7 side 柚子
柚子視点の後編です。
今回は前回出てこなかったあの人も登場します。
それから2週間はゲームセンターで空投げをしていた。
から投げをしてはいけないことはあたし自身わかっているが、どうしてもダーツがやりたかっため、仕方なかったのだ。
あたしは自分に「しょうがないんだ」と言い聞かせ、今日もゲームセンターで空投げをし始めた。
その日もいつものように空投げをしていると、店員さんがあたしの所に来て注意をしてきた。
「また、君かい。いい加減にお金入れないのに投げないでくれないかな?他のお客さんに迷惑なんだけど。」
「お客さんいないじゃん。それにお客がいる時はどいてるし。」
流石にお客さんが満員だったり、待ちの人がきた時は、素直にどいていた。
ダーツは好きだが、他の人に迷惑をかけることはしていない。
「子供はあぁいえばこういう。それに君、学生だよね。制服着てるし。いいのかい?下校帰りにこんな所にいて。こんなところにいると補導されるんじゃない?」
その言葉にギクリとする。
確かにここは私が通っている中学から近く、先生もよく見回りにきていると聞く。
これまで合わなかったのは、運が良かったのだろう。
「今回は見逃すけど……次こんなことをやったら、君の中学に連絡を入れるよ。」
そういい、店員はテーブルに置いているダーツの矢を回収してスタッフルームへと戻って行った。
店員の言っていることは正論だ。
だが言っていることは納得は出来るが感情の部分では納得出来ない。
自分の好きなことができないなんておかしい。
あたしは何も悪いことなんてしていないのに。
そんな理不尽な怒りを何所にもぶつけることが出来なく膨れっ面をしてダーツの台を眺めていると、見知らぬ男の人が話しかけてきた。
背が高いのが印象的だが、ボサボサの髪に黒縁の眼鏡。
よくて地味な人。悪くいえば気持ちの悪い人というのが初めて会った時の印象だろう。
服装を見ると、学生服をきているので背丈からいって高校生ぐらいに見える。
もしかして、ナンパされてるのかな。
過去にもこういうことは何度もあったが、あたしは全て断ってきた。
話かけてきた中でしつこい男も中にはいたが、店員がこの周りにいるので、渋々引く人も多い。
この人も今まで声をかけてきた人と同じだろう。
あたしによからぬことをしようと考えて声をかけてきたのだろう。
男の人の言葉に首だけ、コクコクと立てに振る。
過去の経験からこういう人と話すと話がこじれてややこしくなることが分かっている。
だからここは話さないでさっさとすまそう。
そうすればきっとこの人も面倒な女だと思って、どこかにいってくれるだろう。
「中学生だよね。えっと、お金ないの?」
地味な男の人が私に話しかけてくる。
それに対して、私は首だけ動かして、返答する。
普通なら、ここで「ダーツ好きなんだ~。ダーツ出来るいいとこあるんだけど、どうだい?」とか「ダーツもいいけどさ、他の所で遊ぼうよ。」とか軽薄な言葉を投げかけてくる。
そんな人達は、みんなニヤニヤとした笑みを浮かべてよってくるので、正直気持ち悪かった。
そんな男はあたしは大っ嫌い
話したくもない。
しかし目の前の地味な男の人は違った。違ったのは笑っているが愛想笑いで、表情を見ると困っている様に見える。
何を困っているのだろう。
ただ誘うだけならそんなに悩まなくてもいいのに。
「お小遣いとかはもらってないのかい。」
「前は貰ってたけど、ここにいることがばれちゃったからもらえなくなった。」
なりいきとはいえ、ついつい目の前の地味な男の人と話してしまった。
ただあたしが感じたことは話しかけてきたこの地味な男の人は、今まで私に話しかけてきた男の人と違うと感じた。
あった時もニヤニヤした笑いではなかったし、意外にいい人なのかもしれない。
あたしは今何を思ったんだろう。
だめ。こんなところに来る男の人なんて皆いやらしいことを考えている人達なんだ。
この人も最初は優しく近づいて、この後どこかに連れ込む気なんだ。
しばらく話をするといつの間にか自分がここにいた事情をあたしはこの人を話していた。
母のこと、自分には姉がいること、そしてお小遣いが貰えなくなったこと。
何故、あたしは初対面の人にここまで話しているのかわからない。
ただこの人は今まであたしに声をかけてきた人とは違う。
それだけはこの人から感じた。
「お姉ちゃんも、高校に入ったらぜんぜん遊んでくれないし。」
いつの間にかあたしはこの人に素直な気持ちを話していた。
寂しかったのかな。
お姉ちゃんは中学時代はよく柚子と遊んでくれてたのに、高校に入ってから遊んでくれなかったから。
でもそうだよね。
お姉ちゃんは学校の友達よりもあたしを優先して遊んでくれていた。
お姉ちゃんの気持ちも考えて見ると、あたしが悪かった様に思える。
「なるほど。お姉さんが遊んでくれなくてダーツを始めたというわけか。でも何でダーツなんかやってるの?女の子ならプリクラとかそっちに行かないかい?」
「写真なんか撮っても面白くないよ。昔お姉ちゃんとここ来た時に、ダーツやっている人がいたんだけど、凄く格好良かったんだ。ただ、ダーツの矢を投げるだけなのにフォームとか投げるモーションが凄く格好良かった。だから私もやって見たいと思ったんだ。実際やってみてすごくおもしろかったし。」
「成る程。でダーツをここで始めたと。」
「うん。」
いつのまにか、目の前のお兄ちゃんに私の思っていることを全て話してしまった。
昔お姉ちゃんと2人でゲームセンターに行った時、ダーツをやっている人がいた。
ダーツをやっている人は、このゲームセンターではよく見かけるが、この人は今まで見ていた人とは次元が違った。
普通の人は投げる矢が色々な所にばらけるが、この人は全て真ん中に当てている。
投げるたびに「ヒューン」という音がなり、画面にはHATTRICKという文字が表示される。
ダーツの得点はわからないが、その男の人がかなりの高得点をとっていることが画面を見てわかった。
クレーンゲームをやっているお姉ちゃんを横目で見ながら男の人を見ると、そのフォームがとても格好良かったのは今でも思い出として残っている。
素人のダーツを知らない柚子でもわかるような綺麗なフォーム。
何よりも印象に残ったのが、私と同じ左投げ。
たったそれだけだが、私がダーツをやるには十分な理由になった。
目の前の地味な男の人が何やら頭をガシガシかきながら、あーとかうーとか言っている。
何か考えていると思うが、その考えは私にはわからない。
「そんなにダーツやりたい。」
「うん。すごくやりたい。」
地味な男の人の言葉に反応してしまう。
確かにちゃんとしたダーツがやりたかった。
こんな風に罪悪感を持ったまま投げるダーツではなく、ちゃんと人と競え誰にも気を使わないでできるダーツをしたかった。
「じゃあさ、俺がバイトしている店にくるかい?ちっちゃい店だけどダーツができるし、ダーツの上手な人がいっぱいいるから教えてもらえると思うよ。」
「でも、お金がないから。」
これは本心でもある。見ず知らずの人にここまでしてもらうことはないし、第1にお金がない。
最近のゲームセンターに置いてあるダーツ台は、1ゲーム100円かかる。1日3ゲーム投げるとしても300円であり1週間で2100円である。
これは中学生にとっては決して大きくない金額だ。
ダーツができてもお金がなければゲームができないため、また迷惑をかけてしまう。
「お金のことは気にしないで。そこはお兄さんに任せておけば大丈夫だよ。」
「でも……」
「大丈夫。何もしないから。お兄さんについてきな。」
この人は本当に私に何もしないだろう。
それはこの人と話していてわかったし、そしてダーツがただ好きなことも話していてわかった。
たださっきこの人が言っていることはお金は全部自分が持つということだ。
言ってくれるのはうれしいがさすがにお金の負担をこの人に強いることは私にはできない。
「大丈夫。もし、僕が君に変なことをしたら迷わず、警察に電話をすればいい。で、今から案内する所で他の人が何かしてこようものならお兄さんが守って上げるから。」
そうすると彼は、自分の携帯を取り出して番号を打つと、私に携帯を渡す。
その言葉に私は目をパチパチして、彼の顔を見た。
普通自分から私は犯罪者じゃありませんというものなのか。
しかも渡された携帯にロック等はかかっておらず、中は見放題である。
「これでいつでも通報は出来るから。君の名前は?」
あたしはその一言で放心状態からとけ、彼に自分の名前は告げた。
「柚子。」
「柚子ちゃんか。よし、じゃあお兄さんについて来て。」
そういい、優しい笑みを浮かぶ地味な男の人、もといお兄ちゃんを見て私は何時の間にか笑顔になっていた。
確かに見た目は地味だが、優しくて今まで声をかけてきた男性と違う。
お父さん以外で初めて、年上の男の人ともっと話してみたいと心から思った。
「お兄ちゃん、待って。」
「うん?どうしたんだい?柚子ちゃん?」
知りたかった。この地味だか優しい男の人の名前を。
いつもならこんなことはしないがこの日は違った。
ダーツができるということで、少し今日は積極的になっているのからかもしれない。
「お兄ちゃんの名前……柚子、まだ聞いてない。」
そういうと地味な人は頭をかきながら、ぶっきらぼうにこういった。
「俺のことは"けん"って呼んでくれればいいから。じゃあ、行こうか。柚子ちゃん。」
「うん。」
この"けん"という人とはこれから長い付き合いになりそうだなということを、この時あたしは直感ではあるが感じていた。
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今回のこのお話で柚子視点は終了です。
次回は通常通り健一君の話に戻ります。