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「勝ったな、柚子ちゃん」


「そうですね」


「お前はもう少し喜べよ」


 戸田さんは俺の背中をバンバン叩きながら柚子ちゃんの勝利を喜んでいる。

 対する俺はというと内心柚子ちゃんの勝利に大喜びしつつ、戸田さんの返事を冷静に返していた。

 柚子ちゃんの様子といえば、待機場所に戻った直後羽村さんと水谷さんが柚子ちゃんに抱きつきその手を離そうとしない。

 もみくちゃにされる柚子ちゃんを尻目に彼女達2人の表情はうれしそうで、羽村さんと水谷さんも自分のことのように柚子ちゃんの勝利を喜んでいた。


「お前はそんな仏頂面してうれしくないのか?」


「うれしいですけど、喜ぶのは決勝戦が終わってからにします」


「相変わらずお前はツンデレだな。男のツンデレなんか需要がないからやめた方がいいぞ」


「誰がツンデレですか」


 戸田さんは俺を先程からそんな風にからかってくる。

 何だかんだ俺をからかいつつ、戸田さんもこの試合結果には満足しているのだとこの時感じた。

 

「千佳‥‥‥‥」


 喜ぶ俺達とは対照的に柏木さんの表情は暗い。

 本人達はアベック優勝を狙っていたらしいので、さすがに神経が図太い柏木さんも恋人の敗戦は堪えているのだろう。

 俯いたまま呆然と立ち尽くしている。


「柏木、お前が落ち込んでどうするんだ? 次は決勝だろ?」


「翔太」


「お前が上村のことを励ましてやらないでどうする? 次は決勝戦なんだから」


 戸田さんは柏木さんの肩に軽く手を置き、にやりと笑った。

 

「決勝で優勝することが落ち込んでいる上村への最高のプレゼントだろ? こんな所で下なんか見いてたら勝てる試合も勝てないだろうが」


「そうだよな。こんな所で下を向いてたら千佳に怒られる」


 俯く柏木さんを戸田さんが珍しく元気付けているようだ。

 普段なら敗戦者の傷に塩を塗るぐらいの発言をする人なので、この光景は非常に珍しい。

 

「そうだ。そうとわかれば上村の所へ行って、さっさとあの豊満な胸に飛び込んでこい」


「わかった、翔太。サンキュー。元気出た」


「お礼は上村の胸に顔をうずめる権利でいいからな。絶対に忘れるんじゃないぞ」


「さっきまでのいいセリフが色々と台無しだよ」


 一瞬でも戸田さんのことを見直した俺が馬鹿であった。

 最初からから下心みえみえで柏木さんを煽っていたらしい。

 

「何だよ。そういう健一はどうなんだ? 上村の胸に飛び込みたくないのか?」


「そんな些細なことはどうでもいいですよ。それよりも決勝の準備をしますから手伝って下さい」


「何だよ。つまらない」


「つまらないじゃないですよ。そもそも戸田さんは‥‥‥‥」


「健一、その先は私の口から言わせてくれ」


 いつの間にか佐伯さんが戸田さんの横から現れた。

 現れて早々に戸田さんの耳を引っ張り、戸田さんが痛そうに耳を押さえている。

 

「イタタタタタタ。佐伯ちゃん、暴力、暴力じゃ何も解決しないよ」


「少なくともお前の煩悩ぐらいは解消できるんじゃないか? 上村の胸に飛び込みたいといったこの猿みたいな頭からな」


 そう言うと佐伯さんは戸田さんの耳をいっそう強く引っ張る。

 戸田さんの痛がっている声をBGMにして、俺は佐伯さんとの会話を再開させた。


「そういえば佐伯さんはどうしてここに? 男子の決勝戦ももう始まるんじゃないですか?」


「そのことで店長からお前に伝言を預かってる」


「叔父さんが?」


 叔父さんが俺に伝言とは何だろう。

 すごく気になる。

 

「決勝の順番変更のことだ。男子の決勝を行った後女子の決勝を行うように変更するらしい」


「同時にやるんじゃないですか?」


 俺が最初に聞いていたのは男子と女子の試合進行はそれぞれ個別に行うというものだった。

 なので、基本的には男子と女子のトーナメントの終了はまちまちなのだが叔父さんは今回そうはしなかったらしい。

 

「あぁ。何でも男子の試合を見る人があまりにも少ないらしいからな。それも考慮してこうしたらしい」


「なるほど」


 確かに女子の方は最初は人が少なかったが、今では殆どの人が女子の試合を見に来ている。

 始め見に来ていた人は雪菜や宮永さんといった女子高生組や柚子ちゃん達中学生組、そして上村さんのきれい揃いの女性人目当てだということは容易に想像がつく。

 だが、試合が進むにつれ、どの試合も男子に決して引けを取らないいい試合をしていることで、お客さんが増えていった。

 その結果、男子の試合を見る人が減るという極端な結果になったわけだ。

 さすがのこの結果に焦った叔父さんが慌てて大会の順序を一部変更していてもおかしくはない。


「それになんといっても、私が柚子ちゃん達の試合が見たい」


「それが本音ですか。仕事中に自分の私事しごとを混ぜないで下さいよ」


 口ではそう言うが確かに佐伯さんの気持ちもわからなくはない。

 佐伯さんも雪菜と柚子ちゃんと一緒に今までダーツをやってきたのだから、彼女達の試合が見たいのだろう。

 それに身内贔屓抜きにしても、今回の女子の試合は面白い。

 柚子ちゃんと上村さんの試合もそうだが、先程の雪菜と宮永さんの試合も非常に見ごたえがあったので、佐伯さんが見たいという気持ちもわかる。

 

「話を戻すけど、試合はこの台でやるそうだから準備の方を宜しく頼むぞ」


「お客さんへの説明はどうするんですか?」


「それは店長の方がするって‥‥‥‥ほら、今店長がマイク持っただろ」


 カウンターの所にいる叔父さんはマイクを持つと、試合の変更をアナウンスしている。

 どうやら佐伯さんも叔父さんも試合の順序変更を本気でするらしい。


「はぁ。わかりました。とりあえず準備の方は俺がやっておきます」


「サンキュー。ついでに男子の試合の進行も任せていいか?」


「えっ? 男子の担当は佐伯さんじゃないんですか?」


 俺は佐伯さんの発言を疑問に思ったが、隣にいる戸田さんを見て納得する。


「ちょっと私は猿の調教があるから男子の試合まで間に合いそうにないんだよ」


 そういい、耳を引っ張られている戸田さんの方を指で指しながら佐伯さんはにやりと笑う。

 どうでもいい話だが、遠くの方で柏木さんも上村さんに耳を引っ張られている姿が見て取れた。


「わかりました。後さっき戸田さんが柚子ちゃんのことをロリ可愛いって言ってましたので一応伝えておきます」


「なるほど。犯罪者になる前にロリコンの性癖も強制させなくちゃな」


「誤解だ。佐伯ちゃん。おいこら健一。お前も少しは弁解を‥‥‥‥‥‥‥‥って佐伯ちゃん痛い痛い。耳がもげる」


 戸田さんは必死に佐伯さんに弁明しているが、佐伯さんは聞く耳を持たない。

 

「お前の弁明は後でスタッフルームの中で聞く」


「そこは一般人は立ち入り禁止じゃ‥‥‥‥」


「今日だけはお前もスタッフだからな。特別に案内しよう」


 佐伯さんはにこりと笑うと戸田さんの耳をつねっている手を一段と強くひねった。

 それと同時に戸田さんの叫び声が一層大きくなる。


「じゃあ、後は健一に任せるわ」


「はい。ごゆっくり」


「ちょっ、やめっ‥‥‥‥健一、お前後で覚えてろよ」


 先程散々俺のことをいじった報いだと思うので、俺はにこりと笑い静かに手を振って戸田さんの健闘を祈る。

 佐伯さんはいつもの快活な笑みを浮かべると、戸田さんをバックルームへと引きずりこんでいく。

 戸田さんの捨てセリフの『健一、後で覚えてろよ』というセリフが俺の耳によく残っていた。

 

「さて、俺も準備をするかな」


 2人を見届けた後、俺も男子の試合の準備を始めることにする。

 スタッフルームですごい物音が聞こえた気がしたが、俺は気のせいだと思い自分の作業に集中した。


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