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「いらっしゃいませ。当店のカードはお持ちですか?」
俺はバイト先のカウンターで、柄にもない営業スマイルでお客を迎えていた。
俺は叔父が経営しているダーツ&ビリヤード店でバイトをしている。
小学校高学年の時からこの店に入り浸っていて、中学校に上がる時は「家の手伝い」ということでカウンターに座ってお客さんの接客を行っていた。
そして、高校に上がると同時にここでアルバイトという名目で働いている。
バイト代もそれなりに良く、ダーツも好きなだけできるこの環境は今の俺にとっては最高の環境だ。
現在は叔父から、「大学で社員に上がり、卒業したらこの店をお前がついでくれ」と懇願されていて、俺も満更でもない。
高校のクラスよりもこっちの方が居心地がいい。
ここが俺の居場所だと俺は思う。
「おはよう、健一。相変わらず普段と格好のギャップが激しいね~」
「佐伯さんもおはようございます。相変わらずいつもお綺麗ですね」
俺は皮肉も込めて、佐伯さんにそう言ってやった。
佐伯遙さんは、俺が中学1年生の時に入ってきたバイトである。
キリッとした顔立ちに、短いショートカットが特徴的な笑顔が似合う女性だ。
実際、明るい性格なんだが俺にやたらとつっかかってくるし迷惑この上ない。
今年県内の国立大学に受かったらしく、現在華の大学1年生である。
「ありがとう。健一も普段からその格好をすればいいのに何でしないの?」
ニシシと笑うようなあくどい笑みを浮かべる佐伯さんを見て、俺は苦虫を噛み潰した表情をする。
彼女がいっている格好とは今の俺の格好が学校に行く時の格好とかけ離れているからだ。
叔父曰く、「ダーツ&ビリヤードの店員は最低限の見出し並みをしなきゃいけない。健一のその姿じゃお客さんの前にだせん」
といい、俺の身だしなみを大改造したわけである。
その結果、髪はボサボサではなく、柔らかめのワックスで整えられたふわふわヘアー。トレードマークの黒ぶち眼鏡もコンタクトに変えることになった。
また、私服もダサいと言われたため、他の人はダーツ&ビリヤード店のロゴ入ったエプロンを着ているが、俺だけウエイターの格好をさせられている。
もちろん首には蝶ネクタイをついていて、これがうっとうしいことこの上ない。
以前、この格好が嫌で反抗したところ、叔父にげんこつをもらい、その場に正座をさせられて1時間説教をされたことがトラウマになっており、それ以降はこの格好でおとなしくしている。
ちなみに叔父が初めて俺のこの姿を見た時、「いらっしゃい。兄ちゃん会員カードは持ってるか?」と言われ、後からバイトに来た佐伯さんには「はじめまして。佐伯遙と申します」と丁寧に挨拶をされた。
2人とも俺だと知ると叔父には「人ってちょっとしたことで変わるもんなんだなぁ」と言われ、佐伯さんには、「男って顔が重要だと思ったけど、ファッションセンスも重要なんですね」と遠い目をして言われてしまった。
この店の常連さんに至っては、この店に来るたびに、「新入りの子?えっ?うそ、健一くんなの」といわれる始末である。
皆して俺を何だと思っているのか。
どうせ俺は黒縁眼鏡で覚えられていますよ。
ちなみに、こんな格好を強要してきた張本人である叔父は、現在ビリヤード台でお客さんと一緒にビリヤードをやっている。
うちの店では、お客さんと店員が一緒にダーツやビリヤードを行うサービスも行っている。
これは少しでもお客さんに楽しんでもらう様に叔父が考えたシステムだが、これが意外に好評だった。
従業員に余裕がある時限定なので、忙しい時間帯はやらないが、暇な時間帯は良くお客さんが声をかけてくるので一緒にやっている。
「もしかして店長はいつもの常連さんとやってるの?」
「はい、いつもの常連さんとやってますけど、白熱しているみたいだからまだしばらくは終わらないと思いますよ」
現在、午後4時12分。この調子だと後2時間は戻ってこないだろう。
人が入ってくるのが6時30分ごろだからまだ全然余裕があるがその間は佐伯さんと2人でお店をまわさないといけない。
「まっ、仕方がないけどお客さんいないし大丈夫だよね」
「そうですね。いつものことだから大丈夫だとは思います」
佐伯さんがこのようなことを言うのも無理はない。
なぜなら店の中は常連さん以外のお客さんは誰もいないからである。
なぜこのようなことになっているかというと、理由はこの店の客層と立地にある。
この店にくるのは、決まって仕事帰りのサラリーマンや大学生ばかり。
また、近場の駅から徒歩15分と立地もよくないため、よっぽどの物好き意外この店にはこない。
なら、近くの高校生や中学生が来るんじゃないかと疑うがそれこそこない。
大抵の高校生は、駅前のカラオケ屋に行くかゲーセンに行ってしまうため、めったなことではこの店には来ない。
例え、高校生でダーツやビリヤードが好きなやつがいたとしても、駅前のゲーセン内にダーツの台が設置されているし、最近の漫画喫茶にもビリヤード台やダーツの台があるためそちらに行ってしまう。
よって、この店は非常に暇なのだ。
暇過ぎてあくびがでてしまうぐらい。
時々叔父が、どうやってこの店を経営してるのか心配になってくる。
「どうする? 私達も暇だしダーツでもする?」
そういい佐伯さんが見る方向には5つのダーツ台がある。
どれもLIVE2というソフトダーツの最新機種だ
。
近年、某アミューズメント機器開発の会社がダーツの台の開発を行い、販売をした。
初めは、ダーツの専門店しか置かれていなかったが、企業のプロモーション活動が実ったのか現在は大学生や社会人がお酒を飲みながら出来る遊びとして人気がある。
その理由に、点数計算などを自分専用のカードに保存出来たり、カードを使って他のプレイヤーとオンライン対戦ができることも人気の秘訣だと俺は思っている。
また、その企業が主催するダーツの大会が全国各地で開かれ、今では多くの人にダーツが認知されて来た。
ダーツ好きの俺にとってはこの傾向はいいと思う。
「佐伯さん。俺はさっき投げてたんで今日は結構です」
「つれないこと言うなよ~。学校に友達がいない、健一のことを思ってお姉さんがわざわざ誘って上げているんだから。」
「友達いないのは余計ですよ。第一俺にだって、友達の1人や2人ぐらいいますよ」
「ほぅほぅ。店長の話では高校入学早々のクラスの親睦会をボイコットして、店にいたという話を聞いたんだけど……それでも友人がいるというのかい?」
佐伯さんの言葉に苦い表情が余計にひどくなる。
佐伯さんのいうクラスの親睦会は確かに俺は断った。
でもそれは翌日開かれる店舗内のダーツ大会の準備をしていただけなので、特に俺としては何とも思っていない。
確かに叔父さんはすごく心配していたのだが、景品や備品の買い出しに、店舗の装飾、それと並行してのお店の仕事とどう考えても人出が足りなかったのだ。
なので行けないと伝えてお店の手伝いをしていただけなのだが、何故か皆の間ではボイコットしたことになっている。
世の中、不思議なもんだ。
「店長もすごい心配してたんだよ。健一がいないときに私に『バイトを出てくれるのは嬉しいが、友達いないんじゃないか』ってずっと言ってて」
その言葉を聞き、佐伯さんから目を反らす。
佐伯さんが向けるいぶかしげな視線がすごく痛い。
いい言い訳を探すが俺は彼女の言葉に反論するもの持ち合わせていない。
実際、達也からの約束を断り続けているから反論できないということもある。
友達も達也以外は、それ程仲のいい奴がいないのも事実だし。
「別に、俺はここの常連さんとも仲がいいし、今更学校で友達ぐらいいなくたって別にどうってことないですよ。」
「ほら、思った通りだ。あのな健一、高校生活は一生に1度しかないんだから今やれることをやらないとすごく後悔することになるぞ。」
こちらをみて心配そうに話す佐伯さんは、何所となく昔を思いだすように語りかけてくる。
なにか昔後悔することでもあったのだろうか。
「確か……明日はバイトお休みだったな」
「あぁ、明日は人がいるから少しは休めって、叔父さんが無理やりシフトを空けたんだよ」
とはいってもなんだかんだいってここにダーツやりにくるんだけどね。
大抵、バイトない日はここでダーツをやってるか、本屋で買った小説を読むぐらいしか俺はしていない。
決して友達が少ないから、このような生活をしているわけではない。
違うからな。断じて違うからな。
「じゃあ、明日はここにくるのは禁止な。来たら即刻追い返す」
「なんでですか!!」
問答無用な佐伯さんの言葉に俺は反論する。
明日はここでダーツをやろうとしていたのに、これはアルバイトによる横暴ではないか。
「この休み中に友人との付き合い方について少し学んで来い。だから、暫くは休みの間は出入り禁止だ。」
「こんなの横暴でしょ。それにこういうことは叔父さんが決めることで‥‥」
「話は聞かせてもらったぞ」
気づくとカウンター前に長身で大柄な男がたっていた。
年は30前半に見え、眉間には常にしわが寄っている。
これがこの店を経営している俺の叔父さんである。
実際の年齢は40前半だが、もともとの上背と整った顔達が彼を若く見せているのだろう。
「佐伯、その話は承諾する。健一はバイトのない日は当分この店への出入りは禁止だ」
「叔父さん!!」
「それに俺は心配だったんだよ。お前が学校の友達と遊んでいるって話を全く聞かないしな」
そういいながら叔父はうんうんと首を動かしている。隣の佐伯さんに至っては叔父の方を見て「やるじゃん、店長」といいながらにこやかに笑っている。
いや、俺としては仕事をしていた方が全然うれしいんだが。
それにいまさら友達と遊べって何して遊ぶんだよ。
「それと明日から1週間シフトを空けてやるから、たまには店のことサボって友達と遊んで来い」
がっはっはと笑う叔父の隣で、佐伯さんもにゃははと可愛く笑っている。
こうして俺の意思に関係なく、お店への1週間出入り禁止があっけなく決まってしまった。
こんなの絶対おかしいよ。
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