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「これから3Legを始める前にコークを行います。遠野雪菜さん、スローイングラインについて下さい」
俺はマイクを持ち、雪菜にスローイングラインに行くよう促す。
3Legで行うCHOICEでは501とSTANDARD CRICKET、どちらかのゲームを選ぶことになる。
基本的にはコークをして勝った方が、ゲームの選択権か先攻のどちらかの権利を得ることが出来るルールとなっている。
先程の俺の試合では相手がまがいなりにもプロである戸田さんだったので、ゲームの選択権と先攻の両方の権利がもらえたが、通常はコークで勝利した人がどちらか好きな方を選ぶ。
「雪菜ちゃん投げるぞ」
「わかってます」
楽しそうに笑っている戸田さんの隣で俺はぶっちょうずらを浮かべながら雪菜のことを見ていた。
雪菜のことはこれっぽっちも心配はしていないが、一応1Legみたいなこともあるので注視していなければならない。
俺や戸田さんが見守る中、雪菜の投げたダーツの矢はアウトブルに突き刺さった。
これで雪菜が少し有利になるだろうと思いほっとする。
「お前今ほっとしただろ?」
「戸田さんは少し黙っててください」
俺は雪菜がスローイングラインを離れ待機場所に戻ってくるタイミングを見計らい、再びマイクを握る。
「続いて宮永飛鳥さんお願いします」
雪菜がスローイングラインから退いた所に、今度は宮永さんが着く。
1度深呼吸をして落ち着機をはらいダーツを構える。
宮永さんが投げたダーツの矢はブルには当たらず、外枠に当たった。
「遠野雪菜さんの矢の方がブルに近いので、ゲームの選択権か先攻の権利は遠野さんに決めてもらいます」
俺はそう言うとダーツ盤の所から2つの矢を取り、宮永さんと雪菜に矢を返す。
雪菜の様子は1回戦時に話した時や準決勝の1戦目の時とは違い、生き生きとしているように見えた。
この様な姿を見せられると、雪菜はやっぱり楽しそうにダーツをしている時が1番力が出せるのだと改めて思う。
「ということだから、雪菜はどっちにする?」
「健一君」
雪菜に小声で話しかけると彼女は俺の方をぼんやりと見ていた。
うっかり雪菜と言ってしまったが、小声で話しかけているのでまわりに気づかれることはない。
雪菜も俺の名前を呼んでいたが、それも観客の声にまぎれているため、他の人には気づかれていないはずだ。
そう俺は勝手に自分で解釈する。
「ゲームの選択権と先攻の権利、どっちがいい?」
「う~~んと」
雪菜はそう言うと考えこむそぶりを見せる。
俺としてはここで雪菜はゲームの選択権をとるべきだと考えている。
彼女が01系が苦手なことは俺も本人も重々承知していた。
だからこそ先攻でも後攻でも勝率があまり変わらず安定して戦える雪菜の得意ゲーム、STANDARD CRICKETを選んで勝負をするべきである。
「私はゲームの選択権を選ぶ」
「わかった。それじゃあ先攻は宮永さんってことで」
雪菜も自分の実力をしっかり把握しているようで俺は安心した。
これなら3Leg目も十分勝機がある。
「で、雪菜はどのゲームを選ぶんだ?」
雪菜がSTANDARD CRICKETを選ぶことがわかっているが、一応本人の意思を確認しなければならない。
面倒なことだがそれが今回の大会のルールだから仕方がないとおもいつつも雪菜に尋ねてみた。
「もちろん501で」
「わかった。じゃあ501を設定するから‥‥‥‥‥‥ってはっ?」
俺の聞き間違いだろうか。
今雪菜の口からはとんでもない言葉を聞いた気がする。
「雪菜、もう1度俺によく聞こえる声で言ってくれ」
「だから501。私が選んだゲームは501なの」
雪菜は力強く宣言するが、この意味不明な発言をした雪菜に対して空いた口が塞がらない。
だってそうだろう、どこの世界に自分が得意としているゲームを選択しないで苦手なゲームを選択する馬鹿がいるんだよ。
しかもその種目を選んだら自分が後攻になって不利になるんだから余計にやばいのがわかっているじゃないか。
眉間をぴくぴく動かしながら、再び俺は丁寧な口調で雪菜を問いただした。
「本当にそれでいいんですね? STANDARD CRICKETじゃなくてもいいんですよね?」
雪菜の行動に対してあきれつつも俺はわざとゲーム名を強調して雪菜に問いかける。
ないとは思うが、501とSTANDARD CRICKETのゲームを間違えてる可能性にかけ、再度雪菜に聞く。
「うん。501でお願い」
「‥‥‥‥わかりました」
俺が難しい顔をしながらダーツ台の方へと歩いていき、501の設定を始める。
その間俺は雪菜の発言の真意を考えるが、全くわからない。
「‥‥‥‥何で苦手な方を選ぶんだ?」
俺には雪菜が何で自分の苦手なゲームを選んだのかがわからない。
「‥‥‥‥準決勝だぞ‥‥‥‥優勝するって言ってたろうが」
大会の前に雪菜は俺に向かって柚子ちゃんと一緒に優勝するからって言っていた。
「あれは嘘だったのか? ‥‥‥‥そもそも雪菜はどういう考えで‥‥‥‥」
「健一、手が止まってる」
俺が肩に置かれた手を見るといつの間にか後ろに戸田さんがいた。
「それにさっきからぶつぶつ独り言いってて、お前今最高に気持ち悪いぞ」
戸田さんは俺の方を見てあきれたようにため息をつく。
普段から佐伯さんに罵倒された後、盛大に独り言をつぶやいている戸田さんにいわれるのだからよっぽどのことなのだろう。
「そうですか。すいません。ほっといて下さい」
「ほっとけるかよ。俺はこれでもお前の兄貴分だぞ」
そういい快活な笑みを浮かべるのが戸田さんである。
本当にほっといてほしいんだけど、こういう時だけ兄貴面をするとかこの人は色々とずるいな。
「わかりました。後で話します。でももしかしたら俺が話す前にわかるかもしれません」
「ほぅ、俺はお前の思考が読めるのか。それはそれでエスパー気分に浸れるから面白い」
戸田さんは楽しそうにそんなことを言っているが、俺には何が楽しいのかがいまいち把握できない。
というかエスパーに浸れるって考え自体、どのように解釈をすればそんな思考にたどりつけるのだろうか。
この大会が終わったら戸田さんにこ一時間ぐらい問いただしてみようと思う。
「設定が終わりました。マイクを貸して下さい」
ゲームの設定が終わり、俺はマイクを受け取ると戸田さんとともに定位置へと戻りゲームの説明準備を始める。
この時の俺は雪菜に後で何を言ってやろうかと半ばやけくそ気味な考えであった。
「それではこれから3Legを始めたいと思います‥‥‥‥」
今の俺は先程までとは違い、落ち着いていた。
雪菜の意思が固い以上どんな結果になろうと、こうなった以上素直に受け入れようと思う。
「コークの結果3Legの対戦種目は501‥‥‥‥」
そして雪菜が選んだ茨の道のりを応援し、どんな結果になろうとその行く末を俺は見届けようと思う。
「先攻は宮永飛鳥さんから始めます」
この絶対的不利な勝負を雪菜はどう攻略するのか、俺はため息をつきつつも内心ハラハラしながら見守る羽目になった。
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