶対に嫌だ。


「ちょっと、おいてかないでよ」


「だったらきりきり歩く。そうしないと遅刻するぞ」


「ふぇ~~~~」


 雪菜は驚きながらも俺の後ろをついてくる。

 その様子ははたから見ればカルガモの後ろをついてくるコガモのように見えてるだろう。


「それにしても柚子ちゃんは今日どうしたの? いつもは一緒なのに?」


 確か以前見た時、柚子ちゃんは登校する時雪菜と2人で来ていたはずだ。

 それが今日だけ別々とは珍しいことも重なるものである。

 どうせ雪菜の寝坊だと思うが、一応理由ぐらいは聞いといてやろう。


「柚子は今日先に行ったよ」


「なるほど。雪菜の寝坊に痺れを切らした柚子ちゃんが1人先に行ったのか」


「寝坊じゃないもん」


 雪菜は反論するが、どう考えたって寝坊の他にない。

 おおかた昨日テレビでも見ながら夜更かしでもしていたんだろうな。


「そうか、そうだよな。寝坊じゃないよな」


「そんな自愛に満ちた目で私を見ないでよ。本当に寝坊じゃないんだから」


 そんなやり取りを雪菜としながら俺達は2人で教室に入る。

 教室に入るといつもとは違う雰囲気であった。

 男子は何故だが浮き足立ち、女子は女子でなにやら周りをけん制しているように俺には見える。

 その光景はパーティーで貴族の御曹司を狙う複数の淑女といった具合だ。

 さすがの俺も教室の異質な雰囲気に思わず一歩後ずさってしまう。


「何だ、これ?」


「おぅ、健一。今来たのか」


 そんな声をかけてくるのはいつもの通り達也である

 髪はワックスでしっかりと決め、服装も少し着崩したちょい悪風で俺の前へと現れた。

 その姿はいつもとは違い、おしゃれに磨きをかけているようである。


「どうしたんだよ? そんなに気合いれておしゃれなんかしちゃって」


「そりゃあ気合入るに決まってるだろ? 今日は何の日か知ってるだろ?」


「今日?」


 達也の問いに俺は今日何がある日か考えてみるが何も思い浮かばない。

 この数日前なら戸田さんダーツの大会に出て、久々に優勝を掻っ攫ってきたことと即答できた。

 ちなみに祝勝会は後日関係者全員が暇な時に開く予定なのだが、それは今日の予定とは全く関係ないはずだ。


「戸田さんの祝勝会は先だし、バイト先の定休日でもない。店舗大会もまだ開かないし‥‥‥‥」


「お前は相変わらずダーツのことばっかりなんだな」


 そう言うと達也はあきれた様子で俺のことを見る。

 いつも女の尻を追っかけているお前とは違うんだといいたかったがそれをのみこみ、しかめっつらで達也の顔を見た。


「じゃあ何だっていうんだよ」


「バレンタインデーだよ‥‥‥‥ってその顔じゃ本当に考え付かなかったみたいだな」


 そんな話を俺にして達也は脱力する。

 相変わらずこいつを見ているとむかつくが俺がバレンタインデーの記憶を消し去っていたのには理由がある。

 根本的な問題として俺はバレンタインデーにあまりいい思い出がない。

 親は基本的には家にいないからもらえないし、店の方では佐伯さんの料理が下手だということもありいつも毒味役に任命されている。

 佐伯さんのチョコはとても個性的なチョコなのだが、甘さよりもその個性が引き立ちすぎて甘さという大事な部分が抜けてしまっている。

 だから俺はいつも思うんだけどチョコに唐辛子とかハバネロを入れるのは止めよう。

 ロシアンルーレットチョコとか佐伯さんは楽しいだろうが俺達には体に悪すぎて食べれたものじゃない。


「あぁ、そんなイベントもあったな」


「何かお前も苦労してるんだな」


 達也は俺の肩に手を置き、何故だかわからないが同情してくれた。

 俺の表情を見ただけでどうやら俺の苦労を色々と察してくれたみたいである。


「おはよう、雪菜に橘君‥‥‥‥ってどうしたの雪菜?」


 宮永さんも俺達の方へくると、俺よりも後ろにいる雪菜のことを気にかけていた。

 相変わらず雪菜は眠そうに目をこすり、まだ完全に起きていないように見える。


「うん、昨日ちょっと」


「眠そうだし、微妙に隈も出来てる。あなた少し保健室で寝てきた方がいいんじゃない?」


「大丈夫。うん、大丈夫」


 目をこすりながら相変わらず眠そうに応対する雪菜。

 どうやら俺の想像以上に夜更かしのダメージは大きいらしい。

 本当に昨日は何をしていたのだろう。


「そういえば、橘君は貰った?」


「貰ったって何が?」


「何がって、雪菜から‥‥‥‥」


「だめぇ~~~~~~」


 そういいながら雪菜は宮永さんの口を塞いだ。

 あまりの大きい声に驚いたが、雪菜も必死なように見え先程の眠そうな顔から一転元気になる。

 その豹変ぶりにさすがに俺も驚いた。


「でも雪菜、ちゃんと橘君に言わないと‥‥‥‥」


 そこまで言った所でチャイムが鳴ったので、クラスメイトたちは全員席に戻っていく。

 無論俺もこんな所で立っているのは癪に障るので座るように準備をする。


「大丈夫。ちゃんと1人でもできるから」


「本当に大丈夫? 雪菜は抜けている所があるから心配だよ」


 俺が席の方へいっても宮永さんと雪菜の話し合いは続いている。

 どうやら2人してなにやら重大な会議をしているようだ。


「早く座ればいいのにな」


「お前はやっぱり爆発した方がいい」


「何で?」


「とりあえず1発殴らせろ。それで気持ちを落ち着かせる」


「やめろよ、達也。一体俺が何したっていうんだよ」


 達也が意味不明なことをつぶき俺に殴りかかろうとした所で、先生が教室に入りホームルームが始まった。

 俺は達也に殴られず安堵のため息をつきながら、授業の準備を始める。

 その後授業が終わり、つつがなく昼休みに移行した。

 鞄から朝早く自分で作ったおにぎりと弁当を取り出し机の上に置く。


「健一、今日は弁当なのか?」


「そうだよ」


「何でだ? お前あれだけバイトしてるんだから金はあるだろ?」


「節約だよ、節約。最近お金がなくてな」


 それはたぶんバイトに入る時間が減ったからだろう。

 主に達也達が来たせいで、あの時間は人も基本的には俺達以外いないのでバイトに入らなくてもよくなった。

 それといまだに柚子ちゃんと雪菜がダーツする時の代金を俺が出しているのだから、これぐらいはしないとやってけない。

 でも最近だと達也や宮永さん達も毎日のように来るので、連日大忙しのはずである。

 達也達を連れてきた功績とか鑑みても俺の自給を少しでも上げてくれないだろうか。

 叔父さん頼む。


「お前あんなにバイトをしてるのにお金ないって。どれだけ金遣いが荒いんだよ」


「うるさい。俺だって自分の給料の使用用途を知りたいわ」


 毎回叔父さんが俺の給料を着服してるんじゃないかってぐらい少ないんだからな。

 こいつには俺の苦労を少しはわかってほしい。


「橘君、お客さんが来てるよ」


「お客さん?」


 宮永さんが俺の前に連れてきたのは3人の少女であり、その顔は俺が見たことある顔でこのクラスともなじみが深い。

 ニコニコと笑う美少女2人といつも通り表情が薄い中学生トリオが顔を覗かせている。


「こんにちは。お兄ちゃん」


「やっほ~~、遊びに来たぜ」


 宮永さんの後ろにいるのは羽村さんや水谷さん、そして柚子ちゃんである。

 羽村さんはニコニコと笑っており、水谷さんは本当にただ遊びに来たという様子である。

 ただ柚子ちゃん1人だけはいつもと違う様子である。

 いつもと同じ無表情であるが、近くで見るとどこかそわそわとしているように感じた。


「どうしたの? 3人揃って?」


「実は今日お兄ちゃんに渡したいものがあって」


「渡したいもの?」


 教室に入ってきた3人は宮永さんと一緒に俺の前へ来ると、羽村さんからきれいに包装された小さい箱を貰う。

 緑の包装紙で包まれた箱は振ってみるとカコカコと小気味いい音がなった。


「何だ、これ?」


「それはチョコです。お兄ちゃんには普段お世話になっているのでそのお礼に作ってきました」


 羽村さんは笑顔でそのように話す。

 まさか俺が羽村さんからこんなものをもらえるとは思わなかった。


「本当に貰っていいの?」


「えぇ、お兄ちゃん用に作ってきたものなので」


 しかもどうやら手作りのチョコを俺にプレゼントしてくれたようだ。

 今まで佐伯さんの残念なチョコしか食べたことがないのでこれはすごくうれしい。


「ありがとう。まともな手作りチョコなんて初めてだからうれしいよ」


「それはよかったです。私も作ったかいがあります」


「よかったな。茜のお手製チョコなんて中等部の連中が喉から出るほど欲してるものだぞ」


 ある意味このチョコは俺が始めてもらったチョコともいえる。

 中学までは1度もチョコなど貰ったことなどないし、もらえるとしても佐伯さんの残念なチョコだけである。

 それが羽村さんから、ましては手作りともなればテンションが上がらないわけはない。


「じゃあ私からはこれだな。とりあえず手を出せよ」


「えっ?」


 水谷さんから言われるがままに手を出すと彼女はポケットから粒チョコの入った容器を出す。

 その蓋を開け、俺の手の上でトントンと振ると粒チョコが1粒手のひらにのった。


「これは?」


「私からのバレンタインデーだ。ありがたいだろ?」


 そう言うと彼女は口の端を吊り上げて笑う。

 粒チョコ1粒とは水谷さんらしいともいえるものだ。

 先程の羽村さんとの落差に思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「ありがとう」


「ちなみに朱里も最初は自分で作ってたらしいんですが、失敗してしまって作れなかったみたいです」


「おい、茜。余計なことを言うな」


 どうやら水谷さんも色々と考えてくれていたようだ。

 その気持ちだけで俺は十分である。


「別にいいよ。ありがとう。その気持ちだけ十分に受け取っておくから」


「お前も何勘違いをしてるんだよ」


 そういいながら水谷さん以外の人達は笑う。

 俺の側にいる宮永さんや達也も笑っていることから、よっぽど水谷さんの行動が面白かったように思えた。


「じゃあ私達は帰りましょうか」


「うん」


「帰る」


 そう言うと羽村さん達中学生トリオは帰る準備を始めた。

 そこで俺はふと疑問に思う。

 あれ? 柚子ちゃんが何もくれない。

 いつもは率先して何かくれたりするのに。


「ちなみにですが、柚子はお店に行った時に渡すらしいですよ」


「柚子お手製とっておきのチョコだから楽しみにしてろよ」


 帰る間際、羽村さんと水谷さんはそんな事を言ってくる。

 どうやら柚子ちゃんも準備していてくれたようで俺としてはとてもうれしい。

 そんな柚子ちゃんは黙って俺の方をジーっとみていた。


「柚子ちゃん?」


「楽しみにしてて」


「うん、わかった」


 俺がそう答えると3人はきびすを返し教室を出る。

 帰る間際の柚子ちゃんの姿がどこか楽しそうに見えたのは俺だけだろう。


「お前、モテモテだな」


「別にモテモテじゃないよ。いつもお世話になってるお返しだって言ってるし」


 俺は達也にそう返すが、こいつの目は明らかに不審がっている。

 この4時間目までの間、チョコを渡しに来る女の子が耐えなかった奴の行為とは思えない。


「うるさい。現役女子中学生からチョコを貰っておいてどの口が言ってる」


「さっきからひっきりなしにチョコを貰っているお前には1番言われたくないセリフだな」


「止めなさいよ、2人共。はぁ、どうして男子はそんなしょうもない喧嘩をするんだか」


 宮永さんがあきれたようにその場でため息をつく。

 そしてそのため息と同時に4時間目終了と同時にどこかへ行った雪菜が帰ってきた。

 その手には紙袋が握られており、購買で何か買ってきたようである。


「どうしたの、飛鳥? 何か教室が騒がしいけど?」


「あぁ雪菜、さっき貴方の妹達が来てたのよ」


「柚子達が?」


 雪菜は小首をかしげて不思議そうにこちらを見ている。

 それにしても雪菜が購買で昼ご飯を買うのは珍しい。

 いつもはお弁当なのに。


「そういえば雪菜って今日はお弁当じゃないの?」


「あははは、今日お弁当忘れてきちゃったんだ」


 雪菜は笑いながら手もとの紙袋をあける。

 そして近くに机を持ってきて俺の近くに宮永さんと共に座った。


「そういえば柚子ちゃんの友達、橘君にチョコ渡してたわよ」


「えぇ~~~~~~」


 雪菜が珍しく大きな声で驚いていた。

 その声にクラスの視線がこちらに向く。


「雪菜、うるさいから少し静かにしろ」


「健一君、本当に柚子達からチョコ貰ったの?」


 俺の静止を聞かず、雪菜は俺の側に詰め寄る。

 俺の耳元で叫ばないでほしいし、本当にうるさい。

 このクラスで初めて会った印象とは全然違う。

 まぁ、あの時と今どちらがいいと言った断然今なんだけど。


「俺が貰ったのは羽村さんと水谷さんだよ。いつもお世話になってるからだってさ」


 俺が理由をいうと今度は雪菜は何か考え込むしぐさを見せる。


「健一君、柚子は?」


「柚子ちゃんは後でくれるって。帰り際にそういってたから」


「そうなんだ」


 そういうと雪菜は袋からメロンパンを取り出し1口かじる。

 雪菜の机の上にはメロンパンの他にチョココロネやアップルパイなどの菓子パンが乗っかっている。

 主食系のパンは1つもなく、購買の競争に負けたようだ。


「雪菜、あんた購買で負けたのね」


「だってあんなに人がいると思わなかったんだもん」


 どうやら雪菜はほしいパンが買えなかったようである。

 確かにあの購買は運動部がこぞって昼食を買いに来るので、運動神経がない人にはきついだろう。

 特に雪菜なんて全く運動神経がないのだから、人並みにもまれあまり物を買っていったの様子が簡単に想像つく。


「もうしょうがないわね。私がおかずあげるわよ」


「本当?」


「ほら、口を開けなさい」


 そう言うと雪菜は口をあけその口に宮永さんは卵焼きを放り込み、雪菜は何度か租借するとごくりと飲み込んだ。


「飛鳥の卵焼きって本当においしいね」


「当たり前よ。私が作ったんだから」


 宮永さんはそう言うと胸を張って答える。

 なんだか今の雪菜を見てると哀れに思えてきて俺も何かを上げたほうがいいんじゃないかという気持ちになる。

 これが庇護欲というものなんだろう。


「雪菜、俺のから揚げも食べるか?」


「いいの?」


「まぁ、それぐらいはな。ほら、口あけて」


「こう?」


 俺は雪菜があけた口の中に自分の弁当箱のから揚げを放り込む。

 雪菜は俺が口に入れたから揚げを租借するとそれを飲み込み、むっとした顔をした。


「おいしい。すごく」


「だったらもう少しおいしそうな顔をしろよ。味付け間違えたかと思うだろ」


「健一君女子力高すぎだから」


「何で俺が怒られるんだ」


 俺の隣にいる達也はなにやら恨み節を言っているがそれは無視をする。

 宮永さんはニコニコと笑っているが、見ないことにした。


「それにしても柚子が‥‥‥‥」


 今度はチョココロネを食べながら雪菜はそんな事を言っている。

 雪菜が何かをつぶやいている言葉がすごく気になるが、それ以上に気になるのは雪菜の口元についたチョコ。

 あれはいつ気づくんだろう。


「そういえば宮永さんと遠野さんは誰かに渡さないの?」


 達也は宮永さん達にそんな事を話している。

 そして達也のその言葉にクラス中に緊張が走るのがわかる。

 クラスでも1、2を争う美少女の2人が誰に上げるのかと周りも聞き耳を立てているようであった。


「私は誰にも上げる予定はないわね」


「そうですか、そうですか」


 宮永さんの答えを聞いて、がっくりと達也は肩を落とす。

 まぁ、普通はこういう反応を見せるよな。


「あっ、でも雪菜用のチョコは作ってきたから」


「えっ?」


「後で渡すよ。だから雪菜はホワイトデーの時に何か返してね」


 そう笑顔でいう宮永さんは笑う。

 たまに思うのだが、この人は本当にレズじゃないんだろうかと思う。


「うん、わかった」


「まぁ、雪菜は渡す人がいるもんね」


「えっ?」


 その言葉に俺は何故だか知れないが戸惑ってしまう。

 雪菜が誰にあげるのか等俺の知ったことじゃないのになんでなんだろうな。


「飛鳥」


「そうね。これは内緒のことだもんね」


 雪菜は笑顔の宮永さんとは対照的にふくれっつらをしてすねているようだった。

 達也はそんな雪菜のことを興味深げに見ている。


「ねぇねぇ、遠野さんは誰に‥‥‥‥」


「達也君、そのことを聞くのは野暮ってものよ」


「えっ」


「とりあえずこの話はおしまい。それよりも今日も橘君のお店に行くんでしょ?」


「まぁ、そうだな」


「じゃあ話はそれで終わり。後雪菜は口元にチョコついてるよ」


「えっ」


 それからは今日するダーツの話に摩り替わった。

 だが、そんな話をしている中でも俺は雪菜が誰にチョコをあげるかが妙に気になっている。

 毎年この手のイベントには興味がないのだが、今回は何故か気になる。

 いつもの自分じゃないなと思いつつ、俺は自分の口をハンカチで拭く雪菜を眺めながら再び昼ご飯に手を伸ばすのであった。

 そして長い長い授業を終え、放課後となる。

 ホームルームが終わり、俺は急いで帰る準備を始めるがそこに雪菜が現れた。

 今日の授業中も眠そうに目をこすっていたのに、こういう時だけは本当にすばやい。


「げっ、雪菜」


「今日だけは逃がさないよ」


 既に鞄を持ち帰る準備が万端な所を見ると、俺より早く帰る準備を済ませていたようである。

 先程まで眠そうにしていた奴がこんなにすばやいとは俺も思ってなかった。


「お前、もう準備終えたのか?」


「うん。だってホームルーム前にはもう準備できてたもん」


 雪菜は胸を張ってそう答える。

 いつの間にこんな早く準備をしていたんだろうな。

 いつも俺を捕らえてから帰る準備をする雪菜とは思えない。


「じゃあもうちょっと待っててね、飛鳥達も準備してるから」


「その必要はないわよ、雪菜」


 俺が雪菜の後ろに目を向けると、宮永さんがこちらへと歩いてきた。


「飛鳥?」


「雪菜、今日は先に帰ってていいわよ」


「ふぇ?」


 雪菜は驚いた声をその場であげる。

 どうやら宮永さんの申し出がよっぽど意外だったようだ。

 

「でも、島谷君達も待ってるし」


「達也君達のことは気にしないで、いいから早く帰りなさい」


「じゃあ、お先に失礼します」


「ちょっと待った」


 俺が2人の横をすり抜けて帰ろうとすると宮永さんに首根っこを掴まれる。

 1人で帰れるチャンスだったのにこの人も相変わらず勘が鋭い。


「橘君、帰るならちゃんと雪菜もつれて帰りなさい」


「はい?」


 何で雪菜を連れて帰らなければいけないんだ?

 柚子ちゃんならまだしも。

 雪菜も突然のことで慌てているようである。


「ちょっと、飛鳥」


「いいから。ほら、もっと早く。2人共さっさと行く」


 そう言うと俺と雪菜は宮永さんに腕を取られ、教室の外へと追いやられた。

 意外と宮永さんの力は強いんだと俺はこの時認識する。


「じゃあ、雪菜。がんばりなさい」


「飛鳥」


 それだけ言うと、宮永さんは教室の扉を閉めた。

 後に残されたのは俺と雪菜の2人だけである。


「まぁ、とりあえず帰るか」


 何故か雪菜と2人で帰るのだが、いつもより早く帰れることはいいことである。

 さっさとバイト先に行ってダーツの練習もしたいし宮永さんの発言はあまり気にしないでおこう。


「うん」


 ゆっくり頷いた雪菜と共に俺達はバイト先へと向かうことにした。

 学校からの帰り道、俺と雪菜は俺のバイト先へと向かっている。

 元々は雪菜を駅まで送るつもりだったが、今日は一緒に帰るといって聞かない。

 雪菜が頑固なのはいつも通りだが、これはこれで妙に落ち着かない俺であった。

 そして雪菜はさっきから黙り込んだまま何も話さないので非常に気まずく穴があったら入りたい。


「そういえば達也君達が来てからさ、健一君達のバイト先にぎやかになったよね」


「にぎやか過ぎて困るけどな」


 雪菜は楽しそうに笑うが俺としては全く楽しくない。

 毎回俺に勝負を挑んできて右手の俺に圧敗し、恨み節を言ってくるのだから始末が悪い。

 それなのに左で投げろとか言うんだからあいつには付き合ってられないわ。


「でも、健一君も楽しそうに見えるよ」


「そりゃあ柚子ちゃんがいるんだから。気合入れて投げないと」


「健一君また柚子ばっかり」


 雪菜はふくれっつらで抗議をするがいつものことなので無視をして話を進めた。


「まぁ、柚子ちゃんは天使だからね」


「じゃあ、私は?」


「雪菜は‥‥‥‥雪菜だな」


「前も聞いて思ったけど、それはどういうこと?」


 雪菜がじとっとした目で俺のことを睨んでくる。

 これもいつものことだが、いつもより雪菜の視線が痛い。


「説明するとな、雪菜は誰も持ってないオンリーワン的な存在なんだよ」


「もっと具体的に」


 今日の雪菜はいつもよりどこかしつこい気がする。

 こういう時にはちゃんと説明しないと後で機嫌を悪くするのでしっかりと説明が必要だ。


「例えばだな、柚子ちゃんは天使って例えられるんだよ」


「うん」


「だけど、雪菜はこう‥‥‥‥なんというか例えようがないというか‥‥‥‥つまりは何かに例えようがないぐらい可愛いってことで‥‥‥‥」


 俺は勢い余って何を言っているのだろう。

 雪菜も照れていることから俺は何かとんでもない発言をしてしまったのではないか。

 すごく照れくさく、自分の発言に後悔した。


「ならいいけど」


 雪菜はそれだけ言うとと俺から顔を背けた。

 何か今の雰囲気は甘酸っぱく青春的なもので、あまり俺には似つかわしくない雰囲気が流れている気がしてなんか嫌だ。


「そういえば、健一君ってチョコほしい?」


「チョコ?」


 雪菜は鞄の中をごそごそと探るとその手には青い布製の袋が出てくる。


「おいしいかわからないけど、健一君用のチョコ作ってきたから」


「わざわざ俺に?」


「そう」


 雪菜から手渡された青い布製の袋を俺はまじまじと見る。

 俺の記憶が正しければ雪菜は料理が苦手だったはずだ。

 その雪菜がわざわざチョコを作るとは、柚子ちゃんにでも手伝ってもらったんだろうか。


「ちなみに今回柚子の手伝いはないから」


「マジか」


「本当だよ。私今回がんばったんだから」


 そのセリフを聞くとどことなく不安になってくる。

 料理上手と言われてる柚子ちゃんの手伝いなくして、雪菜が作ったチョコは本当に食べ物になっているのだろうか。


「ためしに食べてみてよ」


「これを?」


「うん」


 雪菜に言われ恐る恐る包み紙を開くと中から1口サイズのチョコケーキみたいなものが出てきた。

 味はわからないが見た目は結構きれいに仕上がっている。


「早く早く」


「そんなにせかすな」


 雪菜にせかされチョコケーキを口に入れると、意外やびっくりおいしく仕上がっている。

 中にはスライスアーモンドが入っているのかふわふわな生地の中にさくさくとした触感が広がりすごくおいしかった。


「おいしい‥‥‥‥」


「でしょでしょ。11回目にしてようやくこの味までたどり着いたんだよ」


「11回もやり直したのかよ。じゃあ今日の寝不足の原因って」


「ちょっとがんばりすぎちゃったかなって」


 雪菜が話した11回と言う数字は中々に現実味のある数字である。

 多分雪菜のことだからこれを夜遅くまで作っていたのだろう。

 これで朝からずっと眠そうにしていた理由がやっとわかった。


「別にここまで無理しなくても市販のでよかったのに」


「ダメだよ。健一君にはいつもお世話になってるんだから。これぐらいしないと私の気が収まらないの」


「そうですか」


「反応が薄いよ。私頑張ったんだから」


 雪菜は俺の隣で怒っているようだったが、俺としてはにやける顔を抑えるので必死である。

 俺としては料理が出来ない雪菜のことだからもらえてもきっと市販の物で済ますんだろうなと考えていた。

 なのでこうして自分が苦手なことにあえて挑戦し、こんなに頑張ってチョコを作ってきてくれたのが素直にうれしい。

 ただそんな顔を見せると雪菜をつけ上がらせるだけだから絶対にそんな顔をしないが。


「わかってるよ。ありがたく食べさせていただきます」


 そういいながら再びチョコケーキを口に入れる。

 何度口に入れてもやっぱりおいしい。

 これを雪菜が作ったと思うとやはり信じられないが、朝の様子を見ても信じるしかなさそうだ。


「別にまずいなら残してもいいよ」


「いや、これなら毎日でも食べたい。それぐらいうまい」


「本当に?」


「俺が嘘を言うわけないだろ」


 雪菜はそう言うと何故かふくれっつらをして、俺のことを再び睨む。

 その目を見て、俺は思わず雪菜から1歩離れてしまう。


「文化祭の時、1人で勝手に学校行った」


「あれは‥‥‥‥まぁ、俺が悪いか」


 そういえばあの時、雪菜には何も言わずに学校で準備をしていた気がする。

 こうしてみると文化祭からも結構な時間が経ったんだな。


「それにホワイトデーは3倍返しだから」


「3倍? そんなにして返さないといけないの?」


「当たり前だよ。バレンタインの常識なんだから」


 それをいうならホワイトデーの常識だろと言いたいが、そこはあえて突っ込むのは止めよう。

 ただでさえ頭の痛いことを言われたのだ。

 これ以上余計に雪菜を刺激したくない。


「わかった。ちゃんと返すよ」


「待ってるから」


 俺が大きくため息をつき、雪菜の機嫌がよくなる頃にはいつの間にかバイト先についていた。

 そして相変わらず雪菜は楽しそうな笑顔のまま店の中へと入っていく。

 俺は雪菜に中で待っているように伝え、店の駐輪場に自転車を止め店に入った。


「おぅ、健一。やっときたか」


「げ・ん"・い"・ぢ‥‥‥‥逃げろ、いますぐに」


 店の中には予想通り佐伯さんと床に倒れふせている戸田さんがいた。

 カウンターの上には佐伯さん特製のチョコと思われるものがある。

 1口サイズのチョコが9個皿の上にのっていてどう見ても危ないもののように見えた。


「まぁ、健一。とりあえずここに座れ」


「俺に拒否権は?」


「ない」


「ですよね~~」


 その後俺は佐伯さんが作ってきたデスチョコレートに悶絶したり、後から来た柚子ちゃんの生チョコのおいしさに思わず頭を撫でることとなる。

 柚子ちゃんの頭を撫でていた時、雪菜の機嫌が悪化したことがその日の俺の1番の謎であった。

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