72
1月2日。世間では三が日と呼ばれているこの日、俺は自分の部屋でいつものように惰眠をむさぼっていた。
あのクリスマスに行われた店舗大会以降、雪菜と柚子ちゃんだけでなく宮永さんや達也まで俺がいる時に店に現れるようになった。
宮永さんはともかく達也が店に来るのが俺としては全くうれしくない。
だからクリスマスの後の年末年始に店が休業だったのは俺にとっては不幸中の幸いである。
柚子ちゃんに会えないのは寂しいが、達也と顔を合わせなくても済むのでほっとしているのが正直な気持ちである。
『ピンポーン』
「誰だよこんな時間に」
現在の時刻を確認するため壁にかけてある時計を見ると朝8時を指している。
休日の朝に起きるにしてはいささか早い時間だ。
こんな時間から家のインターホンを押す輩等、絶対にろくな奴がいない。
ましてや正月三が日の早朝、こういうよくわからない奴に対しては無視をするに限る。
『ピンポーン、ピンポーン』
俺が再び布団に入ると今度はインターホンを連射する音が聞こえてきた。
いい加減誰だかわからないがうざったいしチャイムの音がうるさい。
これでは2度寝をすることすらままならない。
「家には誰もいませんよ」
小声でつぶやきながら俺は再び布団の中に顔をうずめる。
先程迄うるさくなっていたインターホンは一定時間立つと、音が聞こえなくなった。
ようやく諦めたのかと思い、俺は再び布団の中に顔をうずめ2度寝の体勢に入る。
『ガチャガチャガチャガチャ』
「うるさいな。いい加減寝かせてくれよ」
『‥‥‥‥‥‥‥‥カチャ』
「ちょっと待て。今ドアが開かなかったか?」
布団から起き上がると同時に廊下からドタバタと慌ただしい音が聞こえてきて、俺の頭は混乱する。
家の扉はピッキングできないように加工されていると母親から聞いているので、泥棒の類は絶対にない。
そうなるとこの家に入れるのは母さんか父さんのどちらかだが、足音が複数聞こえるのでそのどちらでもないように思える。
得体の知れない人物の襲来に恐怖を感じた。
「健‥‥‥‥屋‥‥‥こだ‥‥」
「‥‥ちゃ‥‥‥ち‥‥?」
「一体全体何が起こってるんだよ?」
泥棒だとしたら俺も本気で何とかしないといけないが、あいにく俺の部屋で武器になりそうなものはない。
しいてあげれば本棚に入っている分厚いハードカバーの本だけである。
ただこんなもので攻撃してもどう考えたって撃退できそうにない。
「ここだ」
見知った声と共に壊れるんじゃないかと思うぐらいの勢いでドアが開かれると、そこから俺が予想もしていなかった人物が現れた。
その人物は紺のジーパンに緑のパーカーを羽織、いつもの快活な笑みを俺に見せてくれる。
そして何よりも俺が部屋から脱出できないように、扉の前に仁王立ちし俺の退路を塞いでいた。
「何でこんなとこにいるんですか? 佐伯さん」
「2人共、健一がいたぞ。この部屋だ」
「本当ですか?」
佐伯さんは大きな声で叫ぶと、再び廊下の方がドタドタと慌ただしくなる。
やがて静かになったかと思うとそこから見知った2人が顔を覗かせた。
「何で雪菜と柚子ちゃんまでここにいるの?」
「私達がここにいるのがそんなに悪いの?」
「悪いとかそういう以前に、どうやってこの家に入ったんだよ」
雪菜は不機嫌そうに顔をしかめているが、むしろ俺がその顔をしたい。
家主に無断で家に侵入してくるとはこの人達は一体どういう了見なのだろう。
それにこの家の鍵は一体どこで入手したのかと疑問はつきない。
そんな俺の素朴な疑問に答えてくれたのは目の前にいる佐伯さんだった。
「店長に頼んでここに連れてきてもらったんだよ。健一がいつになっても出てこないから心配になってな」
「さっきのインターホンは佐伯さんの仕業ですか?」
「ご名答。さすがは健一といったところだな」
そのセリフで先程のインターホン連打の犯人は佐伯さんの仕業だと判明する。
ただインターホンの連打よりも叔父さんが家に来ていることが俺としては意外だった。
確か今日は池田の爺さん達、ダーツ仲間と新年会をするという話であったが行かなくても大丈夫なのだろうか。
「まぁ店長だけじゃなくて、約1名お邪魔虫もいるがな」
「お邪魔虫?」
「お~~い佐伯ちゃん。朝ごはんが出来たってさ」
「わかったからそんなに叫ぶな。戸田はリビングで大人しくしてろ」
「りょうかい~~」
ドアの外から聞こえてくる軽薄な口調と間延びした声で、戸田さんも来ている事がわかった。
確かに戸田さんなら佐伯さんにお邪魔虫といわれても仕方がない。
「そういうわけだ、健一。お前もさっさと着替えて下に降りて朝飯を食べるぞ」
「そう言うなら床に座って漫画を読んでないで、この部屋から出ていってくれませんか?」
佐伯さんはいつの間にか俺の部屋の本棚から漫画を1冊取り出し、床に座って本を読み始めていた。
「いいじゃんか、別に。減るもんでもないし」
「減りますよ。主に俺の精神ゲージが磨り減ります」
ただでさえこの突然の事態に俺の精神はがりがり削られているのにこの仕打ち。
一体この人はどれだけ俺を苦しめたいんだろうか。
「えぇ~~、せっかく健一の部屋に来たのに家捜しすらしないなんて。そんなのやってられないっての」
「それが佐伯さんの本音ですか。いいからとりあえず出て行ってください」
俺は大きな声で叫ぶと、佐伯さんを廊下の外へと押し出し着替えを始める。
5分後、黒のスリムフィットデニムと白のロングTシャツに着替えて部屋の外へと出る。
廊下を見回すと佐伯さんや雪菜達の姿が見えなかったので、リビングに行ったのだろうと予測する。
階段を下りて洗面所で顔を洗いリビングへ向かうと、そのテーブルにはおせちや餅等といったお正月に食べるようなものが盛大に並んでいた。
「何、これ?」
「健一、やっと起きたのかよ」
戸田さんが餅をほおばりながら俺に話しかける。
その軽薄な笑顔を見て、何度も餅が喉につっかえればいいのにとこの時思った。
「お前の喉に餅がつまればいいのにな」
「佐伯ちゃん、そんな寂しいこと言わないでよ」
戸田さんの隣に座っている佐伯さんもどうやら俺と同じ感想を思っていたらしい。
戸田さんに向ける冷たい視線は、俺が今向けている視線と同じである。
「お兄ちゃん」
「柚子ちゃん」
戸田さん達の向かい側に座る柚子ちゃんを見て驚きの声を上げてしまった。
今俺の視線の先には全身赤色の着物を見にまとった柚子ちゃんがそこにはいる。
腕や胸の所にちりばめられている花柄の模様がいいアクセントとなっており、非常に柚子ちゃんに似合っていてとても可愛らしく見えた。
もしも小野小町が現代に蘇ったら、きっとこんな感じなのだろう。
「柚子ちゃん今日は着物を着てるんだ。すごく似合うよ」
「本当?」
「うん、すごくきれいだよ」
「ありがとう」
そういって笑う柚子ちゃんはこの世に舞い降りた天使といっても過言ではない。
その表現が比喩にならないほど、俺の心は今柚子ちゃんに支配されている。
「健一君、私は?」
「そうだな。雪菜は‥‥‥‥雪菜だな」
「それはどういうこと?」
柚子ちゃんの隣に座っている雪菜は口をへの字にしてへそを曲げている。
今日の雪菜が着ている服はボルドー色のニットカーデに紺色のミニスカートに紺と白の縞々柄のロングTシャツ。
髪にはかんざしのようなきれいな髪飾りがついており、口にはうっすらとリップもつけているのが俺からも見て取れる。
これだけ見れば大抵の男もドキッとしてコロッと落ちるに違いないが、目の前にいる少女は雪菜である。
ドキッとはするがあくまでいつも通りの可愛い格好をしているだけなので、柚子ちゃんとは違い特に感想は出てこない。
しいて言うなら「可愛いよ」と声をかけるぐらいである。
「雪菜ちゃん。健一の言っていることを要約するとだな、いつも通りの可愛い雪菜ちゃんだって言いたいんだよ」
「ちょっと戸田さん、何言ってるんですか?」
俺の気持ちを戸田さんは代弁してくれているみたいだが余計なお世話だ。
そして言い終えた戸田さんは俺の顔を見てドヤ顔をしていて正直うざい。
「全然違いますよ。俺が言いたいことは雪菜は雪菜だって事です」
「はっ? お前は何が言いたいんだ?」
「とりあえずまず座れ。話はそれから聞こう」
「何で家主じゃない人に仕切られてるんだろうな、俺」
「雑煮が出来たぞ」
丁度叔父さんがキッチンから最後の料理をお盆に載せて持ってきたので、雑談を中断して席に座る事にした。
座る時に佐伯さんから雪菜の隣に座るように言われ、渋々そこに座る。
座った際、雪菜の頬が赤くなったのがすごく印象的であった。
「それじゃあ先につまみ食いをしている戸田はほっといてみんなで食べるか」
「先に食べてていいって言ったの店長じゃないですか。佐伯ちゃんからもなんか言ってやってよ」
「私は知らん。それじゃあいただきます」
「そんな殺生な」
佐伯さんの掛け声と共に、俺達はテーブルに並べられた朝食を食べ始める。
朝食はおせち料理や雑煮が並べられており、非常ににぎやかな食卓になっていた。
「そういえば何で叔父さん達がここにいるの? 今日って店は休業日だし集まる予定なんてなかったはずだけど?」
「その話をすると長くなるぞ」
そう言うと叔父さんは栗きんとんを持つ箸を取り皿の上に置き、俺の方に顔を向ける。
叔父さんが珍しく真剣な顔をしているので、俺もついつい緊張してしまう。
「実はお前の母親から連絡が来たんだよ。『健一が年末なのに友達とも遊ばず家に引きこもってばかりだけど大丈夫か?』って」
「母さん」
確かにうちの母親はよくそのような心配をよくしている。
特に中学時代は学校の友達等全くいなかったのだから、毎日のように俺にちょっかいを出してきた。
ちなみに達也は友達というよりは腐れ縁という立場にあるので、俺の友人枠には入っていない。
「そこで佐伯に連絡を取ったら初詣に行こうって話になったんだよ。健一と仲のいい従業員達で」
「明らかに従業員じゃない人達も混ざってると思うんですけど。その点についてはどう解釈すればいいんですか?」
ごくたまに叔父さんの店の手伝いをしている戸田さんはともかく、雪菜と柚子ちゃんは明らかに従業員ではない。
どう考えても人選ミスをしている気がするのは俺だけだろうか。
「ちなみにだが、柚子ちゃんと雪菜ちゃんを誘ったのは私だから」
「そうでしょうね。雪菜達を誘う人なんて佐伯さん以外いないと思いいますから」
なんとなく予想がついていたので、俺はただただあきれるしかない。
大抵こうやって人を増やすのは佐伯さんの役目であるので大体予想していた通りでもある。
「ちなみに俺も佐伯ちゃんに誘われたんだよ」
「戸田さんまで」
ただ以外なのは戸田さんも佐伯さんが誘ったという所である。
普段なら佐伯さんから絶対に連絡を入れないのに入れるということは、佐伯さんの中で心変わりすることでもあったのか気になる。
話を向けられた佐伯さんは、口にくわえた出し巻き卵を口に入れ一息ついていた。
「戸田のメールの件? 実はというと本当は戸田を誘う予定はなかったんだけどな。雪菜ちゃん達にメールした時、間違えて戸田にもメールを送信してたから仕方なく誘った感じだから」
「誤送信なの佐伯ちゃん? もうちょっと取り繕ってくれてもいいでしょ」
戸田さんは真実を知ってがっくりと肩を落としているようである。
佐伯さんが戸田さんのことを誘うなんてめったなことが起きない限りないから、どうせこんなことだろうと思っていた。
「ちなみに何ですが、何で俺には連絡の1本もないんですか?」
「そっちの方が面白いからに決まってるだろ?」
「せめて連絡ぐらいは下さいよ」
俺にだって準備があるんだから。
「まぁ、お前が家から出なかったことには焦ったがな。幸い店長がお前の家の鍵を持ってなかったらどうしようかと思ったよ」
「こんなこともあろうかと健一の母親から預かってきたからな。この前わけを話したら喜んで合鍵を渡してくれたんだ」
「母さん」
そろそろ自分の母親にも家の防犯について1度話し合う必要性が出てきたことを認識した。
「それでいつも1人で寂しいぼっちの健一を驚かそうと、私達でこんなサプライズを考えたわけだ」
「迷惑ですから。大体俺はぼっちじゃなくて人より少しだけ友達が少なくて、1人が好きなだけです」
「それってぼっちと同じじゃないのかな?」
いつも俺にいじられている雪菜が珍しく的確な言葉を俺にぶつけてくる。
こちらを見る雪菜の目は俺のことを哀れんでいるようにも見えた。
それをみてこちらに分が悪いと思い、話を逸らすことにする。
「まぁそれはおいておいて、結局今日はみんな何しに行くの? 俺全然何するか知らないんだけど?」
「さっきの話はおいておくんだ」
隣で雪菜がぶつぶつと何かをつぶやいているが、それは聞かなかったことにする。
というか今日はやけに雪菜が俺に突っかかってくるような気がする。
佐伯さんには雪菜のつぶやきが聞こえていなかったらしく、ムッとした顔を俺に向けた。
「初詣に行くんだよ。さっきも言ったし柚子ちゃんの格好を見ればわかるだろう」
確かに柚子ちゃんが着物を着ているのでその可能性はあった。
実際柚子ちゃんは服を汚さないように上手にお箸を持ちながら、お雑煮をおいしそうに食べている。
さっきから何も話さず静かだったのは、おせち料理を黙々と食べていたからなのだろう。
相変わらず柚子ちゃんはご飯を食べている姿はおいしそうである。
もうグルメリポーターにでもなった方がいいんじゃないかな。
「これ食べたら神社に行くからな。おい戸田、それは私が食べようとしていたものだ。勝手に取るな」
「酷いよ、佐伯ちゃん。俺が先に取ろうとしたのに」
佐伯さんと戸田さんは牛肉のごぼう巻きを取り合って、いつもの通りじゃれあっていた。
その光景を尻目に俺や雪菜達はおせち料理を食べ進める。
しばらくおせち料理を食べた後、後片付けをして出かける準備をすると靴を履き初詣に出かけた。
俺達が向かったのは電車で30分ぐらいの所にある神社である。
初詣の時は参拝客で賑わいを見せている名所ともいわれている所であった。
「そういえば私もここで除夜の鐘を聞いたな」
「佐伯さんは大晦日この神社に行ったんですか?」
佐伯さんが自ら人の多い所に行く等珍しい。
普段は面倒くさいということで殆どそういう所にいかないのに。
「俺が佐伯ちゃんを誘ったんだよ」
「戸田さんが?」
この戸田さんの発言は更に意外だった。
いつも誘いを袖にしている戸田さんの誘いを佐伯さんが乗ったとなると話が違ってくる。
ほいほいと簡単についていく佐伯さんなんてめったにお目にかかれないのでこれまた以外だ。
「健一、勘違いするなよ。私は上村に呼ばれたから行っただけで、こいつがいるなんて知らなかったんだからな」
「そうだったんですか」
佐伯さんは相変わらず嫌そうな様子でその時の様子を語る。
確かに上村さんなら重要なことを佐伯さんに話していなくてもおかしくはない。
「私は家族と一緒に初詣行ったかな」
「あたしも行った」
「柚子ちゃんまで」
どうやら大晦日から年明けにかけて家でゴロゴロしていたのは俺だけだったらしい。
確かに俺は友達が少ないが、全員が充実した休みを送っていたことに軽くショックを受ける。
「健一、何肩を落としてるんだよ。さっさと行くぞ」
「わかりましたから。そんなに袖を掴まないで下さい」
佐伯さんに引きずられながら俺達は神社へと足を運ぶ。
神社には既に参拝をしようとする大勢の人達であふれ返っていた。
「相変わらずここは人が多いな」
「そうですね」
神社の周りを見ながら佐伯さんはうんざりしているように見える。
その表情で戸田さん達と行った年越しの時の苦労が伺えた。
「じゃあ戸田に佐伯、後は頼んだぞ」
「店長はどこに行くんですか?」
「俺はそこで酒でも飲んでる。ここで出してる日本酒は絶品だからな」
「だからここを選んだんですか」
「そうだ。この後池田の爺達と新年会だからな。その景気づけだ」
戸田さんにしては珍しくあきれた表情を浮かべてため息までついていた。。
叔父さんはそれだけを言い残すと日本酒を振舞っている所へと1人歩いていく。
「しょうがないな。じゃあ佐伯ちゃん、一緒に‥‥‥‥」
「雪菜ちゃんと柚子ちゃんは私と一緒に行こうか」
「って、俺は無視なのかよ」
ナチュラルに戸田さんのことを無視する佐伯さん。
佐伯さんが戸田さんに向ける視線は冷ややかだったが、戸田さんだから納得がいく。
「全くしょうがない男だな。そんなに私と2人で初詣に行きたいのか?」
「うん、行きたい」
「しょうがないな。今日だけ特別につきあってやろう」
「おっ、そうこなくっちゃ」
佐伯さんは珍しく戸田さんの提案を受け入れていた。
新年早々珍しいことがあるものである。
「そう言うわけだから、3人共また後で会おう」
「俺達は置いてけぼりですか」
どうやら佐伯さんと戸田さんは2人っきりで行動するみたいである。
これも俺にとっては意外なことであった。
というか俺と雪菜と柚子ちゃんの3人で行動など無謀なのだが、本当にこの組み合わせで大丈夫なのだろうか。
「携帯もあるから大丈夫だろ? それと雪菜ちゃん、ちょっとこっちに来てもらえないかな?」
「私ですか?」
雪菜は1人佐伯さんの方へと歩いて行くと佐伯さんから何かを耳元で言われている。
そして一瞬だけ顔が赤くなったかと思うと、すぐに顔を横に振った。
「むっ、無理ですよ。そんな事」
「雪菜ちゃんなら大丈夫だって。じゃあがんばって」
「佐伯ちゃんは何話してるの?」
「お前には関係のないことだから聞かなくてもいいんだよ。それよりもさっさと行くぞ」
「待ってよ。佐伯ちゃん」
それだけ言い残すと佐伯さんと戸田さんもどこかへと行ってしまう。
こうなると残されたのは俺と雪菜と柚子ちゃんの3人だけになる。
いつも一緒にいるメンバーだが、こうして3人一緒にいるとそれはそれで気まずい空気になる。
「とりあえず、お賽銭上げに行かない?」
「そうだね」
「お兄ちゃん行こう」
そういってから3人並んでお賽銭のある場所まで歩いていく。
さすがにこれだけ人がたくさんいるとぎゅうぎゅうずめになり、横にいる2人とはぐれないか不安である。
実際柚子ちゃんなんか背が小さいため参拝客の中に埋もれていた。
「柚子ちゃん、大丈夫?」
「お兄ちゃん」
そう言うと柚子ちゃんが俺の袖を掴んできた。
柚子ちゃんの足元も赤い下駄を履いているため、足元が不安定である。
見ているだけで転びそうな体勢だった。
「転びそうだけど、大丈夫?」
「ダメそう」
俺の袖を掴みながら悲しそうな顔をする柚子ちゃんである。
とりあえず色々対策を考えるが何も浮かばない。
「お兄ちゃん、袖掴んでてもいい?」
「袖?」
「うん。それだけでバランスは取れる」
柚子ちゃんの提案に俺の中にもいい案が浮かんだ。
確かに袖でも転ぶ心配もないだろうが、もっといい方法はある。
「それなら俺の手を握ってよ。そっちの方が転ばないしはぐれないと思うけど」
「うん」
にっこり笑顔で頷くと柚子ちゃんは俺の左手を握ってきた。
その時俺は世の中のお父さん達はこんな幸せを感じているのだろうと悟る。
握った柚子ちゃんの手は小さく、それでいて妙に暖かかった。
「柚子ずるい」
雪菜の方を見ると何やらすねているように感じた。
俯いてぶつぶつ何か独り言をいっている。
そんな雪菜の前に俺は再びそっと手を差し伸べた。
「健一君?」
「雪菜がいいなら手を掴んでもいいよ。さっきからふらふらしてて危なっかしいから」
「うん、ありがとう」
そう言うと雪菜はゆっくりと俺の手を掴む。
柚子ちゃんの手もそうだが、雪菜の手もすごく暖かい。
両方の手の体温を感じながら俺は必死に顔をふせ、2人に表情を悟られないようにするだけで必死だった。
「健一君の手ってすごく暖かいね」
「そりゃどうも。それよりもブーツで初詣なんて雪菜は何考えてるんだよ。ふらふらしていて危なっかしいたらありゃしない」
「そんなに心配しなくても大丈夫。それよりもこれは最近買ったおニューなんだ。可愛いでしょ?」
「そんな事を自慢しないでくれ。どう考えても転ぶフラグにしか見えないから」
「絶対に転ばないから。だから安心して」
「本当かな」
そんないい合いをしている間に境内の中の方まで3人で行く。
そこでお賽銭を投げ、俺は今年のお願いをする。
「今年は平穏無事で何事もないように過ごせますように」
「それは無理じゃないかな?」
「不吉なことを言うなよ」
俺の横では既にお参拝を終えた雪菜が冷静に突っ込みを入れる。
というかやけに今日は雪菜が俺に絡んでくるな。
家の時といい俺に何か恨みでもあるのだろうか。
「そういう雪菜は何をお願いしたんだよ?」
「そんなの秘密だよ。健一君には絶対言えないことだから」
雪菜は自分の顔の前で大きく手を振り、恥ずかしそうに俯く。
そんなに卑しいお願いを雪菜はしていたのだろうか。
「あたしはダーツが上手くなるようにお願いした」
「そうなんだ。少しでも上手くなれるといいね」
「うん」
俺はついつい柚子ちゃんの頭を優しく撫でてしまった。
撫でられている柚子ちゃんは気持ちよさそうな顔で、俺のことを見上げている。
やっている行為自体は健全なのだが、こうしているとなにやらいやらしいことをしているかのように思うのが謎である。
俺と柚子ちゃんの光景を雪菜はむっとした表情で見つめていると、柚子ちゃんの手を取った。
「それより柚子、おみくじ引きに行こう。早く運勢を確かめないと」
「柚子も行く」
「待って2人共、俺をおいて行かないで」
先へ進む2人を見失わないように追いかけながら、俺達は売店でおみくじを引く。
それぞれくじを引きくじに書かれた番号の紙を巫女さんから手渡されると、それをゆっくりと開いて中身を見ていく。
「柚子、大吉」
「私は凶だ」
大吉の柚子ちゃんは笑顔で喜んでいて、凶の雪菜の表情は沈んでいる。
姉妹揃って明暗がはっきりと分かれたようである。
「雪菜が凶で柚子ちゃんが大吉って事は、普段の行いの違いかな」
「ムッ。そう言う健一君はどうなの?」
ムッとした表情をする雪菜は俺が持っているおみくじを凝視している。
「まだ見てないよ。これから見る」
「柚子も見たい」
俺を含む3人でおみくじを見るとそこには吉というなんとも無難な結果が表示されていた。
普段から平穏を望む俺には丁度いい結果でもある。
「それよりも恋愛運は?」
「何でそんな所に注目するんだよ?」
「柚子も興味ある」
「柚子ちゃんまで」
柚子ちゃんにまで言われたらもう見せるしかない。
3人で俺が引いたおみくじの恋愛運の所を見る。
「『恋愛‥‥‥‥極限の選択を迫られる。全てを取るのもあり』‥‥‥‥これってどういうこと?」
2人は微妙な表情で俺の顔を見る。
その表情はいつにもまして暗く見えた。
「全てを取るって、まさか健一君‥‥‥‥」
「柚子びっくり」
姉妹はそれぞれ何か別々のことを言っているが、俺には2人が何を言っていたのかよく聞き取れなかった。
「それで全体運は‥‥‥‥『波乱に満ちた1年になる』‥‥‥‥何だよこれ?」
平穏無事に終わるんじゃないの? 俺はもう波乱万丈な生活はこりごりだよ。
「とりあえず結果はおいておいてそこのおみくじを木に結びに行こう。悪いことはそれでなくなるはずだから」
「わかった」
俺先導の元近くの木に3人でおみくじを結ぶ。
おみくじで凶が出た雪菜がぶつぶつ言いながら念入りに結んでいたのは見なかったことにした。
その後は境内の近くで配っていたお汁粉を貰いに行き、3人で近くにあるベンチに座り一息つく。
「それにしてもあっという間だね」
「何が?」
「私達が話すようになってからの話。もう半年ぐらいたつんだよ」
「そんなに立つのか」
俺としてはつい最近2人とあったような感じさえしていた。
でもそう考えるともう出会ってから半年もたつのか。
時間って早いな。
「そういえば私が健一君と始めて話したのってテストが終わった後だよね?」
「覚えてるよ。あの日は超がつくほど疲れたからよく覚えてる」
自転車の後ろに雪菜をのせて家まで送り、そのままバイト先へ直行した出来事である。
あの日は店についた直後からぐったりしていて、やる気が全くなかった気がする。
「柚子はね、ゲームセンター」
「あれは楽しかったよね。そのこともしっかり覚えてるよ」
柚子ちゃんはゲームセンターでダーツをしている所を俺のお店に連れてきた経緯がある。
結局は姉妹の仲違いの原因を作ったり、俺がロリコン等いわれもない汚名を被せられたのもその時の出来事が原因だ。
それも日が立つにつれその表現が辛辣になっていく原因が何故なのか、今の俺にはわからない。
「でも、おかげで柚子とまた仲直りすることが出来て私はすごく感謝してるよ。ありがとう健一君」
「俺はお礼を言われることはしてないから」
ニコニコ俺に笑顔を向ける雪菜だが、俺はそんなに感謝されることはしていない。
しいていえばダーツの普及ぐらいである。
それぐらいしかしていないので、感謝されてもむしろ俺が困ってしまう。
「うんうん。私達は健一君にすごい感謝してるんだから。ねぇ、柚子」
「うん」
柚子ちゃんも俺に笑顔を向ける。
彼女の笑顔を見ているだけで俺も幸せになれるから不思議である。
「そういえば健一君、今年も1年宜しくね」
雪菜が見せる最高の笑顔に俺の心もドキッとしてしまう。
おかしい、俺は雪菜に対して何も思うところがないはずなんだけどな。
いまだに雪菜達に対して起こるこの感覚が何なのか俺には理解出来ていない。
「俺は今年丸々1年宜しくしたくないんけど?」
「私は宜しくしたいの。健一君がどこかに行っても私はついていくから」
「はいはい」
ぷくっと頬を膨らませる雪菜をいつも通り適当にあしらう。
その光景を見て1人楽しんでいると、隣にいる柚子ちゃんも俺の袖を引っ張ってくる。
「どうしたの、柚子ちゃん?」
「柚子もお兄ちゃんと宜しくしたい」
「そうだね。今年も1年宜しくね、柚子ちゃん」
「うん」
「差別だよ。姉妹格差だよ」
柚子ちゃんの笑顔を見て癒されていると、隣から案の定ブーイングが飛んでくる。
頬を膨らませてすねるいつもの雪菜がとても面白く感じ、思わず噴き出してしまった。
「人の顔を見てなにが面白いの?」
「いや、別に。それよりも俺は雪菜を差別していないよ。これは区別だから」
「どっちも同じだよ。言い方変えてるだけじゃん」
プンスカ怒る雪菜を見て俺と柚子ちゃんはひとしきり笑う。
2人には言わないが、内心この姉妹とは長い付き合いになることを俺は予期している。
いや、予期というよりは確定だろう。
今のこの2人と戯れていると余計にそう思う。
「いたいた。3人共こんな所にいたのか」
「佐伯さん」
息を切らした佐伯さんが慌ててこちらにかけ寄ってくる。
俺達の前まで来ると膝に手を付き、息を切らす。
「どうしたんですか? そんなに息を切らして?」
「3人共探したぞ。携帯もつながらないし」
「あっ、連絡きてた」
携帯を出してみると確かにそこには佐伯さんからの連絡が来ていた。
それも1件だけでなく複数件入ってることから、俺達のことを必死に探していたことが伺える。
「私も入ってた」
「柚子も」
どうやら俺だけではなかったようでもあり、2人も携帯を見て驚いていた。
「ちょっと手伝ってくれないか? 店長がちょっと色々あって」
「叔父さんが?」
叔父さんはあまり問題を起こす人ではないはずである。
何かあったのだろうか。
「あっちの日本酒飲んでる所で酔っ払ってるらしくてな。今戸田が相手をしてる」
そういえば叔父さんはお酒は好きだけど、そこまで強くはなかった気がする。
そこまで泥酔するほど飲む人じゃなかった気がするけど、何があったんだろうか。
ただ叔父さんは酔って暴れたりするタイプじゃないので、安心してもいい気がする。
「叔父さんは酔って暴れるタイプの人間じゃないですから多分大丈夫ですよ。それに戸田さんも側にいるんならまかせてもいいんじゃないですか?」
「それもそうだな」
佐伯さんは俺の話を聞くとどうやら安心したみたいだった。
戸田さんには申し訳ないが、ここは俺達のスケープゴートになってもらおう。
「それよりも佐伯さんもお汁粉飲みませんか? 境内の方で今配ってるんですが?」
「おぅ、いいね。丁度甘いものが飲みたかったんだよ」
「じゃあ俺貰ってきますんで、そこで休んでてください」
俺はそう言うと目先の問題を後回しにしてお汁粉を貰いに行く。
2時間後、よいが大分冷めた叔父さんとへとへとの戸田さんを連れて俺達は神社を後にする。
帰りの電車の中、願わくば今年1年いい年でありますようにと願いながら自分達の町へと帰った。




