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第二話「束の間の平穏と転校生」

「あんたねえ、一体どこほっつき歩いてたのよ!」

 教室に到着した俺を待っていたのは、清礼すみれの厳しい詰問タイムだった。

「どこって……お前と一緒に歩いてたぜ?」

「嘘つけ! 改札のところで突然いなくなったくせに!」

「それはいろいろと事情があってだな……」

「事情? どんな事情があったっていうのよ」

「黙秘権を行使させていただきま――」

「却下っ!」

 ひでぇや。

 本当のことを話すわけにもいかないので、『急にお腹が痛くなってトイレに行った』ということにして言い訳してみたのだが、

「嘘ね。嘘つきは泥棒と詐欺師の始まりよ。あんた泥棒の一歩手前よ!」

 とあっさり看破されたあげく横っ面を叩かれた。何も叩くことはねぇだろ。

茅原ちはらくんは朝から元気ですねー」

蓑坂みのさかさんとは仲睦まじいようで羨ましいです」

 少々ずれた感想を口々に言っているのは見た目そっくりな二人の女子生徒。

 ええっと、最初に喋った方が烏丸からすまエリカで、もうひとりの方が烏丸キリカだっけか。利き手が違う以外にわかりやすい相違点がないので、しょっちゅう呼ぶ方を間違えている。おまけに声までまったく同じだからどっちが答えたかもわからない。厄介だなこいつら……。

「茅原くん茅原くん。今日の放課後空いてますかー?」

「私たちと一緒にどこか遊びに行きませんか」

 この二人、入学時からやたらと俺に絡んでくるんだが、ひょっとして気があるんだろうか。……いや、ないな。反応が面白いからからかってるだけだ。

「遠慮しとく。っつーか、お前らが行く所っつったら大体ゲーセンじゃねぇか」

「「ではカラオケでも!」」

「どっちも行かねぇよ! 今財布がピンチなんだよ」

「残念ですね。またぬいぐるみ取ってくれると思ったんですけど」

 キリカがしょんぼりした顔で呟いた。

 あー……うん。そのために一人につき二千円使ったんだぜ? しかも全部俺持ちで。一発で取れそうにないデカブツばかりねだるのはやめてくれよ、マジで。

「やあ茅原。相変わらず女子に囲まれてるね」

「別に俺は望んじゃいないんだが……」

「望む望まないにかかわらず、その状況はおいしいと思うよ」

 そう言って茶化すように笑うのは一条昇陽いちじょうひので。中性的な顔立ちだがれっきとした男だ。去年の文化祭の女装コンテストで優勝したり、その後の記念写真で他の女子より可愛く写っていたりしたがそれでも男だ。

 かつて偉い人はこう言っていた――『こんなかわいい子が女の子の筈ないじゃないか』と。

「ところで、蓑坂さんが怒ってたみたいだったけど、何かあったのかい?」

「大したことじゃねぇよ。俺がトイレ行って電車一本逃したくらいで怒ってんだよ」

「まだしらばっくれるか!」

 後ろからシャツの襟首を掴まれて思いっきり引っ張られた。やめろ、首が絞まる。

「ラブラブですねー」

 どう見ても虐待じゃねぇか!

 ……はあ、どいつもこいつも相手した分だけ疲れるな。もうちょっと付き合いやすい奴が欲しいぜ。

「そうそう、知ってますか? うちのクラスに転校生が来るらしいですよ」

 ちょうどいいタイミングでキリカが話を切り出してきた。初耳だな。

「転校生? こんな時期にか」

 今は五月の半ば。連休暈けから醒めてようやく平日の感覚を取り戻しつつあるといったところだが、なんでまた中途半端な時期に転校してくるんだろうか。親の都合か?

「男なの? それとも女?」

「男子だといいんだけどね。うちのクラスは女子が若干多めだから」

「たかが一人で変わるもんじゃねぇだろ」

 と、さっそく相手の性別を気にし始める清礼と昇陽。そりゃあ、男子四割に対して女子六割って状況はあまり良いとは言えねぇけどさ……。なんにせよクラスの仲間が一人増えるんだから、喜ばしいことに変わりはない。

「転校生が双子という可能性は――」

「セットで増えるのは勘弁してくれ……」

 お前らのせいで双子イコール厄介な二人組っていう構図が頭の中で出来上がっちまってんだよ。っつーか、転校生が二人もいたら普通は別々のクラスに分散させるだろ。


 そんな感じでわいわい喋っていると、予鈴が鳴って先生が入ってきた。霜月彩乃しもつきあやの、年齢不詳――まあ、教員名簿にはしっかり記載されてるんだろうが――の社会科教師で、このクラスの担任だ。ギャグが凍てつくほど寒いにもかかわらず、本人は面白いと思い込んじゃってるもんだからホントに性質たちが悪い。

「はいみんな席着いてー。授業の前にいくつか連絡事項があるから、しっかり聞いてね」

 教卓に名簿と教科書を積み重ねながら言う先生。既に転校生の噂はクラス中に広まっているらしく、話題が出る前から扉のすりガラス越しに見えるシルエットに視線が注がれているようだった。

「その様子だとみんなはもう知ってるみたいね。それじゃ、さっそく紹介といきましょう。――天原あまはらさん、入ってきて」

 先生が呼びかけると、静かに扉を開けて一人の生徒が入ってきた。ツインテールと言うんだっけか――腰先まで伸びた艶やかな黒髪を両脇でやや高めの位置で結んでいる。やや吊り気味の目にすっと筋の通った鼻、そして控えめながら艶やかさを感じさせる瑞々しい唇。すらりと伸びた手足といい、白磁のような肌といい、どこか人間離れした――まるで人形を思わせる――ような美しさだった。

 彼女は教壇に上がると、俺たちの方へと向き直った。一瞥するように目がさっと動き――なぜか俺を見てぴたりと止まった。鳶色の瞳がじっと見つめてくる。あれ、こいつとどこかで会ったような……。

「じゃあ、自己紹介をどうぞ」

「――天原鷹音あまはらたかねです。父の仕事の都合でこちらに引越してきました。一組の皆さんには色々と迷惑を掛けるかもしれませんが、よろしくお願いします」

 一息に言い終えて、彼女はぺこりと頭を下げた。緊張しているのか知らんが、なんだか妙に硬い挨拶だったな。それでもクラスメイトからは拍手が湧き起こっているのでそこそこ受けは良かったようだ。

「天原さんの席は茅原くんのひとつ後ろね。周りの子は面倒見てあげてよ?」

 りょーかい。何か訊いてくるようなら一応答えてやりますよ。

 教壇から降りた彼女はこちらへまっすぐ向かってくる。こういう時って何か声をかけるべきなのか? せっかくのご近所だし、『よろしくな』の一言でもかけとくべきか?でもあっさり無視されると周りの視線が痛いしなぁ……。

「――再会は意外と早かったわね」

「ッ――――!?」

 過ぎ去る瞬間に聞こえたわずかな呟き声。その一言で思い出した。今朝の戦闘――化け物相手に槍を振るっていた白の少女。まさか……アイツか!

 後ろを振り返った俺に、彼女はにっこりと微笑んで答える。

「よろしくね、茅原瑞樹君」

 また付き合いにくい奴が増えたな……。何でこいつの名前を知ってるんだとざわめく教室の中で、俺はそんなどうでもいいことを確信した。


◇◇◇


 真っ白なチョークが黒板の上を踊っている。授業が始まってから三十分、教科書を読み上げながらの板書は文字で埋まった部分を消しながらの二周目に突入しつつあった。

 にもかかわらず、俺の手はほとんど白紙のままのノートの上で止まっている。

(見られてる……。真後ろからガン見されてる……)

 天原鷹音ことフレスさんが背後から注視してくるせいでまったく集中できない。っつーかこいつ、ちゃんと授業受ける気あんのか。学校毎に進度も違う筈だし、そんなことやってる余裕なんか普通はねぇだろ。

(なあ、ニーズ。どうにかして注意を逸らせねぇのか?)

 今朝方話したばかりのあの声に呼びかけてみる。まともな助言が返ってくるとは思えないが、かといって訊かずにいるのも勿体ない。もしかしたらスゲェ解決策が飛び出すかもしれねぇしな。

『我にはどうすることもできぬ。汝でどうにかせよ』

(出来てりゃお前に相談なんかしてねぇよ)

『我の声が届くのは汝のみだ。あの娘の『魂の主』が目覚めていればそやつを介して意思を伝えることはできるが、我のように四六時中覚醒している者は少ない。故に今の我が出来るのは汝と語らうことのみ。潔く諦めよ』

 諦めろ、ね。そうきっぱりと切り替えられたら人間楽だよな。もう人間じゃなくなったけどな。

「――くん。茅原くん?」

「へ?」

 ふいに呼びかけられて、あいまいな返事を返す俺。いつの間にか話が進んでいたようで、板書は早くも三周目に入っていた。文字でけぇから書き換わるのも早いな。最後尾からでもはっきり見えるようにっていう先生の配慮らしいんだが、書いてから消すまでの間隔が短いせいで余計に写しづらくなってる気がする。

「まだ連休の疲れが残ってるかもしれないけど、授業は真面目に聞いてほしいな」

 教壇の霜月先生からは俺がぼーっとしてるように見えたらしい。実際ほとんど聞き流してたから当たらずとも遠からずってところだな。一応謝っとくか。

「すみません、気をつけます」

「それと、黒板に書いた内容はちゃんとノートに取っておくように。テスト前にコピーして勉強してもいい成績は取れないよ」

「はい」

 背後から聞こえるくすっという笑い。この野郎――女だから女郎か――とにかく人の失敗を笑いやがって……。っつーか、元はといえばお前のせいじゃねぇか。可愛い顔して性格悪いなオイ。

 とはいえ、こいつに延々とかまけてられるほど俺も暇じゃないからな。人間をやめても身分はあくまで一高校生。せっせと学校に通っては勉学に励むのが仕事ということで、後ろのアイツは居ない者と思って授業を受けよう。休憩時間にでもじっくり話の相手をしてやりゃあ問題ないだろうしな。


 そんな具合で後の三時間もひたすら無視を決め込んで、昼休みを迎えた。ひとまず売店でパンでも買ってくるかな。

 ちなみに、うちの学校の昼食は弁当が基本で、用意している時間がなかったり弁当に飽きたりした奴は売店でパンやおにぎりを買って済ませている。学生食堂なんて便利な施設は存在しないが、町中のコンビニ並みに品揃えがいいおかげで食べる物には困らない。資金に余裕があれば毎日でも利用したいもんだ。

「で、なんでお前までついてくるんだ?」

 俺が振り返ると、またあの微笑みが返ってきた。いいからさっさと化けの皮を剥がしやがれっての。

「面倒見てあげてねって先生も言っていたでしょう?」

「知るか。俺はそこまで親切じゃねぇんだよ」

 俺はそれだけ言い返して再び歩き始める。だらだら喋っていたせいで目当てのパンが無くなるってのもつまらない話だ。興味があるのか知らないが、こういう問答でわざわざ時間を取らせるのは勘弁して欲しい。

 大体、今日出会ったばかりで馴れ馴れしくすり寄ってこられても困る。エリカとキリカだって最初は単なるクラスメイトでしかなかったっていうのに、こいつのわざとらしい絡み方は一体何なんだ。

「茅原君はお弁当持ってこないの?」

「今日はたまたま無かったってだけだ。色々あんだろ、親の都合とか俺自身の都合とか」

「ふうん」

「そういうお前はどうなんだよ。初日からパン食ってのは」

「引越してきたきたばかりだからお弁当を作っている余裕がないのよ。明日からはちゃんと用意してくるつもり」

 そうか、それなら良かった。売店に行くたび後を追いかけられるんじゃあ大変だからな。


 ほら着いたぞ。予想通りというか相変わらず混んでるな。こりゃあ近づくのも一苦労だ。

「茅原君」

「何か御用ですかね転校生サン」

「私のことは鷹音でいいわ」

 いちいち苛立つような言い方してきやがって。あっちの名前で呼んでやろうかと思ったが、冷静に考えたら恥をかくのは俺の方だな。やめとこう。

「せっかくだから私の分のパンも取ってくれない? 適当に選んでくれていいわ」

「俺をパシリか何かと勘違いしてないか?」

「まさか。でも狭い店内に二人で踏み込むよりは賢い方法でしょう?」

 そいつは正論だがどうにも納得いかねぇ。こいつの使いっ走りってところが特に気にいらねぇ。

「茅原君の分も含めて私が支払うから」

 ――誠心誠意やらせていただきます。

「……仕方ねぇな。何個だ?」

「一個でいいわ。私、少食だから」

「りょーかい。じゃあそこで待ってろ」

 俺は売店のガラス窓の前――通行の邪魔にならない場所――に行くよう彼女に指示した後、総菜パンを漁る列の最後尾に並んだ。

 前で棚を物色している生徒たちのネクタイやスカーフの色は緑。ってことはこいつら三年生か。ちなみに黄色が一年生、赤が二年生で、入学した年ごとにローテーションしているらしい。色といい順番といい信号機みたいだな。

 下らないことを考えている内に俺の順番が回ってきた。まずはラインナップの確認だ。最初に並べられていた分の半分は既に持ち去られていたものの、まだ選ぶ程度には残っている。腹に溜まりそうなのは焼そばパンとコロッケパン、ハムカツサンドにミックスサンド、あとはウインナーロールとピザトーストくらいか。……ここは無難にコロッケパンと焼そばパン、あいつ用にミックスサンドを選ぶべきだな。えっと……三個で大体五百円か。

「三点お買い上げで476円です。……476円ちょうどお預かりします」

 なんでもプリペイドで済む時代に現金で支払うなんて馬鹿みたいな話だが、手持ちが財布の千円札数枚と硬貨の山だけなんで仕方ない。まあ、この方がちゃんと金を支払ったって実感があるから無駄遣いを抑える気になれるってのは嬉しいよな。

「ありがとうございました」

 白い袋に詰め込まれたパンとレシートを受け取って店を出た。普段より幾分か高めの出費だったが、アイツが全額負担するんだから別に気にすることじゃねぇな。

 ――で、肝心のアイツはどこ行ったんだ? 買って来いと言っときながら逃げるほど性質の悪い奴だとは思いたくないが――。

「お待たせ」

「おう……ってどこ行ってたんだよ?」

 っつーか、待ってたのはお前の筈じゃねぇのか。

「別に? 知り合いと少し話をしてきただけよ。それで、パンは幾らだった?」

「レシート見りゃわかる」

 そう言ってあのピラピラした紙切れを手渡すと、小計の部分を見るなり財布から五百円玉を取り出した。

「はい、どうぞ」

「お釣りはいいのか?」

「買ってきてくれたお礼よ。教室で食べるの? それならさっさと戻りましょう」

 おい、回答くらいさせろよ。そりゃあ教室でってのは間違っちゃいないし、こんな所で油を売っているほど時間に余裕もないけどさ。


「ところでお前、電車通学か?」

 往路とは逆に先頭を歩く鷹音に尋ねる。訊きたいことは山ほどあるが、ここで問い質すにはちょっとばかり勇気と度胸が足りないので、まずは無難なところから攻めることにした。

「どうしてそう思うの?」

「財布を出した時に回数券がチラッとな。遠くから通ってんなら早いとこ定期にした方がいいぜ」

「お気遣いなく。明日には貴方と同じように定期券で通学することになるから」

 もう通学証明書も発行済みかよ。行動が早いな。

「それよりもまず訊きたいことがある筈でしょう? 何を躊躇しているの?」

 そりゃあ躊躇するだろうよ。大体、公衆の面前でマキナがどうとか言ったりしたら、明日から全員に痛い子呼ばわりされるようになることくらい察しが付くだろ。

「……周りに聞かれてもいいのか?」

「その気になれば人払いしてあげるわ。それでも見られるのが嫌なら目に付きにくい場所へ移動するけど、どうする?」

「…………」

 危うく『頼む』と言いそうになったが、そういうことができるなら放課後じっくりと時間をかけて聞いた方が良さそうだ。腹も減ってることだし、今は飯優先で行動しよう。

「今はいい」

「そう。気が向いたらいつでも尋ねてちょうだい。一応は貴方の先輩だから一通りの質問には答えられるつもりよ」

 どうしてそういう鼻につくような言い方をするのかね、コイツは……。

「ひとつだけ訊いてもいいか?」

 教室までそれほど距離もない。ひとまず今一番気になっていることだけでも答えを聞いておこう。

「どうぞ」

「お前がこの学校に転校してきたのは偶然だよな?」

「偶然ね。……でも、貴方とはいずれ何処かで会っていた筈よ。それがたまたま今朝になったというだけのこと」

「ってことは、あれが出るかどうかは予測できないのか」

「出現地点はおおよそわかるけど、いつ現れるかは誰にもわからない。予言でもない限り先手を打つことは不可能よ」

 予言はともかくとして現状は防戦一方ってわけか。勝手に想像していた以上にきつい状況だ。

 っつーか、場合によっちゃあ俺一人で連中を相手に戦わなきゃいけなくなるんだよな。何もわかってなかったとはいっても、一体だけであれだけ苦戦したんだ。二体三体とまとめて捌くなんざどだい無理な話だろうな。

「心配しなくてもいいわ。しばらくの間私が付いて回るから」

「そりゃ助か――ってまだ俺に付きまとうつもりか」

「ろくなサポートも受けずに戦力喪失というのも勿体ないもの。嫌だったら頑張って強くなりなさい」

 冗談でも笑えねぇ。悪い夢ならさっさと醒めて欲しいもんだ……。


◇◇◇


「あれー、茅原くんはデートですか」

「大事な彼女を放置して転校生とイチャイチャしてたんですね」

「してねぇよ! 周りの誤解を招くようなことを茶化して言うなっての」

 教室に戻ってきて早々これだ。ほれ見ろ、弁当食ってる奴らがこっち見てきたじゃねぇか。この烏姉妹をどうにか黙らせないと落ち着いて飯も食えやしねぇ。

 っつーか彼女って誰だよ。大事な幼なじみは居ても彼女をつくった覚えはねぇぞ。

「そういやお前の分渡し忘れてたな。これで良かったか?」

 俺の分のパンを取り出してから袋ごと鷹音に渡す。その瞬間、生徒たちの間にざわめきが広がった。

「ああ、やっぱりそういう……」

「茅原くんって、女の子と関わり持つのが好きだもんね……」

「今すぐ爆ぜろ……」

 周りの視線が痛い……っつーか容赦なく突き刺さってくる。さっきのやり取りで注目を集めたせいで、余計に勘違いされてしまったらしい。

「待てって! 俺はそんなんじゃなくてだな――」

「今さら言い訳なんて良くないですよー」

 おのれ元凶、お前が言うか。

「お前らなぁ――!」

「まあまあそう怒らずに。私たちもこれからお弁当なんで、お二人も一緒に食べましょう」

「む……わかったよ。その代わり、勘違いしてる奴らの誤解を解いとけよ。お前らがしつこく絡んでくるせいでチャラ男扱いされてんだからな」

「お任せあれー。あ、一条くんと清礼ちゃんもご一緒しません?」

 エリカが声をかける。入学してから一週間経った頃だったか……『食事は集団で頂いた方が楽しいから』という彼女の提案でたまたま参加させられたのがきっかけだったんだよな。この姉妹に絡まれるようになったのもその時だったっけ。

 今じゃお馴染みの五人だけで机を囲むようになってしまったが、他のクラスに行った奴らもまだやってたりするんだろうか。


 空いている机を四つほど拝借してくっつけ、同じく周辺から借りてきた椅子を人数分持ってきて座った。俺と鷹音は買ってきたパンを、それ以外の四人は弁当箱を目の前に置いて手を合わせる。

「「いただきます」」

 さて食べるか。ラップの一方を剥がしながら、俺は各々の用意した弁当にちらりと視線を向けた。さすがに調理に時間をかけていられないから冷凍食品が多めだが、清礼の手作りらしい玉子焼きは、焼目も断面の層の重なり具合も綺麗でとても美味しそうに見えた。

 そういやアイツは昔から料理が得意だったな。いつだったか、作り過ぎたって言ってうちにコロッケを持ってきたことがあったんだが、あの時食べた奴は肉屋で買ったのかと思うくらいに美味かった。ラップをかけた皿を抱えてた清礼は何故かバツの悪そうな顔をしてて、俺がからかった途端に顔を真っ赤にして帰っちゃったんだっけ。あの時の皿、結局返すタイミングを見失ってまだ持ってるんだよな……。

「何ボケーっと私の弁当見てるのよ。気持ち悪い」

 そこまで言うか普通。……くそっ、あの時の清礼は何処へ消えてしまったんだろうか。今の口の悪い鬼みたいな奴とは天と地ほどの差があるぜ。

「食欲ないんですかー? せっかく二つもパン買ってきたのに勿体ないですねー」

「お前はこれが食べたいだけだろ」

 じっと見つめるエリカから焼きそばパンを遠ざける。大体お前には弁当があるだろうが。そっちを食え、そっちを。

「うわーん茅原くんのケチー。呪ってやるー」

「食事の席で騒ぐんじゃねぇっての……」

 っつーか棒読みかよ。

 いい加減落ち着いて食わせてくれよと思いながら、俺は包装を剥いたコロッケパンを一口かじった。……美味いな。衣に染み込んだソースの旨みに刻みキャベツの歯ごたえ、それぞれがコロッケ自体の味や食感とうまく調和している。作り置きにもかかわらずキャベツが比較的新鮮ってのも地味に嬉しいところだ。

「パンなのに飲み物は買ってこなかったんだね」

「行きがけに買ったからな」

 昇陽に答えながらペットボトル入りのお茶を取り出す。電車を待っている間に自販機で買った奴だ。四時間以上経ってだいぶ温くなってるが、渇いた喉を潤す分には問題ないだろう。

「天原さんのはないんですか?」

「あ……」

 すっかり忘れてた。てっきり飲み物は用意してるものかと思ってたんだが……。

「『あ……』じゃないですよー。茅原くんは他人に対する配慮が欠けていて困りますねー。罰としてその焼そばパンを没収――」

「させるか! どさくさに紛れて人の飯を盗るんじゃねぇ!」

「静かに食べなさいよ! ……はあ、いいわ。私のお茶を分けてあげるから」

 清礼が水筒のフタを置いてお茶を注ぎ入れる。機転が利くなと言いたいところだが、それだと鷹音とお前で間接キスってことにならないか?

「直接じゃないからいいじゃない。女の子同士だし」

「私も気にしませんから……」

 女性同士の付き合いってそういうもんなのかね。

 鷹音が他人行儀な話し方をしているのも気になるが、ここはあえて突っ込まずにいよう。下手に口を出すと墓穴を掘りかねないからな。

「百合の花っていいものですね」

「キリカ、お前が何を言ってるのかなんて俺には理解できねぇし理解したくもねぇ。とにかくそれ以上は何も言うな」

「ここに来舞師きましの塔を建てましょうー」

「エリカ、お前も黙ってろ……」

 誰でもいい、このバカラス姉妹をどうにかしてくれ……。

「よくわからないけど、三人とも楽しそうだね」

 と、昇陽が一言。暴走するこいつらに突っ込みを入れて回ってるだけだと思うんだが、そんなに面白いのかね?

「まったく、あんたたちは食事の時くらい落ち着きなさいよ」

「「はーい」」

「お前らってこういう時だけは素直だよな……」

 俺の言葉も素直に聞いてほしいもんだ。

 しかしまあ、転校初日の鷹音があっという間に馴染んでしまうとは驚いた。これも半機人クロスマキナの能力のひとつだったりするのか。そうだとしたら少し厄介だな。俺やアイツみたいな存在が他に居るならの話だが……。


◇◇◇


 午後の授業が終わり放課後を迎えた。クラスメイトたちがぞろぞろと部活動に向かう中、俺はいつものように清礼と連れ立って帰ろうとしていた。

 部活には入ってないのかって? 入学したての頃に興味本位でバスケ部に入って挫折したっきりだ。練習の最中に膝の関節を痛めたって、選手ならともかく、碌にボールに触らせてもらえない新人がやらかすとギャグにしかならねぇよな。俺のことだけど。

 『激しい運動は控えるように』って医者に言われて体育系の部活は諦めざるを得なくなったんだが、文化系は女子が独占していて入り込む隙もなかったもんだから、結局どこにも所属できず暇を持て余してるってわけだ。

「――茅原君」

「ん?」

 教室を出ようとしたところで誰かに呼び止められる。振り返った先にはカバンを手にした鷹音が立っていた。

「私も一緒に帰っていいかな?」

「別にいいぜ。だけどお前、部活とか見て回らなくていいのか?」

「今日は荷物の整理があるからいいの」

 あまりに馴染み過ぎて忘れかけてたが、こいつ転校生だったな。この辺の地理にもまだ詳しくないだろうし、クラスメイトのよしみで案内してやるのもありか。

「清礼も問題ないよな?」

「当たり前よ! わざわざ訊かないでくれない?」

「何ツンツンしてるんだお前は……」

「そ、そのくらい察しなさいよ」

 察しろって言われても、どう察すればいいか俺にはわからんよ。


 とにかく、俺たちは学校近辺の通りを散策しながら駅へと歩いた。

 この辺りは町の中心部から少し離れているせいか、立ち並んでいるのは一軒家や低階層構造のマンションがほとんどだ。そこから真っ直ぐ伸びる本通りを歩いていくにつれ、商店や雑居ビル、高層マンションといった建物が増えてくる。

「で、買い物は駅前にあるショッピングモールが一番楽だぜ。バイトの募集も多いし」

 行く手に見えてきた白い建物を指差しながら鷹音に説明する。一階が駅のホーム、ニ階が駅舎と繋がっていて、三、四階が吹き抜けのある巨大な専門店街になっている。

「アルバイトしても大丈夫なの?」

「事務課に書類を出して通れば問題ないぜ。原則として金銭的な事情がある場合のみだけどな」

「そうなんだ」

 こいつの経済状況がどうなってるのかは知らないが、それなりに興味はあるらしい。働くとしたらおそらくは飲食店のホール担当だろう、スタイル抜群だしな。

 ――それはそうと、清礼が不機嫌そうな顔をしているのがさっきから気になってしょうがない。おそらくさっきのことで怒ってるんだろうが……。

「なあ清礼――」

「瑞樹は女の子に甘いのよ」

 何言ってんだよ、お前も女の子だろうが。

「仕方ねぇな……。アルバトロスのフルーツパフェ奢ってやるから機嫌直せ」

「た、食べ物で釣ろうったってそうはいかないわよ!」

「言ってることと表情が一致してないぞ」

 怒り出すくらい冷静に突っ込みを入れたつもりだったんだが、何故か赤面された。女心ってわかんねぇな……。

「私は定期を買わないと……」

 少し遠慮がちに言う鷹音。まあ、目の前でパフェ奢るだの言ってりゃあそんな態度にもなるか。

「なんか悪いな。気を遣わせたみたいで」

「いいわ、そんなに気にしているわけじゃないから」

「ん、そうか。――じゃ、また後で」

 俺たちはエントランスの前で一旦別れ、それぞれの用事を済ませに行った。


 結論から言うとあんまり楽しいもんじゃなかった。そりゃあそうだろう、女の子がパフェを満ち足りた表情で食べる脇でコーヒーをちびちび啜ってただけだからな。

 っつーか、パフェひとつで七百円ってなぁ……。ただでさえ薄い財布が更に薄っぺらくなって心許なくなったが、おかずだけ買ってきてご飯を家で炊けば夕飯くらいはなんとかなるだろう。

「ごちそうさまでした!」

「……どういたしまして」

 ムスッとした表情から一転、満面の笑顔になった清礼を、俺は半ば呆れながら見つめる。女の子って本当によくわかんねぇ生き物だな。

「さて、と。天原さんも待ってることだし、そろそろ行くか」

 あれから30分以上経っている。窓口が混んでいたとしてもとっくに買い終えている筈だ。

「え、あの子まだついてくるの?」

「ああ、どうも乗降駅が俺たちと一緒みたいだ」

「なによそれ。知ってたなら早く言いなさいよ!」

 言ったからって住んでる場所が変わるわけでもないだろうが。

 ――ずっと待っていたのだろうか。改札口の近くに立っている彼女を見つけた俺は、歩み寄りながら声をかけた。

「悪い、喫茶店でゆっくりし過ぎた」

「謝ることはないわ。私だって、貴方たちの仲を邪魔立てするようなことはしたくないもの」

「邪魔立てってなぁ……。幼なじみだから仲は良いけど、そこまで遠慮しなくたっていいんだぜ?」

「……まあいいわ。そろそろ次の電車が来るから行きましょう」

 何か言いたそうな表情だったが、気にしているような暇もない。俺たちはICカードの入った定期入れを認識パッドに触れさせて改札を通り抜けると、そのままホームへと足早に向かった。

 帰宅ラッシュで混み合う構内。それでも朝の異常な密度に比べればまだマシだ。

(またアイツらが出てくるってことはねぇよな?)

 ふいに朝のことを思い出して不安になった俺はニーズに問いかける。他人に聞こえるような場所で鷹音と変な話をするわけにもいかないしな。

『我にも気配は感じられぬ。しかし用心に越したことはない』

(できれば関係ない人間は巻き込みたくないんだが、襲われる側じゃあ対策のしようがねぇな)

『彼奴らとて、そう易々と数を増やせるわけではない。襲撃があるとすれば戦力を補充した後であろう』

 そうあってくれと願いたいもんだ。一日のうちに連戦なんて、精神的に持たないからな。

 清礼はどうしているかな、と思って後ろを振り向くと、ちょうど鷹音と何かを話しているところだった。同じ駅を行き来する者同士仲良くするというのはいいことだ。俺も見習おう。

「――ところで、天原さんってどこに住んでるの? 駅の近く?」

 清礼が尋ねると、鷹音はわずかに笑みを含ませながら答えた。


「茅原君の家よ」


 ――は? ま、待て、こいつ今なんて……。

「な、あっ、あんた、何言って――」

「ということで、今晩からお世話になります。よろしく」

 驚きのあまり絶句した俺たちに向かって、彼女はぺこりと頭を下げる。


 今にして思えば、この瞬間に俺が当然のように感じていた平穏はどこかへ飛んで行ってしまったのだろう。

 人間ちはらみずきとしての人生が終わり、怪物ニーズとしての人生が始まった日。

 きっと、それはこの一日だったに違いない。

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