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今回はいつもより長いです
この日のトーナメントは女子と男子、それぞれ別々の場所に分かれて試合が行われる。
店内にはダーツの筐体が5台あるが、その内の4台を使用する。
ビリヤード台側の右2箇所を女子が使用し、真ん中1つ空けて壁側の2箇所を男子が使用する話になっていた。
「それでは女子トーナメント第1試合を始めます。今から名前を読み上げる選手は所定の位置について下さい」
そういい、俺は選手の名前を読み上げた。
第1試合のメンバーには宮永さんの名前が含まれている。
基本的に女子は男子と違いエントリーしている人の数が少ないので、2試合同時に試合をすることはない。
そのためもう1つの台の方は練習用の台として空けてある。
そっちの方では柚子ちゃんや羽村さん達中学生トリオがダーツの練習をしていた。
「それではコークを行いますので宮永飛鳥さんからお願いします」
コークとは投げたダーツがインブルの中心に近いほうが先攻の権利がもらえるルールとなっている。
宮永さんは俺の声を聞いた後、ダーツ台の方に向けてダーツの矢を投げた。
その矢は真っ直ぐダーツ盤の中心をめがけ飛んでいき、アウトブルギリギリに当たる。
宮永さんのダーツは始めて見たが、彼女の性格が現れた1投のように思えた。
「次の方お願いします」
俺がそう言うと、宮永さんの相手も的に向かってダーツの矢を投げる。
投げた矢はギリギリではあるがブルの外側に当たったため、先攻は宮永さんのものとなる。
「それでは宮永飛鳥さんの先攻でゲームを始めます」
俺の掛け声に合わせて女子トーナメントの第1試合が始まった。
スローイングラインに立った宮永さんの1投目はギリギリアウトブルの内側を捕らえる。
そこから一呼吸おいて投げた2投目は3のシングルで3投目は20のシングル。
これで残り点数が428点となり、宮永さんにとっては上々のスタートに見える。
「宮永さんって意外と上手いんだ」
そんな感想を漏らしている間に相手の人の番へと移る。
相手の人もやる気満々な表情で、スローイングラインの方に歩いていく。
その宮永さんの相手も1ラウンド目から手堅いダーツを魅せた。
1投目から3投目まで全て20のシングルに手堅く当ててきて、残り点数が441。
1試合目の序番は互角の様相を呈している。
「相手の人もいいダーツしてるけど宮永さんも中々やるじゃん」
「まっ、俺が手塩にかけて育てたからな」
「って戸田さん? 何でそんな所に?」
俺の隣には先程まで男子の方で試合を見ていたはずの戸田さんが立っている。
いつの間にこっちに来ていたんだろうか。
「愛弟子のデビュー戦なんだ。俺が見届けないでどうする?」
「そういえば、宮永さんは戸田さんが教えてたんですよね」
俺は自慢げに話す戸田さんの方をあきれた様子で見る。
俺と戸田さんのくだらない話の間にも宮永さんの試合は進んでいく。
「そういえば戸田さんはこの試合どう思いますか?」
戸田さんは一瞬考えるようなそぶりを見せるが俺の質問にはっきりと答えた。
「俺は飛鳥ちゃんの圧勝だと思うな」
「意外な答えですね。俺はこの試合もっと均衡したものになると思っていたんですが」
「まぁ、見てろって」
余裕たっぷりの戸田さんは試合を見るよう俺に促す。
1Leg目の終盤戦となる9ラウンド。
宮永さんが残り109点という所で事態は急変した。
「すごい‥‥」
「さすが飛鳥ちゃんだ」
俺と戸田さんが感嘆の声を上げるのも無理はない。
1投目と2投目がインブルに当たり、残り9点となった3投目は3のトリプル。
先程までとは違う完璧なスローイングで宮永さんが1Leg目を先取した。
まるでこのシナリオを想定したかのようなきれいなダーツに俺は見惚れていた。
それぐらい今の宮永さんのダーツは素晴らしい。
「健一、1Leg目終わったぞ」
「わかってます」
俺は1Leg目終了と同時にダーツの筐体の前に行き、2Leg目の準備を始める。
2Leg目の準備が出来ると後ろに戻り、試合の合図を出す。
1Leg目は宮永さんが先攻だったので、2Leg目は宮永さんの対戦相手の人が先攻となる。
俺はといえばだーつの筐体の準備が出来た後、先程いた所に戻り試合の観戦を続ける。
「宮永さん、さっきまでのスローイングとは全然違いますね」
「そうだろう。でも驚くのはこれからだ」
「これから?」
不適に笑う戸田さんのことを不気味に思いながらも試合の方に視線を向ける。
試合はいつの間にか後攻である宮永さんの番になっていた。
「さっきの人は20のシングル2つですね」
「そうだ。相手はまだ陣地を取っていない。だからここで飛鳥ちゃんが20を取れば有利に立てるぞ」
宮永さんは悠々とした面持ちでスローイングラインに立つ。
リラックスした状況で投げた宮永さんの1投目は俺も予想していなかった所に当たる。
「いきなり20のトリプルですか」
「まだまだ、飛鳥ちゃんのすごい所はここからだ」
戸田さんが言った瞬間に放たれた2投目は19のトリプル、3投目は16のシングルに当たった。
「MARK AWARDですか」
「まぁ、そこそこってとこかな」
「そこそこって‥‥‥‥相手の人顔引きつってますよ」
宮永さんの相手はこの結果に驚いているようだった。
確かに1ラウンド目からこんな結果をを目の当たりにしてしまっては、当然の反応といえばそれまでである。
切り替えて次の自分のラウンドに備えるしかない。
「でもまだ戦意は失ってないだろ?」
「まぁ、そうですね」
宮永さんの相手は必死に自分を奮い立たせて、スローイングラインに立つ。
相手の2ラウンド目の成績は3投とも18のシングルに当たった。
これで18の陣地は相手のものだが宮永さんに有利な状況は続いている。
点数的には変わらないが、20の陣地と19の陣地は宮永さんが取っているので宮永さんの圧倒的有利は変わらない。
「多分ここで飛鳥ちゃんは試合を決めるだろうな」
「そんな都合よく物事は運びませんよ」
俺と戸田さんが見守る中、宮永さんは俺達に自分のダーツの可能性というものを見せてくれた。
落ち着いて投げた1投目は18のトリプル、2投目は17のトリプル、3投目は20のトリプルとWHITE HORSE。
相手の陣地も潰し、得点も一気に60点差。
こうなってしまうと余程の頑張りを見せないと相手もきつい。
「驚きましたよ。宮永さんってSTANDARD CRICKET得意なんですね」
「あぁ~~それはまた少し違うんだが‥‥‥‥とりあえずそう言うことにしとくか」
こうしてこの後も順調に宮永さんは得点していき、結局2Leg目も宮永さんが取る。
結局第1試合目は宮永さんが2Leg先取で準決勝へ進んだ。
1試合目の処理が終わった後、第2試合目の準備をしていると突然後ろから戸田さんが現れる。
真剣な顔つきで俺のことを見る戸田さんが何を考えているのかなんて、今の俺にはわかるはずもない。
この人は一体何をやりに俺の所へ来たのだろうか。
「お前はあっち行ってろ。ここは俺がやる」
「戸田さんは女子担当じゃないでしょ。ここは俺が‥‥」
「一応俺はゲストスタッフなんだ。いいからさっさといけ」
戸田さんに作業場所を終われ、俺は元の場所に戻ってきた。
今俺の目の前には第2試合の選手達がいる。
その中には雪菜の姿もあり、俺が見た雪菜はどこか緊張しているようにも見えた。
あれでは自分のダーツが出来るはずがない。
「お姉ちゃん」
雪菜のことを見かねたのか柚子ちゃんが雪菜の側へと寄ってくる。
柚子ちゃんの他に宮永さんも一緒に雪菜の所へ赴き、何かを話している。
俺には3人が何を話しているかわからないが、柚子ちゃんと宮永さんは雪菜の緊張をほぐしているように見えた。
「健一、準備が出来たぞ」
戸田さんが俺の方へと歩いてきたので、俺は改めて2人の名前を呼ぶ。
「それでは女子トーナメント第2試合を始めます。今から名前を読み上げる選手は所定の位置について下さい」
名前を読み上げると2人の選手が俺の前へと来る。
その内の1人、遠野雪菜の表情は今でも硬い表情をしていた。
「それではコークを行いますので‥‥」
俺がそう言うと雪菜の対戦相手が所定の位置につく。
俺の近くにいる雪菜はこちらの方をチラチラと横目で見てくるのがわかる
「何だよ」
雪菜にしか聞こえないぐらいで言った俺の声は、雪菜を励ますどころか落胆させてしまったらしい。
現に目の前の雪菜はしゅんとしてしまった。
「あの‥‥雪菜」
「うん?」
返事をする雪菜の顔はどことなく不機嫌そうに見えた。
俺と雪菜が静かに話しているうちに雪菜の相手はダーツの矢を投げ終わり、こちらに戻ってこようとしている。
この2人っきりの密談を早めに切り上げないといけない。
「俺は雪菜がこんな所で負けると思ってないから」
「えっ?」
「俺が教えたんだ。こんな所で負けるなよ」
そう言うと誰にもわからないように雪菜の背中をポンと軽く押す。
雪菜は最初は戸惑っている表情を見せていたが、スローイングラインにつくころにはスッキリした表情に変わっていた。
「雪菜ちゃんの緊張をほぐすなんて、さすがは色男」
「何のことですか?」
いつの間にか俺の隣に陣取っていた戸田さん相手に、俺は惚けたふりをする。
さすがにあんな恥ずかしい話など戸田さん相手にしたくはない。
「『俺は雪菜が負けないと思ってるから』」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
戸田さんが目の前で披露する俺の真似は妙に上手い。
「『俺が教えたんだ。こんな所で負けるなよ』」
どうやら戸田さんは先程の俺と雪菜の会話を一言一句逃さず聞いていたらしい。
顔を覆うほどの羞恥心が俺を襲うが、そんなそぶりを見せたら戸田さんに弱みを見せしまうのと一緒なので、そんな態度は絶対に取らない。
「雪菜ちゃん、投げるぞ」
俺が戸田さんの方から雪菜の方に視線を移す。
先程雪菜の対戦相手が投げた1投はアウトブルに刺さっていたことから、ある程度相手が強いことは検討がつく。
だが今の雪菜はその上を行く。
伊達に俺が鍛えていたわけではない。
「相手も強いが、さすが雪菜ちゃんだな」
「まぁ、これぐらいはしてくれないと」
雪菜の投げた1投はインブルに当たり、先攻は雪菜のものとなる。
雪菜がコークで投げた1投は力の抜けたいいスローイングだった。
「これで雪菜も波に乗れるだろうな」
俺がほっとしたのもつかぬ間、雪菜の試合は始まった。
1投目からアウトブルに当て、2投目がインブル、3投目が20のシングルに当たり残りは点数は381。
始めからLOWTONを出すとは恐れ入る。
ゼロワンを苦手としている雪菜とは思えない。
心無しかこちらに戻ってくる雪菜の顔がほころんで見える。
「雪菜ちゃんってこんなに出来る子だったっけ?」
「偶然かもしれませんが、俺的にはこれだけ出来て当然です。それより相手の方も中々やりますよ」
雪菜の相手も全く引く気配がない。
1投目が20のトリプルで2投目がブル、3投目が1のシングルに当たり残り点数が390。
先程の第1試合よりもレベルが高い戦いとなった。
「まぁ、相手も最初は調子いいだけかも知れないからな」
「雪菜も最初だけですよ」
俺の見立て通り、2ラウンド目に入り雪菜のダーツが乱れる。
悪い意味で調子にのっている雪菜はこのラウンド1本もブルに入らず、2ラウンド目は終了。
幸い高い得点のシングルに入ったので、残り点数が330。
この後投げた相手は3投中1投だけブルに入って、残り点数が317。
雪菜はあっさりと逆転されてしまう。
「おい、雪菜ちゃん逆転されちゃったぞ」
「雪菜はここからですよ。よく見ていて下さい」
いつも俺が見ている雪菜は2ラウンド目以降のスコアの伸び方がいいので、戸田さんにもこの後の雪菜の一挙手一投足見逃さずいてほしい。
スローイングラインに立つ雪菜は慎重な手つきでダーツを投げる。
そのきれいな手から放たれた矢はブルを捕らえていた。
「健一、雪菜ちゃんブルに当てたぞ」
「落ち着いて下さい。まだ終わっていませんから」
雪菜の投げた2投目もブルを捕らえ、3投目は12のシングル。
残りは218点になる。
次の相手はブルに1投も当たらず、残り点数が298で雪菜が大幅にリードをした。
「これでこの試合の勝者は雪菜で決まりですね」
「お前さっきまでまだ終わっていないって言ってなかったか?」
横でごちゃごちゃとうるさい戸田さんのことを無視して俺は雪菜のほうを見る。
雪菜は楽しそうにダーツを投げているのでこれなら大丈夫だと俺は確信した。
その後雪菜が1Leg目を先取する形でゲームは終了する。
最後はひやひやしたが俺の予想通りである。
雪菜がゲームを上がった瞬間、俺はダーツの筐体の方へ向かい2Legの準備を行う。
ダーツ台に向かう途中一瞬だが、雪菜とすれ違った。
「健一君」
耳を済ませていないと聞き取れないほど小さい声だが、俺にはその声がはっきりと聞こえた。
「私、絶対勝つから」
その静かだが力強い声は俺の耳に残っていた。
柚子ちゃんが負けず嫌いなことはわかっていたが、雪菜がここまで勝負に拘るのは珍しい。
何か心境の変化でもあったのか見ているこっちが不安になる。
そんな不安を振り払うように2Leg目の準備を済ませて元の場所へと戻り、試合開始の合図をする。
俺が合図をすると雪菜の対戦相手がスローイングラインに立ちダーツを投げた。
「2Leg目が始まったか」
「始まりましたね」
俺は戸田さんのことを視線に入れないように、ダーツ台の方を眺める。
「そういえば、お前さっき愛しの雪菜ちゃんと何を話していたんだ?」
「別に。何も」
「おいおい、そっけなさ過ぎるぞ」
戸田さんは苦い顔をしながら雪菜達の試合を見ている。
「ただ一方的に言われただけですよ。『絶対勝つから』って」
「あ~~こんな所でのろけられてもな。これでいくつか合点がいく」
俺が戸田さんを睨むと戸田さんは試合を見ながらカラカラと笑っていた。
「雪菜ちゃんがあんなに自信を持って楽しそうにダーツをしているのは、健一のおかげなんだってな」
「どういうことですか?」
「別に。お前は知らなくてもいいことだ。全く、いつからお前はこんな風になったんだろうな」
あきれた顔で俺の方を戸田さんが一瞥した後、再び雪菜達の試合の方に視線を向ける。
試合の方は現在雪菜の番で試合は終盤戦。
雪菜の圧倒的リードで、試合を迎えていた。
「最近雪菜ちゃんの試合運びって、どことなくお前に似てきたよな」
「そうですか? 俺は全然似ていないと思いますが」
「いや、似てるよ。俺が保障する」
柚子ちゃんのダーツは俺に似ていると思うが、雪菜のダーツと俺のダーツは性質が全く違う。
投げ方やダーツの矢、得意種目に聞き手まで俺とは全く違う。
同じだという方が雪菜に悪い。
「まぁ、お前がそう思うならそれでもいいんじゃないか? それよりも試合見なくていいのか?」
「別にいいです。雪菜の勝利なんで」
「お前の雪菜ちゃんへ寄せる信頼も厚いな」
戸田さんの視線の先を見ると、スローイングラインに立つ雪菜が最後の1投をインブルに当て勝利することだった。
これで雪菜が2Leg先取で準決勝進出。
準決勝第1試合は宮永さんVS雪菜の構図となった。
「健一には悪いが、俺の愛弟子は強いぞ」
「戸田さんには悪いですけど、俺は雪菜がこんな所で躓くとは思っていませんから」
俺と戸田さんはお互いのことを睨みあう。
準決勝1試合目は波乱の展開になりそうなことが、この時の俺には予想がついた。
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