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教室を飛び出してから3時間が経過したが、その間俺は大勢の人が行きかう校舎内をあてもなくブラブラと歩いていた。
先程から携帯のバイブレーダーがポケットでうるさく鳴り響いている。
連絡は遠野さんだと思うがはっきり言って出る気になれない。
あんなことがあった手前、もうクラスに戻ることは不可能である。
たぶん明日からは家でずっと寝ていることだろう。
それか叔父さんにバイトを入れてもらえるようにお願いでもしてみるか。
そんなことを考えながら俺はこれからどうやって時間を潰そうか思案していた。
「お兄ちゃん?」
突然背中の方から声が聞こえたので、声のするほうを振り向くとそこにはいつもお店で見慣れた顔があった。
それはこちらの方を不思議そうに眺めている柚子ちゃんである。
彼女は花柄の青い浴衣を着ており、髪に挿してある赤い簪が彼女の可愛さを引き立てている。
「柚子ちゃん?」
目の前に柚子ちゃんが現れたことに俺は驚くが、彼女もこの学校の中等部に通っているのでいてもなんら不思議はない。
どうやら俺はいつの間にか中等部の校舎の方に来ていたらしい。
そんな柚子ちゃんは俺の方を見て首をかしげている。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「いや、ちょっとここら辺を散歩してるだけで‥‥」
あった瞬間咄嗟に目をそらしてしまうのは俺の悪い癖である。
さすがに『クラスの出し物を壊した罪に問われて逃げてきました』とはこの子には言えない。
人が行きかう廊下で彼女は俺のことをじっと観察しているようだ。
「ひょっとして‥‥‥‥柚子のクラスを見に来てくれたの?」
「えっ?」
柚子ちゃんのほうを見ると彼女の目がキラキラと輝いているのがわかった。
どうやら柚子ちゃんは俺が彼女のクラスを見に来たと勘違いしているようである。
なるほど、確かに今の柚子ちゃんの姿はクラスの出し物の衣装を着ている。
右手にはクラスの出し物の宣伝と思われるチラシを持っているので、宣伝をするためにここら辺を歩いていたのだろう。
ただ柚子ちゃんの勘違いは俺にとっては好都合であった。
「そっ、そうなんだよ。遠野さんから柚子ちゃんの話を聞いてね。見てみたいと思ってたんだ」
俺はなるべく意識的に笑顔を作り柚子ちゃんに話しかけた。
実際、柚子ちゃんが中学でどのように過ごしているか俺は非常に興味がある。
初めてあった時はてっきり1人ぼっちなのかなとも思っていたが、この様子を見る限りそんなことはないらしい。
「じゃあ行こう」
柚子ちゃんは短く簡潔にそういうと俺の右手を引っ張り教室に案内してくれる。
俺はどうやら中等部の校舎の最上階まで来ていたようで、そこから2階まで階段を下り、下りた角を曲がると柚子ちゃんのクラスの前までたどり着く。
そしてドアの前に立てかけられたダンボール製の看板には大きく『縁日』と書かれていて、ドアには暖簾がかけられていた。
「柚子ちゃんのクラスってって縁日やってるの?」
「うん」
俺の返事に柚子ちゃんは元気よく頷く。
だが今ざっと廊下を見た限りではこの階に人は非常に少ないため、中の人も殆どいないのではないだろうか。
「早く入ろう」
柚子ちゃんに強引に腕を引っ張られて中に入ると俺の予想は当たっていた。
鮮やかに彩られた内装とはうって変わり、中は閑散としている。
教室は大まかに3つのフロワーに区切られており、それぞれで輪投げや射的、ヨーヨー釣りをやっていた。
それぞれのゾーンごとに楽しく遊ぶための工夫が随所に見られるため、中学生の出し物にしてはよく出来ている。
はっきり言って内装のクオリティーは非常に高い。
それを象徴しているのはクラスのあちこちに飾られているお面だ。
戦隊物のヒーローのお面や日曜日の朝にやっている魔法少女物のお面等様々なお面が飾られていて、それがお祭りの雰囲気をかもし出している。
ここまで凝ったものに仕上げるのは大変だろうがこの内装を立案した人は正直にすごいと思う。
「どう? 私達の所?」
「うん。すごいよく出来ていると思うよ。特によくあんなにお面とか集められたね」
「友達がネットで安く買ったって言ってた」
「へぇ~~」
改めて俺はこの学校の文化祭の完成度にびっくりした。
毎年この学校の文化祭は中学、高校、大学と一斉に行うので盛り上がると聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
てっきり高校と大学だけあんなに盛大にやるのかと思っていたがそうではないらしい。
「柚子に手を出すな。このナンパ男!!」
「ぐへっ」
内装に感心していた所後頭部に強い衝撃が襲い、思わず短いうめき声を発しながら前につんのめってしまう。
背後から襲ってきた人物を見るため振り返るとその先にいた人物は、柚子ちゃんと同じ様な浴衣を着ていているショートボブの少女だった。
髪型は遠野さんと似ているが、彼女がふわふわとした形のショートボブだとしたら、この子はきれい目なショートボブである。
「柚子、大丈夫か? このナンパ男に何かされていないか?」
すかさず柚子ちゃんの心配をする目の前の少女。
前につんのめって頭を抱えている俺のことはお構いなしである。
「朱里ちゃん、その人柚子のお客さん」
「えっ? これがもしかして柚子が言ってたお兄ちゃん?」
俺を見て驚いた顔を上げた後、改めて俺のことをジロジロと見る。
一通り品定めが終わったのか盛大なため息をつくと再び柚子ちゃんのほうに振り返った。
「柚子、この男はやめた方がいいよ。こんな冴えない萎びれたサラリーマン風情よりももっといい男はいるって」
「ちょっと待て。いきなり罵倒してきて。お前は一体何なんだ?」
「わたしか。わたしは柚子のボディーガードだ」
「ボディーガード?」
そういうと俺と柚子ちゃんの間に再び立ちはだかる。
確かにその行動力と俺に敵意を見せるその視線は柚子ちゃんのボディーガードといっても過言ではない。
「朱里、お客さんを困らせてどうするんですか」
「茜ちゃん」
後ろから出てきた少女に俺はまたびっくりしてしまう。
その子は身長170cmをゆうに超えるぐらい背の高い少女だった。
「でも確かに朱里が言ったこともわかります。柚子が言うようにとても格好いいとは思いませんが‥‥」
「いつもはもっと格好いいの」
2人の発言は何気に俺の心にグサッとささる。
確かに俺は格好良くないがそこまで言わなくてもいいと思う。
ひとしきり話し終えた後、背の高い少女はこちらを振り返り笑顔を振りまく。
その笑顔はファンタジー世界に出てくる妖精と言ってもなんら変わりなく、きれいで美しい。
「私は柚子の友達の羽村茜と申します。柚子からお兄ちゃんのことはよく聞いています」
彼女が深々とお辞儀をすると、腰まで届くぐらいの髪がふわっと揺れる。
彼女からは所作や儀礼の動作1つ取っても気品がありその佇まいはどこかの令嬢を連想してしまうほど美しい。
「ほら、朱里も挨拶を」
「わかってるよ」
先程俺を殴った少女がぶっきらぼうなに言うと、彼女も改めてこちらに向き直った。
「わたしは水谷朱里だ、まだあんたのことは認めてはいないが宜しく」
「あぁ、宜しく」
この少女達に対して俺はどう反応していいか困ってしまう。
活発的な少女と気品あふれる少女、2人はタイプが違いすぎていた。
2人の少女の隣にいる柚子ちゃんが普通にその様子を眺めているので、これが日常的な風景らしい。
それよりも、柚子ちゃんに友達か。
俺と同じでぼっちかと思っていたが違うんだな。
改めてその事実に気づくと軽くへこんでしまう。
「それよりもそのお兄ちゃんってのをやめてくれるとありがたいんだけど‥‥俺には橘健一って名前があるんだし‥‥」
「それはダメです。お兄ちゃんはお兄ちゃんなのでそう呼ばせていただきます」
そういい、羽村さんは妙に不満げな視線を俺に向けてきた。
どうやら彼女は非常に頭が固いらしい。
これ以上言ってもらちが明かないと思い、別の名称で呼ばせることを早々にあきらめた。
「それよりもお兄ちゃんはどうしてここに来たんですか?」
「あぁ、それはちょっと‥‥」
「あたしが連れてきた」
そのように話す柚子ちゃんはどこか誇らしげだった。
「本当ですか? 柚子がお客さんを‥‥」
羽村さんは柚子ちゃんのことを驚いた表情で見つめていた。
彼女が人を連れてくることがそんなに珍しいことなのだろうか。
「そんなに柚子ちゃんが人を連れてくるのって珍しいことなの?」
「はい、クラスでは私と朱里ぐらいしか柚子と話す人はいませんので以外でした」
「非常に失礼」
柚子ちゃんは反論するが、茜さんの言っていることはおおむねあっていると思う。
俺も無愛想な柚子ちゃんに友達がいるってだけで驚いたぐらいなのだからあっちの驚きもよっぽどのことだろう。
「でもそんな柚子が最近お兄ちゃんのことをよく話すんですよ。ダーツが非常にお上手で格好いいって」
「そうですか」
実際柚子ちゃんとやっている時は大抵右手でやっているのでそんなにうまくはないと思う。
この子は俺のことを過大評価しているんだなきっと。
「そうだ。今度ダーツの腕前を見せていただけませんか? 私もお兄ちゃんのダーツをしている所見てみたいです」
「機会があればな」
俺はキラキラと目を輝かせる羽村さんにすげなく答える。
こういう何気ないしぐさを見ると以外に柚子ちゃんと合っている様にも思えてくる。
「あかねはそいつの言ってること信じるのか?」
「少なくともダーツがうまいというのは本当だと思いますよ」
「でも、全然格好良くないし。こいつただの引きこもりにしか見えないよ」
本人の前でそんなことを言われると非常に傷つくので、もう少しオブラートに包んでくれないのかな。
2人が俺のことをどんな目で見ているのかもなんとなくわかる。
一回どこかで本気で話し合ったほうがいいかもな。
「それよりもやけに人が少ないようだけどこれはどうしたの?」
そのことを言うと羽村さんはやけに落ち込んだ表情を見せた。
「お前、よくもそんなことを言えるな」
「痛い。わかった、わかったからそのハンマーで殴るのはやめて」
朱里さんは先程俺を襲撃した時に使用したと思われるビニール製のハンマーで俺のことを痛めつけてくる。
すぐ柚子ちゃんが止めに入らなかったら、また大変な目にあっていただろう。
「実はそれなのですが‥‥」
「あたしが説明する」
「柚子ちゃん?」
羽村さんが説明する前に柚子ちゃんが勢いよく手を上げる。
何故か今日はやけに積極的に発言をしていて普段とは全然違う。
ここは自分のクラスで友達もいるからってこともあるかもしれないがいつもとは一味違う。
「高校や大学は毎年人がいっぱい来るけど中学は来ないの」
ごめん柚子ちゃん、その説明じゃわからないや。
胸を張って話す柚子ちゃんの隣で、朱里さんが隣の羽村さんに説明をするよう促していた。
「実は高等部や大学と違って、中等部は立地が悪いのであまり人が来ないんです」
「確かにそうかも」
羽村さんの説明はもっともである。
俺も気づいたら中等部の方に来ていたという感じだったので意識的に行かないと多分気づかれないのだろう。
そんな所に出展していても人が入るわけがない。
「それに、中等部は火気厳禁なので喫茶店とかの出し物も出来ませんし、校庭を使う出し物も高等部優先です」
「だから『縁日』に決まったんだけどいまいちインパクトがなぁ~~。チラシを配って客寄せをしようにも高等部の派手な企画には勝てないし」
しょんぼりと方をすくめる羽村さんと水谷さんはどうやら本気で悩んでいるようである。
柚子ちゃんはその様子をただ眺めているだけだが彼女はそのことをどう思ってるのだろうか気になった。
「柚子ちゃんは自分達のクラスにお客さんが一杯きてほしい?」
「うん」
どうやら柚子ちゃんも2人と気持ちが同じようである。
ただ、それがあまり顔に出てこないらしい
さすがに柚子ちゃんにそこまで言われると俺もなんかした方がいいのかなと思えてきてしまうのが不思議だ
「あの~~‥‥」
「はい?」
「それって俺も手伝えないかな?」
俺の唐突な申し出に3人は目を丸くした。
「でも、お兄ちゃんのクラスも出し物があるのでは?」
「俺の役割は準備の段階で終わりだから、少しでいいなら手伝えるよ」
「本当に?」
先にそんな声を出したのは柚子ちゃんである。
羽村さんと水谷さんはいまだ戸惑っている。
「本当にいいのですか?」
「あぁ。俺でいいなら手伝うよ」
本当はクラスの出し物から逃げてきたのだが、そのことはこの場では伏せることにした。
余計な心配を与えても、柚子ちゃんやその友達にも悪影響が出る。
こうして俺が柚子ちゃんのクラスを手伝うことが決定し、どのようなことをしようか考えていた。
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