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決勝戦スタートです。
「さすがだな、健一。柚子ちゃんと雪菜ちゃんが決勝に進んだのはお前の指導がよかったからだな」
「違いますよ。ここまで来たのは2人の実力なので、俺は関係ありません」
「お前はなくても当人達はありまくりだと思うけどな」
「えっ?」
戸田さんは苦笑いをしながらスローイングライン上にいる柚子ちゃんの方を向く。
柚子ちゃんはストレートダーツを握り、真剣な表情でダーツ盤の方を見つめている。
「私も戸田の意見に同意だ。柚子ちゃんと雪菜ちゃんにとって2人して決勝戦の舞台に立つことは、かなりの意味があることみたいだからな」
「それってどういうことですか?」
「健一は自分でそれぐらい考えろ。それよりも柚子ちゃんが投げるからお前もよく見てな」
佐伯さんがそういった瞬間、柚子ちゃんはダーツの矢を投げた。
その矢は真っ直ぐダーツ盤へと飛んで行き、当たり前のようにインブルを捕らえる。
「にゃはははは。柚子ちゃんは相変わらず安定したダーツを見せてくれるな」
「佐伯さん、柚子ちゃんのダーツはここからですよ」
俺が佐伯さんにそう助言した後、柚子ちゃんが間髪を入れずにダーツの矢を投げた。
2投目も1投目と同じくインブル、3投目はアウトブルに当たり柚子ちゃんはHAT TRICKを取る。
なかなか取れないHAT TRICKを当たり前のように取るあたり、この大会を通して柚子ちゃんが成長していることが伺える。
「すごいな。今日の柚子ちゃんは」
「こんなもんで驚いちゃダメだよ佐伯ちゃん。今日の柚子ちゃんはもっとすごかったんだから」
「本当か?」
佐伯さんと戸田さんがそんなやり取りをしている間に、雪菜がスローイングラインに立つ。
俺としては雪菜が501でどうやって柚子ちゃんに対応するのかが見物だ。
今まで雪菜はHAT TRICKを取ったことがなく、柚子ちゃんと同じ戦法で行くと負けることは目に見えている。
「さて、雪菜ちゃんはどう対抗する?」
「あれしかないでしょう」
「あの手か。奇遇だな、俺もそう思う」
どうやら俺と戸田さんが考える戦法は一致しているようであった。
癪に障るが、たまにはそういうこともあるのだろう。
「どういうことだ。戸田、私にもちゃんと説明しろ」
「そういえば佐伯ちゃんはさっきの雪菜ちゃんの試合いなかったからわからないのか」
戸田さんはもったいぶった言い方をすると、佐伯さんが戸田さんの頭にげんこつを浴びせる。
ゴンという鈍い音が俺の耳にも届き、戸田さんはその場でうずくまってしまう。
「いいから話せ。さもなくば殴る」
「もう殴ってるじゃん」
戸田さんは涙目で佐伯さんに抗議する。
そんな戸田さんを不憫に思いつつも、俺は雪菜のダーツを見守った。
この2人の会話に口を挟むと俺にまで火の粉が降りかかってくるので、余計なことをしないようにするのが吉である。
「2人共落ち着いて下さい。雪菜が投げますよ」
俺が雪菜の方を見ると雪菜は丁度ダーツを投げ、その矢は20のダブルに刺さった。
BULLではなく20の所を狙ったことに佐伯さんは驚いた表情を見せた。
「雪菜ちゃんってもしかして、20のトリプルを狙ってるのか?」
「佐伯ちゃん、ご名答。準決勝でも雪菜ちゃんは20のトリプルを狙ってたから、今回も同じ作戦なんだろ」
立ち上がった戸田さんが饒舌に語る姿は、いつにも増して格好良く見えた。
ただ、その頭に出来たこぶのせいでその格好良さも台無しになる。
「雪菜ちゃんもまた思い切ったな」
「あの思い切りの良さが雪菜のいいところですからね」
俺はため息をつきつつ、佐伯さんにそう話した。
俺達が話しているうちに雪菜が投げた2投目は20のトリプルに入った。
そして俺が注目していた3投目は20のダブルに当たり残り点数が381点となる。
「ただこんな博打戦法じゃ、さっきと違って無謀すぎる」
「でも、雪菜にはこれしか手がないんですよね」
戸田さんの言うことは最もである。
この戦法では最低20のトリプルに2本20のダブルに1本入れないと雪菜に逆転の目はない。
宮永さんの時とは違い、安定してBULLに入れられる柚子ちゃんに対しては分が悪い。
「でも練習の成果が出れば、あるいは‥‥‥‥」
奇跡でも起きれば、雪菜にも勝機があるはず。
俺は誰にも聞こえない声でそうつぶやき、スローイングラインに向かう柚子ちゃんの方を見る。
柚子ちゃんは準決勝と同じような涼しい顔でスローイングラインへと向かう。
「柚子ちゃん相手だとやっぱり雪菜ちゃんはきついな」
佐伯さんの宣言通り、このラウンドも柚子ちゃんは見事にHAT TRICKを取った。
これで柚子ちゃんの残り点数は201点。雪菜は先程よりも多く得点を取らないといけなくなった。
だが、スローイングラインに向かう雪菜の目は死ぬ所かやる気に満ちていて、全く浮き足立っていない。
雪菜がダーツをやる上でかけていたものが、この時全て揃っていた。
「雪菜ちゃんはこのラウンドをどうかいくぐるか見ものだな」
「ですね」
雪菜が慎重に構えて投げた1投は、20のトリプルに当たる。
「やるな」
戸田さんが感嘆の声をあげる中、雪菜は続けて2投目を投げる。
「20のダブルか」
注目の3投目も20のダブルに当たり残り点数241点。
先程よりもいいダーツをするが、柚子ちゃんとの点差は開くばかりである。
「おいおい、これ本格的にまずくないか?」
戸田さんが心配する中、たくさんの声援を受けながら柚子ちゃんがスローイングラインに立つ。
こちらの試合を見るお客さん全員が柚子ちゃんのことを応援してくれている。
「柚子ちゃんはすごいな。お客さん達の心を鷲掴みしてるよ」
「先程の上村さんとの試合がよかったですからね。柚子ちゃんに対して周りの期待はかなり高いと思います」
佐伯さんが驚く中、柚子ちゃんが涼しい顔でスローイングラインにつく。
クールな柚子ちゃんよりもいいが、俺としては無邪気に笑う柚子ちゃんも見てみたいと思う。
「まぁ、それはこの試合中じゃ無理か」
「何を言ってるんだ、健一?」
「ただの1人ごとですから忘れて下さい」
佐伯さんは俺の余計な言葉まで聞いていたらしい。
次は気をつけないと。
「佐伯ちゃんに健一、柚子ちゃんが投げるぞ」
戸田さんがそういった直後、スローイングラインに着いた柚子ちゃんはダーツの矢を投げた。
その矢はBULL2本に17のトリプルに当たり残り点数は50点。
上村さんとの試合と同じ展開に上手く持ち込み、俄然有利な状態となる。
「これは雪菜ちゃん、絶対絶命だな」
戸田さんがため息をつく中、雪菜は柚子ちゃんと入れ替わりでスローイングラインへつく。
「おい、健一。お前の大好きな雪菜ちゃんが危ないぞ」
「いつ俺が雪菜のことを好きになったんですか」
ニマニマと笑う戸田さんに反論しつつ、雪菜がスローイングラインに立つ所を見届ける。
先程と同じで妙に冷静なのが俺の目に付いた。
「さて、雪菜ちゃんはどうなるかな?」
佐伯さんが注目する中雪菜は矢を構えると、その矢をダーツ盤に投げた。
「20のトリプルか」
「まだ続きますよ」
間髪いれず投げた2投目もとのトリプルに入る。
そして全員が注目していた3投目、その矢も20のトリプルに突き刺さった。
「ここでTON 80かよ」
「雪菜ちゃん、気合入ってるな」
佐伯さんと戸田さんの2人が驚いているのも無理はない。
準決勝に引き続き、今日2度目のTON 80。
中々お目にかかれないことが2回も起こってしまったのだから驚くのも無理はない。
雪菜はスローイングライン上で一息ついた後、待機場所へと戻っていく。
「これで雪菜ちゃんの残り点数は何点だよ、戸田?」
「確かさっき241点だから‥‥‥‥61点か」
佐伯さんの質問に答えつつ戸田さんは試合を真剣に見つめている。
に数字関係に弱い戸田さんだが、ダーツ関係のことに関しては頭が働くらしい。
「盛り上がっている所申し訳ないですが、ちょっと遅かったみたいです」
「何?」
柚子ちゃんはスローイングラインにつくと、BULLに矢をきっちり入れ1Legは柚子ちゃんが取った。
それを見届けた後、呆然とスローイングラインを見つめる佐伯さんと戸田さんのことは放っておき俺は2Legの準備を始めた。
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