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「それではこれから女子トーナメント準決勝第1試合を始めます。名前を呼ばれた方は前の方に来てください」
俺が名前を読み上げると2人の少女が前に出てくる。
2人共俺が良く知る少女達で、かかわりも深い。
前に出てきたのは宮永さんと雪菜。
この2人は俺のクラスメイトであり、教室で達也の次にかかわりが深い2人である。
「それではコークを行いますので、宮永飛鳥さんからお願いします」
宮永さんは真剣な目つきでスローイングラインに立つ。
その雰囲気はいつもの表情豊かな宮永さんとは対照的に写った。
「次の方お願いします」
俺が掛け声をかけても雪菜は一向に動こうとはしない。
宮永さんのいる方をただぼーーっと眺めていた。
「遠野雪菜さん? 雪菜?」
「あっ、はい」
「コークの方‥‥‥‥お願いします」
雪菜は我に返ると俺の顔を一瞥して、宮永さんが先程までいたスローイングラインの方へと急ぎ足で歩いていく。
雪菜と入れ違いに宮永さんが俺の前で待機した。
「店員さんは雪菜のこと知ってるんですか?」
宮永さんの唐突な質問に俺はあせる。
一瞬俺の正体がばれたと考えたが、敬語を使っている所を見るとその様子はなさそうに見える。
「そうだね。少し顔見知りって所かな。彼女、この店によく来るみたいだし」
宮永さんは疑いのまなざしを俺に向けてくる。
その宮永さんの様子に俺は思わずあせってしまう。
「そうですか。じゃあ質問を変えますが、あなたは雪菜と付き合ってるんですか?」
その発言に俺は思わず吹いてしまった。
宮永さんはなんて質問をしてくるんだろうか。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。それよりもさっきの質問だけど別に付き合ってないよ。俺とあの子は君が思っている関係ではないと思う。それよりもどうしてそんなことを聞くんですか?」
「すいません。最近の雪菜が少し変わったなって思ったので」
「変わった?」
宮永さんが話すことは意外なことばかりだった。
雪菜が変わった? 俺から見る雪菜はいつもの姿にしか見えない。
「昔はいつも私の後ろに隠れて引っ込み思案で大人しかったんですよ、彼女」
それは知っている。
俺が始めて見た雪菜は静かで引っ込み思案で大人しい少女だった。
「それがいつしかあんなに明るい笑顔を見せるようになって‥‥‥‥ちょっとさびしいかなって」
そう言う宮永さんは切なそうに話していた。
俺から見ればむしろあっちの方が本性だと思っていたが、宮永さん達といる時は違うらしい。
「で、その原因があなたなのかなって思って。さっきだって雪菜、試合の時にあなたに向かって何か言っているようだったし」
宮永さんは先程の俺と雪菜とのやり取りを見ていたらしい。
まぁ、あんな人前でやったのだから見ていないという方が不自然である。
「雪菜のあなたを見る目もすごく楽しそうだったし。あれはまるで教室で橘君と話してる時の‥‥‥‥」
そこまで考え付いた宮永さんは何か閃いたようである。
「もしかして‥‥‥‥いや、でも全然似てないし‥‥‥‥」
ぼそぼそと話す宮永さんが何を言っているかわからないがこれは何かやばい気がする。
俺の直感がそうつげていた。
「コークが終わった様なのでこれから試合を始めます。それでは宮永さん、スローイングラインの方にお願いします」
俺はごまかすように試合の開始を宣言する。
台に刺さっているダーツの矢は2人共ブルを捉えてはいない。
だけど、ほんのわずかだが宮永さんのダーツの方が内側にあった。
「宮永さん? 先攻なのでスローイングラインの方へお願いします」
「あっ、わかりました」
そう言うと宮永さんはスローイングラインの方へと歩いていく。
そのそぶりは何かを考えているようだった。
「お前はさっきから何人の女を手篭めにすれば気が済むんだよ」
「戸田さん?」
俺の横にはニヤニヤ笑いを浮かべる戸田さんが並んで立っていた。
どうやら男子の試合の観戦は終わったらしい。
「戸田さんは男子の試合の方に行かなくていいんですか?」
「あっちはもういい。それよりも俺の愛弟子が出るんだから応援しないわけにはいかないだろ?」
戸田さんはそう言うと宮永さんと雪菜の試合を俺の隣で観戦する。
「そういえば雪菜ちゃんにダーツを教えたのもお前だったな」
「そうですね。雪菜にダーツを教えたのは俺です」
「てことは、さっきのスペシャルマッチの再現ってことか」
戸田さんは言わなくてもいい余計なセリフを吐く。
「違いますよ。これは雪菜と宮永さんの試合であって、俺と戸田さんは関係ありません」
「お前はそう言ってるが、当の本人はどうなんだろうな?」
「どういうことですか?」
「あれを見ろよ」
戸田さんの指を指す方には雪菜がいた。
待機場所で自分の順番を待つ雪菜は、いつも以上に張り切っているようにも見える。
「雪菜ちゃん、師匠のリベンジに燃えてるように俺には見えるぞ」
「あの馬鹿‥‥‥‥」
俺はこれから始まる試合には不安しか抱かない。
張り切っている時の雪菜はろくなことをしでかさないからだ。
俺の不安をよそに宮永さんが投げた1投目は真っ直ぐ飛んでいき、3のシングルに当たった。
息つくまもなく投げた2投目も3のシングル。
そしてゆっくりと狙いを定めて投げた3投目はアウトブルに命中した。
これで宮永さんの残り点数は445。
「宮永さん、1試合目と比べて調子落ちてるんじゃないですか?」
「いや、これが飛鳥ちゃんの本来の実力だ。1回戦目が出来すぎだからな」
戸田さんはそう言うと試合の方へと改めて目を向ける。
今度は雪菜がダーツを投げる番だ。
「雪菜ちゃんの方はどうなんだ?」
「たぶんダメでしょうね。雪菜は01系弱いですから」
「お前はっきりというな」
戸田さんが俺の発言に引いていると雪菜がダーツの矢を投げる。
1投目は20のシングル、2投目は3のシングル3投目は1のシングル。
雪菜の残り点数は475点で宮永さんとは点差が開いてしまった。
「これもお前の予想通りだってことか?」
「そうです。今の雪菜、調子にのってますから」
雪菜の点数はほぼ俺が想定していた通りだった。
雪菜のダーツは冷静であればあるほど、研ぎ澄まされていく。
そのダーツはいつもコロコロと表情を変える雪菜とは別人のように思えるほど変わってしまう。
そのことを戸田さんにはかいつまんで説明をした。
「ますますお前と雪菜ちゃんは似ているじゃないか」
戸田さんがそう言う理由がわからない。
俺が戸田さんの言葉の意味を考えている間にもゲームは続く。
ゲームも5ラウンド目、中盤戦にさしかかろうとしていた。
「宮永さん低調ですね」
「それを言うなら雪菜ちゃんもだろ」
5ラウンド目になっても2人の成績は振るわない。
宮永さんの残り点数が312に対して、雪菜の点数が321。
確かにいい勝負をしているが、1回戦目とは違い2人共低調な点数だ。
「さっきまでの雪菜ならともかく、今の雪菜は無理ですよ」
「どうして?」
「感情が表に出てます」
俺から見た雪菜は負けたくないと言う気持ちが表に強く出すぎている。
1回戦目に関しては緊張のせいもあるのか、言葉とは裏腹に気持ちを上手くコントロールできているように思えた。
それが今はあまり緊張してないせいか、負けたくないという気持ちを前面に出してダーツをしている。
あれではいいダーツが出来るはずもない。
「お前にはそう見えてるのか? 俺にはいつもの雪菜ちゃんとしか思えないが‥‥‥‥」
「柚子ちゃんだってそう思っているはずですよ」
俺が柚子ちゃんのほうに視線を向けると彼女も姉の方を心配しているように見えた。
「それよりも宮永さんの方はどうなんですか? 1回戦目と変わりすぎですよ」
「あぁ、それなら大丈夫だ。そろそろ始まる」
「始まる?」
9ラウンド目、戸田さんが指を指す方を見ると宮永さんが丁度ダーツを投げる所だった。
宮永さんの残り点数が163、雪菜の残り点数が141という所でおきた。
「戸田さん、これは偶然ですか?」
「偶然じゃない。飛鳥ちゃんやっとスイッチが入ったようだ」
「スイッチ?」
宮永さんは9ラウンド目ブル2本に20のシングル1本入れて、残り点数が33点になった。
それよりも俺は戸田さんの言ったことが気になってしまう。
「スイッチって何のことですか?」
「あぁ、もうそろそろネタバレをしてもいいよな」
戸田さんは得意そうに宮永さんの方に目を向けた。
「飛鳥ちゃんがさっきの試合調子上げたラウンドが何ラウンドだったか知ってるか?」
「調子を上げたラウンド‥‥」
先程の宮永さんの試合で俺が見惚れてしまった宮永さんのダーツ。
それは確か‥‥。
「9ラウンド目‥‥」
「その通りだよ。飛鳥ちゃんは1ゲーム目の9ラウンドから毎回調子を上げるんだ」
それが毎試合じゃないんだけどなと戸田さんは付け加えてきた。
「不思議だよな。あれだけ投げられれば今回も優勝間違いなしだと思ってるんだが‥‥ムラッ気が激しいんだよな」
そう言うと戸田さんはカラカラと笑っていた。
もしその話が本当なら雪菜は相当まずいかもしれない。
いまだに本来のダーツが出来ていないのに宮永さんが調子を上げたとなると打つ手がない。
9ラウンド目の雪菜のダーツもバラバラだ。
「どうすればいいんだ?」
「健一?」
俺がそんなことを悩んでいる間にも試合は進んでいく。
結局1Leg目は宮永さんが先取して終わった。




