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「はぁ~~」
せわしなく人が出入りする教室内で私は盛大なため息をついてしまう。
その原因は今ここにいない橘君のせいだ。
朝早くから橘君の家まで迎えに行ったのだが、彼が家から出てくることはなかった。
インターホンを押した後家の前で30分ぐらい待ったが、一向に出てくる気配がないため私達は彼のことをあきらめ学校へと急いだ。
橘君はもう、クラスの人達のことは見限ったのかな。
そのことを考えただけで私の気分も落ち込んでしまう。
「雪菜大丈夫? 顔色悪いよ」
私に心配そうに声をかけてきてくれるのは友人である飛鳥だ。
飛鳥も昨日から喫茶店の出し物にずっと出ているためなのかどこか顔色がよくなかった。
「私は大丈夫だよ。それよりも飛鳥の方こそ大丈夫?」
「大丈夫だけど‥‥それよりも本当にないわ~~」
そういうと飛鳥も盛大なため息をついた。
飛鳥がため息をつく原因はきっと橘君のことではなくクラスの出し物についてのことかもしれない。
「全く。毎回毎回一体誰がクラスの内装をめちゃくちゃにしてるんだろう?」
「犯人がまだ見つからないんだもんね」
飛鳥が悩んでいるのは昨日から続いているクラスの内装をめちゃくちゃにしている犯人である。
今日の朝、私達がクラスに入ると昨日に引き続き内装がめちゃくちゃになっていた。
飾り付けやダーツ盤は床に落ち見るに絶えない状況で、そのことに飛鳥は胸をいためているようである。
幸いこの作業にはあまり時間は取られていなく、予定通り喫茶店を開くことが出来た。
この日も第1発見者となった横山君が言うには橘君が犯人だということを断言していた。
クラスにあった彼の鞄もなくなっていたことから他の人達も橘君が犯人と思っているらしい。
私はそのことに非常に憤慨している。
橘君が犯人ならダーツ盤にまで手を出さないはずだ。
彼が自分で借りたものを自分の手で壊そうとするはずがない。
だから彼はこの事件とは無関係のように私は思う。
むしろ犯人を見つけないとどんどん彼に無実の罪が着せられてしまうので何とかしないと。
「もう、橘君が犯人なんて絶対違うのに」
「でも、橘君今日も家にいなかったでしょ? みんなが疑う気持ちも私は少しわかるかも」
「飛鳥は橘君のことを疑ってるの?」
私の質問に飛鳥は困ったような表情をうかべている。
「私だって橘君がそんなことするわけがないと思ってるわ。ただ今日の朝もいなかったし鞄もなくなっているから現場の状況が彼を犯人って言っているようなものなのよね。何か彼が犯人じゃないって証拠があればいいんだけど」
飛鳥の言っていることは正論である。
彼が朝ここにいなかったって証言できるようなものがあればいいのだがそんなものはどこにも見当たらない。
証拠ってどこかにないものなのかな。
「遠野さん、このケーキセットお客さんの所に持ってって」
「わかった。すぐ持ってくね」
調理係担当の男子からケーキセットを渡された私はそれを接客スペースのテーブルへと運んでいく。
運ぶついでに教室の扉の方を一瞥すると見知った男女2人組みの顔を見かけた。
その内の男の人がクラスメイトに何らかの文句を言っていて、隣の女の人はその男の人をなだめている。
やがて隣の女の人はなだめるのが面倒臭くなったのか男の人の頭にげんこつをし黙らせた。
クラスメイトの女の子もその2人のやり取りを唖然とした表情で見つめている。
「佐伯さんに戸田さんですか?」
「雪菜ちゃん久しぶり。遊びに来たよ」
扉の前にたたずむ佐伯さんはいつもお店で見せるような人懐っこい笑みを私に向けてくれる。
隣の戸田さんはいまだに頭を抱えてうずくまっていた。
「佐伯ちゃん、容赦ないって。俺は昨日健一とした約束を‥‥って雪菜ちゃん? 何? いつからいたの?」
「さっきからいたよ。それよりも御託言ってないで早く入るぞ」
「じゃあ、私が案内します」
私はそういうとクラスメイトから2人の接客担当を引き継ぎテーブルへと案内した。
2人に案内をした場所は窓側のテーブル席で、ダーツをする所の出入り口に一番近い場所である。
戸田さんはケーキセットを食べ終わったらダーツをするらしいので近いほうがいいと思いこの席を選んだ。
「雪菜ちゃんの衣装本当に可愛いね。お姉さん感激しちゃうよ」
「そうですか? ‥‥なんだか恥ずかしいです」
「いや、本当に可愛いって。全くこんな可愛い子健一にはもったいないな。雪菜ちゃんどう? この際俺と付き合わない?」
「調子に乗るな」
戸田さんが再び佐伯さんに頭をはたかれた。
しかし今回は威力が弱かったのか戸田さんがうつむくことはない。
「それよりも雪菜ちゃん、健一はどこにいるんだ? あいつのことだからダーツの所にいると思ったらいないみたいなんだけど‥‥」
「そうかあいつはサボりだな。健一めこんなに可愛い子に迷惑をかけやがって。それよりもこの店ってウエイトレスの女の子と店外デートって出来ないっい゛‥‥」
「そんないかがわしいサービスあるわけないだろうが」
再び頭を叩かれた戸田さんはテーブルに頭をのせ叩かれたところを痛そうにさすっている。
橘君もよく言っていたが佐伯さんの拳骨は並の人よりも痛いらしい。
今度はテーブルに顔うずめて頭を抱えていた。
「それよりも雪菜ちゃん、健一は‥‥」
「私ケーキセットを取りに行って来ますね」
私はその質問に答えたくなくて急いで調理場のほうへと戻っていった。
佐伯さんや戸田さんに橘君の話をしたらどんな顔をするのだろうか。
怒られるぐらいならまだいいけど、それを止められなかった私は失望されるのではないだろうかそんな考えばかり浮かぶ。
そのことを考えただけでも私は怖い。
佐伯さん達と今まで積み上げてきたものが壊れてしまうんではないだろうかとそんな不安にかられてしまう。
逃げるように調理場に戻って来るとそこには飛鳥と達也君が待ち受けていた。
2人は何やら相談をしているように見える。
「雪菜、遅いじゃん。どうしたの? もしかしてクレーマー?」
「ちっ、違うよ。私の知り合いの人が来てくれていて‥‥」
「知り合い?」
私は飛鳥に佐伯さんや戸田さんの2人が窓際の席にいることを伝えた。
「うそ? 戸田さんも来てるの? あいさつしなきゃ。達也君、ちょっと一緒に来て」
飛鳥はケーキセットを準備している達也君を無理矢理ひっぺがし、2人で佐伯さん達がいるテーブルへと向かっていった。
私はその間達也君が準備するはずだったケーキを準備し、お茶とコーヒーを入れていく。
飛鳥や達也君が何の会話をしているかはわからない。
それよりも今は佐伯さん達の顔を見るのが怖い。
このケーキセットも飛鳥達が戻ってきたら持っていってもらおう。
そう考えていた時2人が戻ってきた。
「雪菜、ケーキセットの準備できた?」
「うん。出来たから持っていってもらってもいいかな?」
「ダメだよ。雪菜が注文受けたんだから雪菜が持っていかないと」
「でも‥‥」
「わがまま言わない。ほら早くもって行く」
そう言われ、私は調理場を追い出されてしまった。
私の両手には先程佐伯さん達が頼んだケーキセットが載せられている。
2人の席の方を見ると楽しそうに会話をしているように見えた。
「ケーキセットお持ちしました」
「雪菜ちゃん、ありがとう」
佐伯さんはそういい、いつものように微笑んでくれた。
よかった。いつもの佐伯さんだ。
「飛鳥ちゃんから話は聞いたよ。健一が疑われてるんだって?」
その話しに私はドキリとしてしまう。
「全く。健一らしいって言えばらしいな。あいつもあんな所でぶん殴らなきゃよかったのに」
「でも俺は健一のことを評価するよ。いつものあいつなら無関心を貫くのに今回はガツンとやったからな。そんな口だけの奴ぶん殴って正解じゃん」
「あの‥‥‥‥」
恐る恐る佐伯さん達の表情を見ると彼女達は楽しそうに笑っている。
「どうしたの? 雪菜ちゃん?」
「佐伯さんは私を怒らないんですか?」
佐伯さんに尋ねると彼女はきょとんとした表情をうかべていた。
「何で私が雪菜ちゃんを怒るんだい?」
「だって、私がもう少しはっきりと橘君が犯人じゃないことを主張していれば橘君がこうして疑われることもなかったかも知れないのに‥‥‥‥」
あの時私がメールのこととかをもう少し詳しく話しておけばよかった。
そうすれば何故橘君があそこにいたのかを理解してもらえたかもしれない。
私の引っ込み思案な所が彼を苦しめているとかそんなことを思ってしまう。
そんな私のことを察してかテーブルに座っている佐伯さんは私の頭をなでながら優しく微笑んでいた。
「それはちがうだろ。昨日の一件にしても雪菜ちゃん達が迎えに来るのに勝手に1人で登校したあいつが悪い。雪菜ちゃん達と登校すれば疑われなかったわけだし。それにダーツの矢の整備だって雪菜ちゃんに手伝ってもらえればよかった話なのに、あいつがこそこそと1人でやろうとしたのが間違いなんだよ。だからあいつに非があっても雪菜ちゃんに非はない。そんなことで雪菜ちゃんが自分を責めることなんてないんだからね」
「はい」
私と佐伯さんが会話をしていた横で戸田さんが静かに頷いていた。
戸田さんも佐伯さんの言ったことに何か思い当たる節があるのかもしれない。
「それに今日も同じことがあったんだって? それなら健一にはアリバイがあるからあいつが犯人なわけがないよ」
「アリバイですか?」
佐伯さんが言ったアリバイという言葉に私は驚いてしまう。
何がなんだか私にはわからない。
「そのことは戸田から説明してやれ」
「おう、わかった」
そういうと戸田さんは砂糖もミルクも何も入れていないコーヒーを一口すすり盛大に咳き込んだ。
「苦っ。砂糖入れ忘れた」
こういう微妙に格好をつけようとしてドジを踏む所は戸田さんだと思った。
その一言を言わなければ格好良かったのに。
隣にいる佐伯さんは戸田さんのことをあきれたように見ていた。
「実はな、昨日健一から電話があったんだよ」
「橘君からですか?」
昨日はいくら電話をしても出なかった橘君が他の人に電話をかけていたことに私は驚いてしまった。
「なんて言ってたんですか?」
「それがな、俺の家にあるベーゴマをわけてほしいとか言ってたんだよ。それで今日の朝俺の家まで取りに来て‥‥」
「それって何時頃ですか?」
私はいつのまにか前のめりになって戸田さんの話を聞いていた。
戸田さんが驚いているが今は橘君のことが優先であるのでそんな悠長なことはしてられない。
「確か6時45分ぐらいかな」
「ちなみに健一は私の家にも7時ぐらいに来て面子を取りにきたぞ。ちなみに店長の所にも7時30分ぐらいに来てたって聞いたから間違いはないと思う」
7時30分といえば横山君が内装がぐちゃぐちゃになっている所を発見した時刻である。
その時間に店長さんの所にいたとなると彼の無実は証明できる。
佐伯さんは私の表情を見ると意地悪くにやりと笑う。
「ってことで健一がやってないって証明になっただろ?」
「はい。よかったです」
「雪菜ちゃん、さっきよりもいい顔してるよ」
「えっ?」
「さっきよりもいい笑顔してる」
どうやら先程までの私は佐伯さん達から見ても元気がなかったらしい。
だけど今佐伯さん達の話を聞いて健一君が犯人ではないことに私はほっとしていた。
だが、それとは別に1つの疑問が浮かんでくる。
橘君はなんのために佐伯さん達の家にそんなものをもらいにいったのかである。
「でも、なんでそんなものをほしがったんだろう?」
「それはずばりこれだよ」
佐伯さんは持っていたバッグから1枚のチラシを取り出し、それを私に渡した。
受けとったチラシはどうやら学園祭で行うクラスの宣伝チラシである。
「えっと‥‥『昔の遊び特別体験会。11時~ベーゴマ大会、13時~面子大会。第2校舎』‥‥ってこれ柚子のクラスの出し物じゃないですか」
そういえば柚子も学園祭の出し物で縁日をやるようなことを耳にしていた気がする。
確かにこのチラシに書かれている場所も柚子のクラスの出し物にぴったり合致する。
「どうやらここでベーゴマや面子の大会をやるらしいんだが‥‥‥‥たしかに、柚子ちゃんのクラスなら健一がいてもおかしくはないな」
佐伯さんは一瞬考えるようなそぶりを見せるが、私はのんきにしていられない。
橘君がそこにいるなら一刻も早くその場所に行って話しにいかないと。
「雪菜ちゃん、ちょっと待って」
慌てて外へ飛び出そうとする私に佐伯さんが声をかける。
「佐伯さん、急がないと橘君がどっかに行っちゃいます」
「慌てなくても健一は逃げないよ。それよりも作戦立てないとそれこそ健一がどこかに逃げるよ。また校内で追いかけっこしたいの?」
佐伯さんが私に言っていることは正論であり、私はその言葉にうなずくほかない。
現に1日目は逃げた橘君を結局見つけられなかったから、それなりの手段を持たないとまた逃げられてしまう。
「何か作戦でもあるんですか?」
「こういう時はお姉さんに任せなさい」
そういう佐伯さんはにやりと笑い私達にある作戦の指示を出した。
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