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「はぁ」


「健一君さっきからずっとため息ついてる」


「ため息も出るよ。だって宮永さんも大会に参加するんだろ」


 店のカウンターで俺と会話をしているのは雪菜である。

 あれから放心状態に陥りながらも何とかバイト先にたどり着き仕事を始めることができた。

 店について最初に大会出場者の名簿の方を確認したが、確かに宮永さんの名前がそこには載っていた。

 戸田さんがダークホースとしてあげていたのが宮永さんと悟った時の絶望感といったら計り知れない。

 あの人はいつも余計な爆弾を置いていってくれる。

 不幸中の幸いにこの時間帯は人が少なく暇なので気持ちの整理をつけるには丁度いい。

 その際に雪菜と柚子ちゃんが後からこうして店に来てくれ、俺の愚痴を聞いてくれていた。

 

「でも茜ちゃんと朱里ちゃんには自分のこと話したんだから飛鳥に話しても別にいいんじゃないの?」


「ダメだ。羽村さん達は中等部だけど、宮永さんは高等部だし同じクラスじゃん。話が違うよ」


 俺があの2人に自分のことを話したのは、2人が自分の正体を知っても特に害はないと思ったからだ。

 だが、宮永さんは違う。

 彼女に俺のことを知られると色々と厄介なことに巻き込まれる気がする。

 

「でも私はいい機会だと思うんだけどな。クラスでも健一君のこと見直す人が増えてるし」


「俺のことを見直す?」


「そうだよ。この前の文化祭以降、健一君の好感度うなぎ上りなんだから」


 雪菜が真剣なまなざしで話している所を見ると、どうやら彼女の話は本当のことなのだろう。

 それにしてもそんな話は初耳だ。

 たまに話をしている達也ですら俺にそんな話を1度もしたことがない。

 

「あたしのクラスもお兄ちゃんのこと見直してる」


「柚子ちゃんのクラスもか。ありがとう」


 俺はそう言うと柚子ちゃんの頭を撫でてあげた。

 こうして柚子ちゃんを撫でていると愛玩動物と触れ合っているみたいに思えるから不思議である。

 雪菜はというと彼女は俺と柚子ちゃんが触れ合っている様子をどこか不満げに見つめていた。

 

「雪菜ちゃんどうしたんだ? また健一が何か粗相でもやらかしたか?」


 カウンターの奥の扉から出てきたのは佐伯さんである。

 彼女はよくも悪くもいつも通りに俺達に接してきた。

 こうして悩んでいるときも遠慮なく接してくれる佐伯さんは俺にとってありがたい。

 

「俺は特には何もしていないですよ。それよりもクリスマスの日って俺のシフトをあけてくれませんか?」


「無理に決まってるだろ。お前は女子の方の審判担当するんだから休むことなんて出来るわけないだろうが」


「もうそんなことまで決まってるのかよ‥‥‥‥」


 憮然とした表情でそのようなことを言い放つ佐伯さんとは対照的に、俺はその場でがっくりと肩を落とした。

 

「どうした? お前らしくもない。この前までは大会があるからって楽しみにしてただろうが」


「そのことなんですが‥‥」


 俺の隣で困ったように笑う雪菜が俺の変わりに説明をしてくれた。

 戸田さんの秘密兵器が宮永さんらしいということや今日クラスであった出来事全てを佐伯さんは聞いてくれた。

 雪菜の話が終わると彼女はカウンターにしまってある出場者の名簿を取り「フムフム」と頷く。

 

「飛鳥ちゃんって文化祭の時にウエイトレスやっていた子だろ? その子ならこの前申し込みに来ていたから知ってるぞ」


「そうなんですか?」


「当たり前だ。だって申し込み受理したのは私だからな」


 がっくりとする俺を尻目に佐伯さんは、「にゃはは」といつものように可愛らしく笑っていた。


「飛鳥が受付をしたのっていつの話しなんですか?」


「う~~んと大体1週間ぐらい前かな。確か戸田が飛鳥ちゃんと一緒に来て申し込みしてたぞ。それにしても戸田が言ってた秘密兵器が飛鳥ちゃんだったとは私は思わなかったわ」


 1週間前ということはテスト週間に丁度入った時の話か。

 多分俺がいないことをいいことに宮永さんに余計なことを言ったんだな。

 あの時夜の時間帯だけじゃなくてもう少し早い時間帯もバイトを入れとくべきだった。

 今更後悔しても遅いけど。

 

「まっ、バイトしている時の健一ならばれる心配をしなくても大丈夫じゃないか?」


「何を根拠にそんなことを言ってるんですか?」


「お前の今の姿だよ。その姿は今まで誰にもばれたことが‥‥‥‥」


「雪菜と柚子ちゃんにはすぐばれましたけど」


 俺の言葉に佐伯さんは固まってしまった。

 柚子ちゃんが初めて1人で俺のバイト先に来た時はすぐばれたし、雪菜に至ってはクラスで殆ど話してもいないのにばれる始末だ。

 今でも2人が何故俺の正体がわかったのかいまだに不明である。

 2人に聞いてもそれは秘密といわれてしまうので俺も深くは詮索しない。

 

「まぁ、雪菜ちゃんと柚子ちゃんは特別だから」


「何が特別なんですか‥‥」


 意味深に雪菜と柚子ちゃんのことを佐伯さんは眺めている。

 佐伯さんに対して柚子ちゃんは不思議そうな顔をしていたが、雪菜は慌てている。

 雪菜の顔をよく見るとどことなく赤くなっているのが俺からはよくわかる。

 

「佐伯さん、その話しはやめて下さい」


「わかってるって。それにしても雪菜ちゃんはどうして「わーーーーわーーーー」」


 佐伯さんの発言を雪菜が大声でかき消しているため何を言ってるのかよく聞き取れない。

 佐伯さんの発言はどうでもいいが、微妙にお客さんの迷惑になっているのでもう少しボリュームを落としてほしい。

 

「雪菜、お客さんの迷惑になるからもう少しボリュームを落として」


「ごめんなさい」


 そう言うと雪菜はしゅんとしてしまった。

 悪いことを言っていないのにこっちまで悪いことをしたような気持ちになってしまう。

 佐伯さんはというと彼女もどことなく罪悪感を感じているようだ。

 

「ごめんごめん。私が悪かった」


「佐伯さんは反省してください」


 佐伯さんが謝ってもいまだに雪菜はむくれている。

 それを尻目に佐伯さんは話題を元に戻す。


「まぁ、とりあえず健一は当日休むことは許さないからな。それに今回は男子と女子の大会を開始する前に戸田とお前のスペシャルマッチもあるんだから。お前は絶対に参加しないといけないんだよ」


「そんなことまで決まってるんですか?」


 あまりにも唐突な話しに俺は盛大なため息をついてしまった。

 どうやら俺の知らない所で色々と企画が進行しているらしい。

 

「戸田さんと健一君の試合‥‥‥‥私興味ある」


「お兄ちゃん、勝つよね」


 何故か俺よりも張り切っている遠野姉妹は俺のことを応援するらしい。

 先程までむくれたいた雪菜の機嫌も全くやる気がない俺とは対照的に戻っていた。

 

「確かに今2人が試合をしたらどっちが勝つんだろうな。案外健一が勝っちゃったりして」


「俺は戸田さんが勝つと思いますが。仮にも戸田さんプロですし」


 この春からプロの世界でもまれている戸田さんと俺でははっきり言って実力が違いすぎる。

 しかも彼はプロの大会で優勝までしているのだ。

 そんな人に勝つには一筋縄ではいかない。

 

「でも私は健一君が勝つと思う」


「あたしも」


「2人のその自信はどこからわくんだよ」


 この姉妹は先程から根拠のないことを言っているのがわからないのだろうか。

 だが、2人の言う通り俺としてもあんな子供っぽい人にただで負けるわけにはいかない。

 それに文化祭の準備期間の時から妙に調子にのっているので、たまにはお灸をすえてやるのも悪くはない。

 

「まぁ、俺もただでは負けないけど」


「じゃあ、私も大会で絶対に優勝するから健一君も勝ってね」


「柚子も絶対に勝つ」


「2人共同じ大会に出るんだから両方優勝することは無理だよ」


 俺は苦笑いをしながらもこの姉妹から少しだが力をもらった気がする。

 戸田さんは強敵だが、プロになる前の対戦成績はそんなに悪くはない。

 必死に喰らいついていければきっと俺にも勝機は見えるはずだ。

 

「私が優勝するんだから柚子は準優勝でいいじゃん」


「お姉ちゃんが準優勝。柚子優勝」


「まぁ、どっちが優勝してもいいってことで」


「「それはダメ」」


 そんな2人の姉妹の言い争いを見ながら俺は何度目かになるため息をついた。

 戸田さんとの勝負に思いをはぜながらこの日のバイトは過ぎていく。

 この時俺の頭には宮永さんの勘が意外と鋭いことなど頭の中から抜け落ちていた。

ご覧いただきありがとうございます。


感想をいただければうれしいです。


次の次辺りから大会の話を書いていきます。

大会の話を書くに辺り、誰と誰の対戦が見たいとかの要望が合りましたら感想や活動報告のほうにコメントを残していただけるとありがたいです。

現在は健一VS戸田戦と女子の何試合か書く予定を立てております。

詳しくは活動報告の方にも記載してありますのでそちらをご確認下さい。

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