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 1Leg目を戸田さんに取られたことで俺はあせっていた。

 あせる理由は絶賛不調気味の俺のスローイングにある。

 理由はわからないが狙っている所に全く当たらない。

 腕の位置やリリースのタイミングを投げるたびに修正しているが、一向に良くなる気配はない。

 

「健一、ドリンク届いたぞ」


 スローイングラインの手前で青ざめた顔をしていると戸田さんが俺のことを呼びにくる。

 叔父さんからはこの対戦でドリンクを持ってくる話を聞いた覚えがないので、多分叔父さんからのちょっとしたサービスだろう。

 テーブルの方に戻ると2種類のドリンクが無造作に置かれていた。


「ありがとうございます」


 戸田さんはジンジャーエール、俺はコーラをそれぞれ手に取った。

 コーラと思われる炭酸の入った黒い液体の方を手に取り口に含んだ瞬間、思いっきりむせてしまう。

 

「ゲホッ、ゲホッ」


「大丈夫か、健一」


 テーブルで盛大にむせる俺に戸田さんは自分のジンジャーエールを差し出す。

 差し出されたジンジャーエールを手に取ると、俺はそれを口の中へと一気に流し込んだ。

 先程の口に広がる炭酸と苦味の相容れないコラボレーションは間違いなくコーラではない。

 コップをよく見てみると、中に入っている液体はコーラよりも黒ずんで見える。

 この飲み物はコーラではなく、コーヒーと炭酸を組み合わせただけの飲み物だ。

 

「これ持ってきたの誰ですか?」


「そこにいるだろ」


 戸田さんの指さす方向を見るとそこにいたのは柚子ちゃんである。

 

「柚子ちゃん? 何でそんなエプロンつけてそこにいるの?」


 俺が驚いているのは柚子ちゃんの格好だ。

 柚子ちゃんはうちの店のエプロンをつけて俺達の目の前に立っていた。

 バイト先のメンバーでもない柚子ちゃんがこのエプロンをつけていることがおかしいし、何故この場所にいるのかもわからない。

 

「これは佐伯さんがくれた。あれも佐伯さんから」


 柚子ちゃんが指を差しているのは炭酸コーヒーという学生の罰ゲームですら使わないという代物だ。

 どうやらあの飲み物は佐伯さんが作ったものらしい。

 カウンターにいる佐伯さんに視線をを向けると何を勘違いをしているのか俺にウインクをしてくる。

 この罰ゲームのような飲み物が俺へのクリスマスプレゼントなら1度脳外科が精神科に行って調べてもらった方がいいと思う。

 

「なるほど。後できっちりお礼参りをしないとな」


 逆に仕返しされそうだが、少しは反撃しないと気がすまない。

 

「これは私から」


 そう言うと柚子ちゃんはエプロンのポケットから包装された小さな袋を取り出し、俺に渡す。

 受け取った袋は小さく、持っただけでは何が入っているかわからない。

 

「開けていい?」


「うん」

 

 包装の封を解き中を見ると、袋の中には3枚のフライトが入っていた。

 そのフライトは赤い柄のもので左右に鳳凰が描かれて格好良く見える。

 

「これは?」


「クリスマスプレゼント。私からの」


「うれしいよ。ありがとう」


 どうやら柚子ちゃんはクリスマスプレゼントにこんなすばらしいものを用意していたらしい。

 ダーツ関連というのもうれしいが、何より柚子ちゃんからもらえたというのが一番の喜びである。

 

「ありがとう。柚子ちゃん」


 そういい、俺はいつもの癖で柚子ちゃんの頭を撫でてしまう。

 俺に撫でられている柚子ちゃんの表情はとても気持ちよさそうに見えた。

 

「健一」


 後ろから戸田さんが呼ぶ声で俺は我にかえる。

 今日の試合はスペシャルマッチであり、多くのお客さんが俺達の試合を見ている。

 しかも周りにいる人達は付き合いが長い常連さんばかりだ。

 前で2Leg目の準備をしている叔父さんですら、俺と柚子ちゃんに対してどのように接すればいいのか困っているように見えた。

 

「あ~~~~~~~~‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥柚子ちゃん、ありがとう。戻っていいよ」


「うん。落ち着いてがんばって」


 そう言うと柚子ちゃんはいそいそと佐伯さんがいるカウンターの方へ戻っていく。

 柚子ちゃんが去った後に訪れるのは静寂。

 先程まで騒がしかった周りのお客さん達も黙って俺の方を見つめてくるばかり。

 今この場にはなんともいえない空気が漂っていた。

 

「健一、お前‥‥‥‥いつの間にあんな可愛い彼女作ったんだよ」


 お客さんの1人が俺に向かってそのようなことを言う。

 聞き覚えのあるその声は戸田さんの親友でもある柏木さんだ。

 そういえば今日の大会に柏木さんもエントリーしていたのを今更思い出す。

 

「違います。俺と柚子ちゃんはそんな関係じゃ‥‥」


「柚子ちゃんって言うのかよ。あんな小さくて可愛い子‥‥‥‥はっ、もしかしてお前、俺が見ない間にロリコンに目覚めたんじゃ‥‥」


 俺が大勢のお客さん達から見つけた柏木さんは何かを悟った様な顔をしていた。

 

「このロリコン犯罪者」


「違いますから」


「黙れ、お前を殺して俺も死ぬ」


「だから何でですか」


 俺がいくら否定しようが周りのお客さんもこの騒ぎに乗じて俺のことをロリコンだの何だの言ってくる。

 さっきまで静かだったのが嘘のようにだんだんと騒がしくなっていく。

 いつの間にかもてない男達の怨嗟の声が俺に向けられていた。

 

「申し訳ありませんが、私語は謹んでいただくようにお願いします」


 あまりの喧騒にたまらず叔父さんが注意を促す。

 喧騒が少しずつ静まっていくが、一部(柏木さん達)がいまだに俺をはやし立ててくる。

 

「え~~ちなみにこの試合が終了次第、そこの店員は煮るなり焼くなり好きなようにしてもらって構わないのでどうか今だけは静かにお願いします」


 その一声で先程までの喧騒は嘘のように静まり返った。

 柏木さん達は獲物を見つけたライオンのごとく俺の方に視線を向けているのが手に取るようにわかる。

 どうやらこの勝負が終わった後、俺の逃げ場はないようだ。

 

「健一、2Leg始まるぞ。ほら、早く行って来い」


「はい‥‥‥‥」


 落胆の表情を浮かべながらも俺はスローイングラインの方に歩いていく。

 ついにはスローイングラインに立った時に大きくため息をついてしまった。

 

「よっ、このロリコン野郎」


 カウンターの所で佐伯さんが応援しているのか罵倒しているのかよくわからない声援を送ってくる。

 ドヤ顔で俺のことを見る佐伯さんの隣には先程カウンターにドリンクを持ってきてくれた柚子ちゃんがいる。

 ピース姿でこちらを見ている柚子ちゃんは俺のことを応援しているように見えた。


「全く、みんなで揃って俺のことをロリコン扱いして。まぁ、やるしかないか」


 俺は色々と考えることを放棄してダーツの矢を投げる

 こうして俺と戸田さんの勝負を決める2Legが始まった。

 2Legは先程とは違い、的までの距離が近く見える。

 そのせいか俺は1ラウンド目から調子のいい姿を戸田さんや観客の人達に見せつけた。

 

「おいおい、いきなりホワイトホースかよ」


 ダーツの筐体の上に設置してある画面には、ホワイトホースの文字が流れている。

 画面に流れる文字よりも戸田さんの引きつった顔を見るのが俺としてはとても気持ちがいい。

 俺の1投目と2投目は20のトリプル、3投目は19のトリプルに当たり1ラウンド目は俺の考えた通りの試合運びができた。

 先程とは違い、完璧な始まり方である。

 

「ちぇっ、さっきのお前とは別人の様に投げやがって。まっ、そうでないと面白くないけどな」


 にやけた笑いを浮かべる戸田さんが俺の横を通りすぎる時にそういい残し、スローイングラインに立つ。

 戸田さんの横顔は先程とは違いどこか楽しそうに見えた。

 

「見てろよ」


 戸田さんのそのような呟きがテーブル席にいる俺の方まで聞こえる。

 そんな戸田さんの注目の1投目は18のトリプルに当たる。

 さらに慎重に狙った2投目は18のシングル、3投目は17のトリプルに当たった。

 

「まぁ始めはこんなもんか」


 そんな呟きが戸田さんの方から聞こえてきた。

 ここまでの点数は60対18で俺の方が42点リードしている。

 そして2ラウンド目。

 

「よしっ」


 自分に気合を入れて投げた1投目は20のトリプルに当たり、俺は自分の調子が戻ったことを再確認した。

 その後も2投目が20のシングル、3投目が16のトリプルに当たり、これで戸田さんとは122点差。

 戸田さんを突き放しにかかる。

 俺のことを見ている戸田さんは心なしか笑っているように見える。

 

「ちくしょう、あの野郎‥‥‥‥見てろよ」


 スローイングラインに立つ戸田さんの怨嗟の声がこちらにまで聞こえてくる。

 そんな戸田さんの1投目は20のシングルに当たる。

 先程から俺が20のトリプルを連続で入れているので相当警戒しているのだろう。

 だが戸田さんは20の場所に1本も入っていないため、トリプルでないと20が閉じることはない。

 この1投は戸田さんの失投である。

 1度小さく舌打ちをした戸田さんの2投目は20のトリプル、3投目は18のトリプルを捕らえる。

 しっかりと自分のダーツを修正してきたが、戸田さんのリズムが徐々に崩れてきているのが俺にはわかった。

 得点も140対72でまだ俺の方がまだリードしている。

 俺はスローイングラインに立ち、大きく深呼吸をした。

 ここが勝負どころである。

 

「絶対取るぞ。このゲーム」


 決意を秘めて投げた1投目は18のトリプル。

 これで戸田さんの陣地を1つ潰した。


「マジかよ」


 後ろから戸田さんのため息交じりの声が聞こえるがお構いなしに2投目をほおる。

 その放物線は17のトリプルを捕らえ、その勢いで投げた3投目は15のトリプルに当たり本日2度目のホワイトホース。

 試合を見ているお客さん達も俺の投げっぷりに驚いているようだった。

 これで戸田さんの陣地は全て潰したので、俺に勝つためにはブルに向かって延々と投げるしかない。

 

「見とけよ、健一。ここから逆転するからな」


 横を通り過ぎる戸田さんは不適な笑みを浮かべ、スローイングラインに立ちブルに向かって投げる。

 結果としてはインブル2本にアウトブル1本で合計40点。

 俺の点数が140に対して戸田さんの点数は112。

 依然俺がリードしている。

 

「ここで健一がブルに3本入れれば俺の負けか‥‥健一、おとなしくはずしていいぞ」


 後ろから戸田さんの心ない声が聞こえるが、そんな悲鳴はお構いなしに俺が投げた3本の矢はアウトブルを捕らえてゲームは終了する。

 こうして騒がしく始まった2Leg目は俺が取り、勝負は3Leg目にもつれ込んだ。

 

ご覧いただきありがとうございます。


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