26
あれから俺達は池田の爺さんからダーツ盤を借りて、遠野さんと柚子ちゃんの最寄り駅まで戻り解散した。
帰りの電車の中で、俺は遠野さんから宮永さんがプロの人からダーツを教えてもらっているという話を聞くが、どうにも腑に落ちないことがある。
宮永さんと一緒にダーツをしていたあの人は本当にプロになのかという点だ。
確かに去年プロテストを受け、合格したことを聞いたのは戸田さんだけなので、その人がプロテストを受けたのかなど俺は知らない。
それなら現役のプロに直接聞いた方が早いので電話をしようと考えるが、踏ん切りがつかずこうしてもんもんと部屋で過ごすこと20分。
それまで携帯を片手にベッドの上でゴロゴロと転がっていた。
「ええい、どうにでもなれ」
意を決して戸田さんに電話をかけると3コール目で彼は電話に出た。
『もしもし、珍しいな。お前が電話をしてくるなんて。今日のデートが失敗したからって俺に電話をかけてくるなよ』
『デートじゃないです。俺はただ友達とダーツ盤を借りにいっただけで‥‥ってそもそも何で戸田さんがそのことを知ってるんですか?』
『佐伯ちゃんから聞いたよ。何でも姉妹の子を手篭めにしてるんだって? あんなに人付き合いが嫌いだったお前もやることだけはやってるんだな』
「茶化さないでください。俺だって好きで一緒にいるわけじゃないんですから」
くそ、佐伯さんは余計な人に情報を流してくれたな。
この人に情報を流すとろくなことがないってわかりきっていることなのに。
佐伯さんの場合は確信犯だから困る。
「それよりも本題です。戸田さんは弓長さんのことを覚えていますか?」
『あぁ、確かあのくせっけパーマの奴か』
戸田さんも彼の名前には覚えがあるようである。
弓長さんは去年まで俺のバイト先に出入りしていた大学生である。
くせっ毛のパーマが特徴で服も妙にちゃらかった印象がある男性だ。
戸田さんは彼とはよくダーツをしていたし、連絡先も交換していたはず。
それぐらい仲がいいのなら彼の近況もきっと知っていると予想して電話をしたのだ。
「そうです。俺はあの人が就職決まって東京に出たことしか知らないので最近の近況とかを教えてもらいたくて‥‥」
『別にいいが、それを知ってどうするんだ? お前あいつと関係ないだろう』
「それは‥‥」
できれば戸田さんには宮永さんの情報を伏せたまま話をしたい。
弓長さんの件が俺の勘違いで済むならそれで終わらせたいからだ。
今日、池田の爺さんの所で見た人は十中八九弓長さんである。
彼は本当にプロになっているのか。
プロになっているのなら問題はないが、違うなら大問題だ。
何故プロと偽ってまで宮永さんに近づいたのかそのことが気になる。
『まぁ、お前が言いたくなった時に言ってくれればいいよ。で、近況か‥‥』
「そうです。弓長さんってプロになったんですか?」
『いや、あいつはプロになってないはずだ。あの時のメンバーで去年プロ試験を受けたのは俺だけだったからな』
どうやら俺の予想は当たっているようだ。
弓長さんはプロになっていない。
「そうですか」
『後は東京の会社に勤めるから、今はそっちの方で1人暮らしをしているらしい』
これで彼が4月からこのお店に全く来ていない理由も分かった。
戸田さんの言葉で全てのことに合点がいく。
「分かりました。ありがとうございます」
『これで貸し1つだな‥‥そういえば風の噂で確証はないんだがあいつの情報を1つ忘れてた』
「何ですか?」
『あいつが入社した会社を辞めたって話だよ。しかもやめた理由がダーツのプロになるからだって。馬鹿な話だ』
「それはプロになった戸田さんが言う発言ではないのでは?」
現在プロで活躍をしている戸田さんが言う話でもないんじゃないのか。
そんなことを子供に話したら夢が壊れるぞ。
『野球とかサッカーとかと違ってマイナーな競技だぞ。プロでもダーツやって食べていけるのはほんの一握りの人間だけだ』
戸田さんのいっていることは案外的を得ているかもしれない。
ダーツのプロの大会でもらえる賞金は他の競技と比べて非常に少ない。
叔父さんから聞いた話だとスポンサーがついてギリギリやっていけるらしい。
『それに毎週のように遠征するから、お金がかかる。だから大抵の人は働きながらプロをやってるよ』
「プロって大変なんですね」
『当たり前だ。俺だって今回は優勝できたが今まで参戦してきた大会で予選敗退も結構あったぞ』
「そうなんですか?」
戸田さんの発言は俺からして見れば意外な言葉だった。
彼ぐらい強ければ優勝もよくしていると思ったが違うのだろうか。
『そうだ。プロはすごいぞ。俺達がいかに小さなコミュニティーでダーツしてきたがよく分かる』
「その割には妙に楽しそうですね」
『わかるか? 毎回遠征するたびに楽しくてしょうがないんだよ。今回はどんな強い人が出場するのかってな』
ダーツの大会のことを語る戸田さんはやけに楽しそうだった。
こういう人だからきっとプロでもうやっていけるのだろう。
『おっと、話がそれたな。俺も弓長さんについてもう少し詳しく調べてみるから何か分かったら連絡するわ』
「宜しくお願いします」
『じゃあ、また店でな』
「はい、また」
そういい、俺は携帯の電源ボタンを押した。
弓長さんがプロではないということが分かったが、そのことを知ったことで俺には関係ない話である。
これは宮永さん個人の問題であり、俺が口を出すようなことでもない。
そう自分に言い聞かせ俺は自分の部屋のベッドに横になる。
ただこの話を戸田さんから聞いた後、俺の中に言い表せない感情が渦巻いていた。
こうして新たに知った事実に自問自答をしながら、その日の夜は過ぎていった。
週明けの月曜日、教室に入ると、遠野さんと宮永さんの2人が話をしていた。
大方昨日の件についてだと思い、俺は2人の話しに介入したくなかったので無視を決め込む。
「おう、お前にしては早いじゃないか」
「達也か」
「達也かとはお粗末だな。お前がダーツ班に入らないから俺はお前の尻拭いをしているのに」
相変わらず恩着せがましい奴だ。
自分が好きでダーツ班に入ったのに、それを俺のせいにするとかどれだけ薄情なんだ。
「そりゃどうも。ダーツ班の方は順調なのか?」
「まさか、お前もしかして気になるのか?」
「別に。ちょっと確認したかっただけだ」
だからそのにやにや笑うのはやめろ。
気持ちが悪い。
「順調だよ。今日はダーツのゲームや景品の案をみんなが持ってきているはずだからそれについて詳しく決める」
「そうか‥‥」
「いとしの遠野さんでも気になるのか?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥なんでその名前が出る」
俺が不機嫌な表情を達也に向けていると教室の中央付近で大きな音が聞こえた。
そちらに達也と共に目を向けると中央に遠野さんと宮永さんの2人がたたずんでいる。
「雪菜はあの人のことを何も分かっていない」
「でも‥‥‥‥その人は本当にプロなの?」
「本人もプロって言っていたし、彼が見せてくれたダーツのプロの名簿にも彼の名前はあった」
「‥‥名前を偽ってたりとかは?」
「そんなわけない。あの人は優しいし嘘をつくわけない」
「でも‥‥プロの人ってさ、あんまりいないし‥‥」
「2人とも落ち着けって」
掴みあいになりそうなところで、慌てて達也が2人の間に仲裁に入る。
宮永さんは遠野さんへの敵意ある視線を隠そうとはしていない。
「こういうときは専門家に聞いたほうが早いだろう?」
「専門家?」
なんか嫌な予感がする。
既に遠野さんはこちらを向き、専門家が誰か分かっている様子である。
ここはおとなしく教室を出た方がいいかもな。
「健一、出番だ」
こういうときの悪い予感ほどよく当たる。
周りを確認するとクラス中の視線が俺の方を向いていた。
しょうがなく彼女達の方に歩み寄るが、実際はどう話をしようか迷っていた。
遠野さんには昨日俺といたことは内緒にしてくれといった。
だからその約束は律儀に守り、俺のことは伏せて宮永さんと話をしているのだろう。
それに、昨日俺が遠野さんと一緒にいたことがクラスに知れたら彼女の立場がまずい。
ただでさえ、クラスで反感を買っている俺と一緒にいたことが他の人に知れたら、彼女を攻めようとする人が大勢出てくる。
そのためにもここはうまく乗り切らないといけない。
「何だよ、達也」
「お前も2人の話を聞いていただろう。ダーツのプロの話」
「あぁ、ダーツのプロか‥‥それがどうした?」
「『どうした?』じゃない。ダーツのプロって存在するのか?」
「あるよ。現に月に何回かプロの大会も開かれている」
できるだけ、穏便に聞かれたことだけを話す。
話の途中で墓穴を掘らない基本である。
そこまで深く介入したい話でもないし、このような話題はさっさと終わらせるに限る。
だけど俺はこの時自分でも分からないが、この2人の話に深く踏み込んでしまった。
「プロの人も何人か名前を知っているから、名前言ってくれればその人がプロかどうか分かるよ」
「だそうだ。宮永さん、その人の名前は?」
「戸田翔太っていう人」
瞬間、俺の頭の中で何かがはじけとんだ気がした。
弓長さんは戸田さんの名前を偽って、宮永さんに近づいているらしい。
人の名前を、ましてや戸田さんの名前を偽って使うなんて、俺にとってはとうてい許せることではなかった。
「あぁ‥‥‥‥その人は間違いなくプロだよ」
「よかった。てっきりあの人が嘘をついているのかと思った」
その瞬間俺の胸に鈍い痛みが走る。
俺は今どんな表情をしているのだろうか自分でも分からない。
それほどに自分が激しい感情に突き動かされているのが分かった。
「橘君?」
遠野さんが何かに気づいたようだが朝のチャイムの音がなり、教室に先生が入ってくる。
「よし、疑いも晴れたし俺達も戻るか」
「‥‥‥‥そうだな」
俺は一言そうつぶやいて自分の席へと戻った。
俺が席に戻る際、遠野さんがこちらを不安げな顔で見ていたことなど知る由もなかった。
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