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始めの回想はスペシャルマッチ後の雪菜と柚子の話です。
「健一君、負けちゃった」
「お姉ちゃん」
「あんなに頑張ってたのに。負けちゃった」
「お姉ちゃん」
「柚子? どうしたの? それよりもさっき‥‥‥‥」
「外行こう」
「へっ?」
「外行く」
「ちょっと、柚子? そんなに引っ張らないで」
☆★
「柚子、どうしたの? こんな所に連れてきて」
「お兄ちゃん負けちゃった」
「うん。健一君が負けるのってなんかやりきれないよね」
「だから、あたし優勝する」
「優勝?」
「優勝してお兄ちゃんのダーツがすごいって、みんなに証明する」
「そうだよね。健一君のダーツは誰よりもすごいって事を私達で証明しないと」
「お姉ちゃん、容赦しない」
「私だって、絶対に負けないもん」
「あたしだって」
「私だって‥‥‥‥って柚子、もう時間」
「お姉ちゃん?」
「急いで戻らないと。受付もう始まっちゃう」
「じゃあ急ごう」
「ちょっと、柚子。待ってよ。おいてかないで」
☆★
「佐伯さん、準備終わりました」
「サンキュー、健一。それじゃあそろそろ始めるか」
佐伯さんに準備が終わったことを告げると、彼女はマイクを持ち2Legの準備を始める。
俺はといえば雪菜と柚子ちゃんの様子が気になり、自然と視線がそちらに向いてしまう。
「何だ健一。柚子ちゃんと雪菜ちゃんが気になるのか?」
「別に。気に何かしていませんよ」
「健一は本当に素直じゃないな」
佐伯さんはあきれながらも俺の本心を見透かしているように見えた。
俺はそんな彼女の目線から逃れるようにそっぽを向く。
「私は気になるけどな。特に雪菜ちゃんが心配だ」
「雪菜がですか?」
佐伯さんは何事もないように話しているが、こういう時に人1倍心配するのは佐伯さんらしいと思う。
俺がへこんでいる時もよく気さくに話しかけてきてくれた。
その行いの全てが意図してやっていることかは知らないが、気持ち的には大分楽になったことを覚えている。
「雪菜ちゃんはこういった大会は初めてだろ? だから後がないこの状況で浮き足だってないか心配なんだ」
「それなら大丈夫ですよ。あれを見てください」
俺は雪菜と柚子ちゃんの方へ指を指す。
指を指した先では柚子ちゃんと雪菜が楽しそうに2人で談笑していた。
決勝戦、それも大トリだというのに気楽なものである。
「あんなに楽しそうに話しているんですから、佐伯さんの心配は杞憂ですよ」
「確かにそうだよな。私の気にしすぎか」
俺と佐伯さんが笑っている直後、雪菜が待機場所で頬を膨らませて柚子ちゃんに何かを言っている。
声は聞こえないが、明らかに柚子ちゃんが雪菜をからかって雪菜がいじけているように見える。
長い時間2人を見てきた俺には、彼女達のやり取りが手に取るようにわかった。
「健一、あれは本当に大丈夫なんだよな?」
「えぇ、いつもの姉妹のじゃれあいだと思ってもらっていいです」
相変わらずあの姉妹は仲がいいんだと自分自身に言い聞かせる。
佐伯さんの不安を増幅させないためにも、ここはそういうことにしておこう。
「それよりも早く試合の方を始めましょう。みんなが待ってます」
「それもそうだな。じゃあ始めるか」
俺が佐伯さんに試合の進行を促すと、彼女もマイクを手に取り進行の準備をする。
ようやく始まる2Legに俺も気分の高揚を抑えきれない。
1Legを踏まえて2Legはどのようなダーツを見せてくれるのか、考えただけでもわくわくする。
『ただいまより、2LegのSTANDARD CRICKETを始めます。遠野雪菜さんはスローイングラインについて始めて下さい』
マイクの声を聞き、頬を膨らませていた雪菜も慌ててスローイングラインへと向かう。
慌てている雪菜はスローイングラインに着くと、自分の胸を押さえ1、2回軽く深呼吸をしてから構えを取った。
「雪菜ちゃん、本当に大丈夫か? お姉さんすごい心配なんだけど」
「大丈夫だって、佐伯ちゃん」
「そうですよ。雪菜はこの大会中ずっとあんな感じでしたから」
俺は1回戦と準決勝の試合を見ていてしみじみそう思う。
特に1ラウンドごとに一喜一憂していた雪菜を見ていたから、このぐらいのことで驚くことはない。
先程までの雪菜を見ていなかった佐伯さんにはわからないと思うが、俺や戸田さんにとっては通常通りの雪菜だと思う。
「2人共、雪菜ちゃんが投げるぞ」
戸田さんがそう言った直後、雪菜がダーツの矢を投げる。
彼女が狙いを定めて投げた矢は見事に20のトリプルに当たった。
その後間髪いれずに投げた2投目も20のトリプルに当たり、3投目は20のシングルで見事にMARK AWARDを取る。
相変わらず雪菜はSTANDARD CRICKETだけは強いという印象を俺に見せ付けるラウンドであった。
「準決勝に引き続き見せてくれるね。雪菜ちゃんは」
「雪菜ちゃんがこんなにすごいとは、私も思ってなかったよ」
「少なくともSTANDARD CRICKETに関しては、今日の大会参加者の中で1番強いんじゃないですか」
俺の中ではSTANDARD CRICKETだけは雪菜が1番強いと思っている。
それは柚子ちゃんと対戦していても全く変わらない。
今の雪菜にはこの対戦に勝利するぐらいの力は備わっていると思っている。
「こうなると次の柚子ちゃんがどうするか見物だな」
「そうですね」
戸田さんが話す姿は相変わらず楽しそうである。
意外と戸田さんもこの対戦カードを楽しみにしているように見えた。
「それにしてもお前も複雑だよな。自分が贔屓にしている2人が戦うことになるなんて」
「俺はそんな風に思っていませんよ」
俺としては2人が決勝戦まで残ってれただけで十分満足している。
むしろここまできたらどっちも持てる力を発揮して、自分が持っているできる限りの力を発揮してもらいたい。
「戸田に健一、無駄口を叩くのはそこまでにしろ。柚子ちゃんが投げるぞ」
スローイングラインの方に目を向けると、柚子ちゃんは何か思案しているように見える。
十数秒間スローイングラインで考えこむ様なそぶりをした後ダーツ盤に向かい構えを取ると、慎重にダーツの矢を投げた。
「19のダブルか」
「1投目はミスっぽいですが、柚子ちゃんならしっかり修正してくるはずです」
俺の言った通り、柚子ちゃんは2投目と3投目は19のトリプルに入れこちらもMARK AWARD。
こちらもしっかり得点を重ねていて、ゲームは拮抗している。
「どっちもMARK AWARDを取ったが、雪菜ちゃんリードって所か」
「はい。でも得点だけを見れば100対95。雪菜の方が優勢です」
雪菜が20の陣地を取っているため、わずかな点差ではあるがどうあがいてもこの時点では柚子ちゃんは追いつくことができない。
もし柚子ちゃんが追いつこうと思うなら、雪菜の自滅かどこかで仕掛けないと勝ち目がない。
問題はどこで仕掛けるのかだが、柚子ちゃんには何か考えがあるのだろうか。
「次は雪菜ちゃんか」
雪菜は柚子ちゃんとすれ違った際、何か言葉を交わしていたようだが俺の方までは聞こえない。
話の内容は非常に気になるが、2人とは距離が離れているのでこればかりはしょうがない。
「次は雪菜ちゃんの番か」
「雪菜はどのような戦略で勝負するのか見物ですね」
1人雪菜の心配をする佐伯さんをよそに、戸田さんは何故か1人で盛り上がっていた。
この対戦カードを楽しみにしていたのはわかるが、ここまで以上にテンションが上がる理由がわからない。
「健一、お前ならこの状況でどんな戦略を取る?」
「そうですね。とりあえず最初の2投を20のトリプルに入れて、残りの1投で自分の陣地を広げるのが無難なはずです」
あくまで俺の思考だが、柚子ちゃんの陣地を取るよりは少しでも多く点数を取って差を広げておきたい。
先攻で自分がリードしてるからこそとりたい戦術でもある。
「それがどうしたんですか?」
「いや、なんでもない。この雪菜ちゃんのラウンドを見てればわかることだ」
ニヤニヤ笑う戸田さんの先には真剣な表情の雪菜がいる。
雪菜はダーツの矢を構えるとダーツ盤に向けて矢を投げた。
「20のトリプルだな」
「何が言いたいんですか?」
雪菜の2投目を見届けてから俺は戸田さんにその疑問を投げかける。
「2投目も20のトリプルだな」
俺はいぶかしげな視線を戸田さんに向け、無言の抗議をした。
しかし戸田さんはそのことに対して、全く意に介した様子はない。
「3投目は17のトリプルに入ったぞ。やっぱり雪菜ちゃんはすごいな」
「何が言いたいんですか?」
「それは次の柚子ちゃんを見ていればわかる。お前は柚子ちゃんの立場ならどんな戦略を組み立てる?」
再び俺に質問をする戸田さんに対して、俺は自分なりの戦略を考えてみる。
とりあえず俺なら1投目を19の陣地に入れ点を取った後、他の陣地を狙おうと考える。
ここで出来れば複数の陣地を取っておき、19を防がれた後のことを考えてゲームを進めていく。
「そうですね19を狙いつつ、自分の陣地を広げていくってとこですか」
「そうか。じゃあ柚子ちゃんのダーツをよく見てろよ」
柚子ちゃんはスローイングラインで構えを取り、聞き手である左手に矢を持つ。
慎重な手つきでグルーピングを行う柚子ちゃんは、まるで自分のフォームを見ているようであった。
「健一のフォームに似ているだろ? 柚子ちゃん」
「そうですね。俺が教えてるので似るのも仕方がないでしょう」
「まぁ、それはいい。それよりも柚子ちゃんが投げるぞ」
柚子ちゃんが1投目を投げるとその矢は19のトリプルに命中する。
ここまでは俺の言っていた通りに物事は進んでいく。
そして柚子ちゃんが投げた2投目は俺を驚かせることになる。
「20のトリプル?」
「やっぱり柚子ちゃんは面白い。3投目も投げるぞ」
俺が見守る中、柚子ちゃんが投げた3投目は17のトリプル。
これで雪菜の陣地はなくなり、柚子ちゃんの陣地だけが残る。
「さすが柚子ちゃん、抜け目がないな」
「結局戸田さんは何が言いたかったんですか?」
戸田さんは1人楽しそうだが、俺にはこの人が何を考えているか全くわからない。
なのでつい荒っぽい口調で戸田さんに詰め寄ってしまう。
佐伯さんは隣であごに手をあてて、戸田さんの質問の答えを真剣に考え込んでいた。
「なるほど。私はわかった」
「佐伯さん」
佐伯さんは戸田さんの言いたいことがわかったようである。
俺はというといまだにそれが何なのかがわからない。
「じゃあ佐伯ちゃん、言ってみて」
「戸田が言いたいことは、柚子ちゃんと雪菜ちゃんが健一に似てるって事だろ?」
「それだと50点かな。まだ理由がある」
戸田さんはそこまで言うと苦笑いを浮かべる。
佐伯さんはその顔を見てあきれていた。
「そこまで私が言っていいのか?」
「もちろん。健一がわからないようだから、詳しく説明してくれるとなおのことよし」
「じゃあ話すぞ」
佐伯さんは雪菜の方を見ながら、腕を組説明をする体制に入る。
俺はその姿を見ながら、自分がたどり着けなかった答えを聞くことにした。
「まずは雪菜ちゃんから。雪菜ちゃんは根本的な所が健一に似てるんだよ」
「どこが似てるんですか? 俺とあいつは全然違うでしょ?」
「どこがだよ。思考から考えまで全てお前と一緒だろ。あっ、そうか。もしかしたら私が雪菜ちゃんをこんなに心配するのはそのせいかも」
「佐伯ちゃん、正解」
戸田さんはそういって笑うと、俺の肩に手を置く。
ドヤ顔で俺の顔を見る戸田さんはいつ見てもうっとおしく感じてしまう。
なので自然と顔はムッとした表情を取ってしまう。
「準決勝の時、俺と健一のオープニングマッチと同じ事を雪菜ちゃんしてただろ? 思い出してみろ。3Legの時の雪菜ちゃんを」
あの時の雪菜は確かにSTANDARD CRICKETではなく、自分の苦手な501を選択した。
しかしそれだけで本質的に似ているとは言わないと思うが、戸田さんの話を聞いていて納得する部分はあった。
「基本的にお前と雪菜ちゃんは本質的に似てるんだよ。だからお前もあの子と一緒にいても露骨に避けたりしないんじゃないのか?」
「じゃあ柚子ちゃんはどうなんですか? あの子も俺と似てるって言っていたでしょ?」
「その答えは佐伯ちゃんが言ってくれる」
「また私が答えるのか」
ため息をつきつつ、佐伯さんは再び話をしてくれる。
俺は佐伯さんの方を見ながら、ごくりと息を飲む。
「柚子ちゃんは技術的な所で健一に似ているんだよ。投げ方や矢の持ち方、どれをとっても健一そっくりだ」
「その通り。あの姉妹両方に言えることだが、それぞれ健一の教えたことを守って優勝しようとしてるんだよ」
「何でそんな事を?」
俺の肩から手を離し体勢を整えると、スローイングラインの方へ歩いていく柚子ちゃんの方を戸田さんは向き直る。
俺達のことを何も知らない柚子ちゃんは左手で矢を握り、俺と同じフォームでダーツの矢を投げた。
「簡単な話だ。雪菜ちゃんもそうだけど、柚子ちゃんもお前のために優勝を狙ってるんだよ」
「確かに。私にもそう見える」
スローイングラインに交互についていく雪菜と柚子ちゃんを見ながら、俺達3人そんな事を話していく。
2人が何で俺のために優勝を狙っているのかがいまいち理解できていない。
俺としては2人には自分の力を全て出してくれればいいと思っているのだが、それではダメなのだろうか。
「2人が優勝を狙っている理由なんだが、それは多分俺のせいだと思う」
「戸田さんの?」
戸田さんは額から冷や汗を流し、若干気まずそうな顔をしていた。
「オープニングマッチで俺がお前に勝っただろ? 多分あれが2人の心に火をつけたんだと思う」
「あれで?」
確かに俺はハンデ戦で負けたが、別に気にしていないし根に持ってもいない。
反省しないといけないことや修正しないといけない点も見つかり、むしろ全力で俺と戦ってくれた戸田さんには感謝しているぐらいだ。
そのことと2人が優勝に拘る理由は特に関係ないように思えた。
「あぁ。たぶん健一よりも雪菜ちゃん達の方が落ち込んだんじゃないか? いつもダーツのことに関しては自信満々の健一が、真剣勝負で負けたって」
確かに2人は真剣勝負の場で俺の負けた所を見たのは、2人共初めてだったはずである。
だが本当にそれだけのことで、そこまでやる気が出るものなのだろうか。
「だから自分達が健一の教えてくれたダーツはすごいって事を見せようとしてるんじゃないのか? 2人共それぞれの方法で」
戸田さんの話してくれたことは大体わかる。
もしも2人がそんな事を考えながらここまで勝ち上がってくれたのなら、それはばかげている。
だがそれと同時に2人が俺のために頑張ってくれていることは、とてもうれしいことだ。
「本当にばかげた話ですね」
「確かにそうかもしれない。だけどうれしくはないか? 2人の女の子が自分のためにダーツしてくれるのは?」
「はい」
短く小さい声だが、俺は戸田さんにそのような返事をした。
戸田さんも佐伯さんも、恥ずかしそうに俯く俺を見て微笑んでいる。
「それよりも健一、柚子ちゃんがピンチになってるぞ」
「えっ?」
俺がダーツの筐体に映し出されている点数を見ると、220対152で柚子ちゃんの番である。
陣地は殆ど閉められており、残っているのはどちらの陣地にもなっていないBULLだけだ。
「BULL勝負ですか」
「そうだ。あれからお互い1歩も引かない状況で進んでいる」
佐伯さんがそのような話をした直後、柚子ちゃんがダーツの矢を投げる。
柚子ちゃんが投げた1投目は、狙ったかのようにインブルに入った。
「柚子ちゃんはBULLに入れるのが本当に上手いですね」
「そうだな」
俺と佐伯さんが話している間にも柚子ちゃんは淡々とダーツの矢を投げていく。
2投目がインブルで3投目がアウトブルと当たり、これで合計点数が202点。
雪菜の点数にだいぶ近づいた。
「次の雪菜ちゃんが3本BULLに矢を入れれば、勝負は3Legに持ち越すな」
「雪菜」
俺はダーツの矢を投げようとする雪菜の方を見る。
雪菜は握りを変え、慎重に構えるとダーツの矢を投げた。
「アウトブルですね」
「2投目も投げるぞ」
雪菜の2投目はBULLを捉えられず、1つ上の20のシングルに当たった。
「ここが重要だな」
「そうですね」
ここでインブルなら2Legは雪菜の勝利となり、3Legへの望みをつなげられる。
しかしここで失敗するようなら、柚子ちゃんの方に優勝のチャンスが傾いてしまう。
雪菜は慎重に矢を構えると、運命の1投を放った。
「あっ」
俺が思わず声を上げてしまったのも無理はない。
雪菜の矢はブルには入ったが、その矢は内側のゾーンには入っていない。
「雪菜」
俺が心配そうに見つめる中、次の柚子ちゃんはスローイングラインにつき構えるとダーツの矢をすぐさま投げる。
その1投は皮肉なことに雪菜が狙っていたインブルに刺さり、柚子ちゃん勝利をつげる音楽が周りに響き渡った。
「終わったのか」
「そうですね」
優勝が決まった柚子ちゃんは肩を落とし、ほっとした様子の反面疲れているように見えた。
逆に優勝を逃した雪菜はどことなくスッキリとした表情で、スローイングラインの柚子ちゃんを見ている。
「全く、雪菜ちゃん達を見てたらどっちが優勝したんだかわからないよ」
「右に同じです」
俺と佐伯さんと戸田さんはお互い顔を見合わせひとしきり笑う。
こうして長く続いた女子トーナメントの優勝者は柚子ちゃんに決まった。
ご覧いただきありがとうございます。
感想をいただければうれしいです。
次回4章のエピローグとなります。
年明けから続いてきたこの話もやっと一区切りを迎えることが出来ました。
エピローグは現在遂行中なので、今週中には投稿できるよう頑張ります。




