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2Leg目が終了し、テーブルで一息ついている俺の前に叔父さんが現れる。
目の前にいる叔父さんはどこか罰の悪そうな表情をしていた。
戸田さんは俺の横でその様子を静かに見守っている。
「そういえば健一、3Leg目のことだがどうする?」
「どうするって何の話ですか?」
「3Leg目のゲームだよ。ゲームの選択権もお前にあるからな」
「それも俺が決めていいんですか?」
「あぁ、これもハンデってことでな」
叔父さんは淡々と事務的に話を進めていく。
説明によると、ハンデとして3Leg目の選択権と先行の権利も俺に与えられるらしい。
こんな至れり尽くせりの好条件の試合なんて初めてである。
「店長、ゲームの選択権ぐらい俺にくれてもいいんじゃないですか?」
「戸田は黙っておけ」
「そんなぁ~~」
天を仰ぐ戸田さんを尻目に俺はこの後のゲームを何にするか考えこむ。
正直勝ちに徹するなら調子がよかったSTANDARD CRICKETにすればいい。
それを選択すれば俺の勝利する可能性は上がるが、本当にこのままでいいのだろうか。
このまま戸田さんに負けっぱなしでは俺の気が収まらない。
「じゃあ、701でお願いします」
「本当にそれでいいのか? STANDARD CRICKETの方じゃなくていいんだな?」
叔父さんが不安そうな顔を俺に向ける。
そんな顔をするのは先程の701があまりにも不調だったせいだろう。
「はい、それでいいです。戸田さんにリベンジしたいので」
「わかった」
叔父さんはそう言うと何も告げずにダーツの筐体の方に向かい、701の準備を始めた。
その間俺は先程柚子ちゃんからもらったプレゼントの包装を解き、袋からダーツのフライトを取り出す。
取り出したフライトを自分のダーツの矢に取り付けていた。
「健一、それって柚子ちゃんから貰ったものか?」
「はい。せっかくですから使ってみようと思って」
フライトを自分のダーツの矢につけ終わると隣の台で試投を開始する。
ダーツを投げてみた感じだと、先程よりも性能は殆ど落ちていない。
むしろダーツのトビがよくなっているように感じた。
「健一、準備が出来たぞ」
ダーツ台の設定が済んだ叔父さんがこちらの方に戻ってきた。
「そういえば店長、次のゲームは何になったんですか?」
「何だお前、さっきの話聞いてなかったのか?」
「聞いてないですよ。店長と健一のやり取りなんて」
戸田さんは叔父さんに向かって子供っぽい笑顔を向けながら愚痴を言っていた。
戸田さんの愚痴を聞いている叔父さんはどこかあきれ気味である。
「種目は701だ。お前がさっき圧勝したな」
「701? 健一、お前それわざと選んだだろ?」
「だってこのまま負けっぱなしじゃ面白くないじゃないですか」
さっきまで横にいた叔父さんはいつの間にかお客さんの前でマイクを持ち、3Leg目のゲームについてお客さん達に説明すると、周りの人達も一気に騒がしくなる。
これも俺が701を選んだからだろう。
「後でこれのせいで負けたって言っても俺は聞かないぞ」
「そのセリフ後悔させてやりますよ」
俺は戸田さんの方に背を向け、スローイングラインの方向に歩いていく。
先程は妙なほど落ち着いていたが、今は先程とは違いこの場でダーツをしていることが楽しく感じていた。
「不思議だな。今なら何でもできる気がするのに」
さっきとは何が違うのかわからないが、今はこうして周りを見る余裕さえある。
クスッと小さく笑った後、俺はスローイングラインの前に立つ。
大きく深呼吸をした後、慎重に狙いをつけ投げた1投目はブルに当たる。
その後投げた2投目と3投目も全てブルに入りHAT TRICK を取った。
「ナイハット」
声が聞こえてきた方を見ると雪菜が俺の方を見ていた。
どうやら俺に声をかけてくれたのは雪菜のようである。
俺は軽く右手を上げて雪菜の方にガッツポーズを向けると、雪菜も理解したのか俺に向かって同じポーズを取った。
「HAT TRICKか。そうこなくっちゃな」
俺の横を通りすぎる戸田さんは先程とは違い、真剣な目つきでスローイングラインに向かう。
その迫力はさっきまで天を仰いでおちゃらけていた人とは思えない。
そして戸田さんも1ラウンド目は難なくHAT TRICKを決めた。
「次は健一だぞ」
戸田さんに呼ばれて俺が今度はスローイングラインに立った。
現在の残り点数は俺と戸田さん共に549で同点。
2ラウンド目も俺は難なくHAT TRICKを決めた。
その後は戸田さんもHAT TRICKを決め試合は硬直状態に陥る。
この試合が動いたのは4ラウンド目、それは戸田さんが放った3投目で起こった。
「11のシングルですか」
今までブルに入れ続けてきた戸田さんの矢が突如として11のシングルを捕らえた。
これで俺が残り点数101に対して戸田さんは140。
少しだが差が開いた。
「健一、この勝負はMaster Outルールだってこと忘れてないよな?」
「わかってますよ。最後はトリプル、ダブル、ブルのどれかに入れないとダメなんですよね」
Master Outルールの決まりで上がる時は必ずトリプル、ダブル、ブルのどれかに入れないと上がりにならない。
どうやら戸田さんはそれを見越して11のシングルに入れたようだ。
「あぁ、わかってるじゃないか。俺はこの後ブル2本と20のダブルに入れれば勝ちだ」
「俺はブル1本に17のトリプルを入れれば勝ちってことですよね」
「そうだ。俺は縦のラインが揃うように調整して入れたんだぞ。お前はこのプレッシャーの中しっかりと17のトリプルに入れることが出来るのかな?」
戸田さんがにやにやしている所を見ると、どうやら俺にプレッシャーをかけてきてるらしい。
でも今の俺はそんなプレッシャーなんか関係ない。
このラウンドで、必ず勝負をつけてやる。
☆★
「あの店員さんすごいね。始めはあんな劣勢だったのにあれだけ盛り返して‥‥‥‥って、雪菜聞いてるの?」
「ふぇっ、飛鳥どうしたの?」
「全く、ちゃんと私の話を聞いててよ」
飛鳥は私の方を見ながらため息をつく。
先程まで試合に興味がなさそうだった飛鳥達も戸田さんが劣勢になってくるに連れて、食い入るように試合を見つめていた。
「それにしてもさっきはびっくりしたよ。雪菜いきなり大きな声出すんだもん」
「あれは‥‥‥‥あの店員さんがいいプレイをしたからで‥‥」
「はいはい、そう言うことにしておいてあげるから」
飛鳥は私に対してあきれた様な口調でぞんざいな対応をしてきた。
いつも思うが、この対応は酷すぎると思う。
「それにしてもあの店員さん、柚子ちゃんがドリンクを持って行った後に立ち直ったように見えたけど‥‥」
そう言った飛鳥はカウンターの方にいる柚子の方へと視線を向ける。
先程戸田さん達にドリンクを配ってきた柚子は、現在佐伯さんのいるカウンターの方で2人の試合を観戦していた。
カウンターにいる2人は何かを話しながら楽しそうに健一君の試合を見守っている。
あの時健一君が立ち直ったのには、健一君と柚子の間で何かしらやり取りがあったと私は思っている。
実際に柚子といる時の健一君はすごく楽しそうに見えた。
はっきりいって少し焼けてしまうぐらいに。
「雪菜、あの店員さん投げるよ」
飛鳥の呼びかけで私は我に返り、健一君の1投を食い入るように見つめる。
今まさに健一君の運命が決まろうとしているラウンドが、これから始まろうとしていた。
「そういえばあの店員さんの名前なんていうんだろうね」
「さぁ。この店で働いている人としか言ってなかったからな」
飛鳥と達也君がぼそぼそと何かを話している間に健一君がダーツを投げる。
健一君の1投目はブルに当たり、これで残りの点数は51点。
「17のトリプルを入れれば、お兄ちゃんの勝利ですね」
「そうだな。あいつがここではずした後、あのプロの兄ちゃんがんばってくれないかなぁ」
「朱里、そんなことを言ってはダメですよ」
茜ちゃんはそういって朱里ちゃんを注意をする。
丁寧な口調で表情も笑顔だが、その圧力に朱里ちゃんは慄いていた。
「そういっても私はプロの兄ちゃんを応援してるからな」
「もういいです。お兄ちゃん投げますよ」
羽村さんと水谷さんが注目し、周りが息を呑んで見つめる2投目が健一君の手から放たれた。
そのダーツの放物線は真っ直ぐに的に向かって‥‥‥‥‥‥‥‥2のシングルに当たり、辺りの人達はため息をつく。
そのため息は健一君の1投に周りがどれくらい期待していたのかがわかるため息でもあった。
「これをはずしたってことは残りの点数は49点ってことだから‥‥‥‥そうしたらどうなるんだ?」
「1投で49点を獲得できる所はダーツにありません」
「ってことはあいつこのラウンド上がれないじゃねぇか」
冷静な茜ちゃんに対して驚いている朱里ちゃん。
朱里ちゃんは戸田さんを応援しているはずなのに先程とは態度が真逆である。
「あら? 朱里は戸田お兄さんを応援しているんじゃないんですか?」
「そうだよ。私はプロの兄ちゃんを応援してる。ただあいつの困った顔がちょっと面白かっただけだ」
そう言うと朱里ちゃんはにやにやと笑う茜ちゃんから視線をはずしていた。
「でもこれで戸田お兄さんはチャンスです。これを決めれば勝利が決まるんですから」
健一君と入れ違いで今度は戸田さんがスローイングラインに立つ。
私が見た彼の鋭い眼光は何か獲物を捕らえる様な、そんな目つきをしていた。
「ねぇ、雪菜?」
「どうしたの? 飛鳥」
「戸田さんって心なしか笑ってるように見えない?」
飛鳥が着目した戸田さんの口元を見ると、スローイングラインに立つ戸田さんは不適な笑みをしている。
ただそれはいつも見せる子供っぽい笑顔ではなく、どこかのRPGのラスボスを思い浮かばせるほどの邪悪な笑みだ。
「雪菜、戸田さん投げるよ」
飛鳥がそういった瞬間、戸田さんがダーツの矢をダーツ台に向かって投げる。
戸田さんの投げた1投は宣言通りブルに当たった。
続けざまに投げた2投目もブルに当たり、健一君は絶体絶命。
次の1投が20のダブルに当たったら健一君が負けてしまう。
「お願い‥‥」
はずしてください。健一君にもう1度チャンスを下さい。
私が目を瞑り祈っていると健一君達がいる場所から歓声が聞こえてくる。
その歓声で私は健一君の敗北を知った。
投稿が遅くなり申し訳ありません。
次回はもう少し早く投稿できるように善処します。




